鶴我の考察・感想・言葉の息吹を吹き込む日々の呟き。

自然・宇宙・日本の歴史に心赴くままに穏やかに情熱を大事に謙虚と感謝を忘れずに好奇心を持って生きていく男の記録。

笹原 俊さんの記事を貼り付け。<第二章>【其之陸】〔量子時代篇〕●<完>●

 

 

 

 

 

85・マッドフラッド1 人類の文明は、19世紀初頭に核戦争で一度滅んでいた? 史上最高の栄華を誇ったフリーエネルギー文明の運命とは!?

 

偉大なるタルタリア帝国

 13世紀から19世紀初頭まで、タルタリア帝国という国が存在していました。

 

f:id:shunsasahara:20211021202112j:plain

タルタリア帝国

 上の地図をご覧ください。緑色の「GREAT TARTARIA」と書かれている範囲が、タルタリア帝国の領土です。

 

 ユーラシア大陸の北側全体、シベリア、中央アジア全域をカバーしています。東は千島列島から満州朝鮮半島まで、南はインドの一部、西はウラル山脈から小アジア半島までカバーしていますね。

 

 これだけではなく、北アメリカ大陸の大半と、ブラジル・ペルーなどの南アメリカ大陸の一部まで、版図にしていたようです。まさに史上最大の帝国です。

 

 え、そんな国知らないよ、はじめて聞いた。ていうか、学校で習った記憶ないけど、という方、それには理由があるのです。

 

 タルタリア帝国は、イギリスを中心とするDSヨーロッパと激しい戦闘を繰り広げ、1816年、大量の核兵器による攻撃で、国民もろとも、この世界から姿を消してしまったからです。

 

 その後、DSは、あらゆる手段を講じて歴史を改ざんし、この帝国の存在そのものを、人類の記憶から消し去りました。

 

各地に残るタルタリアの痕跡

 なんでそんなことがわかるんだ、というと、タルタリア帝国はこの世から消え去りましたが、あまりにも偉大だったタルタリア文明の痕跡は、現代世界にたくさん残っているからです。

 

 もちろんDSの歴史改ざんによって、その本来の用途は隠されていますが、よくみると、それが本来何に使われていたのかわかってきます。またタルタリア文明がどのようにして滅ぼされたのかも、その痕跡を見ることによって、十分予測することができるのです。

 

玉ねぎ頭の大聖堂

 以下の写真を見てください。

 

f:id:shunsasahara:20211119164713j:plain

モスクワ 救世主ハリストス大聖堂

 

f:id:shunsasahara:20211021205448j:plain

ワシントンDC アメリカ議会議事堂

f:id:shunsasahara:20211021205656j:plain

インド タージマハル

 みなさんおなじみの建造物だと思います。上はロシア正教の寺院、真ん中はアメリカの議会議事堂、下は王妃の墓といわれていますね。しかし、国や用途を超えて、共通の建築様式があるように思えないでしょうか。

 

 一番上には尖塔が立っています。その下にはドーム、その下には柱がいっぱい立った円形の構造物、1階部分のアーチ型の扉や窓も印象的です。

 

 ヨーロッパの大聖堂や、中国、日本の建物の中にもこの様式の建物はいっぱいあります。これこそが「タルタリア様式」の建物なのです。

 

 ちなみにこのタルタリア式大聖堂の本来の用途は何だったのでしょうか?これは宗教施設でも、墓でも何でもありません。

 

 これこそが、タルタリア文明の根幹をなす、エーテルエネルギーを電気に変換する、フリーエネルギー発電所なのです。

 

星形の城塞

 次の写真をご覧ください。

 

 

f:id:shunsasahara:20211021211819j:plain

 

 これは星形要塞(スターフォート)と呼ばれるものです。このような独特の形をした要塞(?)が、現在世界中に500か所以上残っています。

 

 日本でも、函館五稜郭をはじめ、長野県や大阪枚方、神戸などに同様の城塞が残っていますね。

 

 これはもちろん城塞ではありません。大体こんな形の城では大砲打ち放題で防衛にもなんにもならないでしょう。

 

 これはタルタリア文明におけるエーテルエネルギーの増幅装置です。独特な形の城壁の周りに水を巡らせ、音波によって水の結晶構造を変えて、水にエーテルエネルギーを吸収させて増幅し、そのまま水流の形で各地にエーテルエネルギーを運ぶ、エネルギー中継センターなのです。

 

 ちなみに大聖堂、という名の発電所に鐘が装備されていることが多いのは、鐘の音によって、水の結晶構造を操作するためです。

 

赤レンガ倉庫

 次はおなじみ赤レンガ倉庫です。 これも世界各地にたくさん見られます。

 

f:id:shunsasahara:20211021212812j:plain

横浜 赤レンガ倉庫

 これは有名な、横浜の赤レンガ倉庫ですね。もちろん倉庫としての用途はありますが、この建物の本来の用途はそこではありません。

 

 赤レンガは酸化鉄を含み、電気を通します。タルタリア文明においては、赤レンガ倉庫は、電気エネルギーを蓄積する蓄電池として使われていました。大聖堂で発電した電気を、建物自体に大量に蓄電して、そこから町の各所に無線で送っていたのです。

 

その他建造物

 そのほかにも、大体こんな感じの建造物はタルタリア文明の遺物です。

 

 

f:id:shunsasahara:20211021213621j:plain

f:id:shunsasahara:20211021213635j:plain

f:id:shunsasahara:20211021213647j:plain

 

 石造りやレンガ造りの壮大な建物ですね。現代でも再現するのはかなり大変そうな建物ばかりです。

 

タルタリアでの生活

 このタルタリア帝国内では、国民はどのような生活を送っていたのでしょうか。

 

 タルタリアの主流をなしていたのは、ロシア系のアーリア人(白人)、モンゴル系のタタール人(黄色)及び、ネイティブアメリカン(黄色)だったようです。

 

f:id:shunsasahara:20211021214332j:plain

 人々は互いに助け合い、穏やかで文化的な文明が形成されていたようです。エネルギーが無料なので、農作物も豊かで、食料の心配などもなかったようです。

 

 タルタリアではエーテルから電気を抽出する技術が確立されており、文明はフリーエネルギーで動いていました。ふんだんな電気を無料で大量に使うことができたため、電気技術が発達し、技術水準は現代文明をはるかに凌駕していたようです。

 

 19世紀初頭のタルタリアの科学技術の映像が残っています。

 

 はっしーさんのツイートから引用させていただきます。

 

 

 見ればわかりますが、自動車、鉄道、航空機、モノレールなどは全部あります。ほかにも動く歩道や、丸い一人乗りの自転車、ロボットなどもあり、すべて電気で動いているようです。

 

 照明はすべて電気で、冷暖房は電気によるセントラルヒーティングが各建物に完備されていたようです。

 

 燃料を燃やすことで動力を得る現文明よりもはるかに発展していたことがわかります。

 

巨人との共生

 タルタリア帝国のもう一つの大きな特徴は、人間と巨人が仲良く手を取り合って共存していたということです。

 

f:id:shunsasahara:20211021215937j:plain

 

 巨人と普通の大きさの人間が協力していた様子がよくわかりますね。

 

タルタリアの滅亡

 このタルタリア帝国は、DSによって、一夜にして滅亡を迎えることになりました。それは1816年2月のことです。

 

 この1816年は一般には「夏のない年」と呼ばれています。

 

 6月にケベックにおいて30センチの積雪が記録され、7月8月にペンシルバニアで気温が氷点下となり、河川や湖が凍結しました。翌1817年の冬には気温がー32度まで低下し、この異常低温は3年間続きました。

 

 何らかの物質が空を覆い、太陽の光が差さなかったために起きた現象と思われます。

 

 また、ロシアにおいては、シベリアを中心に多数のまん丸の湖が存在し、それはまるでクレーターのようです。それらの湖は、地元住民から「悪魔の湖」「災厄の湖」などという名で呼ばれています。

 

 さらには、シベリアのタイガの針葉樹はすべて樹齢が200年以下の若い木からなっています。杉は通常1000年程度生きるにもかかわらずです。

 

 これらのことから、ロシアを中心にタルタリア帝国の版図に大量の核兵器が撃ち込まれ、帝国は壊滅的打撃をこうむり、シベリアの植物は全滅したと考えられています。また核の灰が地球を覆いつくし、3年間にわたる異常低温を迎えたのではないかといわれています。

 

 しかし、人類の災厄はこれだけにとどまらなかったのです。

 

マッドフラッドによる文明のリセット

 現在においても、石づくりやレンガ造りの建物で、一階部分が地中に埋まった建物がよく見られます。これらはロシアやアメリカで特によく見られます。

 

 

f:id:shunsasahara:20211021222503j:plain

 

 何の変哲もない建物ですが、よく見てください。地中ぎりぎりに窓があるのがわかります。これは設計段階でこんな場所に窓をつけたのでしょうか。

 

 そうではありません。この建物はもともと5メートルほど下にあった地面に立っていたのです。

 

 その後、何らかの原因で大量の土が積もり、一階部分が半分埋まってしまい、こんなところに窓が来たというわけです。ちなみに入り口は本来二階であった部分に設置されています。5段程度の階段で入るようになっていますが、本来二階だった部分に扉をつけたため、このような階段が必要になったのです。

 

 

f:id:shunsasahara:20211021222955j:plain

 

 もっと直接的な記録もあります。これは19世紀のアメリカの都市です。人々が、泥に埋まった建物を一生懸命掘り出しているのがわかると思います。

 

 これらの記録が意味するものはただ一つです。

 

 核戦争後に、地球的規模の大洪水が世界を襲い、人々は死に絶え、都市が泥に埋まってしまったということです。

 

 しかしタルタリアの建物は頑丈だったため、洪水に耐えきり、住民がすべて死に絶えた後も、一階部分が泥に埋まった状態で、存在し続けたというわけです。

 

 この世界中の都市が大量の土砂によって埋め尽くされた現象は、泥の洪水(マッドフラッド)と呼ばれています。

 

 人類の文明は、19世紀初頭、核戦争とそれに続くマッドフラッドによって、一度リセットされているのです。

 

 その後DSは、何食わぬ顔で都市を掘り出し、タルタリア帝国の遺跡を破壊しながら、生き残った人たちを無人の都市へと移住させ、歴史を改ざんして帝国とそのフリーエネルギー文明の存在そのものを、歴史の彼方へと葬り去ったということなのです。

 

 

 

86・マッドフラッド2 大聖堂はフリーエネルギー文明のエンジンだった? 文化圏によるエネルギープラントの形態の違いとは!?

 

 

玉ねぎ型の秘密

 前記事で述べたように、玉ねぎ型のドームを持つ大聖堂タイプの建物は、タルタリア様式のフリーエネルギー発電所です。

 

 これらの建物はどのようにして、エーテルエネルギーを電気エネルギーとして取り出していたのでしょうか?

 

f:id:shunsasahara:20211026180602j:plain

 

 写真の建物は、ウィーンにある、カールス教会です。ここはちょうどタルタリア文化圏とローマ文化圏の境目に位置するため、建物も全体がタルタリア様式、入り口だけローマ様式になっていますね(文化圏については後述)。

 

 中央ドームの屋根の部分を見てみましょう。

f:id:shunsasahara:20211026180954j:plain

 

 最上部に金属製の十字架上の突起、その下に小さな屋根とU字型の窓を持つ8角形の部分があって、その下に大きなドーム状の屋根がついています。屋根は金属製のようです。

 

 最上部の金属製の突起はアンテナです。ここからエーテルエネルギーを取り入れ、建物の下部に送り込みます。 

 

f:id:shunsasahara:20211026181940j:plain

 

 場所によって屋根の装飾は様々ですが、どの建造物にも、必ずアンテナが設置されているのがわかります。

 

 屋根の内部には、左右対称の幾何学模様の装飾があります。

 

 

f:id:shunsasahara:20211026183342j:plain

 

 これがエーテルエネルギーの共振器です。現文明でも共振器は左右対称の幾何学模様の空間のある構造になっています。

 

 

f:id:shunsasahara:20211026183622j:plain

 

 こんな感じです。このような模様は、大聖堂の屋根や側面の窓の部分に頻繁に使用されていますね。

 

 ちなみに共振器の中心にある棒はカソードと呼ばれています。共振によって集められたエネルギーはこのカソードを伝って取り出されます。

 

 カソード(cathode)のたくさんある建物が、カセドラル(cathedral)であり、この単語は現在では大聖堂の意味で使われるようになってしまっています。

 

 

f:id:shunsasahara:20211026184224j:plain

 

 こうして並べてみると、現在の電波共振器と、大聖堂の薔薇窓がとても似ていることがわかりますね。

 

 屋根の下にある、円形もしくは8角形の柱付きの構造物は、エーテルエネルギーの増幅器です。 

 

f:id:shunsasahara:20211026184509j:plain

 

 上下2つの磁石に柱状のコイルが挟まれているイメージです。現在の電流の増幅器にとても良く似ていますね。

 

 大きな石の柱の中には実は金属の芯が何本も通っており、コイルと同じ役割を果たしているようです。

 

 また、アーチ形の柱は強力なU字型の電磁石として機能しているようです。

 

 

f:id:shunsasahara:20211026185050j:plain

 

 そして巨大なドームの真下の内部空間には8角形の構造物があります。

 

f:id:shunsasahara:20211026185616j:plain

 

 上から見るとこんな感じです。ここにはエーテル発電所の心臓部である、エーテルエネルギーを電気に変換するエーテルエンジンが設置されていたと思われます。

 

 エーテルエンジンはDSによってすべての大聖堂から除去されてしまっているので、現在ではその姿を見ることはできません。巨大な原子炉のような機械構造のエンジンであるという説もあり、青く輝くクリスタルの結晶だったという説もあります。

 

 さらにエーテルエンジンは大聖堂の外部の施設に設置されていることもあります。

 

 

f:id:shunsasahara:20211026190150j:plain

 

 こんな感じです。特徴としては、どれもみな、8角形の建物であるということです。これはエンジンの形が8角形であったことを物語っています。

 

 

【マッドフラッド】私たちには隠されている歴史の真実・第二回 ~古い教会の本当の目的・世界統一文明のエネルギーシステム~(長編・全五回程度の予定)


 

 以上の内容は、上記のエンドゥ先生の動画を参考にさせていただきました。また先生のご厚意により、動画内で使用している画像を一部使用させていただきました。

 

 エンドゥ先生、どうもありがとうございます。

 

フリーエネルギーの取り出し方

 この世界にはすべての空間にエーテルが充満しています。これが電磁気の媒体となり光を伝達しているわけです。

 

 このエーテル中の電磁エネルギーを電流として取り出すことができれば、どんな場所でも無尽蔵の電力を獲得できるというわけです。まさにフリーエネルギーですね。

 

 タルタリア文明では、大聖堂型の建物が、この空間に充満するエーテルエネルギーを取り出す役割を果たしていました。

 

 屋根の先端のアンテナでエーテルエネルギーをとらえ、屋根の共振器で一定の振動数のエネルギー波にして、アーチ形の柱でそれを増幅し、最後に8角形の台座に据え付けられたエーテルエンジンで、増幅されたエネルギー波を電流に変換していたというわけです。

 

 実際に稼働したエーテル発電所はどんな感じだったのでしょうか?次の動画をご覧ください。

 

 

現在の世界線では消されたvision・version その光景✡️残像


 

 30秒を過ぎたあたりから、ライトアップされた大聖堂の映像が流れています。

 

 これらの多くは、1800年代後半のアメリカにおける遊園地のアトラクションです。マッドフラッドが起きた後の世界ですね。

 

 明らかに電球でライトアップされているものもありますが、よく見ると、建物の壁や縁自身が光っているものもあります。

 

 

f:id:shunsasahara:20211027203627j:plain

 

 DSは、旧文明の痕跡を消すため、大聖堂の機能を徹底的に封印しました。しかしこの時代にはまだ、封印し忘れたエーテル発電所が残っていたようです。

 

 これを目ざとく見つけた人々は、そこに遊園地を作り、元手のかからないエレクトリック系のアトラクションとして公開して、儲けていたのです。

 

 おかげで我々は、往時のタルタリアの光景を偲ぶことができるというわけです。

 

 タルタリアの夜は電気の光によって明るく輝き、その夜景はさぞや美しかったことでしょう。

 

DSによるすり替え

 マッドフラッド後のDSは、タルタリア文明の痕跡を徹底的に消し去りました。しかしタルタリアの建造物は頑丈で、マッドフラッド後も各地にそのまま残っていました。

 

 残っていたエーテルエネルギー発電所は、その機能を封印され、まったく別の用途の建造物として使われることとなりました。

 

 最重要パーツであるエーテルエンジンは取り除かれ、破壊され、その後に残った8角形の台座には彫像や宗教的遺物が置かれました。

 

 共振器のカソードは抜き取られ、バラ窓にはステンドグラスがはめ込まれました。共振器は空間がないと機能しないので、間にガラスをはめ込むことによってその機能を停止させることができるというわけです。

 

 さらに天井の共振機能を持つ装飾は、コンクリートで固められ、あたかも最初からそこにあったかのように、そこに絵が描かれました。

 

f:id:shunsasahara:20211027205155j:plain

 

 最終的にエーテル発電所は、DS支配下の宗教団体に占領され、各地の宗教の神殿や、教会として使用されることになったのです。

 

文化によるエーテル発電所の形状の違い

 エーテルから電流を取り出すフリーエネルギー文明は、世界全体に広まっていました。

 

 しかし世界は大きく3つの文化圏に分かれ、各文化圏によって、発電所、エネルギー中継基地、蓄電所、工場などの形態が異なっていたようです。

 

 3つの文化圏とは、以下の3つです。

1.タルタリア文化圏

2.ローマ文化圏

3.アジア文化

 

 1.のタルタリア文化圏は、タルタリア帝国のもとに統一されていました。その版図は、前記事で述べたように、ユーラシア大陸北アメリカ大陸の大部分と南アメリカ大陸、アフリカ大陸の一部です。タルタリア文化圏の発電所は、玉ねぎ頭の大聖堂型です。

 

f:id:shunsasahara:20211021205656j:plain

 

 2.のローマ文化圏は、古代ギリシア・ローマを淵源とする文化を共有する国々で、当時はたくさんの小国に分かれていました。

 

 イギリス・ドイツ・フランスなどのヨーロッパ諸国、ギリシャなどのバルカン諸国、ブラジルを中心とする南米大陸、オーストラリア全土、および北米のごく一部、アフリカの一部などがこの文化圏に属していたようです。

 

 ローマ文化圏のエネルギー発電所はこのスタイルです。

 

f:id:shunsasahara:20211027210337j:plain

 

 これって、古代ギリシャの遺跡じゃないの?、とおっしゃる方が多いかと思いますが、このスタイルの神殿は、ギリシャ、イタリアだけではなくイギリスやフランスなどのヨーロッパ諸国、およびブラジルやオーストラリアにも存在しています。

 

 その中には、成立年代が比較的新しいものも含まれています。おそらくほんの200年前まで、フリーエネルギー発電所として機能していたものと思われます。

 

 3.のアジア文化圏は、日本、中国、朝鮮および東南アジア諸国です。この文化圏におけるエーテルエネルギー発電所は、このスタイルです。

f:id:shunsasahara:20211027212038j:plain

 

 五重塔ですね。日本国内にもたくさんあります。屋根の先端にはしっかりエーテルエネルギーをとらえるアンテナがついていますね。

 

 このエーテル発電所の形状に注目すれば、その場所がどの文化圏に属していたかがよくわかります。

 

 複数のタイプの発電所がある地域は、2つないし3つの文化圏の交流が活発になされていた地域です。

 

 また2つの文化圏の境界線上にある地域には、2つの発電所の形状が融合した形の遺跡が見られます。

 

 タルタリアとローマの境界線上にあったペテルブルグやウィーンには、下半分がローマ神殿、その上にタルタリアの玉ねぎ頭の屋根のある塔が乗っている形状の建物が見られます。

 

 タルタリアとアジアの境界線上にあったカンボジアアンコールワットなどは、玉ねぎ頭の大聖堂と五重塔が融合した形をしていますね。

 

 のちの記事で詳しく述べますが、19世紀初頭のマッドフラッドは、DSに支配されたローマ文化圏と、光の勢力が統治していたタルタリア帝国との抗争の末に発生したと考えられます。

 

 文化圏の違いを頭においておくと、真実の歴史の流れの把握がしやすくなります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

87・時事速報17 京王線傷害放火事件の謎。事件は巧妙に仕組まれたやらせだった?

 

京王線傷害放火事件発生

 2021年10月31日(日)午後8時ちょい前、京王線の車内で男が刃物を振り回し、車内に放火するという事件が発生しました。

 


 

31日午後8時ごろ、東京都調布市京王国領駅近くを走行中の電車内で「男が刃物を振り回している」と110番があった。警視庁によると、車内で火災も発生、10~70歳代の17人がけがをし、このうち男性(72)が意識不明の重体となった。警視庁調布署は自称・服部恭太容疑者(24)を殺人未遂容疑で現行犯逮捕した。

 

 大変な事件が発生したということで、マスコミ各社は大騒ぎでこの事件を報道しました。

 

京王線事件は不審な点だらけ?

 

 しかし、よくよく見てみると、この事件には不審な点がいっぱいあります。事件発生直後から、SNSではこれが話題になり、この事件は本当に発生していたのか、が疑問とされるようになりました。以下、この事件のおかしな点を列挙してみましょう。

 

1.マスコミの到着が早すぎる

 この事件は、発生直後に、NHKにおいて第一報が流されました。

 

 

f:id:shunsasahara:20211105180257j:plain

 

 その時点ですでに、発生直後の車内の様子をカメラがとらえているのがわかります。

 

 これは事件発生中の映像の一部です。奥の車両で火が燃えており、乗客が一目散に車内を逃げまわっていますね。

 

 さて、この動画を撮ったカメラはいったいどこにあるのでしょうか?

 

 明らかに、逃げてくる乗客をばっちりとらえられる車両の中央に固定されて、撮影されているように思います。

 

2.乗り合わせた乗客のSNSへの投稿がない

 NHKが第一報を流すまで、不思議なことに、SNSにおいて、この事件についての投稿が一つもありませんでした。

 

 現代では、ほとんどの人がスマホを持っており、SNSに自由に投稿することができます。どこかで地震が起きると、その瞬間「地震だ」という投稿が駆け巡り、テレビの地震速報が出た時には、もう日本中の人がすでに地震の発生を知っている状態です。

 

 この状態で、こんな凶悪事件が発生すれば、乗り合わせた乗客が即座にSNSに投稿し、テレビで報道される前にみんな事件を知っているという状況にならなければおかしいのです。

 

 しかし、乗り合わせた乗客からのSNSへの投稿は一軒もなく、ひとびとはNHKのニュース速報で初めて事件を知ったのです。

 

 また、速報時に流された動画も、手振れ一つない完璧な映像でした。もしもこれがNHKの言うように、乗客が撮った映像ならば、極限状態でスマホを手にもって撮影してこんなきれいな映像が撮れるでしょうか。また動画を撮った人を見つけ、交渉して動画を譲ってもらうことが、こんな早いスピードでできるでしょうか。

 

 さらには発生直後にとまった駅における鮮明な映像もながれています。NHKは、たまたまそこに自社のカメラマンが居合わせた、なんて言ってますが、そんな偶然あるでしょうか。

 

 ふつうは事件が発生してから警察が駆け付け、その後、マスコミが情報を聞きつけて現場に到着するはずです。警察よりも早く、事件発生中の車内や、駅にカメラマンがたまたま居合わせた、なんて都合のいい偶然があるでしょうか?

 

3.駅に停車後、扉が開かない

 事件発生後、電車は最寄りの国領駅に緊急停車しました。

 

f:id:shunsasahara:20211105183027j:plain

 

 停車後、なんと電車のドアと駅のホームドアが開かず、乗客は車内に閉じ込められた状態になりました。

 

 結局ドアが開くことはなく、乗客は窓から脱出していますね。

 

 これは通常ではまずありえないことです。車内で火災が起きた時などは、最寄り駅に緊急停止し、車掌がドアを開けて、乗客を非難させるのは、すでにマニュアル化されているはずです。

 

 以前韓国で、電車の火災事故が起き、車掌がドアを開けずに自分だけ逃亡して、刑事責任を問われたことがありました。その時マスコミは、日本ではドアを開けてから、車掌は最後に避難する、としたり顔でコメントしていましたね。

 

 実際日本人の車掌が、緊急事態においてドアを開けずに自分だけ逃げるとは考えられません。これは事前にドアを開けてはならない、と言われていたと考えられます。

 

 おそらく、事件を長引かせ、警察の到着を待ち、乗客の脱出シーンと犯人逮捕シーンを撮りたかったのではないでしょうか?

 

 上の画像を見ていただければわかりますが、女性の乗客が全員パンツをはいていますね。スカートをはいた女性の乗客は一人もいません。まるで、こうなることを全員知っていたかのようです。

 

 スカートで窓から脱出したら大変なことになります。窓から脱出することになることを事前に知っていて、全員しっかりパンツ姿で乗車したということでしょう。

 

4.返り血がない

 この直後、事件発生から5分もしないうちに国領駅のホームに警官隊が到着し、車内に突入、犯人の服部恭太容疑者(24)の身柄を確保します。そのシーンもしっかりとホームにいたカメラマンによって撮影されています。

 

f:id:shunsasahara:20211105185042j:plain

 

 警官が犯人のボディチェックを行っています。さて何かおかしいと思いませんか?

 

 犯人は、何十人もの乗客をナイフで刺した直後のはずです。しかし服装が乱れた様子はありません。しかも、犯人の服には全く血がついていないのがわかります。

 

 何十人もの乗客をつぎつぎに刺したのに、返り血を浴びていないどころか、血の一滴すらついていません。激しい運動をした直後のはずなのに、服にびしっと折り目がついたままです。

 

 この犯人は本当にナイフで乗客を刺したのでしょうか?

 

5.クライシスアクターの存在

 極めつけの写真はこれです。海外のメディアが、事件発生中の車内を映したものです。

 

f:id:shunsasahara:20211105185610j:plain

 

 一番左の女性にご注目ください。この女性はSNSでは有名な、宮本晴代という女性です。

 

 

f:id:shunsasahara:20211105185911j:plain

 

 彼女はTBSの社員であるといわれています。様々なインタビューに登場し、インタビュアーの言ってほしいセリフを言って、ニュースをもりあげる、クライシスアクターと呼ばれる人物です。

 

 彼女がこの電車に乗り合わせたというのはもちろん偶然ではありません。

 

 事前に演技を打ち合わせ、乗客の演技をするために乗っているのです。おそらく乗客として乗り合わせた人物は、全員クライシスアクターもしくはアルバイトの俳優なのではないでしょうか?

 

 犯人の服部恭太役の人物も、おそらく俳優でしょう。ジョーカーの衣装がとても似合っていますね。

 

京王線事件はやらせだった

 こうしてみると、この事件全体が、事前に仕組まれ、多数の俳優を雇って作られた、偽の事件であるということがわかります。

 

 もちろん事前にNHKのカメラマンが車内と駅にカメラを設置して、事件の発生を待ち構え、警察は事件の発生を事前に知っていて、国領駅の周りで待ち構えていたというわけです。

 

 それではなぜ、こんな手の込んだことをわざわざやるのでしょうか。いったい誰が、何のために、このような大掛かりな偽の事件を仕組んだのでしょうか。

 

1.衆院選投票率対策

 事件当日、10月31日は、ご存じの通り、衆議院議員総選挙の投票日でした。

 

 今回の選挙は、不正選挙の温床となっていた自動集計マシン「ムサシ」の不正使用が封じられ、ネット民を中心に投票への意欲が高まり、投票率の上昇が見込まれていました。

 

 これはDSにとっては、避けるべき状況でした。既得権益を持っている人々は、現状を維持することを望んでいるので、投票率は低ければ低いほどいいのです。

 

 投票開始後すぐに、マスコミは戦後3番目に低い投票率になると報道しました。なんでこんな時間にわかるんだということですが、投票に行こうとしている人がこれを見て、行く気をなくすだろうという作戦です。

 

 また経費削減のためと称して、実に3分の1の投票所を閉鎖し、コロナ対策と称して多くの投票所の投票時間を短縮しました。

 

 そして、投票終了間近の8時少し前にこの事件を起こし、最後の投票者の足を止め、開票作業の進行から目を離したすきに、票数を書き換えてしまえ、という作戦だったようです。

 

2.公共交通機関における規制の強化

 この事件にはもう一つ大きな目的があります。どちらかというとこちらがメインで、投票関連はついでといった感じでしょう。

 

 それは、公共交通機関の利用に際しての規制を強化するという目的です。

 


 

 実際事件翌日から、国交省が電車における警戒強化を要請し、マスコミは、電車における安全確保を叫び始めています。

 

 まずは列車に警備員を載せて警戒するところから始めるようです。

 

 その後、列車に乗る際に手荷物検査をしろとか、列車内に監視カメラをつけろ、という話にもっていくでしょう。すでにマスコミはこれらの意見を報道し始めています。

 

 最終的には自動改札に顔認証装置をつけ、電車を利用する人々の動きをすべて把握し、国民の行動を管理する、というところまでもっていこうとしているようです。

 

ショックドクトリンを見抜こう

 これは、伝統的にショックドクトリンと呼ばれている手法にほかなりません。

 

 事故が起こったから対策するのではありません。

 

 最初に公共交通機関を規制しようという目的があり、それに適した事件をでっちあげ、国民の恐怖をあおって、一気に規制を進めようという政策なのです。

 

 これは今回に限ったことではありません。

 

 古くは、1988~89年に起こった、東京埼玉連続幼女誘拐殺人事件(宮崎勤事件)、最近では、2008年に起きた、秋葉原通り魔事件なども、同じ手口です。

 

 80年代までの日本では、ご近所ネットワークが機能していて、子供たちに近所のおじさんおばさんが気軽に声をかけたり、遊ばせたりして、親の目が届かないところでもしっかり子供が保護されていました。

 

 DSにとってこれはとても困った状況でした。子供を誘拐しようとしても、地域の人たちが共同で守っているので、誘拐できなかったからです。

 

 そこでDSは宮崎勤事件をでっちあげ、連日マスコミで報道させて、日本人の恐怖をあおりました。

 

 その結果、子供は知らない人と話してはいけないことになり、地域の人々の子供たちへの守りは解除されてしまいました。そしてDSは、子供を誘拐し放題となったのです。

 

 もちろんこれは、はじめから地域の絆を切るのを目的として、それに最適な事件を設計し、でっちあげて、恐怖をあおり、そのすきに目的を達成したのです。

 

 また、街を自由に歩き回ることができた2000年代に、DSは通り魔事件を起こし、人々の恐怖をあおって、街に監視カメラをつけることに成功しました。

 

 もちろんこれは、街角に監視カメラをつけて、人々を管理するという目的が先にあり、それに最適な事件を設計してでっち上げたというわけです。

 

 今回のDSの真の目的は、公共交通機関を規制し、手荷物検査を実施して、顔認証改札で国民の移動をすべて管理することです。

 

 そのために設計され、クライシスアクターたちによって演じられた事件が、今回の京王線傷害放火事件なのです。

 

 我々はDSの真の目的を見抜き、その実現を阻止しなければなりません。

 

 電車で手荷物検査をとか、顔認証改札を、という議論が出てきたら、しっかり反対の意志を示していきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

88・マッドフラッド3 配電は水によって行われていた? 活きた水の持つ様々な効能とは!?

 

水による配電システム

 前記事でタルタリア文明において、大聖堂がフリーエネルギー発電所の機能を果たしていたということを述べました。

 

 それでは、大聖堂で発電された電気は、どのようにして、各家庭や施設に配電されていたのでしょうか?

 

 もちろん無線による配電システムもあったようです。しかしそれは近距離及び小電力の場合です。家庭内における配電などに使われていたものと思われます。

 

 タルタリア文明において、大電力を各都市および農園や工場へと配電していたのはなんと「水」なのです。

 

水の結晶構造の変化

 現在においても、水に様々な言葉をかけたり、音楽を聞かせたりすると、その結晶構造が変化することが知られています。

 

f:id:shunsasahara:20211111152818j:plain


 上図はモーツァルトジョン・レノンの曲を聞かせたり、ありがとうなどの言葉を聞かせた時に水の結晶構造がどう変化するかを示しています。

 

 いい言葉を聞かせると、結晶がきれいに整い、汚い言葉を聞かせると結晶が乱れるのがわかります。まるで言葉を理解しているかのようですね。

 

 このような音による水の結晶構造の変化については、日本の江本勝氏が詳しく研究しています。興味のある方は氏のご著書をご参照ください。『水からの伝言』『水は答えを知っている』など、多数あります。

 

 タルタリア文明においては、このような水の性質が詳しく解明されており、特定の音色の音や音楽を奏でることで、水の結晶構造を変化させ、水に様々な特性を付加することに成功していました。

 

 このような、音楽によって結晶構造を整えられ、特性を付与された水は、「活きた水」と呼ばれていました。

 

f:id:shunsasahara:20211021205656j:plain


 大聖堂には必ず水路が接続していました。この水路に蓄えられた水は、大聖堂に付属していた鐘の音や、パイプオルガンによる音楽によって、活きた水となっていました。

 

f:id:shunsasahara:20211111160311j:plain


 タルタリア様式の教会(?)には、ほとんどといっていいぐらい鐘がついています。この鐘は水を、電流を含む事のできる結晶構造に変化させるために用いられ、その効果を持続するために、朝・昼・晩と、定時に鳴らされていたようです。

 

f:id:shunsasahara:20211111160652j:plain

 

 さらに、大聖堂にはパイプオルガンが付属していることがよくあります。これはもちろん、水を活きた水に変化させるために装備されていたものです。

 

 鐘が水のもつ結晶構造の一つしか実現できないのに対して、パイプオルガンは、特定の音楽を演奏することによって、当時知られていたありとあらゆる結晶構造へと水を変化させることができる、万能の、活きた水製造装置だったわけです。

 

 この活きた水に電気を流すと、水の結晶の内部に電気を蓄え、それが次々と伝搬されていき、水路が接続する限り、どこにでも電力を送ることができたようです。

 

f:id:shunsasahara:20211027203627j:plain



 以前ご紹介したこの写真を見ても、手前の噴水の水が光り輝いており、水自体にしっかり通電されているのがわかります。

 

 タルタリアの夜はあらゆる水路が光り輝き、全土で美しい夜景が見られたものと思われます。

 

 これはあくまで、水が電流を内包する構造になるということであり、水に直接電流を流すわけではないので、電気を蓄えた水を触っても感電するようなことはなく、普通に水として利用することもできたようです。

 

変電所として使われていたスターフォート 

 タルタリア帝国の版図は、あらゆる地域が川や湖、運河などの水路でつながれていました。これは水利や水運に加えて、あらゆる場所へと電力を供給するエネルギーネットワークでもあったのです。

 

 

f:id:shunsasahara:20211021211819j:plain

 

 また、要所要所に建設されたスターフォート(星形城塞)は、電力の中継基地、今でいうところの変電所の役割を果たしていたようです。

 

 スターフォートの周りには、必ず水路があります。

 

 水がこの形に流れ、流れる水に特定の音波の振動を与えることで、水の結晶構造を整えたり、水分子に内包された電力を取り出したりすることができたようです。

 

塔、オベリスク、赤煉瓦の建物は蓄電のためのコンデンサ

 各地に立っている塔や赤レンガ倉庫は、電力を蓄積するコンデンサーの役割を果たしていたと思われます。

 

 灯台は海辺に立つ塔の一種です。

 

f:id:shunsasahara:20211113170535j:plain

 

 赤煉瓦の倉庫はたいていが水辺に建っています。

 

 

f:id:shunsasahara:20211021212812j:plain

 

 これらはある種の音波を使って、水によって伝えられた電気を取り出し、自らの内部に蓄電して、周りの家屋や施設に電力を配給する役割を持っていたものと思われます。

 

 また各地に立っているオベリスクも蓄電の役割を担っていました。

 

f:id:shunsasahara:20211113170850j:plain

 

 こちらは必ずと言っていいほど、上部にアンテナが立っていますので、蓄電した電気を、無線によって周りの建造物に配電する役割を果たしていたものと思われます。

 

活きた水の活用法

 音波によって結晶構造を整えられた「活きた水」には、電力を伝える以外にも、様々な利用法がありました。これらうちのいくつかをご紹介したいと思います。

 

植物の育成

 活きた水を用いると、通常の水に比べて極めて効果的に植物を育成することができました。活きた水を用いた農場は、タルタリア国内の随所に設置されていました。

 

 例として、イギリスのダービーシャーにあるチャッツワースハウスを見てみましょう。

 

f:id:shunsasahara:20211113173232j:plain

 

 これがチャッツワースハウスの中心となる建物です。水路に囲まれ、90メートルまで吹き上がる巨大な噴水があります。

 

 

f:id:shunsasahara:20211113173747j:plain

 

 これは19世紀に書かれた絵画です。チャッツワースはこの建物を中心に、広大な農場となっていたようです。

 

 中心の建物はエネルギープラントだったようです。農場全体に張り巡らされた水路には、随所に「カスケード(cascede)」と言われる施設が備え付けられていました。

 

f:id:shunsasahara:20211113173944j:plain

 

 こんな感じの階段状の滝です。このカスケードは一段一段すべて高さが異なっており、流れ落ちる水の音が変わるようになっています。

 

 水がカスケードを流れ落ちる際に、様々な音色を発し、その音波によって結晶構造を変化させて、植物の生育に最適な結晶構造の活きた水となり、農場全体を潤していたようです。

 

活きた水を用いた病気やけがの治療

 活きた水は、病気やけがの治療にも用いられていました。

 

 下の写真は、19世紀後半に現存したスメドリーという人物の開いた水治療院です。

 

f:id:shunsasahara:20211113175836j:plain

 

 この時代はマッドフラッドの後の時代なので、この水治療院は本来の能力をすべて発揮しているとはいいがたい状態のものです。

 

 しかし、旧文明時代の病気の治療法を垣間見る契機としては十分です。

 

 

f:id:shunsasahara:20211113180244j:plain

 

 施設内は数百人の患者が泊まり込みで治療を受けられるようになっており、大浴場や、小さな浴槽、寝椅子などが多数設置され、様々な結晶構造の活きた水や電流によって、病気を治す設備が整っていたようです。

 

f:id:shunsasahara:20211113180612j:plain

 

フリーエネルギーで稼働する大工場

 ヨーロッパ各国でお城として使われているものは、当時はフリーエネルギーで稼働する工場だったようです。城の周りには必ずと言っていいほど堀がめぐらされ、水が供給されていますが、あれは、防御のためではなく、電力供給のためだったということです。

 

f:id:shunsasahara:20211113181132j:plain

 

 これについては、後の記事で詳しく述べていきたいと思います。

 

 以上の内容については、下の動画をはじめとするエンドゥ先生の一連の動画を参考にさせていただきました。

 

 エンドゥ先生、どうもありがとうございます。

 

【マッドフラッド】私たちには隠されている歴史の真実・第三回 ~水による配電システム 水と星の関係 天空の水 スターフォートと水~(長編・全五回程度の予定)


 

DSによる旧文明の施設の封印

 以上のような旧文明の優れた技術は、タルタリア文明を滅ぼしたDS(ディープステート)にとっては、何としてでも封印したい技術となっています。

 

 特にフリーエネルギーとその利用法、活きた水とその使用法については、トップシークレットとなっているようです。

 

 ネットで「江本勝」『水からの伝言』を検索してみましょう。これらがうそだ、という記事が山のように出てきます。これらの事実は逆に江本氏の研究結果の正当性を恐れるがゆえに、DSがそれを封印しようとする試みのように、私には見えます。

 

 タルタリア文明は滅亡しましたが、その痕跡となる建造物は、現在でも世界各地に残っています。

 

 DSはそれらを本来の用途とは別の用途に用い、本来の用途を巧妙に隠しているのです。

 

 フリーエネルギー発電所は、エーテルエンジンを抜かれ、共振器をステンドグラスで埋められ、鐘を外されて、大聖堂として使用されていることは前記事でのべました。

 

 また大聖堂や、スターフォースの周りの水路は埋められ、水は抜かれ、本来の機能を果たせないようにされています。

 

 本文で上げたチャッツワースハウスなどの大農場は、DS貴族の邸宅として使われているようです。チャッツワースハウスには、デヴォンジャー公爵が居住しており、農園は、彼の個人所有の庭園として用いられています。

 

 多くの人々が利用する農場を、個人で独占して邸宅にしてしまうというのは、いかにもDSらしい発想ですね。

 

 大工場は、やっぱり国王や貴族の宮殿として使われています。これも同じような発想ですね。

 

 水治療については、施設そのものはマッドフラッドの後にも各地に残っていたようですが、活きた水が使えなくなったため、効果が激減し、単なる温泉やスパとして用いられているようです。

 

 活きた水を使えない水治療はほとんど効果がなくなってしまうので、医学によっても、その効能が否定され、湯治に近い扱いにされてしまったというわけですね。

 

 

 

89・マッドフラッド4 タルタリア人は巨人と共存していた!? タルタリアの科学は現代科学を上回っていた?

 

巨人の痕跡

 タルタリア文明の大きな特徴は、人間と巨人が共存共栄していたことです。 

 

f:id:shunsasahara:20211114195405j:plain

 

 5メートルはあろうかという巨人と、通常の人間が普通にお話ししていますね。

 

f:id:shunsasahara:20211021215937j:plain

 

 こちらは3メートルぐらいの巨人と一緒に撮った写真の数々です。いっしょに仲良くくつろいでいるのがよくわかりますね。

 

 巨人の骨は世界中のあちこちで発掘されています。下の写真は、2008年6月14日に発生した、M7.2 の岩手・宮城内陸地震の際に起きた、がけ崩れによって露出した巨人の化石です。

 

 

f:id:shunsasahara:20211119165322p:plain



 

 この映像はテレビで生中継されたので、多くの視聴者がこれを見ていました。しかし、これ以後、この巨人の骨の映像は削除され、何事もなかったかのような、単なるがけ崩れの映像に差し替えられてしまいました。

 

 DSが、巨人の存在を隠そうとしているのがよくわかりますね。 

 

 巨人の痕跡は、タルタリア様式の建物にも残っています。

 

f:id:shunsasahara:20211114195454j:plain

 

 こちらはペテルブルグ(現 サンクトペテルブルク)にある、聖イサク大聖堂です。周辺に止まっているバスと比べると、その巨大さがわかりますね。

 

 

f:id:shunsasahara:20211114195505j:plain

 

 これは聖イサク大聖堂の正面玄関の扉です。観光客と比べると、とんでもなく巨大であることがわかると思います。扉の高さは5.5メートル。ドアの取っ手は、かつては地上から1.8メートルの位置についていたそうです。

 

 通常サイズの人間には手に余る大きさですね。これはもちろん、身長5メートルの巨人にとってちょうどいい大きさに作られているのです。

 

 下の写真はバチカンの地下書庫にある本です。

 

f:id:shunsasahara:20211114195516j:plain

 

 通常の人間にはちょっと大きすぎるようですね。巨人向けに作られた本といったところでしょうか。

 

 これらの巨人は、タルタリア文明滅亡後、表舞台から姿を消しました。といっても完全に滅びたわけではなく、地下世界、アガルタに引き上げ、今でもそこで平和に暮らしているようです。

 

タルタリア科学は現代科学を凌駕していた?

 次に、フリーエネルギーを駆使した、タルタリア文明の科学技術をご紹介しましょう。

 

f:id:shunsasahara:20211116185703j:plain

 

 こちらはタルタリアの工場内部の写真です。きわめて発展した工業技術がうかがえます。現代の工場とはちょっと違う発想の原理で動いているようですね。

 

 

f:id:shunsasahara:20211114202711j:plain

 

 こちらはタルタリアで使われていた巨大ロボットです。右のロボットは鉱山の掘削に使われていたようです。下の人間と比較するとその巨大さがわかりますね。

 

 左はヒト型のロボットのようです。『天空の城ラピュタ』に出てきた、ロボット兵にそっくりですね。

 

 交通機関は、現在のような鉄道やモノレール、航空機や船舶は普通にあったようです。自動車はすべて電気自動車でした。

 

 特筆すべきはタルタリアのオートバイ、及び自転車です。

 

 

f:id:shunsasahara:20211116190123j:plain

 

 こんな感じで、大きな輪の中に座って運転するスタイルだったようです。GANTZ岡八郎が乗っていた乗り物にそっくりですね。

 

f:id:shunsasahara:20211116190304j:plain


 乗ったまま水上や空中を移動するカプセルもあったようです。美しい景色が堪能できそうですね。

 

飛行船

 タルタリアには、プロヘラ機や、一人乗りの、頭にプロペラをつけて飛ぶ装置もあったようです。しかし、タルタリアの空中輸送の主力を担っていたのは、なんといっても飛行船です。

 

 

f:id:shunsasahara:20211114202805j:plain

 

 高い建物の上を、巨大な飛行船が多くの人々を乗せて飛び交っています。この飛行船のエンジンは、もちろん電力で動いていました。

 

 

f:id:shunsasahara:20211114202824j:plain

 

 これが飛行船の充電風景です。塔が電力を蓄えるコンデンサーの役割を果たしていたことは、前記事で述べました。

 

 飛行船は空中に漂ったまま、塔につながれることによって充電され、推進力を回復していたようです。

 

 マッドフラッドの後も、空中にいた飛行船は多くが洪水を免れ、後世に残りました。19世紀半ばには、これらの飛行船が大活躍していました。

 

 しかし、飛行船の製造、補修技術は失われていたので、飛べなくなった飛行船は次々と廃棄され、数が減っていきました。

 

 1937年5月6日に墜落した、ドイツの飛行船、ヒンデンブルグ号は、おそらくタルタリア文明の遺産である飛行船の、最後の一隻だったのではないでしょうか。

 

地下鉄

 タルタリアの都市の地下には地下鉄が走り、都市近郊の人員輸送に大きな役割を果たしていました。

 

 その地下鉄は、19世紀末から20世紀初頭に再び掘り出され、現文明の下で使用されることになったようです。

 

 1863年に開業したロンドンの地下鉄がその走りです。これは新たに建設したのではなく、もともと使用されていたタルタリア文明時代の地下鉄を、泥の中から掘り出して再利用しただけです。

 

f:id:shunsasahara:20211116190408j:plain


 上の写真は、1933年に開業した大阪の地下鉄と、1935年に開業したモスクワの地下鉄の開業当時の写真です。

 

 2つの地下鉄車両及びその駅の構造の間には、2つの都市の距離を超えた、共通の設計思想があるように思われます。

 

 これらはどちらも、タルタリア文明の遺産です。もともとあった地下鉄を、掘り出して使っただけだということです。

 

 東京においても、これらに先立って1927年に開業した、地下鉄銀座線は、タルタリア文明の遺跡を掘り出して使用したものと思われます。

 

 次に開業した丸ノ内線が、二次大戦後の1954年開業ですので、その間、実に24年も離れています。これは、当時の技術が、地下鉄を開通させるのには不十分なものであったためだと思われます。

 

 とりあえず、もともとあった地下鉄を掘り出して使ってみたけれど、それと同じものを自分たちで作れるようになるには、それから20年以上の歳月を要した、というわけです。

 

 タルタリア文明の先進性がうかがえるエピソードですね。

 

 

 

 

 

90・マッドフラッド5 ナポレオンは被爆していた? フランス革命とナポレオン戦争の真実とは!?

 

18世紀後半の国際情勢

 公式の記録では、18世紀後半までの国際情勢はどうなっていたでしょうか。高校の世界史の時間に習いましたね。もう一度教科書を引っ張り出してみましょう。それによると

 

ロシア  1682年 ピョートル1世即位

     1703年 ペテルブルグ建設

     1721年 ロシア帝国成立、ペテルブルグに遷都

     1762年 エカチェリーナ2世即位

     1795年 第3次ポーランド分割、ポーランド消滅

イギリス 1600年 東インド会社設立 植民地支配本格化

     1688年 ファルツ戦争開始 第2次英仏100年戦争始まる

     1707年 スコットランド併合 グレートブリテン王国成立

     1776年 アメリカ合衆国独立

フランス 1789年 フランス革命

     1804年 ナポレオン皇帝に フランス帝国成立 

 

なんて感じになっていますね。

 

 これはもちろん半分真実で半分嘘です。以下の記述では、これらの材料を用いて、マッドフラッドの観点から、真実の歴史の再構築を試みてみたいと思います。

 

世界における3大勢力

 以前述べたように、17世紀以前の世界は3つの勢力に区分されていたと考えられます。タルタリア帝国、DSローマ、アジアです。

 

 どれもフリーエネルギー文明を擁していましたが、建物の様式が異なっていたのは以前述べたとおりです。

 

 本シリーズでは、1816年のマッドフラッドに焦点を当てていますが、気候変動の記録などから、そのさらに200年前の1601年にも同じような大変動があったと考えられています。

 

 この17世紀初頭、1601年の大変動によって、アジアは滅亡し、実質的な力を失ったようです。アジアの文化、文明はその後も残りましたが、国家としての力は失ってしまったということです。

 

 この1601年の大変動についてはここでは詳しく述べません。またの機会に詳しくお知らせしたいと思います。

 

 アジア滅亡後、DSローマは、旧アジア諸国を植民地とし、その地を支配していきました。

 

 こうして18世紀には、世界は大きく、タルタリア帝国、DSローマに2分されていたと思われます。旧アジア諸国は、その多くがDSローマの植民地となっていましたが、日本のように独立を守り続け、2つの勢力のどちらにも与しない国もあったようです。

 

 以前掲載した地図を再び見てみましょう。

 

f:id:shunsasahara:20211021202112j:plain

  

 これはおそらく、18世紀後半、フランス革命直前当たりの勢力図だと思われます。

 

 シベリア、中央アジア朝鮮半島、トルコがタルタリア帝国の版図となっています。ヨーロッパ、すなわちDSローマは、モスクワを含む現ヨーロッパロシアの部分や、アラビア半島を制圧しています。

 

 日本や中国、インドは独自勢力でしょうか。インドや中国はだいぶDSローマに侵食されていたかもしれません。

 

DSローマの侵攻

 時間を元に戻しましょう。

 

 大変動直前の16世紀末の時点で、太平洋北部からシベリア、中央アジアを経由して、モスクワ、さらにはバルト海沿岸のペテルブルグまで、ユーラシア大陸北部はすべてタルタリア帝国の版図だったと思われます。

 

 これに加えて、タルタリア帝国は北アメリカ全土と、南アメリカの大半をも領土としていました。

 

 DSローマの内部はイギリス、フランス、ドイツ、オランダ、オーストリアなど、様々な小国家に分かれていました。これらは全体として共通の文明を共有していましたが、お互いをライバル視して植民地の取り合いを行い、さらには共通の敵としてタルタリアと対峙していました。

 

 光側のタルタリアは一つの帝国としてまとまっているのに対して、闇側のDSローマは、内部抗争を繰り返しているところが、いかにもそれらしいですね。

 

 1601年の大変動の直後、まずはDSローマがタルタリアの領土に対し、侵攻を開始しました。大変動の犯人はもちろんDSローマだったので、大変動が起こることがあらかじめわかっていたため、事前に準備して、速やかに侵攻を開始できたということです。

 

 DSローマ各国は、まずは崩壊したアジア諸国に上陸し、そこを占領して植民地化しました。

 

 さらに、タルタリアの統治下で平和に暮らしていたアメリカ大陸に侵攻し、北アメリカの東海岸一帯を占領、南アメリカにも侵攻してそこで暮らしていた人々を殲滅したと思われます。

 

 さらには東ヨーロッパからモスクワに侵攻し、そこにDSローマに所属するロシア帝国を建国し、バルト海沿岸まで進出して、ペテルブルグを占領しました。

 

 この事件がオフィシャル歴史では、ロシア帝国の建国とペテルブルグ建設として、描かれているというわけです。

 

 この時点で、上記の地図のような、各国の勢力範囲となったと思われます。

 

 タルタリア帝国は、ペテルブルグ、モスクワを含む、ウラル山脈の西までDSローマに占領されてしまった状態です。

 

光の勢力の反撃

 しかし、大変動から復興し、国力を回復したタルタリア帝国は、18世紀後半からDSローマに対して反撃を行います。

 

 その第一弾が、アメリカ独立戦争です。これはおそらく史実とは微妙に異なり、タルタリア領に侵攻して東海岸の領土をかすめ取ったDSローマの主要国、イギリスに対し、現地のタルタリアの住民が反旗を翻し、これを追い出した戦いであると考えることができます。

 

 史実ではアメリカ合衆国初代大統領となっているワシントンは、おそらくタルタリア帝国の北アメリカ総督を務めていたのではないでしょうか。

 

フランス革命の真実

 そしてついに、DSローマ加盟国内の反乱が勃発しました。それが、1789年に起きた、フランス革命です。

 

 これはフランスの民衆が、フランス支配階層に巣くう闇に気づき、闇の勢力を一掃した革命であると思われます。

 

 ちょうどフランス王フィリップ4世による、聖堂騎士団粛清事件とそっくりですね。聖堂騎士団事件については、当ブログの以下の記事をご参照ください。

 


 

 フランス革命では、ギロチンと呼ばれる断頭台が用いられ、効率的にDS たちを処刑していきました。

 

f:id:shunsasahara:20211202153939j:plain

 

 オフィシャル歴史では、反革命を片っ端から処刑して野蛮だ、なんて言ってますが、これはもちろん処刑されたDS たちの恨み言にすぎません。

 

 他のDSローマ諸国は、徹底的にフランス革命をつぶそうとし、集団でフランスに攻め込みました。革命は風前の灯火かと思われたその時、現れたのは、英雄ナポレオン・ボナパルトです。

 

f:id:shunsasahara:20211203202613j:plain

 

 彼は1799年11月9日(ブリュメール18日)のクーデターで政権を掌握すると、フランス軍を率いて瞬く間に周りのDSローマ諸国を一掃します。

 

 ナポレオンのヨーロッパ侵攻時の地図は下の通りです。赤い部分がナポレオンのフランス支配下の地域です。

 

 

 

 ヨーロッパのDSローマ諸国がほぼ一掃されていますね。

 

 ナポレオンのフランスは、もちろんタルタリア帝国と同盟を結んでいました。

 

 1804年、フランス皇帝の座に就いたナポレオンは、1812年、ついにヨーロッパ大陸に残った、最後のDSローマ加盟国であるロシア帝国に攻め込みます。

 

 この侵攻は、おそらく東から攻め込むタルタリア軍と共同で行われたと思われます。

 

 ナポレオン軍は破竹の勢いで進撃し、9月14日、ついにモスクワを制圧しました。

 

 そして悲劇はこの直後に起こったのです。

 

モスクワを襲う核の炎

 ナポレオン軍がモスクワに到着した時、モスクワはもぬけの殻となっていました。ロシアはモスクワ市民を全員退避させ、モスクワを無人にしていたのです。

 

 無人となった大都市に、ナポレオン軍は悠々と侵入し、これを制圧します。都市の制圧が終わって一息ついたその夜、異変が起こりました。

 

 この時の模様はエンドゥさんの以下の動画に詳しく述べられています。ぜひご参照ください。

 

#核戦争 #終末 #歴史

【驚愕すぎる!!】ロスチャイルドの陰謀に撃破されたナポレオン トランプはナポレオンの再来!? 19世紀初頭に消滅した歴史上最大の国家 タルタリヤ帝国の滅亡 第③回


 

 その夜、多くの兵士が、モスクワ上空に飛んできた巨大な火球を目撃しています。その火球はモスクワ上空に近づくとともに、まばゆい閃光を発し、それからすさまじい爆風と劫火がモスクワ市街を襲いました。

 

 石造の建物がすべて破壊され、モスクワの町は三日三晩、燃え続けました。オフィシャル歴史では、「モスクワ大火」なんて言われていますね。

 

 当時の人はこれがなんだかわからなかったと思いますが、現代のわれわれが当時の記録を読むと、何が起こったかはっきりわかります。

 

 DSは、モスクワに核ミサイルを撃ち込み、核爆発でモスクワを吹き飛ばしたのです。

 

f:id:shunsasahara:20211203204756j:plain

モスクワのフランス軍

 DSローマとしては、ここでモスクワが陥落し、ペテルブルグまで占領されてしまえば、ヨーロッパ大陸がタルタリアとその同盟国のものとなり、イギリスだけが孤軍奮闘する状態になってしまいます。

 

 イギリスのロンドン、シティの奥深くに巣くうDS ロスチャイルドと、そのバックのレプティリアンたちは、この状況を恐れ、当時人々にまだ知られていなかった、禁断の果実、核兵器を使用したと思われます。

 

 モスクワを占領していたフランス軍の半分以上は最初の爆発で消滅し、その後の大火と放射線障害とみられる症状で、フランス軍兵士は次々と倒れていきました。

 

 ナポレオン本人は奇跡的に無事だったようですが、この後、放射線障害と思われる各種症状に悩まされ続け、本来の能力が発揮できなくなってしまったようです。

 

 モスクワ撤退後、1813年10月に行われた、ライプツィヒの戦いに敗れたナポレオンは、エルバ島に流されてしまいます。

 

 その後エルバ島を脱出し、一時期皇帝に返り咲きますが、ワーテルローの戦いで完敗し、大西洋の孤島、セントヘレナ島に流されて、そこで生涯を閉じることになります。

 

 さすがのナポレオンといえども、核ミサイルの直撃を食らって、無傷で済むことはできなかったようですね。