鶴我の考察・感想・言葉の息吹を吹き込む日々の呟き。

自然・宇宙・日本の歴史に心赴くままに穏やかに情熱を大事に謙虚と感謝を忘れずに好奇心を持って生きてく男の記録。

コロナとワクチンの事実を中村 篤史先生から引用。(noteより)【拾貮】●〈完〉●

 

 

 

 

もう中村さんの記事の引用はこれで終わります。
ワクチンもマスクもカバールDS掃討作戦も多次元的な目で見ないと分からないことがあり、ワクチンやマスク社会に不安を持っているのは分かりますが
しかし、その状態では見えないものを見ることはできない。マスクは縄文人やこれまで実態をかき消されたものの無念の痛みの投影であり、ワクチンは
いくつかの意味があり、幻想社会の終焉と歪みの軌道修正をもたらすものであり、人間が本当の意味での生きるを思い出す爲のトリガー(引き金)なのだから
そこまで不安にならなくてもいいのです。カバールDS掃討作戦は自分の中の心や生き方、今までの自分自身への向き合いという最中や思い込みや偏見の払拭、信じていたものに
裏切られることへの葛藤と苦しみとカバール的思想を持っていないかどうかの神様の問いでもあり、その日程表に基づいて行われる神仕組みであり、誰にもこれを止めることは
出来ないというのがこれまで得て来た自分の知見です。まぁこれでもまだ、正解と呼べるものにたどり着けているとはあんまり思っていなく
「それだけじゃない。まだ、何かある筈だ・・・もっと深い真理に近づきたい。更に探究して宇宙の神秘をインスピレーションを受け取りたい。意識や量子、精神と物質、
無限の可能性など宇宙の叡智と繋がり、物事の理解度を深めたい。探究と深化を均衡させて自分の夢を叶えたい。好奇心と學びと驚きと闘争溢れる世界でどこまでも
行くかの如く、己の望む人生を今を最も大事にしていきたいんだ」というのが俺の想いです。

 

 

 

 

 

 

 

125・消えたB29

2021年10月25日 21:42

 

 

1945年5月10日、ドイツの降伏により欧州戦線は収束した。連合国にとって、残る敵は日本のみとなった。ニューメキシコ州ロスアラモスでは、米軍上層部やごく一握りの科学者が密かに原爆開発に取り組んでいたが、彼らの目下の議論は「日本のどこに原爆を落とすのか」である。
マンハッタン計画の責任者レズリー・グローブス中将は、以下のように提案した。
「標的は、日本人にとって精神的価値を有するものであるべきだ。その標的の破壊により戦争継続の意思をくじく効果が期待できる。また、標的は軍需工場や軍の設営所など軍事的意味合いを帯びていることが好ましい。さらに、この新型爆弾の殺傷力を純粋に評価するためには、これまでの空襲による被害が少ない地域であればなおよい」
この提案を叩き台として、様々な候補地が挙げられた。
筆頭に挙げられたのは京都である。2000を超える神社仏閣があり、日本人の精神的ふるさとと呼ぶにふさわしい土地である。人口100万人と十分な人口がおり、かつ、これまでまったく空襲を受けていないことも、原爆の殺傷力を評価する意味で理想的に思われた。
しかし1945年6月の会議で、陸軍大臣ヘンリー・スチムソンが「京都は標的リストから除外すべき」と主張した。「京都は文化的な価値があまりにも高すぎる。千年以上の歴史がある文化遺産を原爆により消失させることは、人類史への罪として、後世に弾劾されるのではないか
しかし軍首脳部はこの提案に難色を示した。「文化的価値、などというものを持ち出されては、空爆のひとつもできなくなってしまう。あなたは戦争を分かっていない。軍はあくまで、戦略的なメリット、デメリットによって動く。感傷的な理由で判断が変わることはあり得ない」
科学者のフォン・ノイマンも京都への原爆投下を強く主張した。「最優先の目標は日本人の戦争意欲を喪失させることである。京都の歴史的文化的価値が高いのなら、それゆえにこそ、京都に投下せねばならない」

しかしスチムソンは折れなかった。「ローマやアテネを爆破すればどうなるか?世界中から批判の声が上がるだろう。京都を破壊することはそれと同じ帰結をもたらす。断じて許容できない」
スチムソンはトルーマン大統領にも直接掛け合い、あの手この手の根回しを行った。結局京都は原爆の候補地から外されることになった。
後世の歴史家が明かすところによると、実はスチムソンは大の京都びいきだった。1920年代に京都を何度も訪れたことがあり、新婚旅行の行先も京都だった。京都は幸運にも、この京都好きのアメリカ人のために、原爆の災禍からまぬかれることになった。

京都を標的リストから外すとして、さて、どこに落とすべきか。小倉、東京、広島、横浜、新潟などが検討された。最終的に、東京、広島、小倉が原爆投下地域に決定した。

1944年8月テニアン島を占領した米軍は、そこを足がかりにB29による日本への無差別空爆を開始した。
1945年8月陸軍大臣東条英機は、テニアン島から原爆初号機を積んだB29が東京に向かって飛来するという極秘情報をつかんだ。
原爆は長さ3メートル、重さ4トンと非常に重い。これを搭載したB29は、機関砲や重機関銃を外している。しかし多くの護衛戦闘機がその周囲をかこみ、太平洋上空を東京に向けて飛行していた。このままでは計り知れない破壊力を持った新型爆弾が、東京上空で炸裂することになる。しかし日本側には、これを迎撃するための余力はとうに尽きていた。
東条はすぐさま昭和天皇に謁見した。状況を伝え、助力を乞うた。
東条は昭和天皇にすさまじい霊力があることを知っていた。「この危機を切り抜けるには、陛下の人知を超えた力に頼るより他ない」と。
しかし天皇は当初、この願いを断った。あれほど戦争に突入することだけは避けるようにと念を押したにもかかわらず、結局は戦争を始めてしまった。そういう東条に対するわだかまりがあった。しかしルーズベルト大統領によってうまく追い込まれ、やむなく開戦へと舵を切らざるを得なかった東条の心情も分かっていた。
東条はひたすら平身低頭である。「何卒、東京の民をお守りください」
この言葉に動かされる形で、願いをかなえることにした。
そして、代々天皇家に伝わる聖徳太子秘伝の祝詞が書かれた巻物のひとつを開き、そこに記されていた祝詞を唱えた
すると、はるか太平洋上空、周囲を護衛戦闘機に囲まれた原爆初号機を搭載したB29が、忽然と消えた。目撃者は数多い。数十人のパイロット全員が見ているなかで、B29が一瞬のうちにどこかに消えてしまった。
当然米軍首脳部は、この事態を「何らかの方法で撃墜された」と考えた。1週間ほど近海を大規模な捜索隊を組織して探したが、爆撃機の破片のひとつさえ見つからなかった。
一体どのように撃墜したのか、原因を解明したいところだが、その手がかりもつかめない。東京への原爆投下は失敗だとあきらめるよりほかない。しかし次なる作戦の遂行である。そこで原爆2号機を搭載した別のB29が、テニアン島を広島に向けて出発した。

その後の歴史は、皆さんご存知の通りである。広島では計画通りに成功、小倉への原爆投下は曇り空で標的が目視できなかったため急遽中止、代わりに長崎に投下された。2発の原爆を投下を受け、日本は連合国に無条件降伏することになった。

連合国にとっては勝利である。しかし疑問は残る。原爆を積んだB29は一体どこに消えたのか?調査を続けたCIAは、占領と同時に接収した軍部の機密資料を解読したり、軍関係者へのヒアリングするうちに、B29の消失に天皇が深く関与していることを突き止めた。

さて、日本の地に降り立った連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーが、到着後、最初にやったことは、銀座のGHQ本部に天皇を呼びつけることだった。目的は、無論、B29を消した方法を自白させることである。
マッカーサーの尋問に対して、昭和天皇は身に覚えのない話だと突っぱねた。素直に口を割るはずがないことはマッカーサーも想定済みである。そこで交換条件を持ち出した。すでにヤルタ会談では、ロシアが北海道を、中国が九州と四国を、そして本州をアメリカが占領する分割統治が決定していたマッカーサーの提案は、ヤルタ会談での決定を反故にしてアメリカが全土を一括統治することとし、その後できるだけ速やかに日本を再独立させるというものだった。
ここに至って、天皇は腹を決めた。マッカーサーの提案を受け入れる形で、自分自身にすべての責任があり処刑も受け入れること、もうこのまま皇居に帰るつもりはなくこの場で処刑されてもかまわないことを伝えた。さらに、どのように原爆を搭載したB29を消滅させたかを明らかにした。聖徳太子の残した皇室秘伝の巻物を現人神である自分が唱えることで、太平洋上空を飛行するB29を神業により別の世界に送り込んだということを。さらに、その巻物は四国剣山の山頂付近の洞穴の中に隠されていることを。「私の身がどうなってもかまわない。天皇家の財産を復興のために使って、できるだけ多くの国民が生きられるようにして欲しい」それが天皇の切なる願いだった。
マッカーサーにとって、そんな願いはどうでもいいが、三種の神器のありかを白状したことはビッグニュースだ。すぐさま副官をその場所に派遣したところ、確かに、そこに三種の神器が見つかった。押収し、トルーマン大統領に自ら届けた。

マッカーサーの報告を受けたトルーマン大統領は、マンハッタン計画に携わっていた科学者のなかから特に優秀な物理学者と数学者を10人選び、IBMの研究施設に送り込んだ。目的は、聖徳太子の巻物にある祝詞を徹底的に解明し、天皇を介さないで物質を消失させる技術を獲得することである。
物質を消す技術については、すでに戦争末期1943年に、レーダーに映らないステルス技術の開発を目的として、フィラデルフィア港で実験が行われていた。ニコラ・テスラの発明によるテスラコイルを用いて高周波電磁変動によって鉄でできた軍艦の船体が磁性を帯びるのを妨げるというものだったが、これといった成果は得られなかった。
戦後、テスラの後任としてフォン・ノイマンが選ばれた。ノイマンテスラコイルが生み出す高周波電磁装置が生み出す電磁変動の上に、祝詞を唱えることで発生する音波変動を、ラジオ放送の要領で変調させて乗せてみた
すると、驚くべきことに、電磁変動を照射された駆逐艦の巨体がモヤに包まれ、一瞬のうちに消えてしまった。

その後この物体消失技術は改良され、やがて完成した。長らく実際に使う機会がなかったが、7年前、アメリカはそれを使わざるを得ない状況に追いまれた。みなさん、2014年3月8日に起きたマレーシア航空370便の失踪事件のことを覚えているだろうか。
乗客乗員239人を乗せたマレーシア航空370便は、クアラルンプール空港を出発して北京空港に向かったが、離陸から50分後、地上管制との交信が途絶え、そのまま消息を絶った。消えた理由はいまだに不明で、破片すら見つかっていない。その後垂直尾翼の一部らしきものが見つかった、とニュースが流れたが、無論、世間を納得させるためのフェイクである。
あの事件はペンタゴンのコンピューターシステムを設計した中国系アメリカ人エンジニアが、そのシステム情報を中国政府に売るという計画があり、そのエンジニアが370便に乗るという情報をCIAがつかんだことに端を発している。CIAが逮捕に向かったときには機はすでに離陸していた。この370便が北京空港に着陸しては、もう手が出せない。防衛システムが中国に筒抜けになり、アメリカの国防は一巻の終わりとなる。かといって、現代において、アメリカといえども民間機をミサイルで撃墜することはできない。

そこでCIAがオバマ大統領に進言したのが、IBMが完成した技術を使って、飛行機の機体もろとも中国系アメリカ人エンジニアを消す方法だった。「乗客や乗組員を殺傷するのではありません。別の世界に転送するだけで、その世界でちゃんと生きていくのです」と説明することで、大統領の良心の呵責に配慮した。

上記の話は、保江邦夫氏の動画

死からの生還 天皇陛下の能力 秘密喫茶 居皆亭(いるみなてい)

vol.31 ~ 保江邦夫 × 三上丈晴 ~ 3/7



と、保江氏の著書(『祈りが護る國 アラヒトガミの霊力をふたたび』)を参考にしました。
東京への原爆投下計画があった、というのはにわかに信じがたいし、天皇が原爆を積むB29を消したというのはもっと信じがたいけれど、話としてはおもしろい
コロナワクチンの接種を勧めている勢力がごっそりどこかに消えてくれるといいんだけど(笑)

 

 

 

126・水と健康1

2021年11月9日 00:39

 

きのう三宮で当院主催の講演会があった。テーマは「知られていない水の話」である。講師としてイーテック(株)の小野志郎さんとアーステクノ(株)の細谷幸喜さんをお招きした。両名とも、浄水器業界の裏の裏まで知り尽くしている。一般のメディアでは絶対に出て来ない情報が盛りだくさんで、会場に来られたお客さんにも満足いただけたと思う。

細谷さんの話
「昔、神戸は水のおいしい町として知られていました。神戸港に入港する外国船は、神戸港に着岸する前に船内タンクの水をすべて捨てたものです。なぜか分かりますか?新たに神戸の水を補給するためです。世界中の港を渡り歩く船乗りですから、彼らは神戸の水のおいしさを知っていたんですね。しかし今や、そんなことをする外国船は皆無です。水道のろ過方式が変わって、水がまずくなったからです。緩速ろ過方式から急速ろ過方式になりました。急速ろ過は、比較的狭いスペースで大量の水道水を作ることが可能ですが、大量の薬品(塩素、アルミなど)が使われます。そのため、かつて世界有数のおいしさだった神戸の水は薬品くさくなり、船乗りから見向きもされなくなりました。
急速ろ過になったのは、何も神戸だけではありません。今や高層ビル群が並び立つ六本木ヒルズや新宿都庁近辺には、かつて緩速ろ過の水質処理場がありました。緩速ろ過は水道水を作るのに時間がかかるし、処理場に広いスペースが必要です。経済能率を優先する人たちにとって、緩速ろ過システムは目障りでした。そこで、水のおいしさを犠牲にした急速ろ過システムが全国的に普及するようになりました。
私は愛知県豊橋市に住んでいますが、豊橋の水は緩速ろ過です。当然おいしいですし、残留塩素やアルミも少なく健康にもいいです」

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小野さんは水道水や簡易型浄水器について、いくつかの簡単な実演をした。それは非常に衝撃的な実演だったが、詳細をここで書くことはできない。
しかし塩素の実験については紹介してもいいだろう。紙コップを二つ用意し、それぞれに水道水を入れる。一方の紙コップに指を入れ、10秒ほど指で水を混ぜる。その後、両方の紙コップに塩素を検出する試薬を入れると、指で撹拌した水はきれいなままだったが、指で混ぜていない紙コップの水は黄色っぽい色になった。
「試薬は塩素に反応して着色します。つまり、水道水には塩素が入っているということです。しかし10秒指で混ぜた水は、試薬が反応しませんでした。つまり、塩素がなくなったということです。塩素はどこに消えたのでしょう?無論、経皮吸収です。塩素は皮膚から簡単に吸収されます。一番風呂に入るリスクが察せられるのではありませんか?」

3番目の弁士として、僕も登壇した。最近の講演はコロナのことばかり話しているが、今回は水をテーマに話した。

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まず、コアンダとフラナガンの仕事について紹介した。
アンリ・コアンダは、1910年に世界初のジェット機『コアンダ』を作製した発明家で、流体力学の重要な法則「コアンダ効果」の発見者でもある。
彼はライフワークとして、水と健康の関係を研究していた。パキスタンフンザ渓谷は、イギリスの作家ジェームズ・ヒルトンの小説に出てくる理想郷『シャングリラ』(不老長寿の人々が暮らす地上の楽園)のモデルとなった地域である。実際フンザ渓谷に暮らす人々は長寿で、100歳越えの老人はざらにいる。100歳を超えて父親になる老人もいれば、60代や70代で妊娠する女性もいる。現代の我々にとっては、にわかに信じがたい話である。しかしコアンダは実際にフンザ渓谷に出向き、そうした現象が事実であることを確認した。
フィールドワークとして、フンザ以外にもロシア山奥のグルジア高地、外モンゴルの渓谷、エクアドルのビルカバン渓谷などを訪れ、長寿の秘密を探った。
その結果「若々しく健康で長生きできるのは水のおかげだ」との結論に至った。なるほど、We are what we eat.(体は食べ物でできている)という言葉は間違いではないが、より正確には、We are what we drink.(体は飲み物でできている)、つまり、水こそが核心に違いない。であれば、我々はどういう水を飲むべきだろう?フンザ地方の人々のような健康長寿を享受するには一体どのような水を飲めばいいのか?
フンザの人々は、世界最高峰の山々から流れてくる氷河水を使って生活している。氷河水にはミネラルは一切含まれておらず、蒸留水とほとんど同じである。ただ、氷河から溶けでた水は、鉱床を通り過ぎながら、コロイド状のミネラルを吸収し、次第に濁っていく(その成分には当然フルボ酸も含まれているだろう)。
このコロイド溶液をどのように分析すればいいか。コアンダは自らの発明した『コアンダ・ノズル』を使って自ら雪片を作った(この技術はその後人工雪の作成に応用されている)。各地の水で雪片を作り、雪片ができてから崩れるまでの時間を計測したところ、雪片の保持期間とその水の採取地域の人々の寿命に相関があることを見出した。
「長寿の秘密は、何らかの形で水の分子構造と関係している。この水の特異的な性質が長寿の鍵だが、私が分かったのはここまでだ。フンザの“Fountain of Youth”(若返りの泉)の秘密を解き明かすには私はあまりにも高齢過ぎる」
70代のコアンダは自らの研究の後継者を探していた。1962年ペンタゴンを訪れたコアンダは、若い才能を見出した。パトリック・フラナガンという17歳の青年である。
フラナガンは早熟の天才で、11歳のときに誘導ミサイル検出システムを発明した。それを科学博覧会に出展したところ、優勝した。こんな天才少年をペンタゴンが放っておくわけがない。背広を着た軍人が少年の通う小学校に出向き、直々にスカウトに来た。少年に破格の条件(目が飛び出るような高額の給料、才能を存分に発揮できる研究環境など)を提示した。少年はこの申し出を素直に喜び、『秘密保持契約』にサインした。

ペンタゴンのヒュイック研究所で勤務する17歳のフラナガンは、コアンダから水の研究を引き継ぐよう依頼された。世界には平均寿命が100歳を超える地域が5つあるが、その地域の水の表面張力、粘度、沸点、氷点の研究データなど、コアンダは自分が蓄積したデータや研究のノウハウのすべてをフラナガンに託した。
フラナガンは各地で採取した粘度から、コロイド状の微粒子を作り、それを蒸留水に加えることで“フンザの水”を再現しようとした。何千回もの試行を繰り返したが、うまくいかない。問題はコロイドの大きさと電荷だった。試作のコロイドは生体システムが取り込むには大きすぎ、かつ、電荷も低かった。
しかし苦節20年、ついにコロイドの電荷を増やす特殊な装置を考案した(Vortex Tangential Amplifier)。この装置によって作り出されたコロイドは、水の表面張力を73ダインから25ダインに下げるほどの高い電荷を保持していた。また、人体の毒素を排出するのに最適な水の表面張力は55~65ダインであることも実験的に突き止めた。
このフラナガン博士、なんと2009年に日本で講演をしています。


 

 

 

 

 

127・水と健康2

2021年11月9日 22:47

 

前回に続き、講演会で話した内容をざっと紹介しよう。
ゲルマニウムと私』(浅井一彦著)に、ルルドの泉についての記載がある。

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ルルドはフランスとスペインの国境に位置する小さな村だが、“ルルドの奇跡の水”で有名である。当地に産出する湧き水があらゆる病気を治すと言われている。病気平癒を願って年間300万人がルルドを訪れる。

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アレクシス・カレル(1873~1944)という若い外科医がいた。幼少期から神童の名声高く、リヨン大学医学部を優秀な成績で卒業した。研究室でも画期的な論文を量産し、30歳の若さで教授になった。1912年には血管縫合、臓器移植に関する研究でノーベル賞を受賞した。
1902年29歳の若き俊才カレルは、ルルドの話を聞き嘲笑した。
20世紀の今日、奇跡などというものは存在しない。いわゆる“ルルドの奇跡”は、集団的な祈祷によって暗示にかかっただけのこと。要するに、単なるヒステリーだ。俺がルルドに直接出向いて非科学的な虚偽をあばいてやる
ルルド行きの汽車に乗ると、近くに若い女性(マリー・バイイ)が横たわっていた。結核性腹膜炎の第3期。医者から見放された患者だった。
「診察している間にも死ぬんじゃないかと思ったよ。あのぐらい重症の患者が治るなら、俺もさすがに奇跡を信じるよ」カレルは同行の友人に笑いながら言った。
汽車は8時間かけてルルドに到着した。
マリーの家族が彼女の体をルルドの泉で拭いてやると、瀕死の患者の蒼ざめた顔に血の気がさしてきた。腹膜炎で異常に膨れていた腹部が少しずつ小さくなっている。
カレルは思わずマリーの手首をとった。脈が正常化していた。万年筆を取り出し時間を書き付けた。2時40分。
3時には病人の治癒は決定的になった。「私は治りました」とマリーは宣言した。痛みも腫脹も消失していた。
4時。健康な常人とまったく変わらない体になった(その後マリーは修道士となり病人の世話に一生を捧げた)。
その夜、カレルは詳細にマリーの体を調べ、所見をノートに記録した。瀕死の状態から見事な健康体になっていた。疑うことはできない。奇跡だった。カレルはこの事実を前にして、脱帽せざるを得なかった。

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この話は『人間この未知なるもの』(アレクシス・カレル著)の一節である。これを読んだ浅井一彦(有機ゲルマニウムの合成に世界で初めて成功した研究者)は強い感銘を受けた。しかし同時に、科学者でもある浅井は、このエピソードを「奇跡」というカテゴリーにしまい込んで、そのまま思考停止することを潔しとしなかった。「この“奇跡”は、ルルドの泉に含まれる何らかの成分によるものだろう。そしてその成分はゲルマニウムではないか」
浅井はドイツ人の妻をルルドに派遣し、ルルドの水を入手した。これを原子吸光器にかけた。浅井は快哉を叫んだ。分析チャートには、見事なゲルマニウム線が描かれていた
ここに着想を得て、浅井は日本国内に“ルルドの泉”があるかどうかを調査しようと考えた。飲んで病気が治ったとか、いわゆる霊験あらたかな水は日本各地にあるものである。

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青森県東津軽郡に“山吹のおみず”と呼ばれる湧き水がある。地元では難病治癒のご利益があると言われている。そこの水を瓶にいれて持ち帰り、原子吸光器にかけたところ、思った通りの結果がでた。ルルドの水の場合と同じように、明らかにゲルマニウム線が現れた。

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カレルの“不死身のチキンハート”(immortal chicken heart)。これはカレルがノーベル賞をとるきっかけになった研究のひとつである。
鶏の寿命は平均7年。しかしカレルは、水とミネラルを与える閉鎖的な環境で、心臓細胞の培養に成功し、それを34年間生かせ続けた(カレルの死亡に伴って世話をする人がいなくなりこの心臓も死んだ)。
カレルはこんな言葉を残している。「細胞は不死身である。細胞が浮遊する液体が腐るだけである。この液体をときどき取り替え、細胞に栄養を与えてやれば、命の鼓動は永遠に続く

結論からいうと、カレルは間違っていた。細胞の分裂回数はテロメアが規定しており上限がある(ヘイフリック限界)。つまり、細胞の命は永遠ではない。
しかしカレルの主張は、本質的なところでは、全然間違っていないと思う。「細胞が浮かぶ液体がダメになると、細胞自体も死んでしまう」何も間違っていない。供給する水こそが、細胞の生命線なんだ

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腐った水、たとえば電子レンジで加熱しその後冷ました水を植物に与えると、植物はことごとく枯れてしまう。
対照実験として、ストーブで沸騰させその後冷ました水を用意する。
それぞれの水に植物の枝を入れ、1週間後観察すると、以下のようになる。

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地植えの植物でも同じである。
毎日それぞれの植物に、電子レンジ冷まし水、ストーブ冷まし水を与え、成長を記録すると、電子レンジ冷まし水を与えた植物は9日目に枯れてしまった。

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小学生が自由研究でやるのにうってつけのテーマだろう。誰にでも検証可能な簡単な実験でありながら、その意味するところは強烈である。つまり、水は電子レンジによる加熱で「腐る」ということだ
イギリスで猫を使った研究がある。猫に電子レンジを使って調理したもの(水も含め)のみを食べさせたところ、全匹1か月以内に餓死した(ヘンデル博士、フェレイラ博士の実験)。

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加熱、という外形だけに目を向けてはいけない。炎による加熱は数十万年前からあった。何らかの熱源があり、そこから熱力学の法則によってじわじわと周囲に熱が伝播する現象である。一方、電子レンジによる加熱は、発明からまだ100年も経っていない。1秒間に24億5千万回振動するマイクロ波を照射することで、対象物の内部にある水分子を揺さぶる。これにより分子同士に激しい摩擦が起こり温度が上がる
なるほど、対象物の温度が上がった、という点だけを見ると、火で温めようが電子レンジで温めようがどちらも同じように見える。しかし、マイクロ波による加熱は分子に異変を起こし、自然界に存在しない構造異性体が生じることになる。

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テフロン加工のフライパンを使うことも、水を劣化させる。テフロン加工にはPFOA(ペルフルオロオクタン酸)が含まれている。PFOAの分子構造を見るといい。これでもかとばかりに大量のフッ素がついている。
PFOAは動物実験発癌性(直腸癌、腎臓癌、精巣癌)、高コレステロール、早発閉経などを引き起こすことが確認されている。しかしテフロン加工のフライパンの販売が規制されたという話は聞いたことがない。

このPFOA、テフロン加工さえ避ければ大丈夫かと思いきや、全然そうではない。2020年6月環境省が水質調査の結果を発表した。全国13都府県の37地点でPFOA、PFOSが国の暫定基準値を超えて検出された。
なぜ、どのように環境中に広がったのか、分からない。テフロンの加工工場から飛散したのか、あるいはケムトレイルによる拡散か、分からない。ただ、PFOAという発癌物質がすでに我々の身近にあることが明らかになった。

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イーテックの簡易浄水器(ウルオ)は、このPFOAに対してもろ過機能を発揮する。
「新規の毒性物質も除去しちゃうってすごくないですか?」と小野さんに言うと、息子を褒められたお父さんのように笑顔で謙遜して、「いや、ウルオがすごいというか、活性炭がすごいんです。特にPFOA特異的に除去したわけではなくて、活性炭は何でも吸着するんです」

 

 

 

128・水と健康3

2021年11月10日 23:01

 

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兵器の開発とその防御法の開発はコインの表と裏で、常にワンセットである。だから第一次大戦でドイツ軍が初めて塩素ガスを兵器として使ったときも、同時にガスマスクが実戦配備された。
ガスマスクの開発にあたって、どのような物質を使えば最もフィルター能率がいいか、様々な検証が行われた。結果は、意外なことに、炭だった。燃焼した後の木材の残りカスである。人類が火の使用を開始して以後、最も身近にある素材、単なる炭が、空気中の異物を最も効率よく吸着した。さらに、どの植物から生成した炭が最も優れているかを調べたところ、ヤシ殻が最上だった。ヤシ殻は、ヤシから有用な成分(砂糖や油など)を抽出した後の残りカスである。ヤシ殻活性炭は、その残りカスを燃やした後の残りカスである。利用価値など一切ないかに思われるカス中のカスこそが、毒ガス防御に最適な物質だと判明したことに、ドイツ軍の化学兵器開発者は当惑した。「いずれ時代が進み科学が進歩すれば、優れたろ過素材が新たに開発されるに違いない」と彼らは考えた。しかし、彼らの予想は外れた。
塩素ガスからイペリット、タブン、ソマン、サリンなど、次々と強力な毒ガス兵器が開発される一方、「防御」であるガスマスクについては、開発から100年以上経った今でもなお、ヤシ殻活性炭を上回るろ過素材はない

戦後、塩素ガスが大量に余ってしまった。そこで、塩素の「平和利用」として、水道の殺菌に使用することが提唱された。戦前の日本には塩素の添加は義務ではなかったが、戦後GHQが塩素消毒の徹底を指示し義務化された。日本の水道水には塩素が0.1 ppm以上含むことが水道法で定められている。
塩素という有毒成分について、上限があるのはともかく、下限が設定されているのは驚きで、こういうところに敗戦国の刻印が残っている。

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今の日本では、浄水場は大規模食品工場のようであり、水道水は添加物まみれの危険な食材のようだ。原水に苛性ソーダを加えてアルカリ性にし、ポリ塩化アルミを入れてフロック(沈殿物)を除去し、さらに次亜塩素酸を入れて殺菌する。さらに水道管の腐食防止のために苛性ソーダを入れ、最後にダメ押しの次亜塩素酸
無論、このように作られた水は、水として死んでいる。

塩素はもちろん、毒物である。水道水を介して体内に摂取された塩素は、脂肪と結合するとガムのような粘着性の物質を生じる。これが血管の内壁に沈着すると、動脈硬化を起こす。飲み水の塩素濃度とコレステロール甲状腺機能は密接に関係している。

実験的研究における飲料水消毒剤と血漿コレステロールおよび甲状腺ホルモンレベルとの関係。


健康のためには、毒物を摂取しないことである。しかし毒物を含むとはいえ、水道水を利用しないわけにはいかない。そこで炭によるろ過が重要になってくる。
化学兵器としての塩素ガスに対抗するのが活性炭であったのと同様、水道水の塩素に対応できるのも活性炭である。

 

活性炭の表面特性に及ぼす塩素化の影響



というか、水道水に含まれている有害物質は、だいたいウルオで対応できます(笑)

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事後的対応として、すでに体の中に入ったアルミを除去する方法(あるいはアルミの毒性を緩和する方法)として、ケイ素、クルクミン、緑茶を挙げたい。

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講演会終了後、近くの居酒屋で酒を飲みながら、小野さん、こういう話をされた。
富岡市のお客さんから、『浄水器がすぐに詰まってしまう』と連絡がありました。うちの浄水器を導入する前に、すでに何社か他のメーカーのを試しておられて『どこの浄水器を使ってもすぐに詰まる』とのことでした。浄水フィルターを3本にして対策をとりましたが、3か月後にはまた詰まりました。フィルター1本あたり1か月しか持たないわけです。普通の水質ならフィルターは1年は持ちますから、明らかに異常です。水質検査をしたところ、0.09 ppmのアルミが検出されました。基準値は0.2以下ですから、基準値以下ではありますが、0.09は非常に高い数値です。本来なら0.01以下が好ましいところです。意外に思われるかもしれませんが、アルミは粘っこいんです。水道水に多く含まれているとフィルターに目詰まりを起こします。結局このお客さんの家には、3か月に1回のフィルター交換を4回繰り返しました。
一番やるべきことは、フィルターによる対策ではなく、元を断つ、つまり、水道局にアルミの使用量を減らしてもらうことです。そこで、富岡市の水道局に事情を話しに行きました。しかし、けんもほろろです。ろくに話を聞いてもらえません。『素人が何を言う』ってなもんです。我々水のプロが直談判に行っても、相手にしてもらえないんです。一般のお客さんが苦情を言ったところで、すぐに門前払いです。
被害を受けるのは、このお客さんだけではありません。富岡市のこの水系を利用している人全員が、アルミに曝露しているわけですから。
ある議員に事情を伝えたところ、動いてくれました。水道局に直々に出向き、担当者にこう詰め寄りました。『なぜ富岡だけアルミ濃度が異様に高いのか?高崎も安中も藤岡も、0.01未満。同じ水系を利用していながら、これだけ大量のアルミを使う理由は何なのか?富岡の住民の健康を一体何だと思っているんだ?
これは効きましたね。私たちが言っても『基準値内だから問題ない』の一点張りだった担当者が、ハハァーとかしこまっていました。この議員のおかげで、富岡市のアルミ濃度の問題は改善しました。フィルターの交換も年に1回で済むようになりました。
議員の力というのはこういうふうに使うものですね。しかしこの一件で明らかになったのは、水道水に添加される薬品の量は、水道局担当者の裁量次第ということです。アルミの毒性に無知な担当者なら『基準値内におさまってさえいればそれでオッケー』程度の認識かもしれません。

埼玉のお客さんで『シャワーなどで水道水を使うと肌があれてしまう』とい
う人がいました。水質を測ると、塩素濃度が2 ppmでした。塩素は1以下でないといけないので、明らかに基準値を超えています。水道局の担当者に言ったところ、実際に計測に来ました。測ると、0.8だって言うんですね。そんなはずはない。おかしい。でも、0.8だと言い張る。これ、信じがたいことなんですが、上限が0.8しか出ない設定にして測っているんですね。
役所にクレームを言いに行くと、ものすごい剣幕で怒られました。一般人だと思われていたので、自分の身分を明かしました。そのうえで「私の測定結果とそちらの測定結果がまったく合致しません。このあたりについて詳しく事情が聞きたい。もっと上の担当者を出してください
まずいと思ったのか、結局上司が出てきて、私に平謝りでした。不正な測定をしていたことを認めた形です。こんな具合に、埼玉の塩素の問題は、議員に頼ることなく、私だけで解決できました。

今日の講演でもね、先生言っておられましたけど、今後日本の水道事業は外資の食い物にされます。営利体質むきだしの外資が水道の経営権を握ったら、どうなるか?水の安全性とか国民の健康なんて一顧だにしませんよ。今はまだマシなんです。我々も水道局の人間もお互い日本人で、何とかあの手この手で問題解決できる。でも外資系企業に牛耳られた水道局は、こちらの意見なんて何も聞かないでしょう。埼玉の塩素濃度のごまかしなんて可愛いもので、もっとひどいデタラメをしてくると思います水を外国に押さえられるということが何を意味するか、分かってない人が多すぎます

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