鶴我の考察・感想・言葉の息吹を吹き込む日々の呟き。

自然・宇宙・日本の歴史に心赴くままに穏やかに情熱を大事に謙虚と感謝を忘れずに好奇心を持って生きてく男の記録。

己の人生の軌跡。【其之壹】前半

 

 

 

 斑レイ岩のスマホ壁紙 検索結果 [1] 画像数9枚 | 壁紙.com

 

 

 

◇【人生の軌跡】◇
さて、ずっと前から書きたかった命題である意味、この日の爲にあったようなブログ名だ。
己の人生とかではなくこうゆう書き方にさせてもらったよ。これは自分自身のこれまでの人生を始めて正直に公に晒すということも意味するので文章は慎重に書かせてもらうよ。
0歳から現在までの20歳を真剣に書くブログということになるね。

※覚えていること全てで思い出したらまた、追加で更新しそうですがその場合はこの記事に追加で付け足すことになるでしょう。
といっても己自身ですら自分の人生を全て正確に語るというのは難しい。己が語るということは自分目線であり他者目線や家族目線ではないということも付け足せなければ
いけないであろうと思うている。そういうのは氣持ちは正確でも実際の状況は本当にそうであったかはわからないのですからね。

これを書きたいと思ったのはなぜかと言うとやはり、己の人生を成人こと20歳になった現在の俺だからこそ必要な行為なのです。このコロナ現象も然りディープステート(ユダヤ地底政府/カバールDS)という言葉を知っていろんな苦悩や氣持ちを得てきました。氣持ちというのはその時感じた瞬間に書くのが最も上手く適切に書けるとは思うが
これはあくまで振り返りだ。まず、正確に書いていきたいがこんな感じだ。いや、本当のことを言うと自分の氣持ちを書かざるを得ないと思ったんです。
色々苦悩と葛藤を覚えて自分自身を振り返って見つめなおして新たな視点を手に入れたいという願望があるからです。この氣持ちがあってるかはわからないが現時点での
俺が理解できることです。

 

・第一章「0歳から7歳まで」
・第二章「7歳から中学校卒業まで」
・第三章(最終章)「N高校から現在の俺に至るまで」
という形式でいこう。これでは正確に語ることが出来ないので時系列順に書いていきます。例えば【赤ちゃんとして生まれた時】とか【覚えている記憶(順番など)】
他には【住んでいた場所などと幼稚園の出来事など】という風に書いていきます。では〇で表現しますか。


〇第一章「0歳から7歳まで」〇始まり。
【生誕と己の人物紹介】
・生誕:2000年(平成12年/皇紀2660年)10月29日(日曜日)
・生誕時間:詳しくは知らないが母が言うのは夜中の3時から4時だったと記憶しているらしい。
・出身地:愛知県
・年齢:20歳

はてなブログでの名前(ペンネーム/架空の名前):鶴我(つるが)

 

Twitter(ツイッター)での名前:光城 榑木(こうじょう くれき)

画像


・学校の経歴:長根幼稚園→さくら小学校→半田中学校→N高等学校→卒業→今は家にいながらリングフィットアドベンチャーなどをしながら手の回復待ちでDS関連の情報を追いかけ中。
・住所:愛知県 半田市瑞穂町4丁目3番地の14

・血液型:実は知らない。母がA型で父がO型であると記憶してるが己自身はA型だと思ってる。
・本名:霜村 輝
・性別:男

・職業:無職

・一人称:【俺】・(一番よく使う人称で日常のほとんどは俺と言ってる)、

【僕】・(素直さや純粋さなどを表す時に使用している人称)、

【私】・(滅多にないが客観的や落ち着きさを取り戻しているような

状態の時に使う人称)

【拙者】・(侍のように氣高い闘志に燃えたい時に使う人称。最近はほぼ使わない)、

 

【某】[それがし]・(漫画などイメージする時に使う人称)、

【儂】[わし]・ (主に自分が設定しているキャラ[人物]を演じる時に使う人称。

基本的には俺、私の人称でほぼ、生きている。まぁ僕もたまに使うが、私も僕も最近は使用計数が少なくなりましたがね。

・精神的な職業:本質と探究を追求する永遠の旅人。

・夢:漫画家(私はアニメーションで感受性を強めてきた男なので独自の言い方ですが

漫画藝術表現家という言い方を使用しています。)
・住んでいる國:日本(日高見国)
・血筋及び血統:恐らくだが純粋な縄文血統のYAP遺伝子を持っている日本人だと俺の直観が述べており外国の血は恐らく混ざっていない。何故なら俺がそれを否定している。

恐らくだがそれだけは間違いなくありえないような気がすると俺の脳が言っている。
・国籍:日本(当たり前だが日本に生まれた誇りやエンタメが好きなので強調させてもらうぜ‼)

・名前の由来:「超時空要塞マクロス」というアニメに出てくる一条 輝が俺の名前の由来で母が初代ガンダム世代、初代マクロス世代で母がこの輝という名前を氣にいっていたからつけたらしい。

 

一条 輝 on Twitter: "おはよう~、一条輝です♪"

※アニメ 超時空要塞マクロス 一条 輝(主人公)

1982年放送。

 


・俺のスマートフォンの携帯電話番号(使用機器:LGエレクトロニクス[大韓民国] )

080-2652-8381〈原産国:MAID IN CHINA メイドインチャイナ(中国製)〉

 

・母のスマートフォンの携帯電話番号(使用機器:富士通[日本]):090-7686-7101
〈原産国:MAID IN JAPAN メイドインジャパン(日本製)〉

 

・親父のスマートフォンの電話番号:080-5291-6625
使用機器のメーカー(製造企業):ZTE(中興通訊) [中華人民共和国〈中国/支那〉]

 

・霜村耕作(うちの叔父さん)こと叔父さんのガラケーの電話番号:080-1619-4669
親父曰く「KDDI(au)」らしいです。まぁ詳しくは分からなくてもいいや。

 

・親父の弟たち(叔父さんたち)=父方の祖父の家の固定電話番号:0569-22-5680

 

・母の兄貴(伯父さん)=母方の祖母の電話番号:0587-66-3638

 

 

 

・家族構成:母と父の3人家族。母である保子と父である篤の長男で一人っ子。実は嫁さんをもらう時は大家族とその人たちと一緒に住むような空間の広い家に住むというのが己の実現させたい家族の形。一つだけ理由を述べると母の兄貴も親父の弟も独身で親戚にあったことがないことと関係している。

・電話番号:0569-47-5980

・名前の読み方:しもむら[霜村] ひかる[輝] (シモムラ ヒカル)

・実現させたい家族の形:そして、一夫多妻制をやって各々の家族と助け合いながら共存する家族の形を己の手で作りたいと考えている。

・更に詳しい家族構成:親父には弟がおり俺からみたらおじさんが二人いて二人とも独身で現在は父方の祖父ことおじいちゃんが脳梗塞で倒れている爲、それの世話係をやっておりDS利権の医療利権で生きながらえさせているようだ。父方の祖母は俺が確か3歳ぐらいの小さな頃に亡くなっていると聞かされています。

顔は見たことがないからそれの爲に家に赴いてもいいかもしれないと今思った。母の兄貴ことおじさんの方もお祖母ちゃんであり81歳だったと思うが元気もなくよれよれな状態のばあちゃんも医療利権に侵されていて氣の毒だと思う。

母のお兄さんことおじさんは北海道の拓殖銀行というところに勤めていた人である時につぶれて家に帰ってきてそれ以降、生きがいというものを失い途方にさまよい続けお嫁さんをもらうこともなく2007年におじいちゃんがなくなってそれ以降は祖母でありおばあちゃんと一緒に暮らすようになりおばあちゃんが倒れてからは何かにとりつかれたかのようにそればかり夢中になり、銀行がつぶれた影響もあってか何かと人のせい、社会のせい、医者のせいにしまくったり妹である母さんに対しては
「何でおばあちゃんの様子をちゃんと時間通りに身にこないんだ‼」と叱る始末で俺としてはこの氣持ちは理解出来ませんね。

 

・母方の家族構成:母さんとおじさんと2007年になくなったお爺ちゃんと今も一応生きているお祖母ちゃんとの4人家族で確かお祖母ちゃんの父方の方が日清戦争で活躍した
軍人さんだった筈のような氣がする。写真は見てないけどお母さんがそう話していて本人はお祖母ちゃんから聞いたらしい。


・父方の家族構成:俺が三歳ぐらいに亡くなった祖母と今も一応生きているお爺ちゃんと親父とおじさんであり弟さんである二人の5人家族。
幼い頃に遊びによくいっていたりオロナミンCをよく飲んでいましたね。いつ倒れたかは忘れたが俺が中学校の時だった筈・・・。今も母方のおばあちゃんと同じように
延命治療中。

 

・友達:朝鮮人と日本人の混血(ハーフ)の友達がいて今は既に関係を断ったがガンバライドという仮面ライダーアーケードゲームで出会いドラゴンボールヒーローズという現在も継続しているアーケードゲームによって仮面ライダードラゴンボールが好きという共通点もあり小学4年生からなので当時は10歳か11歳で現在に合わせると9年ぐらいの付き合いで実際は高校3年生ぐらいの時のあやつに再開したのが中学で実家の千葉県に帰っていこうで会っていないのでその意味で付き合いは恐らく2年から4年程度。


※ひとつだけいうと彼曰く親父とおふくろはある飲み物バーらしきところでというよりこれは俺のイメージだがそんな場所であって出来ちゃった婚で俺が生まれたと彼は言っていて自分の名前の由来を知らないという驚愕の一言を述べていたよ。はっきりいって中華系と繋がりありそうな話を述べていて彼の母親の方はまた、別の夫との間に兄と姉がいるらしいとのことで後はあいつからみて母方の祖母と一緒に祖国や時に中華料理にいってるらしい。

 

つまり、これじゃあいつからしたらそこまで大した友達と認識されてないのも当たり前だな。ちなみに相手から電話がかかってきて話したことは一度もない。
袂を分かつことにした要因は友達と鴨川シーワールドというところにいこうとした

8月15日の土曜日に友達ことやつの服が上半身と下半身とも両方とも灰色の服装でそれがダサいと指摘したら母親が怒鳴り込んできて謝罪を要求されて形式上では僕のせいですねとは言ったが本心ではない。3泊4日ほど泊まりにいって帰ってきたがその後はあやつに教えてもらったLINE(ライン)というアプリケーションでちょくちょくやりとりを行っていたがこの出来事と彼の高校での彼の母親がちょこっとちょっかいをだされて嫌がらせを受けた程度なのに怒鳴り込んで謝罪要求をしにそのいじめた?と言われている男の子をびんたで叩いてしかもアポなしでいったとのこと。それでその担任の先生と教頭が直談判で友達とその朝鮮人の母親と教師と教頭の4人が最終的に話し合って母親の方は教師に最終的になすりつけて「あんたがしっかりしてないから〇〇はあんな目にあったんでしょう。」的なことを言って謝罪したということで彼もそうだとあの毒親に思い込まされたのかなんか勝手にすっきりしたが俺には彼がとてもすっきりしているようには見えなかったね。それに関して俺が叱り母親が勝手に
割り込んできて「あんな言い方よくないでしょ‼」と知った口で語ってきたね。こうゆうのを厚かましいというのだろう。それで彼も勝手に機嫌を悪くしたのかも?
その後に灰色の服の注意と謝罪要求事件が起きてラインで俺がそのことを語ったら電話で俺自身も言いたかったことを全ていって彼は「俺が悪い」の一点張りでいつの間にかいじけたような顔をしてそれが最後の電話でそのあと、俺の方からラインの友達の方を解除してライン自体もアンインストールしたという結果です。

 

・彼の考察:彼の母方系をたどっていくと中華系DSが送り込んできた工作員だと思ってる。それにどうやって日本にこれたのか?いきなり最初の部屋に置いてた仏教のへんな奴は大仏はなんなのか?どうやって運んできたのか・・・そもそもなぜ何回も祖国に帰れるお金がある?それにうちの母さんが実際に見たらしいがお金を何十万も平気でお金があってそれをぽいっと捨てていたらしい。恐らく中華×朝鮮人の混血でそもそも父親の顔も詳細な話を聞いたこともないのであやつらお得意のフェイク(嘘)だと思ってる。

つまり、日本人というのも「粕谷」という苗字も本当は通名で旦那なんか最初からいなくあの女が息子に意図的に吹き込んだ嘘の経歴かもしれないということ。

それに友達の名前は優貴というが彼もありえない嘘を何回もついている。

例でいうと仮面ライダー鎧武に出演している俳優にガンバライジングというアーケードゲームをやってた時に偶然出会って話をしたとか誰でもわかるやんこんな嘘など‼

色々あるが覚えていることを全て語ります。

 

ということで原口さんが述べている朝鮮人が一か月に30万~50万円も不正に受け取っているというのは僕は正しいと思う。
これらの件で僕は政治関連に関り最初にたどり着いたユーチューバーはKAZUYA(和也)という男性です。まぁ彼も工作員でしたけどね。


はい‼簡単な自己紹介はここいらで終わって生誕から覚えていることを小学6年生編までさかのぼってみましょう。似非だった元友達でもないけど友達ごっこをしていた彼のことも詳細に述べていきますよ。

 

 

【住所】


 

【航空写真】



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【生誕の記憶】
不思議なことを言うが自分が生まれた瞬間の記憶を持ってる人がいるという。俺の場合は上手く言えるかの自身は100%ではないが赤いものがあってそこをぐるぐる回ってる光景か或いは子宮の奥深くの道か道路か高速道路か閉じ込められたそのどちらかといえば赤い色ではないがそれが濃くにじみがかったような場所で俺ははいはい歩きをしていたような記憶で手がついているかどうかはわからない。手がついてる映像とそこをぐるぐると手が回りながらハムスターを飼う時にあるああゆう何回も歯車が回転する奴でずっと繰り返し回っているようなイメージが頭の中に残っていて俺が生まれた時の光景としては白い灯と白衣の格好をした人が右にいて左に親父らしき人がいたような氣がする。いや、看護師さんとお医者さんかな?上手く言えてないがそんな映像が今、頭の中を駆け回っている。幼い頃と比べると鮮明さは失われたのかもしれない。でも、本当に魂の契約みたいなやつはこの俺にはあるかもしれないとふと思い込んでいる。実際にそうであるかはわからないけど不思議な光景で今でも覚えてる。
他は覚えてない。あくまでこれは赤ん坊目線の時の俺の話。

 

 

 

胎内記憶って本当にあるんだ!息子が語った生まれたときのこと | ファンファン福岡

「生まれた時の記憶」とダックダックで打ってみたんだがこの記事に関して言うと俺はここまで鮮明じゃない。膣内か子宮らしきところでぐるぐる回りながらその無限に続く
歯車の回転がするハムスター君のようにずっと手ではいはいついていたようなイメージとそれが繰り返される映像のみが頭にあって後は生まれた時に明るい白い光が見えて
白衣の格好を着た二人の人間がいらということしか覚えていない。ただ、何か忘れている記憶があるかも・・・と思い始めてる。

 

 

 

 


 

 こっちは生まれた時の記憶じゃなくて【生まれた瞬間の記憶】なので意味合い的にはこっちの方が近いかもしれない。まだ、どうゆう人間かは己でも説明が出来ないところがあるがここに書いてるように

 

 幼い頃の記憶、例えば0歳から4、5歳くらいまで記憶は、無いのに...

と書かれていますが僕も今はこの家ですけど前は三洋堂があるところのマンションに

住んでて唯一、覚えているのは父が車で帰ってきたそれを窓から眺めていた映像だけで

それ以外は覚えてません。そもそもあれが何故、父親の車だと認識したのか

当時の俺に聞いてみたい。今はマツダ車を乗ってるけど当時の親父はトヨタ車を乗ってたらしい。そんなの母さんに聞くまで全く知らなかったからな....

正確にいうと胎児として生まれる直前から生まれた瞬間の記憶までしかないという

特殊なケースですからこれも当てはまっているかどうかはわからない。

ただ、1歳から6歳までの記憶なんてほぼ失われていて何も覚えてないのは共通しているでしょう。ん~まず、前世の記憶なんて俺はないよ。そうゆうのがあればインスピレーションが降りる筈だがどうゆうことだろうね。こうゆうのはなんて検索すればいいんだろうか・・・そもそもこれを思い出せたきっかけって何だろう?小学校の時にイメージしたことはあった氣がするが詳細には覚えてない。ヴァンガードに出会ったからかも

しれない。これでイメージをするということを頭で繰り返して覚えて身に着けていったからヴァンガードに出会ったのも運命だろう。

 

 

 

 

 【0歳から7歳まで覚えていることを時系列で語る。】
まずはどこから語ろうかね。そんなに覚えてない。ただ、マンションのことは少し覚えてる。乙川駅というところがありそこの近くに三洋堂書店があり、さらにそこから
左いって右側の信号の方にいくと大きいマンションがあります。

 

 これは航空写真で名前はわからないけどここの4階に住んでいました。このあたりは乙川町と言ってバロー・カーマといった食料品店やスーパーなどから
三洋堂書店 乙川店というものが見えますね。ここでよくDVDを小さい頃は借りていました。懐かしいね。今でもたまに来る場所でグーグルマップでみるとこんなに
大きいのか知らなかったぜ。まさにナスカの地上絵ってやつだな・・・。そこで何をしてたかは何も覚えてない。後は何だろうな。
今は記憶にないしすっ飛んでるので次は幼稚園の話をしましょうか。

 

 

 

 【幼稚園】

 

https://www.nagane.org/top.php

※長根幼稚園 公式サイト。

 

 

 


これは航空写真での外観。しかし、こうゆう風だったの?全然知らんかった。前に自転車でいこうと思って直観でいってみたけど場所が
わからなくてまぁいいや。と思って帰ってきた始末です。


 

 

 

こっちは実際の外観で左側にロゴというか文字が刻まれていますね。こうゆうだったんだね。
長根幼稚園のことは詳しくはほぼ覚えてないよ。ただ、そこで出会った同じ名前としたゆうきという男とは仲良しだった氣がするけどよくよく考えると俺の方から絡んで
仲良くしたことはなかったと思うので小学校の時の冷たい態度は鬱陶しいぐらいに思われていただけだろうか。確か、名前は石塚ゆうきで名前の方の漢字はわからないので書けません。後、覚えていることは3つほどあって一つは先生といる時に我慢できずにおしっこをみんなの前で漏らしてほとんど埋め尽くしてみんなが逃げて先生たちもびっくりして女の先生たちだったんだけど今考えれば申し訳ないことをしたな。橙色の服装を着た女性の人がちょっと大きい目で僕の方を見てる様がなんだか怖かった経験があります。よくよく考えると全部しっかりと床まで吹いてそれでもちろん、俺の生殖器のことからパンツにズボンまで下ろされてちゃんと確かパンツとズボン吹いてて俺は黙ってみてたと思う。てか、お前はなんであの時にごめんなさい・・・って謝らなかったんねん!それは目が怖くて悪いことをしたなと思って口が動かなかっただけだよ。


それでその後の記憶以外は何故か頭の中では消えていて俺が自分のちんちん(陰茎)を吹いたかどうかは覚えてない。多分だけど先生が吹いてくれたんだろうな・・・。
いや、なんというかありがとうございます。男が自分がやらんといけないところを保育士さんで女性にやってもらったと考えるとなんだかこっぱずかしいな(笑)
でも、自分が吹いたかどうかと実際にその後どうなったかの記憶ってないし、ならばなぜ君はその時におもらしなんてしちゃったの?と聞かれてもわからない。
としか答えられない。それは過去の坊やである俺自身に聞きたいぐらいだ。君はどうしてトイレにいかなかったの?間に合わなかったの?と聞いてみたい。まぁただ、ひとつだけ覚えているのはおもらしする前におしっこしないように耐えてた僕自身の記憶があるので多分、トイレにいけなかったか間に合わなかったかだと思うんだ。


もし、間に合ってなかったら辻褄が合うし恐らくその出来事以外はちゃんと男子トイレに行ってジャーって用を足していたと思う。そうじゃないとその時だけおもらしした訳も俺にはさっぱりわからんし・・・(知らんぷり(-_-)zzz)
ただ、女性こと保育士さんに触れられた記憶はない。多分だがその時はトイレにいて隣にティッシュペーパーがあった筈なので恐らくそれで自分が吹いたと思っています。

 

 

 

 

 

二つ目は実際にちょっと遊んでた風景。といってもその時は確か大事なイベントで相撲のことは覚えてないけど写真を見るとその時のがあるのであまり大したことはない。
確かね俺は走り回ってたり色々遊んでたと思うよ。それだけで他は覚えてない。写真で見た相撲大会なんて「そんなのあったっけ?でも、記憶に少しあってなんか下半身に腰巻巻いた男たちが試合をしているような光景は見たような見てないような・・・」とあやふやなのであんまり己でもこの記憶は信用してません。
しかし、写真見て思ったことがいくつかあるんだけど


・俺も大事な部分以外は裸で出場してたんだな。
・女子は乳首とか隠さないんだ。はぁ~幼い時はそれはしないんだなー。
・えっ?幼い年齢なのに胸が膨らんでる子がいる。膨らんでない子との差はなんだろう。体型の違いかな。
・ぽっちゃりな男の子がいるけど将来、お相撲さんにもなっているのかな?
などこんな感想を抱きましたよ僕は。(笑)
どっちでもよくないがマッカーサーJrさんみたいにうまい文章でほっこりするような文章を書きたいね。あの人は人を引き付けるのが本当に上手い人だと思う。
こういったユーモア溢れるセンス、その才能は学びたいものだと思い、何かいい方法はないかと考えてますよ。
ということでこの時に石塚ゆうきと遊んでいたような氣がする。ただ、ここで氣になった人がいるはずだ。

「君は何故、その石塚という少年のことをそんなに覚えているのかい?」・・・と。
でもそれを覚えている理由はわからない。ただ、幼稚園の頃は一緒だったのになんか小学生になってから冷たいなと感じていた。
不思議なのは俺が彼とどう出会って関わってどのように遊んで彼のことが印象に残ったのか否かはこの俺自身にも全くわからないということです。
だから何故、彼のことが印象にあるかはわからない。これは推察だけど後、覚えてることに広場で遊んでたことがあって何故か学校教示とか折り紙とかそうゆうことは
全くといいほど記憶にないということで遊んでた記憶が強いということはよく遊んでいて石塚とよく遊んでたというより同じ学級に所属していて遊んでる時も近くにいて
実際にそうゆう機会が多かったから余計に印象に残ってるだけで本当はそんなに対して重要じゃないが俺の脳が重要だと誤認識しているという可能性を上げておきます。

 

 

三つ目は上にもあって今はもう処分してしまったが手形が左にありました。確かだけど集合写真というよりはクラス写真?いや、中の良い順番か単純に苗字のあいうえお順で並んだ
5人が写真を撮っていたものでかめはめ波をやっていた男の子の写真があったんですよ。思えばこれね、自分で捨てた筈です。何故かといえば「もうなくてもいいや。」と思ったから。
それは何故?過去のことを自分で振り返りたくないと思い悩んでいた時にあの写真を見て「こんなものあったら集中出来ないや」と思ったからだと思う。
後はこれを取っておいても仕方ないなと思ったからです。だけどここにこれを書くなら残しておけばよかったな。そこは俺の凡ミスであり大失敗といえる。

上というのは2階の俺の部屋のことで母と父の服など私服や喪服などからコートまで幅広くありますがちゃんと見たことは一度もありません。母の服がある箪笥(タンス)の方は特にね....親父の方はいくつか見たけどズボンと部屋着だけです。それ以外は俺が赤ちゃんとして生まれた時のへその緒や母子手帳?だと思うけどそんなのが入ってたと思う。さて、写真というかまず手形が左にあって当時の俺の手で水色でした。右に写真入れがあってそこに俺と後3人・4人くらいいたんだけど男の子3人で女の子1人の割合だった氣がする。これが前側で後ろ側はなんだったっかなー。ごめん、これに関してはもう忘れてしまった。だから敢えて知らんぷりしよう(笑)
それじゃ次にいこう!ということで幼稚園で覚えていることはこの三つだけでございましたというわけですQ。(; ・`д・´)
ちょっと真面目風でそうじゃない顔を再現してみたよ。

 

 

【実際にマンションにいた時に覚えていることなどはあるか?】
ほぼないです。幼稚園にいっていてバスが来て近くのマンションの玄関口で待ってる光景と近くに母と同じ年くらいの女性たちとバスの光景以外は特に覚えてないのです。
これ、本当に不思議なことで己自身にもよくわからないのです。ただ、親父が車で帰ってくる光景を子供ながら何回か見ていて不思議だなーって思っていました。
マンションや家の見た目、どんな場所でキッチンや広さはどれくらいだったか?はほぼ皆無で一切の映像が頭の中になくて一言でいうとわからん!いや、まじで全然覚えてないの。母方のお爺ちゃんやおばあちゃんがこの俺が生まれた時になんだかきてくれてお土産だかなんだかくれたそうで

 

・俺「えっ?そんなことあったの?」
・母「ええ、そうよ。お父さんやこの時は本当に元気で色々あったけど生きていたらなぁ・・・」


などと言ってました。前にも言ったようにおじいちゃんが死んでいこうおじさんこと母の兄貴はおかしくなってもっといい医者や病院だったら助かったのに・・・・
といってました。それ以降もそうですがおじさんのことを一言でいえば現在はいまだにおばあちゃんの介護をしてて独身でいじっぱりで社会や人のせいにしてて
もしもおばあちゃんが死んだら本人は新潟に帰るといっています。詳しく語りますのでしばらくお待ちくださいね。

 

思い出したが確か母さんが30代前半で俺を妊娠して生まれてからこのマンションに住むようになったと話してた氣がするがその前はどうだったのだろうね。

よくよく考えると聞いたことなんて一度もなかったな。

さて、マンションの外見も階段も近くの人も何も覚えていない。ただ、母曰く俺がわいわいはしゃいでいるのを鬱陶しいと感じていたおばさんはいたようで僕は名前を知らないけど母さんは確か苗字を知ってた氣がするがこれは俺にとっては重要な話でないので飛ばしますか。ん~~~もうないよな。あっ!近くにあるバローとカーマについて話しますか。
バローはスーパー(食料品店)であるエピソードだけ自分でも記憶していることがあります。それは僕が買い物かごに乗っていて何故か泣いていたというエピソードです。恐らく母さんは僕をあそこで待たせようとしていたのかな。いや、小さい子を待たせることなんてしない筈ですが俺視点での記憶に過ぎないのであってるとは思っていないが確かね俺は買い物かごというかそれを乗せるカートの方だった筈だがそこに立っていて泣いててなんか叫んでいて真っすぐ前にそれに驚く母さんの記憶があって母さんが買い物いく前か後かどうかはわからないがそれはさすがにないだろうと思ってる。

次に自動販売機だがこの頃はCCレモンというサントリーから出る奴を飲んでたな。俺はもう炭酸飲料はDSの医療利権と結びついてるとかんぐってオロナミンC
同じく飲まなくなってお茶と水と重曹クエン酸以外は拒否しているという始末っす。まぁ別にいいじゃねえかと思ってるし、飲めなくても意外と寂しくないやと
期間を空けていくうちに理解出来たから断ち切ってよかったと思ってる。リュックをしょって映画館やどこかに向かう時も自動販売機では水を購入してそれを入れるところが
ザノースフェイスにはついていてそこに入れていますが本当にこのリュックに変えてから心地よいです。なのでもうひとつMAID IN JAPAN(日本製)のリュックが欲しいと思ってます。
勿論!容量が多い奴じゃないと買わないけどね。この頃は確かガンバライドはなかったな。このゲームは2008年から始まった仮面ライダーをモチーフとしたアーケードゲームのことでよくジャスコ(イオン)やバローの遊び場でやってましたよ。

ガンバライドをやり始めたのも本屋こと三洋堂書店でDVDを借り始めたのも現在の家に住むようになってからなので少なくともそれ以前の記憶では何を遊んでいたかとか
どんな作品を鑑賞していたかの記憶はほぼ皆無で覚えてません。

 

 ついでに書いておきたいのですが實はアピタ阿久比という場所があってそこでアルセウス 超克の時空へというポケモン映画を見たんです。ただ、ポケモンのことは
後で語るとしてその前に何かほかの映画のポスターを見て「なんだろうこれ・・・?」と思ってた映画があってそれを見たような氣がするんです。
ただ、それを見たのか・・・それともポスターを見てみたいと思っただけで見たと思ってるのは錯覚に過ぎないのだろうか?と長年からずっと抱いてる疑問がありますが
恐らく永遠に解決出来ない問題かもしれない記憶だと思います。もしかするとホラー映画かもしれないと思ってる。俺の記憶というか映像の一部を解析してるのでわかるんだけど不気味な配色を使って黒と緑じみた紫に赤色というよくわからない光沢である映画の宣伝ポスターだった氣がしてなんか不思議な氣分です。
一言だけいうと書けてよかった。

 

 

※【追記】※〇4つ目〇

4つ目を思い出したんですがグーグルマップ見てて確か、長根幼稚園の頃にアイプラザ半田で演奏会をしてたんですが
そこで僕は一番後ろで左側の奥で左側には誰もいなかった氣がするんだけどそこで演奏が終わった後、足を滑らせたのか緊張が解けたなのかはわからないんだけど
そこから實は後ろの方は狭い長方形型の穴があってそこに落ちてなんか騒ぎになったような氣がするんだけど俺の記憶の中ではその痛みも実際に何が起こったのかも全く
覚えてなくて氣がついたら俺は白い階段のような場所で立っていて他の同級生とお母さんらしき人と他の大人らしき人がいて實はこれ以外のことはなんも覚えていないのです。
不思議な話でしょうがドラゴンボールの悟空でいうところの崖から転落して好奇心旺盛な純粋な少年に生まれ変わったのとおんなじですよ。
ラディッツに言われるまで自分が何者かなんて氣にもせずクリリン亀仙人のお爺ちゃん、ブルマたちと出会ってすくすくと育ったのが悟空という地球育ちのサイヤ人だから
俺ももしかしたら宇宙由来の人間かも・・・(笑)なんちゃって。
それでそれ以外のことは?と言われても「いや、だからそれ以外のことは俺にもわからないから自分でも不思議なんだよ。」としか答えられないんだよね。
それよりもなぜ、この記憶が頭の中に存在しているのかその方が疑問だよね。それを究極まで突き詰めてしまえば俺と存在はなんの爲に生まれてどんな使命が俺にはあるんだ?ということになってしまうが日本の精神を蘇らせることではないかと直感で感じている。というのも日本創世物語という作品をゼノブレイド2のエンディングで頭の中で浮かんで以来、コロナによってそれが顕在化したと思っている。それだけでかとも思っているが今俺にわかるのはこれだけです。
もう長根幼稚園に関する記憶はありません。写真を見ながらこんな風だったんじゃないか?というイメージを頭の中で組み立てて作ってはいますけれど(笑)

 

 

 

 

<第二章「7歳から中学校卒業まで」>

〇【小学校編】〇


さて、いよいよ己の価値観が現在に至る根本的なところが来ました。小学1年から6年とひとつずつ語り大きな出来事を覚えている限り時系列順に書きましょうか!

 


 

【小学1年生】
この頃は何があったかは覚えてない。ただ、長根幼稚園に行く前はほかの学校にいく子も同席していてその車に乗っていた。
男の子二人に俺は母さんが乗ってた氣がする。そうして、入学式にいったような氣がする。
そこでいろんな奴に出会った。今でも覚えてる名前をいうと岩間大太郎、石塚ゆうき、新見けいご、竹内けいご、かいせい(苗字は知らない)、高橋姉妹(愛理と樹里)、田中あきひと、
上野しゅうととその妹であるあやね、小林まさき、内藤ゆりか、青いゆうと、福井けんと、後は・・・誰かいたっけな(笑)もう全然覚えてねえよ。ああいたわ。
ええとね、実際に見ないと思い出せないな。取り合えずだが頭の中で引っ張り出して思い出せたのはこいつらだけだ。教師でいうと一年生は
知子先生で読みはともこ。二年生は竹ノ内 努武先生で読みは「たけのうち つとむ」、三年生は石川先生、四年生から六年生は吉村千登勢先生で女の人であんまりいい思い出のある人ではない。と教師の方は意外と覚えてる。後は保険クリニックのおばさんが一年生の場所の近くの一階のところにいたんだけど俺がうんち漏らした時や体調が悪かった時は
よくお世話になった人で元気にしてるでしょうかね。あの人は好きだった。どんな人物かは知らんけどね(;´・ω・)

他にはなんか兄弟みたいなのがいて一緒に班として登校してたような氣がする。岩間だっけな。確か一人はれんたろうでもう一人のぽっちゃり弟はあきひとの野郎によく叱られてたよな。思えばそこまで言うのは可哀そうじゃねえかと俺がガッツのある男だったら何かしゃべってたな。後は今は「佐久間」という苗字の人が近くに住んでるが
そこはもともと、ある男が済んでいてねそれがなおやという男だ。あいつのことはよく知らない。ただ、そいつらという友達がいて池下公園近くで自転車の競争をしてた時になんか
転んだようなそんな記憶がある。もう、全然覚えていないのだけどね。

まだいたわ。覚えてるやつら。みやび、榊原きょうこ、渡辺さつき、杉浦こうせい、杉浦あんな、苗字はちがうけど同じ名前でこうせいというぼさっとしてるがそれよりに
存在感はある奴がいたな。後は日吉たつまさ、苗字は忘れたがしょうごという名前の二人がよく俺をからかっていじめていたな。たつまさのことに関していうなら
彼は俺の母さんがいってたが父親はいなく離婚という話は聞いてないけど父親が亡くなってそれで兄弟が二人いてお母さんが養っている?らしい。
ただ、しょうごという男とはね小学5年か6年の時ぐらいには心境の変化があったからなのかはわかんないけどまぁいじめといってもたつまさと共同で砂を目に掛けられて程度の
行為だよ。それでもし、あの時もっと自分を出していたらもっと仲良くなれたかねー。(笑)今とよってはそんなことは判らねえ。だが喋ってる時は結構、楽しかったな。
たつまさに関しては左手のところを爪でひっかかれたり脅されたり今でいう壁ドンでなんだか嫌がらせを受けていた程度のいじめでそれにむらがるミーハー女子みたいなのが
3人ぐらいいたと記憶している。別にイケメンではない。ただ、相撲系男子という感じの見た目の男でもしかすると彼はいい奴だったかも。
中学校も一緒だったんだけどその当時の記憶と偏見からか彼と同じクラスは必ず避けていました。それは今の僕のように心に余裕がなかったからです。
そう、考えると今のコロナで行動を制限されている小学校と中坊には同情しちゃうな。

もうひとりりょうがという名前の茶髪系男子がいました。はなちゃんという名称で呼ばれてて男子からは意外と人気だった男でこれは中学校の暗殺教室を語っていた時のシナリオというか出来事だけで判断したもの。確か、花井りょうがという名前だった。
小学校の時は知らない。他には新海しょうた→佐久間しょうたと苗字が突然変わった奴もいた。後はたつまさという男がしょうたとよく絡んでいた。こいつも中学校になってから苗字が変わってたんだけどそうゆう理由かな。いや、違う。小学4年以降の筈・・・。まぁそんな
イメージがある。人物像は知らないが特に親しみやすいかどうかはわからないが話したり付き合う分には申し分ない相手といった評価です。
東ふみな、杉浦けいた、友川兄弟だったかな。ん~あとこいつらいがいはもう覚えてねえな。いや、まさゆきという真ん丸なぽっちゃり坊主がいたな。
苗字ですか?知らないですね。とりあえず文献らしい情報はそんなにない。中学の時の卒業アルバムはあったんだけど他のはなんもないよ。
とまぁ本番を語っていこうか。

 

 

【小学1年生はどんな一年だったか?】
まずともこ先生という人が教師だった。女性の方でないとうゆりかという少女が俺の近くにいた子だった。
一番大きな出来事は国語の小テストがあったはずでこの頃は漢字が得意で実はあの時、岩間大太郎が右側の子の真っすぐでちょうど斜め右だったんだけどわかんない漢字が
あって彼の書いていた答えが見えてしまったね。本来だったらこのテストは誰も100点を取ることが出来なかったんだけど俺だけはそこで100点を取ってしまったという苦い経験が
あります。あの時に正直に語っていたら俺は真面目に育ったか?いや、今ここに書いたからそれでいいのだ。それ以外で覚えてることね。
ひらがなを習っててそれを書いてた時とか多分、最初なんだろうどけど恐らく緊張してたから俺はこれを覚えていたんだと思う。
後はにいみけいごという男がいてそいつがなんか給食の時にちょっかいを出してなんかいじめられたというおり嫌がらせなんだけれど母さんと新見けいごのお母さんが何か
話してまぁ解決みたいな出来事があったと思う。ないとうゆりかという子はよく覚えてる訳じゃないけど近くの子というか隣の子だったのでよく印象に残ってる。
思えば話したことは一度もないな。樹里よりも俺は彼女の方が氣になってたと思う。樹里という女の子は高橋樹里と言って愛理というお姉さんがいて今現在ある家は
別の人で彼女は小学六年生の時に引っ越して別のところにいったんだけど今は元気にしているだろうか?それはわからないな。その子は小学1年生が同じかどうかは覚えていない。ただ、小学2年生だった氣がするがほっぺたにキスをされた経験がある。何故かはわからない。それにどうやって彼女と知り合ったか
も俺にはわからない。何故彼女と話していたかそのきっかけはなにかは全く覚えていないのです。

 

まず、小学1年生で他に覚えてることはそんなにありませんのでこの高橋樹里とのエピソードを話していきます。(苗字はともかく漢字が正しいかは俺にもわからないです)

 

彼女とは俺の記憶の中の最初の順番である一つ目は
キスをされたところからです。多分、1年生ではない。そして、2年生からだったと思う。なんの話をしてたのか?ってそれも覚えてません。多分、大した話題なんて
喋ってもいないと思う。そして、一番印象深いことはバレンタインを2回か3回ぐらい貰ってるということ。正解は2回で3回はもらってない筈。小学3年生から4年の時に一回で
恐らく友達チョコ=友チョコとして受け取ったんだと思う。2回目は小学5年か六年で彼女が引っ越すということで彼女自身がほかの人たちへのお別れでせめてものプレゼント(渡し物)として皆にチョコを配っていて俺の方も彼女から確か、家に帰る前の新海病院のあたりで受け取った筈です。俺の記憶ではそんなところ。

そして、彼女と帰って事のある回数は覚えてないが最初のキスの時と次は左腕を骨折した時で母さんが自転車で迎えてくれたことがあってその時に樹里と一緒に話をしていたのを覚えてる。俺がじゃなくて母さんがですよ。何か話してたような氣がするがそれは覚えていない。一番強烈なのは確かね新見とそのダチがなんか俺と樹里が歩いている時になんか冷やかしてきてね(笑)ヒューヒューなんてあいつら行ってきやがってよ本当にうざかったな( ´∀` )。それとあの記憶が同一がどうかは忘れたがその後に確か彼女がどうもトイレを我慢
出来なくなったようで池下公園が近くにあるのになんと彼女はあそこというかあそこって何かって?ん~ちょいと画像を持ってきて説明するぜよ。
そっちの方が分かりやすいからな。

 


 

 

 

 

 

 

ここになんだか水が見える場所というかこれをなんていうんだろう?つまり彼女はそこで小便をしたってことです。そこの穴のある場所に垂らしてちゃんと後ろは隠して前に関しては
俺に「後ろを向かないでね。」と確か言われたような氣がするし、そうじゃなかった氣もするが別に興味があった訳じゃないんだけどどうゆう風にするんだろう?と思ったのか一度見ちゃいました。
彼女も我慢出来なかったのか僕は一回だけ振りむいちゃったけど彼女自身は気づきませんでした。ただね、ちょっと僕の芸術観が入っちゃいますが女性の裸体は本当に綺麗なのにトイレをする時の姿勢とか和装式での我慢座りの時の姿勢って全然美しくないんだよね。トイレをする時の肌の色とか姿勢も美人なら美しいと思っていたんだけどアングルによってはただ、氣分が悪くなるだけでスカトロなんて作り物とはいえ論外。やっぱり、キチガイのDSはこうゆう薄気味悪いことするよなと・・・。なんだか裸体は美しいのにそうゆう姿勢は美しないし、そうゆうトイレの姿勢とかさAVで見てて考えてたんですよ。俺「はぁ・・・ああそうか。人間も動物なんだな。アニメーションだったら美しく書くけど実際に見ると美しくないしそんなに見たくもないな。トイレの時も俺はおしっこ我慢出来なくて母親の姿を見てしまったということがあったが直視ではないし一瞬だったあまり氣分のいいものじゃないな・・・おじさんこと母さんの兄貴はよく自分の母親の世話を出来るよな。俺だったら母親の体なんか触りたくないし、触れたくもないんだが特にデリケートゾーンなんて吐き気がしそう。
好きな人や自分の奥さんだったら構わないんだけどね。」と思いました。
まぁ100%自分のことを思ってることを喋ると決めているんでね。

それにスカトロっていうAVの氣味悪いものあるんだけどさ俺は中学2年生の時にそうゆうのに関心もってたつまさ率いる取り巻きというか友達がなんか
5人ぐらいで「セッッッックスーーーーー‼」なんて大声で言ってたんだぜ。いや、お前ら安保かよ。俺でもそんなこと言わねえよと思った。これは確か、中学1年生の時の話で今考
えても信じられない光景に俺は立ち会ったのかもしれない。
ちなみに非常に当たり前のことだがその時は女の子のおちんちんはどうなってるんだろう?なんて考えませんでしたよ。当然だね、その時に女子の體(からだ)に興味を持ち
ちびっこがいたら逆に怖いよ。変な同人誌とかさそうゆう設定あるような氣がするけど現実世界ではありえないからね。んで何が言いたいのか?まぁ続きを聞いてください。
ちなみに樹里のその時のいわゆる生殖器の場所の形とかはよく観察せずそんな風になっているんだと今みたいに鮮明にイメージしてた訳じゃないので、「あそこからおしっこ出すんだな。」程度にしか考えてませんでした。それが終わった後はいつも通り帰りましたよ。さて、結論を出すとこうゆう芸術的な視点や動物なんだなと悟りとかトイレを見るのってこんなに氣分が悪くなるんだな・・・と思ったのはこの記憶が鮮明になったののもAVでそうゆう系で女子が小便しているところを実際に見て美しくなかったのがなんだかショックでがっかりしてまぁ容姿は美人だったし、悪くないけどそんな美人でもあんまりトイレの外観と合わさってみたくないなって思った。綺麗だったら見ていたけれど・・・。まぁトイレも綺麗で体も綺麗だったら見れていたかというといや、それはないな。なんというか異性のそうゆうのを見ている自分に罪悪感を感じてたとし、好きな人同士でもそこの境界線は絶対に死守しなければ
ならないなと思いました。スカトロ系のうんこってまず作り物らしいですね。AVの男優の精液も作り物か或いは今ではCGやカメラの技術の進歩でほとんど最初に作られたもので
生風に表現してるか或いは何度も繰り返してるからかどこで射精するのかのタイミングもわかっているのでしょう。それでうまくコントロールされてる。
ちなみにAVに関して語ると「男を堕落させる爲と女性の晩婚化の促進」を目的として生まれたのが日本語で大人の動画と書くアダルトビデオと呼ばれているものです。
ちなみにスカトロのうんこも作り物だそうでそれを聞いて逆に安心しました。あれが本物だったらガチで引きますわ。不思議なんだけど自分の小便や大便を見てもなんとも
思わないのになぜ、自分以外の人のを見ると氣分が悪くなるのだろう?という疑問も生まれました。理由は説明出来ないけど生物的本能によるものだと思う。


【AVや女性の裸体から好き放題やっている光景や愛というものが存在しない醜い男どもや人身売買などを知って悟ったことや決意など。】
さて、そんな訳で同い年の彼女の公園前近くでのトイレとAVと自分の裸体に関する価値観から生まれたものは何か?でした。ただ、AVのおかげで女性の裸体は美しいと思ったし
喘ぎ声も動物の本能のようなものでそのこたちが楽しそうに話してたり女子同士の会話とかは声優さんを見てて思ったんだけど「なんだかこの日常を女性たちの笑顔を守れる
爲に死ねるならそれも本望だ‼」といった過去の日本人たちの男の氣持ちがなんだか分かって女性という存在が中学校まで苦手で目の雰囲気も怖かったし高校の頃は明るい女子なら話したいけど怖い人は嫌だな・・・と思っててでも、2020年のコロナで日本の歴史とか藤井厳喜先生のおかげで関心持てたしなんというか女性はこんなに美しい生き物だったんだな。
となんだか悟りを開いて感動したのです。つまり、AVとか男優が女性を好き放題してケツを叩いたり体を貪り触る姿勢に怒りを感じて本能というものが開花したのです。
そして、極めつけは明治維新での人身売買50万人の女性たちが売られて外国の図体がでかく體(からだ)も大きく好き放題力任せで痛めつけられた女性たちがいたと思うと
福沢諭吉に腹立って


「殺してやる‼てめえのせいで彼女たちがどんな痛い目にあったかお前にわかるか‼(怒)私利私欲で自分任せなでぶっちょや大して多彩で明るい表情も
容姿もまだましなあんな男優もどきの大したことのない連中に比べればましだがどうしててめえはこんなひどいことが出来るんだ‼てめえにとっちゃ目先の利益の方が先かよ‼」


とまぁそんな氣持ちになったこともある僕ですが子供が生きやすい未来ということは女性も生きやすい社会ということです。この後に福沢諭吉って本当はどんな男なんだろうかと思いました。
そして、今後の黄金時代では予測している人では子供が5人6人いる家庭は珍しくなくなるという風に予測しているサイトやツイートを見たことがあるんですが
僕は一夫多妻が良いといいました。これにもちゃんとした理由があってハーレムを望む訳でも多くの女性との交わりによる快楽を求めている訳ではないです。
それは通過点で重要なのは互いの家族が互いに10人以上で同じ場所に住み協力しながら助け合い和を生む空間を作り出すということでこうゆう僕のような考えと同じ人が
多ければ多いとより一層のこと良いでしょう。それに母さんはいいました。「人が多すぎて困ることなんてある?家族でもそうだけど人が多ければ多いと困ることなんてないわ。」
と僕に教えてくれました。この言葉の影響もあって僕は一夫多妻制を実現したいと考えているのです。この一夫多妻制を何故、求めるかと言われたらハーレムではなく
僕の父の弟も母の兄貴にも子供がいなく独身でそして、家族が3人や5人の家庭ばかりがほとんどで親戚同士やお爺ちゃんやお祖母ちゃんが一緒に共同で済まないことに
違和感を覚えたからです。そして、昔の特にお祖母ちゃんの戦後あたりの時代では兄弟が6人から9人ぐらい当たり前にいたと聞きました。
それを知った時に羨ましいと思ったと同時に何故、今はそうじゃないのだ・・・?その方が何か問題が起きた時に困るなんてことほとんどあるわけないじゃないか・・・
何でそうなるんだ?おかしいだろ・・・そうか、税金の種類を多くさせ若者の結婚率を下げれば子供の数も全体的には減少するし、大家族というものもどんどん縮小してしまう。これもDS共の作戦だったんだなと怒りに怒り狂いました。後は家の狭さとか家と家が当たり前のようにくっついているおかしさにも気づきました。
これは次の課題にて書きましょう。

 

 

 

小学1年生で他に覚えていることは特にないので次にいきます。

 

 

 

 

 


【学校の外観はどんな風か?】

航空写真だとこんな感じでプールらしきものは屋上にあってなんだか懐かしいね。
好きかといえば微妙だが凄い悪いというわけでもない。中途半端だね俺の中では・・・というのが感想。
こうゆう風になってるのか。一応、遊べる場所はこの円を見てればわかるように廣い。(ひろい)
ただ、サッカーボールのゴールキーパーが守るゴール入れ場があったり運動会で使用するような駆けっこなどをしている時に使う場所であったり
鉄棒で逆上がりが苦手で出来なかったというより専用の補助用の道具の力を借りてやっと出来たってところ。
後は右側の方に運動会で使う玉入れやサッカーボールなどがあったはずで他は覚えてないね。
雲梯(うんてい)が一番嫌いだったかも。単純に俺に腕力がなかっただけでそういったことも学んでいなかったからね。
一輪車とか左右に倉庫らしいものが見えますよね。そこの左側の方には一輪車があって俺は乗ったことはあったような氣がする。
一応、自転車で手を放して真っすぐに姿勢を保つぐらいには出来るが十分も出来るかは俺にはわからない。特訓できるような場所で試さない限りは己自身にもその実力のほどは
わからないであろう。

 

 

 

 

 

 

 

こちらは正面からの画像でこうゆうふうです。
普段は黒い門で閉ざされていて児童が入る時は開いている状態なんだけれど俺にとっては開いてない状態の方が不自然。なぜなら普段からそれに慣れているってだけの話んなんだが珍しい光景に見えるんですよ。左側は車の駐車場で熱を出したことがあってそれで父の車(マツダ)が来て入れるので保護者は入ることはできるようです。

 

 

 

【逆側】


 

https://www.google.co.jp/maps/uv?pb=!1s0x600485a832f5d507%3A0xdbc483d2e2486c13!3m1!7e115!4shttps%3A%2F%2Flh5.googleusercontent.com%2Fp%2FAF1QipPrh_tSj_2p01JOWXBJLCGD0aDwJ0gf9s5URZ-x%3Dw284-h160-k-no!5z44GV44GP44KJ5bCP5a2m5qChIC0gR29vZ2xlIOaknOe0og!15sCgIgAQ&imagekey=!1e10!2sAF1QipMa6Szk6PkYHa8LpzwBY2wk5h_QnQPJMO8uRVnt&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwibrNeDhYDyAhWxw4sBHVsuCGsQoiowEnoECEYQAw

こちらは靴を脱ぐところでいわゆる学校に入る子はみんな必ず通る場所です。

なんか廣い感じに見えるけど今見たら違う光景に映るだろうな。

二度と入る氣はないがこれを見れるだけで充分だよ。

 

 

 

 

https://www.google.co.jp/maps/uv?pb=!1s0x600485a832f5d507%3A0xdbc483d2e2486c13!3m1!7e115!4shttps%3A%2F%2Flh5.googleusercontent.com%2Fp%2FAF1QipPrh_tSj_2p01JOWXBJLCGD0aDwJ0gf9s5URZ-x%3Dw284-h160-k-no!5z44GV44GP44KJ5bCP5a2m5qChIC0gR29vZ2xlIOaknOe0og!15sCgIgAQ&imagekey=!1e10!2sAF1QipPlJny2-bOFlHtA4IP9iszHLUlSWkt4LPlJ_vCC&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwibrNeDhYDyAhWxw4sBHVsuCGsQoiowEnoECEYQAw

こっちはロゴが入ってる方でこんな風にさくら小学校って書いてあったんだな・・・

これは俺自身でも初めて知った。今まで6年間も言っていたのに一度も氣がつかなかったとはね・・・まぁ子供だったしそんなもんだろとも思うが気づきたかったなと今なら思う俺がここにいる。

 

 

 

 

 

https://www.google.co.jp/maps/uv?pb=!1s0x600485a832f5d507%3A0xdbc483d2e2486c13!3m1!7e115!4shttps%3A%2F%2Flh5.googleusercontent.com%2Fp%2FAF1QipPrh_tSj_2p01JOWXBJLCGD0aDwJ0gf9s5URZ-x%3Dw284-h160-k-no!5z44GV44GP44KJ5bCP5a2m5qChIC0gR29vZ2xlIOaknOe0og!15sCgIgAQ&imagekey=!1e10!2sAF1QipOZXcZ6AKE-HSTFVzRvnMEPRXf6m7bkOAJxJ0FR&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwibrNeDhYDyAhWxw4sBHVsuCGsQoiowEnoECEYQAw

これは正門から入ってすぐに見えてくる場所です。ただ、この見えている場所(左側)に入ったことはないんです。
でも、ここは確かこんな風だったね。この画像から見て真ん中の場所はどんなところだったのか少し氣になるね。ゲームの影響で探索とか地図を埋めるイメージのように
いろんな光景を見て旅をするような主人公たちに憧れがあるのです。単純にいろんな場所を見てどんなものがあってどんな人がいるのかに興味を覚えます。
人に関していうなら好みははっきりしてますが面白いと思ったりなんだか輝いてるなと思った人だとこの人はどんな人だろうか・・・と思うこともたまにある。
ただ、そういった出会いや感情はあまり得られていない。漫画やアニメならそういった感情はいくつかあるのにね。

 

 

 

 

 

https://www.google.co.jp/maps/uv?pb=!1s0x600485a832f5d507%3A0xdbc483d2e2486c13!3m1!7e115!4shttps%3A%2F%2Flh5.googleusercontent.com%2Fp%2FAF1QipPrh_tSj_2p01JOWXBJLCGD0aDwJ0gf9s5URZ-x%3Dw284-h160-k-no!5z44GV44GP44KJ5bCP5a2m5qChIC0gR29vZ2xlIOaknOe0og!15sCgIgAQ&imagekey=!1e10!2sAF1QipM9IEdxMt-vP3Wzhqrt2IwXyYbF3K0B1PbryW3K&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwibrNeDhYDyAhWxw4sBHVsuCGsQoiowEnoECEYQAw

 

運動会を行ってた時は大体、この光景です。これだと結構、広く見えるが今見たらどんな光景に映るだろうね?。ちょっとわからないかも・・・😅

 

 

 

 

 

 

https://www.google.co.jp/maps/uv?pb=!1s0x600485a832f5d507%3A0xdbc483d2e2486c13!3m1!7e115!4shttps%3A%2F%2Flh5.googleusercontent.com%2Fp%2FAF1QipPrh_tSj_2p01JOWXBJLCGD0aDwJ0gf9s5URZ-x%3Dw284-h160-k-no!5z44GV44GP44KJ5bCP5a2m5qChIC0gR29vZ2xlIOaknOe0og!15sCgIgAQ&imagekey=!1e10!2sAF1QipMY6jeBP-x7xurkRXFs3JqR11udMi333xAMa3kE&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwibrNeDhYDyAhWxw4sBHVsuCGsQoiowEnoECEYQAw

これはわかりやすいね。大体こんな風だよ。つまり、見た目は廣い場所に見える。でも歩く範囲は狭くて今なら窮屈を覚えそうだ。
あの頃だから自然と受け入れていた氣がする。

 

 

 

 

 

https://www.google.co.jp/maps/uv?pb=!1s0x600485a832f5d507%3A0xdbc483d2e2486c13!3m1!7e115!4shttps%3A%2F%2Flh5.googleusercontent.com%2Fp%2FAF1QipPrh_tSj_2p01JOWXBJLCGD0aDwJ0gf9s5URZ-x%3Dw284-h160-k-no!5z44GV44GP44KJ5bCP5a2m5qChIC0gR29vZ2xlIOaknOe0og!15sCgIgAQ&imagekey=!1e10!2sAF1QipOUc8TV6rktNuRZzbBrotvv1SUrzzC3_lUOpHkF&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwibrNeDhYDyAhWxw4sBHVsuCGsQoiowEnoECEYQAw

これはいつに撮られた写真かはわからないけどなんだか色が多彩な遊び場が見えるね。滑り台や登り場があってそれが別れているようだ。
俺が小学生の頃はこんなものはなかったので新しく建てられた奴だろう。しっかしこんなもの、いつの間に建てられたんだろうね。
楽しそうだとは思えるけどあの頃はこういったものもなく殺風景だったけどだから楽しかったのかも・・・

 

 

いや、待てよ!ドッジボール大会をやってた時になんかこんなのあった氣がするかも。すまない、さっきの言葉は訂正する。
あったかもしれない。というよりこんな色だった氣がする。それ以前にこれが俺が小学生の頃にあったとして俺はこれに関する記憶がないということは
俺はこの遊び場で遊んだことが一度もないということを指す。それかあまりちゃんと見たこともなかったので頭の中に定着しなかっただけかもしれない。
ドッジボールの時の記憶がなければ思い出せなかったかもしれない。

 外観はこれで終わります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 【小学2年生】
小学2年生は2年2組に所属で一年生は一年1組だったんだけど2年生になったばかりの俺は「2年だから2組がいいな」なんて安保みたいな想像をしててこの時、考えてたことは
思いっきり当たってそこに所属することになった。2年の先生は竹ノ内 努武先生でこうゆう漢字だったかどうかはわからない。
實は学校で寝るようになっていた。何故、そのようになったかは分からない。ただ、そうなった経緯は俺にももう一度勝手にいいますが分かりません。

 

ここからですが色んな奴がいましたね。もうほぼ、覚えてないですがね。
ただ、ここからよく授業で寝てるようなおさぼり小僧でまぁこの頃は恐らくても10時20分までには寝ていたのでそんなに大したことは出来ていなかったですね。
というのも大したことはというのは夜遅くまで起きるとかゲームとかさすがにそこまではしていません。

正直、何でよく寝るようになったのかなんてよくわかっていないし自分でもわかんないのです。
友川兄弟とかいう連中がいたことは覚えてます。どっちも顔がそっくりでどっちが兄か弟かもわからず性格の違いも判らないので「何でこいつらこんなに顔がそっくりなんだろう?」
と疑問でしかなかったんだけれどね。

他に覚えてることは竹ノ内先生に怒られた話で元々、だれか男の子がいたんだけど別に自分がいじめた訳でも泣かせたわけでもなくなぜ、それが起こったのか?のすら
今となっては原因を究明することは出来ないのだけれどただ、間違って自分がやってしまったということを表す頷くを間違ってしまい、相手に何も悪いことしてないのに
何故か反省する羽目になるという今でも謎でもうこれが分かる人はいないだろう。俺ですらもはや何が起きたのかすら全く分かっていないのでこれを解決したいなんて
氣はさらさらありません。

2年生ははっきりいって後は杉浦けいたという転校生と松村と松下とかは知らんが松井ひできだったけな?いや、松村まさゆきという名前か。
彼はなんだかデブで共感もてたんだね。今より太っていたころだったからね。女だと田中みほというデブッちょの一重の女がいましたね。さすがにあれよりは
痩せといた方が体の健康の意味でもよいと思うんだが元気だろうかね。
まぁ後は渡辺さつきという少女もいたな。まぁ2年生編で覚えてることなんてないし、3年・4年・5年・6年で書き忘れたことがあれば付け足せばよいと思います。

 

 

 

【小学3年生編】
ここでは石川先生という人が担当してたね。この人の行ったことで覚えてることは「最初にやりたくないことから始めれば後から好きなだけやりたいことが出来るぞ」
という言葉でこれを今後の己に活かせるかどうかはわからないがこれだけ覚えてます。
ちなみに3年か4年か覚えてないエピソードがあるのでここに書かせてもらうがガチで物凄く下痢で体調不良になったことがあるんだがこれの原因はその時は分からずに
確か、最初に熱で保険の先生のところに着替えにいったかいってないかは忘れたよ。あっ!5年生の方か。

いや、正確に覚えていない。これを書くと時系列がぐちゃぐちゃになってしまうが下痢で履いてしまってひどい状態になったのが5年生の筈なのでこれとは違う。
熱で保険の先生の所にいったのは間違いない。学校に行った時に体調不良が確認されてそれで保険の先生のところの1階の保健室があってそこで先生に面倒見て貰って
と思ったが4年は吉村千登勢先生こと女教師だったので母さん曰く「不機嫌そうだった」らしいが俺はそんなのはあんまり重視していない。
そのあとに体調がよくなって学校にきたことはあったよ。その時に算数の授業が遅れてるからということで俺一人が単独で石川先生と一人で向かい合って
45分ぐらいの授業をしたという記憶があるんですね。とまぁこれだけで多分、書いてて蘇りそうになったが4年生の出来事なのはほぼ確定だと感じているが
吉村教師がいたので4年生じゃないか?と感じただけですね。というよりこの時に親父の車が来てそれで俺は体調不良だったもので病院に行って薬貰って
それで2週間までだったと思うがそれまで家で過ごしてた氣がします。

とまぁこんな話で3年生で印象に残ってるエピソードもないな。そもそも印象に残ってるエピソードという物語が何年生の春夏秋冬のいつかを正確に覚えていないので
今は六年生まで書くけどあんまりよくわかんねえのよ。
はっきりってこの頃はコカ・コーラとかオロナミンCなんて飲んでいたのでこいつらや体に悪い添加物のせいだな。俺にはそれ以外、考えられんねえ。
それにそこの病院はどこかは忘れた。まぁ後でグーグルマップ使って紹介しますよ。

 

 

 

 


【小学4年生】

いかん!4年生編を書いてなかった。
ここで初めて担任の教師になったのが吉村先生だったのだけれどこの人は女で20代後半の教師で多分、29歳だった氣がする。
それで小学5年生の時にみんなが一堂に確か、広い場所のクラスじゃないところで体育座りかもしくは違う座りだったと思うけれどなんか男の人を連れてきて
結婚の報告をしてそれで盛り上がってたのを覚えています。男の人が顔が濃くて厚化粧の感じで河野太郎と言った方が分かりやすいかな・・・
そんな男の人とハワイに旅行するとかなんとかそもそも僕自身、学校の授業も真面目に受けてこなかった男で生徒ともそんなに関りがある訳でもないので
あんまり俺としては喜べなかったし、結婚の写真見た時に最初に胸が印象にあったんだよね。

「何で女の人の結婚衣装というか吉村先生の来ている服は谷間が見えてるんだろう?アピールしたいのかな?どうゆう意図があるんだろう。」
とこの時の俺は考えてましたね。本当に目が行って注目してたのはそこと結婚相手やハワイからそれときっかけは何だろう?と疑問にはありましたが僕の中では
いつの間にか忘れていてすっかり記憶の中で滞っていました。結婚相手との出会いも付き合いの年数もハワイに旅行しにいったのも結婚した後で報告した理由も
僕にはわからないのであんまり興味が持てなかった。漫画とかアニメ見たいにストーリーの順序があれば理解出来たと思うのですけれどね。

とまぁ吉村教師で覚えてることのもうひとつはある授業が終わった後ですね。
その人の来てた服装ですけどあれはなんのスカートだろうね。会社のOL(女子事務員)の人が履いてそうな奴で画像を一つ見つけてきました。

 

楽天市場】ミニスカート タイトスカート ハイウエスト レディース オフィス スカート 膝上 タイト 美脚 美尻 ビジネス ミニ OL 通勤  20代30代40代 おしゃれ 新作 送料無料:erieri

 


そう!こんな奴というか実際はもっとダサいような色でしたがね。それでスリットが空いてて俺は霜村の「し」なので意外と8番目とか9番目の何年何組の時は大体、4から10だったんだね。ある座り方をしていました。脚を組んでいて右足を左足にのっけていました。別に覗きたかった訳じゃないですけどあれだと見えてしまうよね。今、考えると見えなくて
よかった・・・とほっとしている。見えてたらそれこそ悪夢だった。だって顔も仏頂面だし、それでいて顔にほくろもあって不満げでどこも可愛くなし感情的で八つ当たりをしてそうな
面を感じるから人間的にも女としても魅力的に思えないので逆によかった。問題は先生自体があんな姿勢をしてたことよ。タイトスカートの恰好をするんなら見えないように工夫したり
姿勢もどうどうとしていればいいし、あのテーブルというか座ってる置物と言えばいいかな・・・あれなら脚とか見えない類の置物にすれば僕もわざわざ視線を合わせることもしなかった。もっといかんのはあの位置でぼーっとして顔を両手のところにのっけてるとどうしてもそこに視線が行ってしまうのが問題でこれがやっぱり不味いね。
それで吉村先生はむすっとした顔はしてたけど自分の姿勢に気づいてそこから立って自分の姿勢でどうやら下着が見えそうだったことに気づいたようだがこうゆうのは教師以前に女としてしっかりしてほしいね。こうゆうのが出来ない人は僕は自分の伴侶どころか彼女に欲しいとも思わない。まぁそれはここでは関係はあまりないけれど
ちゃんとスカート見えないようにするか机などもタイトスカートなら見えないようにするとか色々、工夫して貰いたいものですね。
それでいて僕が寝てると蹴ったり文章読ませて皆の前で失態を曝そうとして「この子みたいに寝てばかりはいけませんよ」と言わんばかりの強硬アピールをさせようとしますし音楽教室の話も覚えていますが僕が上手く歌えてない歌がある時に勝手に真正面から近づいて自分が指導している氣になって身長の差もあって別に胸が見たい訳じゃないのに顔ばかり見ると目も結構使いまくりだし、何より歌うのに集中できなかったですし、それで彼女の方は俺がしっかり歌えてるか見ているだけでなんだか「学校の授業についてこれない生徒」としてしか認識されていなかったんだろう。まぁ俺から言わせるとありがた迷惑で別に教えようとするのは教師として当然ですがそれと強硬な姿勢や歌えないからと言って
歌うところまでずっとしたばかり見て様子を近くで探ろうとするのは心理的にはきついのですよ。それをこの方は分かっているのか?とはだはだ疑問ですな。
後ね、距離が近すぎて別に首をもっと上げて様子を見ればいいんだけど胸と赤色の服が邪魔でそんな経験もなかったから戸惑って口に出すことも苦手な少年だったから何にも
言わなかったけど全くもってうざかったです。どう?とかどこが歌えないとかそういったアドバイスの一言もくれないのですからいるだけ意味がないと僕は思います。
皆もそう思わないかい?と聞いたところで「いや、俺は君の学校の話を聞いてもよく呑み込めないんだけど」とか「その人にもその人の考えがあったんじゃないだろうか?」
と心情の世界で感じ取った人もいるでしょうが僕は本当にありがた迷惑とはこうゆう出来ないからとか寝てばかりとかいう理由でレッテルのようなものを頭に貼り付けて
自分がしっかり面倒を見て全部、正しく指導しなければという価値観に染まってる氣がするのです。本当に相手を思ってれば蹴ることも文章読ませて皆の前で存在を曝して
寝る子はいけませんよと言わんばかりの押し付けもしないし、わざわざ生徒の近くに立って目の前に立ってただ、様子を観察するだけしかしないということは行わないと俺は
思うよ。だからこの吉村千登勢という女は嫌い。教師とも思っていない。それに教育制度を理解しているわけではないが何年か経つとすぐに別の学校に転校するという謎システムにも違和感を感じてましたし、いじめ事件での教育委員会の態度とか見てても「教師や学校委員会は自分の立場を守れれば生徒のことなんてどうでもいいという体たらくな連中の集まりだな」としか感じてなかったのでむしろ教師という職業を教えているところは一体、どんな教えをしてるんだ?何を考えるんだ?と疑問ばかりが頭の中にいっぱいありました。


とまぁそんな話でした。

 

 

 

 


【小学5年生編】

上野しゅうという男は俺の住んでる住所の近くに住んでた男で小学1年の時から同じクラスだった男でこいつとどのようにして仲良くなったのかなど
俺は全く覚えていないがスーパーファミコンの「スーパードンキーコング」というゲームをやっていたんだ。
それで俺はステージ1からやっていたがこいつはゲームのコントローラーの使い方をよく使いこなせずにAボタンもBボタンすらも使えていなかった。

 

スーパーファミコン コントローラーの使いかた|Nintendo Switch サポート情報|Nintendo

外見はこんな感じだが今は全部売ってしまった。ずっととっておく氣はなかったし、ゲーム機だらけであふれていたから逆に全て売って今はよかったと思う。
PS5・PS4任天堂スイッチの3つしかないのでこれ以外は別になくてもいいというのが俺の感想よ。

それでこの上野しゅうとというガキに何をされたのかというとトイレに連れ込まれて「俺の股間を舐めろ」なんていってきた。つまり、ホモに襲われたということ。
これは決して冗談などではない。本当の話だ。それに場所は恐らく亀頭という男の生殖器がおしっこをするところにある穴の部分なんだが間違いなくこいつはそうゆうふうに指示
をした。俺はやりたくないが見に任せそうになったところ、理性が止まったおかげでそれをせずに済んだ。ちなみに俺はこいつに左乳首を実は舐められている。
(この時にね)

ついでにいうと中学1年生の修学旅行もそうだけど人が通らない場所だったか奴と接触した時に股間を勝手に右手で触られて「ニヤッ」と氣持ち悪い顔で一重の目つきで
何故か笑っててこいつ頭大丈夫かよと思っていた。ちなみにこのことはしゅうとや妹のあやね、母親には口を出していないで。
それを言ってしまったら自分の居場所がいなくなってしまうような雰囲氣を感じ取ってしまったからこれを告白するのがこのブログが初めてだ。
俺はあくまで自分の學びと振り返りと人生の爲に書いてるだけでこれを公開できずにふさぎ込んでしまうようでは俺のその程度の人間だったということで
別にこれを公開することに何のためらいもない。

もしね、というかもしもじゃなくて好きな人と契りを結ぶことがあればその人には左乳首だけ愛情よく舐めて欲しいという願望があるんだがこれはこのしゅうとという男に
一回だけだった筈だがペロッと舐められたことがあるからでいって正直言って女の子の男乳首の攻めプレイは嫌いよ。何故ならそんなことされても嬉しくないから。
でも、もしも,いや!もしもではなくそれが必ず訪れる時に俺はそれをしてほしいといういうでしょう。といってもそれ以降は乳首舐めのプレイはしたくはないと相手の方に
告げることになります。何故ならアダルトビデオでそれを必ず義務付けているレーベル(会社)があるのだけれどs-cuteといってね、俺は可愛い女の子を見る爲だけに見てたけど
男があまりに氣持ち悪いのと偽善者の塊だったので女の子のヌードデッサン用としては見続けるかもしれないがこれもDSのフェイク映像だと思ってる。
実際はそんなにいい映像ではないでしょう。女の子で簡単に男に体を見せれる人は女としての美が足りないと感じるので好きにはなれない。ただし、好奇心旺盛な純粋な女の子で
あれば僕はその時は受け入れてもよいと思ってる。

乳首プレイ自体は全く好まないがその人には愛情よく舐めて俺はその人の髪を包み込むように抱きしめたい。そして、「ありがとう。〇〇」とその人の目をしっかりとして名前を
呼びたい。その後は通常の契りを行いたいですね。

女の子の異性への乳首プレイが好きじゃないのはもちろん、男である俺がそれを望まないというのもあるんだけれどそれに快感や一瞬、感じても氣持ちよさはあったとしても
嬉しいとは思わない。これ自体が男が女の子に強制的に性行為を強要するようなそんなやり方に思えて好かないんだ。俺は乳首プレイなんて知らなかったし、体と体をゆっくり
解す感じに相手のことをしっかりと考えてその瞳から離さず自分の自我だけで行わず相手と距離を縮めながら行いたいからそんなやり方は俺には合わないのだ。

それにあの男はホモとかゲイとかそんなレベルじゃないんだ。それにパソコンは小学5年生で初めて、使ったとはいえ、その頃はアダルトサイトの存在も知らないし
俺は中学1年生で初めて知ったと思ってるがまぁ男女が性行為して無修正の奴にたまたま裸の画像を見ることをしていた時にたまたま目撃したことがあったが
その時に初めて男女が体を合わせて性行為して生殖器というものをお互いにいれることもあんまりよくわかってなかったし、「何をしてるんだろう?」と感じたし
なんか男のちんこが抜けた後にみた白い液体を見た時「氣持ち悪っ!」と思ったし、女のところから出たと思っていてそれが実は男の精液で射精という現象だなんて
俺は全く知らなかった坊主だぜ。なのに何でフェラチオとか乳首攻めプレイとかそんなことあいつは小学5年生で知っているんだ?

これ自体が一番、おかしいだろ‼と思う。まず、上野家のことは知らない。妹と母親がいることしか知らない。父親がいるかどうかは俺は知らないけれど
アダルトビデオなんて小学5年生の坊主がたまたまその時に見て覚えてそんなものに興味なんか示すだろうか?俺にはそうは思えないね。
だから可能性としては父親が叩き込んだか奴がその時からパソコンを持っていて親が特に父親がそれを見ているのを目撃したかこっそり見て自分一人で覚えたのかどうかは
分からないがそれしか俺にはわからないね。普通ならありえない現象に俺は立ち会ったんだ。それに中学1年の頃に俺の股を触ったんだぜ。
それにということはそれを続けていたということですよね。パソコンを持ってアダルト系のものをその時から見続けていたということ。
それに小林まさきという奴とよくいる友達がいるんだがそいつは俺には態度が冷たくしゅうとには良い態度をしているというまぁ人間としては駄目駄目な奴よ。
俺なんて自慢じゃないけど隣の人や一応、人への礼儀や頭を下げるぐらいはきちんとやるし、嫌な性格をしてる奴でも俺はあまりにひどくない限りは少しは寛大になれるし
文句を言うなんて馬鹿馬鹿しいからわざわざいったりしない。いうくらいだったら紙にでも書いて鬱憤晴らしにすればいいのだ。

まぁ奴自体、間違いなく通常の家庭環境で過ごさなかったね。本来なら中学生ぐらいの時に好奇心が湧いてそういった意識が呼び起される筈だが中学1年生
の時に股を触ってニヤッとするような奴だぞ。しかも、意図的に奴は俺を狙った。俺がおとなしくて行っても人にはばらさないだろうと確信出来る奴を計画的に狙ったとしか
思えない。恐らく小林まさきも周囲の連中もしゅうとのこの本性を知らない。俺だけかもしれないと思ってる。
それに実はこれはまず、トイレに行く時に奴に連れられてそれでなんか勝手に股を出して「ここ(ちんこ)を舐めろ」なんて普通はこんな台詞を言わない。
そして、「みなと公園に来い」みたいなことを言われてそもそも俺は奴の指示に従ったのかそれともあいつに脅迫されたかはもう忘れたのだけれど
みなと公園に行った時にあいつがいてまぁトイレに閉じ込められてまた、「やれ」みたいなことを言われた氣がする。
※自分からばらされるのが怖くて赴いたのかあいつが勝手に誘って怖かったからか最初から怖くてほかの選択肢がないと思ってそこに行ったかと言われると分からない。

ちなみに本当に奴の生殖器の亀頭を舌で舐めてはいないよ。いや、本当にこれいったんだよ。上野しゅうとという男は・・・
まぁこれのせいで俺は24歳学生ですなどのネタとかホモネタが大嫌いになったから俺は中学3年の時に「下ネタ辞めて」と書いたんです。
つまり、俺にとって下ネタというのは笑い話ではないのだ。24歳学生ですも他の下ネタも僕は全く面白いと思わないのは男の生殖器とか女の性慾関連とか
そうゆうことを平氣で恥ずかしげもなく言える人間の無神経さというものに腹が立つというものがある。それにそれが面白い訳がないだろ‼ということ。
冴羽りょうもっこりとかルパンの服を全て脱いでパンツ一丁だけで不二子を襲おうとしたらパンチングマシンを食らうというあのオチはまだ面白い。
これはルパンやりょうちゃんが人に愛される性格をしてるから俺でも受け入れられるんやで。

あのイキそうですとかアーーー!と言葉とか悲鳴だけなら面白いと思うよ。ぼかしながらそれを言う表現は認めましょう。男同士が女とヤッタかとか可愛かったかと
もう一線超えちゃえよと男同士で会話してるだけならまだ許しましょう。

でも、それを恥ずかしげもなくちんことか巨乳とかおマンコとか直接的な言葉を使って人を笑わせようとしたりしゅうとの屑のようにそれ自体を肯定して自分の慾を満たす爲なら善良で物静かな奴を平氣で行い、詫びようともせずに反省しない奴を俺は軽蔑するし、そんな奴とは金輪際関わらない。それくらい当然のことだろ‼
というより俺は人間としての守るべき一線を越える言動や行為を行う奴が嫌いでねそんな奴はこっちから願い下げだっていう腹。
だから自分軸を持ってる人間は好きだし、好きなものに純粋に夢中になってて楽しそうに話す女なら俺はその人と付き合いたい、この人のことを知りたいともっと
思えてくるのだ。女性の理想像や価値観は後で話すことにします。

 


もうひとつのエピソードは左腕を全身骨折した話です。
これは階段から大きく飛び込んでしまったことがあったんだけれどその時、思わずあまりに高くて全身の手をついてしまい、左腕が全身に激痛を覚えた話で
この時は本当にどうなるかひやひやしたんだがまず、保険の先生の所に行ってそこで手当をしてその後に授業に望んだのだけれど結局、無理で
損傷したのが右腕じゃなくてよかった。だってね、こっちが俺の利き腕だからね。ドラゴンボールヒーローズをやるときも苦労したね。
右腕でカードを動かしなきゃいけなかったし、こんときは粕谷優貴のところにも報告したような氣がする。
どこの病院だったかな?小野整形外科というところだと今、母さんから聞いたがここで一か月くらい治すのに時間が掛ったね。

それで俺が骨折した時に高橋樹里と母さんが一緒に話してて自転車に乗りながら一緒に帰った。
それだけ覚えてて何を話したかなど僕は覚えていません。
ただ、一緒に何か喋ってて俺はそれにときおり会話に参入していただけだぜ。
・・・これであってた筈だけどまぁ別の話にしようかね。

 

 

次はこれも小学5年生だった筈だがNARUTO[ナルト]の映画を観にいってさやかと電車であったこと。それでそこにいた母さんとさやかが話していたこと。
苗字は中浜らしい。まぁそれはともかくどちらを見たかと言えば恐らくだけど
劇場版 NARUTO -ナルト- 疾風伝 ザ・ロストタワーという映画で多分、この頃はポケモンとセットでナルトを見ていたのでそれで見てみたいと思って自然と足が
運んだのかも。2010年7月31日公開ということなので当時は小学4年生の10歳ということになる。
てか、5年生だと思ってたけど小学4年か。いかんいかん(汗)・・・5年生だと思いきや全然違う。
もうひとつROAD TO NINJA -NARUTO THE MOVIE-(ロード・トゥ・ニンジャ ナルト・ザ・ムービー)2012年7月28日で何故かDVDを持っていた。
ただ、これを劇場で見た覚えはないし、ロストタワーの方はさやかと電車で会った記憶があるので劇場のコロナワールドで見たのは間違いない(今はないんだけれど)
とまぁこんな感じだよな。なぜ、DVDをもってロードトゥーニンジャを見ていたのか、何故借りてきたのかよくわからないのですね。
ただ、感想を言うとロストタワーは全く覚えてないしロードトゥーニンジャの方はなんだか家族の絆とかナルトが本来、求めていたものというものを感じ取れて
共感してたのが懐かしいですね。なんの話を母とさやかがしていたかなど俺は覚えてないよ。それに彼女は確か、小学生の時点で5回もディズニーランドに
言っているというまぁ凄い女だなと思うよ。俺は前からディズニーが大嫌いだった。俺はここが偽善な企業だってわかってたのですよ。
悪魔崇拝カバール企業だしね。

とまぁ5年生の出来事はこんな感じだが吉村先生に寝てて机を蹴られて勝手に腕を引っ張られて文章読まされて思わず、涙が出てしまった事件はいつかは忘れたが
多分、5年生だった氣がするが6年生編で語ります。

 

 

 

 

【小学六年生】

さて、5年生の話は終わって六年生に行こう。まぁ吉村教師のいびき机蹴り事件と樹里にバレンタイン返しの話の二つに絞ろうか。

まず恐らくだが5年生の方だと思う。何故かというとなんとなくで直感です。6年生のような氣はしないのです。
さて、まずある時に僕は寝ていました。それが何の授業で朝ごろか夕方ごろかですが昼以降である授業の時に寝ていたのを覚えてます。
その時は何回か寝ていたと思うんですがそれに我慢出来なくなった吉村先生が机をバンと蹴ってそうしたらいや、ちょっと記憶が混在してて
まず、その後に連れていかれて何かの文章を読まされて泣いていた記憶がありますがつまりその出来事はこの出来事の続きであったかどうか?または違ったのではないか?
ということです。

まず、それに関して言うと記憶が分裂しているような意識はない。つまり、同じ関連の出来事というか先ほども書いたように机蹴られて怒鳴られて泣いて紙の文章を読んだ筈
思っています。

この吉村先生話は小学生で覚えてるエピソード話などで語りましょう。

 

もう一つは高橋樹里話になってバレンタインの件になりますがこれは確か、6年生だった筈で彼女が別の学校に転校することになったというもので
それで彼女が女子に渡しているかどうかはわからないけれど僕もそれを貰ってなんだか恩返ししなきゃいけないと思ったのですがそれでバレンタインチョコですが
確か、5年生の時もあった氣がするんですがこちらの方ではそのバレンタイン事態をジャスコ(イオン)で買ったので僕は彼女の家のところに
勝手においてしまって去ってそれで彼女が逆に冷めてしまったという話です。

まぁ後は恋愛話で吉村先生が話を切り上げて告白されたことがある人とかキスされたことある人、手を挙げてと言われたような話で
俺は手を挙げたんです。(キスは違った氣がするが)

 

「あら、以外ね」みたいな反応をされた氣はするけれどともかくそんな話もあったというのは懐かしいね。まぁ後は卒業式の時に中学校に行くということですがその前の吉村先生の言葉で「みんなのことは忘れないよ」的なことを言われたので
「いや、あんた俺の机蹴ったり俺が学校新聞のテーマをパソコンでこんなことがあって書いてあったよといった時、俺に対して疑いの目を持っていたけどそれはどう、説明するんですか?あと、音楽教室で俺だけじろじろ見て勝手に指導面して何も教えなかったし、俺が下痢吐体調悪くなった時、貴方は不機嫌な顔をしてたと母に聞きましたよ。

よく覚えてる訳ではないですけどそんな感情と思い込みで動いてしまう貴方はまず

き教師たる資格などあるのですか?」と思いました。だから僕はこの教師を偽善者だと思いました。はっきり言えば好まない人物ですし、苦手でしたが學べたこともありました。


(隣の人とおんなじくね)まぁ同じくねが正しい表記だったなんか面白いと思いました。

 

 

 

 

【小学生で覚えてるエピソード(話)等】

ここでは小学校で覚えてるエピソード全一覧を書いていきましょうか。
全て時系列順で書いていきましょうか。と言いたいが覚えてる記憶が強い順番にて書いていく。

 

カップラーメン吐き事件
これは小学5年生の時だった筈でこの時、なんのご飯を朝に食べていたかなど分からないが何故かカップラーメンをずっと吐きながら氣分が悪くなって
いや、6年かもしれないがともかく吉村先生とは違う2組の方の担任の先生であるおっさんの男の人(名前は何だったっけ?ガキの頃の俺に聞けばわかるだろう)
が俺がゲロ吐いてるところを目撃してその後、トイレに連れてって貰って全部吐き出してうんちをした氣がするんだけどそれで落ち着いた後に保健室に行ったと
思うんだけどさっきも保健室のことを書いたけどあれは骨折の話でこっちとは違う。

それでその人が連絡をしてくれたと思うんだけど母さんが来て保健室のところで待ってて熱状態になった時に遅れて吉村先生が来たんだけど体調不良で帰って病院に行ってから
帰ってきた筈で時間が掛った。この出来事は石川先生が算数の授業が遅れてるということで一人と一人で向かい合って勉強した時じゃないよ。

吉村先生はあんまり俺が体調不良になったことで保健室に来たくなさそうな顔はしてた氣はする。つまり、俺が下痢を吐いたことや体調が悪くなったことに対して
不機嫌になってしまったということでしょう。さて、吉村先生は単純に俺が下痢を吐いて呼び出されて辻先生だったと思うけど辻先生に呼ばれてわざわざ駆けつけるのを
躊躇って面倒くさがったのでしょう。だからよい顔をしておらず「体調に氣をつけて」とはいっておきながらも心は乗り氣じゃなかった。普段の習慣が邪魔されたような
氣分になったからそんな顔をしてしまったと予想します。それで病院に行ってそこでやせ細って何週間か経って再開したら無事に元氣になって学校生活も無事に再開出来ましたと
いう訳です。


・高橋姉妹との交流話。
まず、2年の時に高橋愛理という樹里の姉がいて俺は保健委員会をやっていてあの時は何かやってみたいという氣持ちで立候補したようなもので今でいう衝動買い見たいな奴と
おんなじです。ただ、愛理の方は氣が強くて「貴方はちゃんと人の確認の位置と計算すら出来ないの」という感じで僕は叱られていました。
〇×の確認をチェックマークでつけていて体調不良やこんな人はいませんか?という質問に挙げた人を〇と書いてチェックするだけの仕事で僕はここしか覚えてなくて
何故かそれ以来、保健委員会としての仕事を何もしていないのだ。
それ以来、愛理と話したことなど一度もありません。逆に樹里は一年の頃からでその頃に理由は分からないけれどコナンの歩美ちゃんのようにほっぺたにキスをするような
感じで俺は多分、赤面が赤くなって勝手に好きだと思ってた。逆に言うと樹里のバレンタインで彼女を意識してた理由はそれもある。
それで時々、帰る方向が同じだから何か喋ることもあってまぁ仲良しの友達見たいな感じで俺が勝手に意識していただけなんですが僕の方はバレンタインで何故かというか
何の期待をしてたんだろうね。バレンタインという名のイベントにドキドキしてただけで正直、顔で言うなら彼女は好きな顔じゃないし、鼻水も垂れ流すし不細工な顔だったし
純粋な少女ではあるけど姉とは違って自分は表ぶって何かを強気に発言出来る訳でもないから彼女は姉さんにコンプレックスを覚えていたと思うよ。
愛理という少女の印象はそれしかないから分からないけれど僕は彼女のお宅にお邪魔したことすらないのですからね。
ただね、彼女は一度、僕のお宅にお邪魔したことがあってその理由は覚えてないけれど仮面ライダーバトルガンバライドの話とかしてみたいななんて思ってた氣がする。
今でもそうだがこの時、レジェンドレアのシャドームーンの記憶が何故かあるんだけれどこれはなぜだろうね?
残念だが今でも謎で僕にとっては意味不明現象です。一番、予想外だったのは彼女は自分自身がまさかの尿を我慢出来ずにえっと名前は分からないけれど道路の歩くところに
穴があってそこに彼女はおしっこをしてて俺は遠くで一度だけ見てしまったけれど別にガキだったので当然、エロいなんて感じなかったし、どこから出るかなんて考えたこともないし
女の子は小股がないんだ程度の認識ぐらいは何故か無意識にあったので大して氣にしなかった。後は上に書いた通りよ。
(別に本当はこんな文章書きたい訳じゃないけれど思った言葉の全てを書いてるのだから清楚な文章を書きながらは今の俺にはまだまだ遠い技です。まぁエロいじゃなくて
ドキドキというべきかな笑)

それでバレンタインは合計で2回渡されていて小学3年~5年の話でこの時はただ、受け取っただけでお返しはしたかどうかは覚えてない。あげたような氣はするかもだけれど
それで彼女となんか話は学校でしてたようなしてないような・・・俺自身でもどっちか分からない。
もう一つは小学6年生のエピソード話で書いたようになんかお返ししないと不味いかな・・・と勝手に思ってイオンの売ってるチョコを彼女のお宅に行ったのだけれどピンポンを
押しても誰も出ないからそのまま置いて帰りました。そして、明日学校に行ったら彼女に「あれは何なの?」となんか彼女を逆に怒らせてしまったという話があります。
と不味いかなと思ってるということはさっき書いた記憶は嘘で僕自身の別の記憶と混じってるだけでよく考えて思い出せたことなんだがそもそも一回目の時は彼女にお返しなんて
してないし、彼女が転校ということもあって「何かしないと・・・」と焦ってしまって自分で作るのも嫌だし、店のチョコを渡していればそれでいいやなんて考えてしまった結果が
これだ。でも、どうして愛理も彼女の両親も出なかったのだろうね。ただ、本当に気づかなかっただけかもしれない。それなら少し納得出来るところはあるからね。
まぁそれで中学に入る頃には彼女たちの家はいなくなっていて今はもう別の人が家に住んでいるという状態です。さて、今は元氣だろうかね。元氣ならそれでいいさ。

 

・渡辺さつき事件。
僕の中では彼女はとてもかわいい女子という印象で高根の花のような存在だった。どうゆう子かと言われるとよく知ってる訳ではないのだが
彼女はまず、声も可愛らしく笑顔もあってスカートの中を見られそうになると恥ずかしがってつい、赤面してしまうような可愛い女の子です。
そんな彼女とは小学3年生が初めての関り。関りといっては僕も彼女もお互いのことを知っている訳ではない。ただ、その時に初めて出会って印象深い子の一人になったという
話です。事件と呼ぶのは何故かストーカーのような文章を送り付けてくる紙が入っていて正直にいうと内情も理解してないのですが吉村先生から何故か児童全員が集まって
この話を初めて知りました。はっきりいって何でそんなことをしてくる奴がいるのか・・・という疑問よりも何で紙が入っていたの?そもそもどうしてそんなことが起こったの?
児童を全員集めて話さないといけないような緊急性のある内容なのか?なぜ、そんなことになったのか?児童を集めたのは恐らく同い年の男子のいたずらだと先生方はご解釈したのでしょうが僕自身、本当に好きな女子ならそんなことは決してしません。それに僕は思うのだけど実は「上野しゅうと」がやったんじゃね?と疑ってる。まぁもしもそうなら
彼自身が手紙を入れるところを特定したというか目撃してた奴がいるはずだがそうでないのはおかしいね。僕が思うにでっち上げかはやとちりか誤った解釈のどっちじゃないですか?
結局、解決することはなかったし、ここに書いてる俺の記憶自体正しいかどうかも分からないし、渡辺さつき本人に聞いてみないと物事の全貌も見えてこないしこれを聞こうとは
全く思わないよ。それに彼女のお家、知りません。ラウンドワン近くの公園のどこからしいとは聞いてますがよくわかっていません。
そもそもおかしいのは先生方よ。ストーカーで手紙に何回も過度な愛の手紙を送りつけた奴がいたとして本当にそんなことしそうなのって教師というより実は教師の中に紛れた
ロリコン野郎じゃないのかね?上野しゅうとは基地外ホモレプティリアンの疑いがあるし、5年生の経験を考えるのに女子に恋をして純真な想いを抱くような男ではないのでありえない。教師のでっちあげと書いたけどこれ自体、僕は目的も定まらない。もし、あるとしたらさつきを恐怖に陥れて教師や周りが混乱することを誰よりも楽しんでそれに快感を感じるようなドメスティック(ちょっと他とは指向がずれてるいかれ野郎)じゃなければこんなことはしないはずですし、それにそれが一応、うちのクラスに明かされて以降は男子達の中にも
正義感燃やすような台詞を履いてた人はいたけれど僕はこれ自体に疑問を感じてて「おかしくないか?それ自体」ともやもやを抱えてた。
それに俺自身、これの全貌を知らない。本当に何回もそういった薄気味悪い文章を何度も送り付けて名前も書かず狂気じみた文章であれば確かに問題にした方がいい水準に達しているとは思うのですがそれを児童に相談するのも良いでしょう。氣になるのはまず、さつきが両親に相談してそれで両親が学校に連絡して至急、会議を開いて教師たちが
危機感を募らせて生徒たちを集めるという過程を順に達成していく中でこうなったのでしょうか?ということ。まぁ内容や手紙も中身も知らないし、確かそんなような話だったり
するんだろうけど両親というかさつきの靴をいれるところに「もうこんなことは辞めてください。」という両親の言葉がありました。しかし、僕の知る限りですが音沙汰なしで
みんな、いつの間にか忘れてた事件で俺自身も「あれは何だったの?」と思ってる。とにかく答えを出すと変わった嗜好の教師のロリコン野郎が恐怖の快感を味わいたくてわざと
何回も手紙を書いて戦慄させて己の自己肯定感を満たす爲だけに起こした自己欲求実現が真の目的で既に達成したので後は普段通り過ごしてまた、好みの子が出てきたら同じことを
してやろう。と思ってると考えるがこれも多分、違う。本当にかわいくて好みの子じゃなきゃ手を出さないにしても少しおかしい。それ自体が教師の犯行であれば自身の社会的地位を
犯してまでやらないといけないことなのだろうか?俺が思うに本当に生徒の中の誰かが悪戯を行ってそれで彼女が勘違いして先生も文章だけ見て解釈を誤って事態が大きく行き過ぎた
と考えるならまだ、自然なのです。では、目的は?なぜ、自分で言わない。恐らくまず恋から始めようとしてどんな文章を書けばいいかわからなかったがちょっと誇張めいた表現で
彼女を引き寄せてみよう。名前を書くと分かってしまうので彼女が自分のことを認識してから彼女が一人になったところで告白しよう。そうすれば誰かが手紙のことをかぎつけたとしても大きな事態に及ぶことはないだろう。更に自分は氣もちを純粋に伝えるのが苦手なのでストレートに表現しようと思ったがまさかここまで被害が拡大してしまって教師や同級生の連中までこんな話を聞いてしまうとは・・・くっそー、これじゃもう手紙も告白も出来ない。おとなしく我慢して学校卒業までやり過ごそうとまぁ一連のストーリーを俺の頭の中で
作成してみたが一応、辻褄は作れました。最も先生や児童や俺がびっくりしたのだからと言いたいがやはり、大人のロリコン野郎が犯人だとすると前も同じことをしでかして
他の教師に「うちの教員の誰かがこんなことをしでかしたのかもしれない。」と悟られる筈なのでやはり、整合性がどうしても取れない。だからこの線は×で同じ年頃の子がやったと
考えるのがまだ自然です。上野しゅうとというよりも食品添加物の被害を受けた子が言葉の表現を上手くかけずに曲解した表現になってしまったと考える方がまだ納得の余地は
ありますね。何故ならこれ以降、音沙汰ないというのがいい証拠で本人が実は裏で反省しててもう辞めようと・・・と思った可能性もある。というより音沙汰がなかったのは
こういった可能性があるからだと考えればいい。その男は両親の貼り紙を見て強く後悔したかもしれない。
エンタメばかりみて快楽殺人鬼がいるとか恐ろしいロリコン野郎の性的興奮野郎がいるとか思ってはならない。中には自尊心で反省して思いとどめることが出来てそれを表に公開せずに通常の人間として生きる道を選んだ人間もいて今もそういった愚かさの理由を俺のように己自身で追及しているものだって私はいると思ってる。エンタメのように現実世界で〇〇キャラと固定されてる訳ではない。2次元は3次元の雛形だからこそ人はその世界に思いを馳せて自分自身のように見据えるのです。

 

 

 

 

 

南中ソーラン

南中ソーラン(なんちゅうソーラン)は、民謡歌手の伊藤多喜雄北海道民謡であるソーラン節をアップテンポにアレンジした曲を用いた踊りの通称名。北海道の稚内市立稚内南中学校の教員と生徒が考案した事が名前の由来である。アレンジされ派生したパターンも含め、国内の学校の運動会や体育祭等で広く踊られる事で知られる。報道、TVドラマ、映画などにより「学校を再生したソーラン節」として学校や教育関係者以外にも知られる事になり、小学校の運動会や中学校高等学校の体育祭や文化祭で採り入れられ始め、全国に広がる。現在では大学や学校以外のサークルでも踊られ、様々にアレンジされている。学校によっては「⚫⚫ ソーラン」と自校名をネーミングにしたが行なわれている。現在南中で使用される曲は、伊藤が「TAKiOのソーラン節」をアレンジした「TAKiO'S SOHRAN2」である。

 

 

・音楽室どっこいしょばなし。
これも渡辺さつきの話だがどっこいしょという南中ソーランという奴があるんだけれどはっきりいって俺は好きじゃないよ。
てかね、そんなにいい思い出ないのでね。いや、そうじゃないけど俺の好みじゃない。久しぶりに聞いたが俺の好む音じゃないし、なんか好きになれん。

 

 


 

 

 


理由は知らない。なんか軽いというか学校のイベント系の奴ってやけに楽しそうで面白くて大衆が盛り上がりそうなやつばかりでなんか俺の情熱が燃え上がらないのだ。
この氣もちが理解出来る同志はいないでしょうか。悪いけれど俺は好きにはなれない。

まぁそうじゃなくて音楽室でこれの練習をしてたんだけれどさつきがスカートだったんでクラスは同じですよ。ただ、場所なんですよ。全員が同じことを出来るような
場所じゃないのでそれで俺の方は他の同級生達の動きをただ、見てただけで前方の方にさつきがいて俺は明らかに彼女のパンツを見ようとしてた(笑)
まぁ頑固でなんだかあの顔は多分、恥ずかしかったんだろうなと思うと純粋で素敵な感性してるなと思う。
結局、見れませんでしたしそれに氣づいた彼女によって見えないように脚とか工夫されて悲しかった(泣)

「えっ?そんな話なの・・・」いや、そうだよ!なんか問題あるかね。俺は自分の人生をもう一度再考しているだけだ。それを見るも見ないも皆様が決めるのだ。
俺じゃない。俺はここに残しておきたいだけでね。俺の方はこれを練習してたかと言えばしてない氣がする。学校の広い場所があって3年と4年の教室の間にある広い
ところで集団で練習してたことがあってそれと体育の授業の時はほとんどの生徒が同じ格好で練習してました。

成功したかなど覚えてないが多分、上手くいってたし、一応俺は俺なりに真剣に臨みました。
うん、思い出した。この時は夏で彼女も夏ごろのスカートをはいてましたね。一つの服だけで上半身も下半身も両方身にまとえる奴で名称はよく知らないです。
外見としては半袖のオーバーオールスカートに近いと思います。

 

 

・日吉としょうごによる体育授業の砂かけ事件。
正直に言うとこれ自体はそんなに大したことではないがなんか遊ぼうとしてたんですね。先生が倉庫から何かを取り出そうとして待ってる時に
ひよしとしょうごで目に砂を掛けられてしまったことで目に詰まってしまったという話です。
別に事件でもなんでもない。ただ、しょうごという人物に関していうとあくまでたつまさの取り巻きという感じで俺としょうごが二人で中学で帰る時には何故か
面倒見の良い性格に代わっていたのであいつとしてはただのいたずら程度だったのかもしれない。この後はサッカーボールの授業だったのだろうかね。
たつまさに関して言うと小学3年生に脅迫されてというか俺が弱いからいじめの標的にして取り巻きの女たちが喜んでいてそして、同じく3年生の頃は同じクラスだったのもあって
爪切りであいつ(たつまさ)に左手だったと思うが潰されて俺の左指に血が出来たことがあった。他には何かあったかと考えると結局のところこれがきっかけで俺はたつまさに
恐怖心を覚えて中学校の時も一切、同じクラスに所属したくないと思ってわざわざ先生にお願いしてたぐらいでそれをやってたのは母さんです。
ちなみに彼にはもうひとり花井りょうがという友達がいて、ポケモンのゲームをやっていたんですけどそれでやってた時にたつまさとりょうがに出くわして
エディオンだったんだけれどそこで彼らもポケモンのゲームをやっていることを知ってなんだか共感したのだけどたつまさかりょうがかは忘れたのだがなんだか
自分で母さんの爲にもう面倒はかけられないからゲームはこれ以降はやらないよ的なことを言ってて凄いと思った。たつまさは父親を亡くしててそれで母さんと他の家族がいるかは
知らないですがそういった家庭事情も言って自分で炒飯を作って食べてるとかそんな話ぐらいしか知らないし、彼がどこに住んでるかなど僕はしらないですが本当はそういった事情も
あってちょっかい出してきてただけでそんなに悪い奴じゃなかったかもしれないし、小学3年生やしょうごとの共同のいじめだと勝手に認識してクラスをもう同じにしないでほしいと
言ったのは間違いだったかもしれないと思う。

それよりも杉浦こうせいの方こそクラスを変えるべきだったと今なら思う。何故かといえば何をしたいか全く掴めない不気味な奴だったからさ。
たつまさも中学3年生の時に学校行事の運動会で対面して綱引きをしていたんだけれどその時は彼らのクラスが勝利したのだけれど彼は別に嬉しそうだったしむしろ、生き生きしているようにも思えた。まぁ俺のクラスというか綱引きを引っ張ることを命じた人たちは俺に勝手に不満をぶつけてて安保かいな・・・とはんば呆れていた。

 

 

 

 

 

・杉浦こうせいという野郎と学校委員会からの忘却。
杉浦こうせいという野郎がいてもうひとり杉浦けいたという奴と女で杉浦あんなという女ぐらいだが覚えてる。
こうせいから語るがこいつは肌もドス黒くて一重でニヤニヤも氣持ち悪くてはっきりいって小林まさきもそうだけど人間なのだろうか?と思ってる。
こうせいの方は3年生から関わるようになった男だがこいつとは確か、同じ委員会だった氣がするんですがそれが何だったかは全く覚えてない。
確か、委員会というかもう覚えてないな・・・。最後の授業でなんかつまり、選んだ委員会に所属してた面子の一人がこうせいで俺がそれを選んだ理由など覚えていない。
それに左側にこうせい、右側に友川の兄か弟かはしらん。真ん中に俺がいたという話だ。俺がデブだということをネタに体をいじってきて
おなかまでこちょこちょしてきたり体をつねってくるような頭の可笑しい奴だった。全く笑えないし、こいつは何がしたかったんだろうと思ったがそんなに大した奴ではない。
こんなカスなど俺の敵ではない。むしろ、父親無くしても懸命に生きているたつまさの前で土下座して詫びろと言いたい。
ん~後は5年生か6年生の時なんだけれどカバンをとったことがあったんだけれどそれで奴と近くだったんだけどあの時は不機嫌そうにじゃまだと言わんばかりに
俺をのけものにしてた。まぁこうゆう奴に限って自分が機嫌悪い時に好きじゃないのが近くにいると勝手に薙ぎ払う野郎いますよね。
まぁこれでも寛大に書いているんだけれどあの時、わざと母親に杉浦こうせいという男がどんな奴が見せるかという狙いがあったので逆に成功してざまぁねえなと思った笑

まぁこいつなんかどうでもよいな。書くだけ損だが母さんは妹とかそのあたりの顔も知っているらしいです。まぁ妹は奴に似てなく母親はまぁまぁな顔らしいです。
父親は見たことがないとです。別にそんなことが言いたい訳ではないです。中学2年生の時も変な奴に乳首いじりしてくるような奴がいたし、そいつとこいつは何を考えてるか
俺には全く理解出来ないなという話です。ただ、それだけよ。

学校教育委員会の忘却というのはあそれ自体の授業が最後だったんだけれど俺は5限目か6限目で多分、5限目だった氣がするんだけれどそれで俺はもう帰っていいと思ったんだが
学校の人から連絡があって「何をしてるの?」と聞かれ「もう帰っても良いと思って」・「そんな訳ないでしょ!」と叱られて今度、学校の職員室に来なさいと
言われたのを覚えてます。そして、赴いたら何かの資料を渡されて次はこんなことがないようにと言われた氣がします。喋った人は女の人でその人は初めて見る人で
今となっては女だということだけ覚えていてその人が何をしている人かなど僕は知らないのです。

さてとこれで杉浦こうせいの話なぞ終わり。こいつは略称ですぎこなど呼ばれていたが本当にセンスの欠片もない奴らは嫌いだね。
美的センスのない者たちなど僕は嫌いということです。

けいたは正直に言うとちびだがそれがコンプレックスになっててむしろちびと言われるのが嫌でそれ自体が好きじゃない奴なんだと思うよ。
それに彼とは中学2年生の時の筈だがいや、1年かな?その時にパソコン授業で写真が命題だったがその時、彼が後ろにいたのだけれどその時にけいたがいて
「はい!チーズ」とありきたりな台詞なんか行ってしまったがいい写真が撮れたような氣がする。

彼とのかかわりは後は中学1年生で勉強の教え方を聞いても相手にしてくれなかったことぐらいだね。

あんなに関しては坂口まやと中学生で新たに加わった近藤とセットで語るので後でいいのです。

 

 

 

・トマト吐き事件
これもそんなに大したことではないのだけれど俺が4年生・5年・多分、5年か6年だが俺はこの時からトマトが嫌いで吐き出しそうになったら吉村の野郎が
なんか怒鳴ってきて「吐き出しちゃ駄目!」とかいや、こんな可憐な言葉じゃなくて吐き出すなってなんか命令したような言い方をしてきて本当に苛立った瞬間でした。
まぁ今まで牛乳と一緒に飲み込むとトマトも食えたからこの方法でやり過ごせてきたけれど確か、俺の座ってた席というか今はマスクブームのせいもあって机と机を
引っ付かせて皆、一緒に向かい合ってご飯を食べていたんだが今の小中学生はこれが出来ずに黙って食うことを強制されていると考えると辛いものがあるね。
まぁこれもヤハウェの采配ですから今はじっと我慢はしなくていいので今年の12月31日までなんとか乗り切って欲しい。

ちなみにトマトで思い出したがブロッコリーを食べてた時に「ブロッコリー食えるの凄いな」と近くの男子に言われたことがある氣がする。
その時の食材はトマトスープだったね。他には6年生の時ということなのでビッグ給食というか特別給食というものが出来てこれに俺も含めて他の同級生達も
わちゃわちゃと喜んでた氣がする。他には何があったかなぁ・・・あの油ギトギトのパンが好きだった氣がする。何パンだったけね?揚げパンともうひとつは
コッペパンとかいうやつがあった氣がするな。もう一個はクロワッサンだな。これらは覚えてないが揚げパンが好きで2番目にクロワッサンの感触に次にコッペパン
(通常のパン)だったな。トマト君は今まで吐き出さずに我慢してたんだけど牛乳とセットじゃないと飲み込めないたちだったのでそもそも無理だった。
生のトマトだし、無理やり飲み込んだこともあって早急にかみ砕いてすぐに飲み込むというやり方をして戦局を乗り越えてました。
だから、吉村の野郎はそんなことも知らずに吐き出すという行為だけ「そんなことやってはいけません」と正義面して言葉の価値観を押し付けてきたのが嫌なんだよというのが
ことの本質であり、僕のあの頃の氣持ち。

他には給食と言えばみかんが好きだった。みかんを食えるのは一種の生きがいだったよな。トマトスープや麺類のご飯とかも好きだった。でも、ご飯が一番好きかもね。
だからご飯すら弥生式と知った時はかなりショックだったけどでも、よく考えるとご飯って不思議で何故か食欲が高鳴って無性に食べたくなってしまうような性質で
ひょっとしたら食品添加物と同じような特質を放っているのではないかと?思ってきた。つまり、依存性に長けた食材であること。
肉も似ているが魚の場合や刺身は違うし、重曹クエン酸も全然違う。本当においしいと思えた肉は依存性というより旨味が半端なかったんです。仙台牛の奴を親父の
なんちゃらポイントの1万分で買った話をしてるんだけどあれは本当にうまかった。

後、学校給食だと落とした奴をすぐに5秒までに拾ってすぐに飲み込んで食ってたことがありました。これもよくやったよ笑
別にすぐに食えば腹なんか壊す訳ないだろ‼と腹くくっていたからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

・漢字おさぼりドッジボール遊びお叱り事件
さて、これは僕が物事の根幹というものに疑問を持つようになり、「何故だろう?」と考えるようになったきっかけの事件。
これは4年だったと思うが漢字の宿題でやっていない課題があって何故、ドッジボールを遊ぼうと思ったのかと言えば
ドッジボールを無性にやりたくなったこと。つまり、それ以前にドッジボールが楽しくて面白いなと思ったその記憶が僕にそのような行動をさせたという考察。
肝心の漢字の宿題はどれくらい進んでいたのかといえばこれは分からない。ただ、終わってた氣がするし、もし、全然進められておらず吉村教師から
「終わるまで絶対に遊んじゃ駄目よ。しっかり見張ってるからね」といわれていたら俺はその行動を起こすことはなかったでしょう。
それでドッジボールに俺も参加して帰ってきたら吉村は「貴方は漢字の練習が終わっていないことを知らずにいったの?それとも知ってていったの?」といわれて
俺が初めて嘘をついてごまかすということが嫌いなんだなと自覚したのはこの出来事がきっかけだったがその時、僕は知ってていったの?ということに手を挙げて
正直に言ったところ、先生だけでなく周りからも冷たい目で見られて味方だと思っていた石川先生にまで陰口を叩かれて初めて人を信じることが出来なくなった瞬間であり
「何でみんなや石川先生まで僕を冷たい目で見たり冷やかしたんだろう?正直にいったことはどっちでもいいの?そんなのっておかしいよ・・・何でなの?みんな。」
と考えたんです。もう一度言うが恐らく漢字の宿題はそんなに大した量でもなくあの頃の俺はガキだったから「別に遊んでもよかろう」なんて思っていたのですよ。
だから正直にいったことはともかくあそこで生徒たちや石川先生という3年の担任の教師にまで冷やかされるなんて想像もしてなかったからかなりショックな出来事だったんです。

さて、少し氣持ちの整理もついてきたので少し落ち着いて来ました。
そして、ここから僕は皆が思うような賛同する意見などに恐らく疑うきっかけを作ることに成功したのだと思います。
そして、ハッピーライフスタイルや中学の頃によくやってた「〇〇から學ぶ」というキーワードをよくやってました。
これらの蓄積と研鑽が恐らく頭の中で考えるということを僕はよくやっていたから。だから俺は人の意見に惑わされることなく己を貫けるのです。

 

 

 

ドッジボールを初めて当てれたこととガキの頃の夢(ドッジボール選手とうどん屋さんと料理人)
これは確かなんちゃらだいきという奴がいて苗字は忘れてしまったがクラスの中では容姿も運動神経も抜群な男で俺にとっては羨ましい男の一人だった。
人物像は理解していないけれどさわり当たりのない良い人物というイメージ。運動神経はそれなりでしかし、人間性は知らないが悪くはないと思ってる男です。
そんな男に俺はドッジボールを拾いに行った時に俺は勢いを入れて相手にあててみようと咄嗟に思いつきやってみたら彼は受け止めることが出来ずにというより彼も
慌てて受け止めることが出来ずに体に当たって俺は後ろから前線に戻ることが出来たという話です。本当にこれは嬉しかったよ。これも俺に自信というものを漲らせて
くれた出来事だろう。

さて、多分、3年生の出来事だったと思うが俺はドッジボール選手になりたいとある時は書いたり、ある時はうどん屋さんがいいと言ったり料理人とかかっこよさそうだから
やってみたいという氣持ちになりました。ドッジボール選手に関して調べてみると興味深いことが書かれてますね。

 

 


 

 

 

ここに書いてるようにドッジボール知名度は低くスポンサーも付きにくいということでやっていないということなんですね。
さて、次にうどん屋さんですがこちらを見ていただければ分かります。

 

 

 

 

手打うどん 味乃屋

味乃屋 | きしめん トキドキ うどん トコロニヨリ...

 

 

僕はここの店の雰囲氣に影響を受けてうどん屋さんってかっこよくて日本らしさがあって素敵だなって当時、我ながら思っていました。
それで3年生の時にうどん屋さんになりたいと将来の夢は何ですか?という命題(テーマ)に書いていたと思います。
それで田中みほがなんか俺と石川先生が相性が合うのではないか・・・なんて見解が書かれてるのを見た時はびっくりしました。
(小学3年生分の手紙というか紙の一覧があったんだけれど僕はもう全て捨ててしまいましたよ)

 

次に料理人はなんとなくでかっこよくて料理を作れる人って凄いなって我ながら思ってドッジボール選手はないし、うどん屋さんよりも料理を磨く方が
凄くかっこいいなんてガキながら夢見てて特になりたいなんて目的もなくてただ、かっこいいとぼーっとしたお花畑のような理由で僕は選んでいました。
本当に安保見たいな理由ですがそれだけ料理人というものがかっこいいと思っておりましたよ僕自身は・・・。
衛宮さんちの今日のご飯というフェイト系列の外伝話というより派生作品になりますがこちらの衛宮君が作る料理を見てやっぱり料理人はかっこいいな。
俺も腕を磨こうなんて思ったけれどやはり俺には漫画家の方が似合ってる。好奇心と叡智を求めて人生を旅する方が俺には似合っているよ。

 

 

・杉浦あんなと坂口まやと近藤ちゃん。
まず、このあんなという女と坂口まやは友達同士で近藤というのは1年9組(中学)で二人が新たに加わった友達でもあるのだ。
さて、小学校時代でこの二人には大したいい思い出などない。小学校の頃はよくしゃべってたのを思い出したぜ。
後、東ふみなという女のことも思い出したので後で語る。

この二人が印象深いというより中学になってから意識が強くなっただけです。ちなみに小学5年生の時の修学旅行で変なところに泊まって
なんか変な松明を持って運動をするというようなパフォーマンスをしてたのを覚えてる。それに杉浦けいたも参加しててなんか
炎という松明を持っててそれを振り回すパフォーマンスをしているのに体に炎が当たっておらず誰も失敗してないのに僕が一番びっくりしたのです。

確か、高場連という男がいてその彼は俺の家の近くのスポーツ(テニス遊び場)でテニスをやっててなんか全国大会というか地区大会だと思うけど
唯一、そこまでいった唯一の人らしいです。まぁそれは結構、凄いことだと思うよ。ただ、彼は知らないだろうね。
実はその時にコップがあって僕はそれを運んだのかそれを見ただけなのか右手の人差し指を触れてしまって水にポチっとつけてしまったんだけど
僕はこのことを彼には喋らなかったんだよね。まぁあの時に喋っていたら殺されていたかもしれない。
まぁそんなことはないだろうが俺はこいつが一応成長してて嬉しく思うよ。ワクチンに関してはカバール製造ワクチンに当たらないことを祈る。
打ってしまった被害があそこまでひどいとは僕自身も全く思わなかったので結構、びっくりしたよ。

さて、まずこいつらについて語ってなかったあんなもまやも小学生の時はそんなに印象はない。まやはよく笑って下ネタ要因だったし、あんなに関しては人物像も知らない女の子
だから「なんだか話しかけづらそう」という印象ぐらいしかなかった。印象にあるのは簡単で中学1年生の時に修学旅行やある授業での関りがあったからなんだよね。
まず、修学旅行といってもどこにいったかなど覚えていない。ただ、山があった場所でそこでキャンプとかしてたね。

ほら、上野しゅうとになんか股間を触られたというより指で触れられた(ふれられた)の方が正しい表現だがそんときにニヤッときもい顔をしてたといったよね?
その場所がここ(当時にとってのここで現在でいうところのそこという場所)だったんだね。わかりづらい言い方でごめん。
ただ、そこでの思い出は二つ、キャンプの共同作業とそこでのハイキングともうひとつは何だっけ?あっ!思い出したよ。北海道の牛乳を飲んだこと。
北海道の牛乳は凄くおいしくてまた飲みたいと思った唯一の牛乳。明治という会社があるでしょ?あそこから出ている「おいしい牛乳」なんかよりもよっぽどおいしいよ。
次にキャンプの共同作業といっても共同作業らしきものってあったかな?そこでうちわを使ってバーベキューでのメニューを俺はただ、うちわであげてて暇そうに座ってて
後のことは他の連中がほとんどやってただけで俺が貢献したことなんて一度もないね。
後はハイキングというより移動ですね。つまり、団体行動で移動してた訳だけどそこでいろんなところにいった。なんか蛇が現れそうな場所とこれは小学校の頃の話になるけれど
「おーい‼フランシスコザビエル‼」なんて叫んでいたのが懐かしいね。これはどこの場所かどうかも覚えてない。あっ!そういや奈良のところにいって
鹿と触れ合ったこともあったな。そして、そこの場所でなんか俺は駄菓子屋か団子屋さんのおばあちゃんかは忘れたけど辻りんたが「おい‼失礼だろ。」と何をいったかなんて
覚えてないけれど注意されましたよ。

この辻りんたという男も同級生で身長は小さいがその分、身体能力と飛翔能力はずば抜けて高くて高跳びでも男子の中で一番のクラスを誇ってた男なんでその才能は俺なんかの
何百倍もあっただろう。今話したのは体育の話だ。後、いま「大谷ももか」というキーワードが浮かんだ。ったく‼小学校だけで本当にすごいくらい出てくるね。

これも後でね。ふう・・・さて、あんなとまやの話の続きを書くか。確か、俺はハイキングをしてたんだけどというより団体行動の時ね、色々修学旅行の記憶が混ざって
どれが本当の修学旅行で中学1年の時かも忘れたが俺はある山のところを団体行動で歩いてたんだけどそこでね、小さい奴とよくいる友達の長身の男がいたんだけど
こいつらの名前は知らない。ただ、そいつが押してくれたおかげで疲れてた俺はなんとか山の階段の難所を潜り抜けることが出来たという話でかれは「お前、重すぎるんだよ。
もうちょっと痩せろ!」といわれてしまったんだね。大丈夫だよ!俺は絶対にあきらめない。

さて、あんなとの直接的なかかわりを書くとある授業の時だけだど友川の弟か兄貴かは知らないが彼やあんなと一緒になんか交通車の絵を描いていたんだけれど
その時に漢字の国語の先生だったんです。(中学1年だけの関りで他は特に知らないがすぐに一年で別の学校に転入してしまった・・・吉村教師も同じで今は別の学校にいるでしょう。)

その先生のアプローチであんなが来てまぁ何故かドキドキしてしまった。これは単純に女子と話したことがないからドキドキしただけで今、考えると
別に好きでもなく聲の方が好きだったかも。あの頃は勘違いしてしまっていたけれど多分、それだと思う。

まやは人物像も知らないし、関りは俺が中学1年生の時になんか下ネタ話なんかしてきてつまんねえ女と思ってた。後は僕がこの修学旅行の時に
鼻水を垂らしてて確か、帰る途中だったんだけれどその最初の時間帯になんか後ろで「汚いわね」と陰口叩いてた子がいたと思うけど今の俺でも余裕で無視出来る。
さて、近藤という女の子のことは何も知らない。實はあの時、「もしかして俺に好意を抱いてるのか?」と思ったんだけどだとしたら俺に今まで話しかけてこなかったのは
おかしいなと思ってあんなが何か聞こうとしたんだろうが色々、勘ぐってしまったので相手にしなかったのだが実際に彼女たちは何か聞きたかったことでもあったのかね?。

まぁ彼女たちは残念ながらこの程度の印象。

 

 

・みほとふみなとももか。
覚えている女子三人組の話をしようか。この3人は友達ではない。ただ、今でいうところの知り合いという感じです。

みほは一番のでぶっちょでかなり太っている。彼女に関しては俺と関わったエピソードなどひとつもない。犬塚君という男子もいるのだけれど
彼とは一年生だけの関りでお誕生日おめでとうという飾りを書いてくれたから印象に残ってるし、それを俺が何回か見ているから印象に残ってるのみ。
次にけんしんという小僧。こいつは石塚ゆうきとよくいた男子でおふざけコメディキャラ見たいな男です。石塚の奴は俺に態度が悪いことしか覚えてないが
「俺のことを友達だとまだ思ってるのか。鬱陶しいぞ」と思ってただけだろう。けんしんは掴みどころのない奴で本当によくわからない。
俺のイメージ映像があってるならおふざけばかりやってて真面目ではないのは確か。人間的にはどうかは今も同じ顔をしてるなら好きにはなれないだろう。
次にふみな、名前は東ふみな。彼女は女子の中で一番、足が速い子で本当に羨ましいと思ってた。俺はデブで容姿もブチャイクで走りも遅いし、息切れもしやすいし
特訓もしてないからそんなに早く走れたらいいな・・・デブじゃなきゃ、体が弱くなければもっと早く走れるのにというそんなに具体的な理由ではないけれど
結構、よい理由だと思う。単純に弱い自分が嫌いだったというだけの話です。
彼女とは小学生の頃にかかわったことは一度もない。あっ!竹内けいごと三村ゆうとも追加しよう。しょうたと新見とかいせいも追加で。他はたつまもね。
ゆうやも。

中学校の時にふみなが何故か吉村先生の話をしてて「俺はあの人にいい思い出なんかひとつもないんだけれどね」と思いました。
はい、以上です。

 

大谷ももかは彼女と一度も関わったことはないですけれど体育の跳び箱の時に俺が間違えてしまって失敗して彼女の体というか背中を誤ったらもっと潰していたかもしれないという話で今思えば本当にすまないことをやってしまったよ。とまぁ彼女に「ごめんなさい」と言いたかっただけです。

 

さて、竹内けいごという新見圭吾とは違うけど新見は池下公園の近くに住んでる男で母さんは家の場所も母親のことも知ってるらしい。
樹里と俺が帰っている時に「ヒューヒュー」なんてひやかしてきたのもこいつだからはっきりいってうっぜえやろうだなと思ってた。

竹内けいごに関してはイオンのジャスコドラゴンボールのゲームをしていてカードの連呼買いをしているところやガンバライドやトリコのゲームをしている
ところを見られたことがあって何かある度に「お前、ドラゴンボールヒーローズやってたよな?」とか仲間同士でなんかひそひそ話ばかりしてたのでうざかったね。
(ガンバライドとトリコは見られてないがドラゴンボールヒーローズは実際に見られたことがある。トリコに関しては仲間の誰かが耳打ちでもしてたような会話を聞いたことがあって
ガンバライドは三村ゆうとが他の掃除している連中に勝手に目の前で話しやがったから話してやらねえって逆に思った)

三村ゆうとは俺のことをしもさんという独自な呼び方で読んでた男でこいつともそんなに関りはなくてどちらかというと相方みたいなイメージだろうか。
こいつは給食を食い終わった後にガンバライドやトリコのゲームをやってることとか知ってて「ガンバライドのカードをやろうか?」とうざかったので相手にしなかった。
そうじゃなくてさガンバライドってゲームをやってる?とか初歩的な質問から攻めてもらいたいのだ。そうじゃないと話したいと思わない。
いきなり、知ってるから知ったかぶりして聞いてくる奴って好きじゃないんだよ。それじゃ俺が本当にガンバライドをやってるというか竹内の話を信じてたかそれを目撃したことが
あるかのどちらかだろうがそれを見ていたとしてもあんな喋り方で語りたいなんて思わないし、ますます俺は孤立していくような氣持ちになった。

 

しょうたは新海という名字で次に佐久間という名字に代わっていて後はひできという名前をした色黒い奴がいたんだけれど名前は間違っているでしょうが
名簿で確認なんかしませんよ。ただ、彼は2回も苗字が変わっていて〇〇→〇〇→〇〇という感じで2回も両親が離婚したということになる。
しょうたも同じくでそうゆうことだろう。たつまという男もいたけどこいつも苗字が変わってたような氣がする。詳しくは知らないですよ。

しょうたはドッジボールの投げる速さが桁違いで俺にとっては最も脅威だった男であいつの標的に入ったら必ずほとんどの確率で仕留められるような経験だったし
たつまはそんなに関りがなく、中学3年の時に暗殺教室の原作の話を他の連中と話してたことだけ覚えてて残念ながら一度もかかわったことがない男です。
ただ、印象が強いのでよく目の前にいる機会が多かったからという理由だけです。

かいせいは名前を伊賀介星(いが かいせい)と言って俺が友達だと思ってた男です。何故かというとよく俺に話しかけてくれた男で人柄も良くて男子にも女子にも一定の人氣を
誇ってた男でスポーツが万能かどうかは分からないけれど欠点らしきものはなかったと思う。確かね、学校に帰る時によく話してくれたよ。
何の話かは覚えてないが楽しかった。家に行ったことはないがマンションに住んでて友川兄弟やそのお母さん同士が関りを持っていることだけは知っています。
といっても俺の母親情報で何故、知っているかは分からない。ただ、バローというところでラーメン食べる場所があってすがきやの近くのテーブルで母親同士と介星と友川兄弟が
勉強してるところを目撃したことがあって誰も俺がクラスの同級生だと氣づかすに俺は立ち去りましたが正直、びっくりしたよ。

あんなところで勉強しててなんか濃いおばさんたちが話をしている姿はドン引きで俺はその空間の中には入りたくないなと思ってしまった。
まぁこんなことはどっちでもいいか。後、覚えてる人間はりさとしゅんすけとなおやか。

あんなとかいせいは恩人かどうかは分からないけれど俺がたつまさにいじめられていた時にぐちぐち言ってた女や陰口を言ってた女たちのことなどどうゆうきっかけで
話したかどうかは分からないけれどまぁたつまさ関連の話です。それで介星が道徳の時間でみんなと話そうと提案したのかあんなが女子代表、介星が男子代表
な感じで道徳の授業の予定を変更して何故か俺が主役見たいになって俺はいつの間にかその話を聞いてて介星がそれを話してその女子たちが俺にごめんなさいと誤ったんです。


といっても本当のことを言うと滅茶、戸惑っていたんだよ俺は。。。。別にそんなこと望んでもいないのにやらんでもいいよ・・・皆から注目なんかされたくないよ。
という俺と「介星はこんなにも俺のことを考えていたんだな...」という両方の氣持ちが複雑に絡み合ったからその意味では本当にもやもやを抱えていました。

まず、介星がそれを言い出した理由もよくよく考えると分からない。嬉しかったようで「何でいきなり・・・?」と戸惑う俺もいたんだ。
じゃあ、介星は何故、そんなことをやろうとしたのか一つだけ見当つく理由がある。俺が3年か4年5年のどれかだけど4年5年だったと思うんだが
俺がいじめのこととかたつまさやその取り巻きのことを話したような氣がする。他の会話は覚えてないけれどこれを話したから介星は俺の力になろうと思ったんだろう?
多分、俺より純粋な男、そうじゃなきゃそんなこと道徳の時間に使う訳ないし、先生に折り入って頼んだから実現できたんだろう。正直に言うと俺に相談してから実行してほしかったね。俺の方がそこらへん詳しいとかというのもあるけど本当のことを言えばあんまり望んでいなかったし、そのままやり過ごしたかったという思いの方が強いんだ。
彼の正義感には共鳴出来るけれどそれと俺の氣もちはまた、違った問題だから心の扉をどこまで開けるかという話に直結してくる訳だ。
まず、そんなに大した問題ではないことと今なら結論付けられるがそれだと当時の俺の想いを踏みにじることになるから当時の俺の考えで語ろうか。

当時の俺はやはり、そういった取り巻きの存在とか少しうざいと思っていたし、そもそも俺の知る限りだがそんなに大した問題でもない。別に取り巻きの女の子たちは俺を
いじめていた訳ではなく陰でたつまさを応援してただけ。何故かって?正直彼女たちはよく考えて動いた訳ではないだろう?ただ、それがいじめだとは思っていない。
軽い思いでめそめそしているひかるに対してたつまさが恫喝しているところがかっこよく見えて氣分がのりのりになっただけでしょ君らの場合。
彼女たちは俺が陰湿な奴だと認識してたからそれを支持してただけだし、最も言うと当時の俺は介星をどんなことを話したかも覚えていない。今の俺の記憶だと
取り巻きたちとのかかわりというかそれを実際に目撃したのは一回だけなんで俺が大して氣にしていなければ問題にすら発展しないのだ。
分かるかね?俺の言ってることが・・・。俺自身、何故これを怖い出来事だと思い、つらい出来事だと勘違いして彼に話したのが今の俺ではあんまりよくわかっていない。

単純に友達もいなく、たつまさが時々、ちょっかいを出してきてそれに引け目を感じていて女子たちはあくまで陰口を喋ってただけで俺にとってはとてもいづらく
痛くもない空間だと意識していただけにすぎません。だからこそ介星に相談してしまったんだろうな俺は。

だから道徳の時間帯を借りてまで発展していく出来事だとは思っていなかったんです。あんなに関してはこれに関することを話してもいないし、彼女が一体、どうやって
というか何を想っていたのかなど俺は未だに知らない。高校生の頃になっても俺はこの出来事を覚えてて「介星とあんなに会えたらお礼を言いたいな」と思ってたが
よくよく考えるとそんなに大した話じゃねえよ!これは、まずね雰囲氣的に僕は黙ってるしかなかった。介星が話をしてそして、陰口をいってた女の子たちが
俺に一斉に謝罪して俺が許してはい終わりです。という話だぞ一言でいうと。これのどこが騒動に発展する問題だというなだ。んな訳ねえだろうが‼
それに俺は誰かに謝られる経験がなく、この時が初めての俺の記憶ですけどどう、謝ればいいのかわからないし「謝ったら許せばいいの?許さないって言ったら問題が長引くのかな...
そんなの嫌だし彼女たちがこんなあっさり謝ることも想定外だったけど介星が勝手に言い出して雰囲氣的にそんな話どうでもいいんだけどとも言えないし、くっそーとりあえず謝っといた方がいいな。」と思って俺は謝るという経緯に至った訳です。それで一応は終わってね、西というガキもいたことを想いだしたが後にしようか。
後は岩間大太郎がいたね。

あんなに関してもうひとつあるとは思わなかったな。ちなみに実は俺が銭湯にいて何故かあんなとまやがね裸で上がってきて俺が次に風呂に入る見たいな流れの変な夢を見たんだけどまず、AVや全裸画像ばかり見るようになってからそうゆう夢を目撃ばかりするようになったけどこれは高次元による「彼女たちのこと印象深いでしょ?なた、その理由を全て書きなさい」というご通達だったのでしょうね。それに彼女に関して言うなら中学1年の時に聲に惚れていてあの時の彼女は穏やかで優しい雰囲氣をまとっていてしかし、厳しい一面も持っていると思ったから意外性を感じて勝手に好きだと勘違いしてたという話。もうひとつ、彼女の顔は一重であの時の彼女は笑っている顔だったからそれでなんかいい笑顔と思い込んで笑


一目ぼれしていたという話です。まぁあの頃は本当にかわいい女や好みの顔もタイプも全く理解してなかった無知な人間だからこそ勝手に聲や雰囲氣だけで好きになった。
だけど彼女の時々、見せるきつい一面は好きになれなかった。IRIAはきつい面があるけれど柔らかい物腰の厳しさに隠れた寛大さというものが彼女の文からは読み取れるから
僕は彼女を好きになったんだけど今回に関しては俺の幻想は嘘じゃないという確信がある‼ただ、今まで見たことのない類の女の子だから上手くお付き合い出来るような立派な男になるぞ‼なんて思っています。

 

さて、あんなに関して言うとよく分かっていないが介星の提案に恐らく乗ったから正義感=人を想う心はあるが厳しい一面も時々あり、女特有の面倒くささを感じさせる一面もある女子という印象。真矢に関しては下ネタ系の笑い取り女という印象でいつも楽しそうだが日常系話や流行系の話には敏感で飛びつきそうな一面が存在しているように思えてならない。ただ、あの3人の中では面倒見の良いタイプとしては最も適しているように見える。家政婦さんとかそういった役職に向いているような氣がする。
最終的には彼女自身が判断すればよい。他者とは「自分が何者なのかを明かしてくれる鏡の自分」であるから。あんなと寄り添って友達になってるのは真面目さとギャグ系は
意外と相性がよくまじめな彼女にとっては栄養分のような存在でまやにとっては頼もしい姉貴という印象か真面目で繊細だからこそ両方ともその違いに惹かれて友達になったという
推察する。近藤さんについて語っていなかったね。彼女は中学1年の時に初めて出会った子で話したことは一度もない。よくまや、あんなと一緒になんか話してるところを
みたことがある。

 

 

中学1年だけの関りですし、それに彼女が言いづらそうなことがあったみたいでそれであんなが「近藤さんをどう、思う?」みたいなことを聞いてきて
俺は曖昧な答えを言ってしまったが彼女は何を言いたかったんだろう?まぁさすがに告白じゃないと思うよ。だとしたらタイミング(場所)がおかしい。
あそこというかバスの中でそんなことをする女子なんかいない筈だから告白を偽装した何かだろうか?多分ね、何か氣になることがあってというか
考察が出来ないのですよ。近藤ちゃんのことも事前情報もあんな、まやとの関係性も不明だし何が言いたかったかもわからないので告白じゃないとするなら
俺という人間への率直な疑問をあんなに代用して言葉をお願いして質問したということになるがまず、彼女と修学旅行の時に触れあっていないので時系列というか
理解不能なのです。いや、これいがいないよね。やはり!なら単純に彼女が俺の顔の雰囲氣で実はどんな人が氣になっててそれを友達のあんなに聞いてみてというお願いでも
して俺が曖昧な答えをしたので「あいつは辞めといた方がいいわよ。ほら、何考えてるか分かんないし霜村君は辞めといた方がいいっていった通りでしょ?」とでも後で
彼女たちは話して近藤ちゃん自身も身を引いてこの人は駄目だわ・・・と思ったか、ごめんね。私なんかの爲に聞いてくれてという女子でまぁ良かったんじゃないだろうか?
俺としては望んでいた人ではないのでこれでよかったと思う。それよりも意味不明なのは何でこれをあんなとまやは俺に事前に言わなかったのか?。
ちょっとさすがに安保ですよ。事前にね、俺に仄めかしておけばよかった。例えば「霜村君、近藤さんが掃除の手伝いをしてほしいと言ってるから手伝ってあげて」と
サポートでも教室でもすればよかったやん。そうすれば恋愛や告白と認識することもなかったからでも、彼女自身はそれが無理な人だったのだろうか?
まぁならね、「霜村君、近藤さんって人いるよね?ちょっと聞いてね、あの子ねなんだかちょっと〇〇なところがあって私はこう思うんだけどシモムラ君はどう思う?」
という質問から攻めて作戦立てればよかったじゃないのよ。といいたいですね。最も好みのタイプないので「ごめんなさい。僕は明るい女性が好きですのでお付き合いすることは
出来ません」と多分、言ってた。でも、中学の時の俺はこんなことは言えないだろう。多分、彼女を傷つけて「好みじゃないから」といってしまいそうです。

まぁこれは俺の考察だし、修学旅行の最終日のさくら小学校へ帰る日でこの日にいったの意味不明なのよね?まぁこれ以外のことが分からないのでね。
まず、彼女視点も知らないし、彼女が俺の方を通ったり恋をしているかのような様子もないので単純に「質問したかった」というだけじゃないの?と思いますよ。
正直に言うと考察したけどこうだとしたら?と考えて打ち込んでいるだけですのでまぁこれで終わるよ。バイバイ♪

 

どっちでもいいけどあの時、凄い鼻水出てて手でいじってて氣持ち悪い光景に写ったと思うのだけどそこは看過出来る部分だったのだろうか?
まぁその時、あの三人いなかったしな。実は〇〇についてとなんの命題か最初に行ってもらいたかったというだけです。

 

 

 

 

【締めくくり】
本当に長かったですがでは、其之貮で御会いしましょう。