鶴我の考察・感想・言葉の息吹を吹き込む日々の呟き。

自然・宇宙・日本の歴史に心赴くままに穏やかに情熱を大事に謙虚と感謝を忘れずに好奇心を持って生きてく男の記録。

澤野大樹さんの講演会やインタビュー(話)などの全文の貼り付け。【其之拾】

 

 

宇宙で起きた新たな“爆発”が、ブラックホールの秘密を明らかにする | WIRED.jp

 

 

56・ヤハウェ666降臨後の世界

2020-09-11

テーマ:澤野大樹氏

 

 

澤野大樹さんの講演会に

初参加した、2019年2月9日。

その頃の私はというと、

今と真逆の世界を見ていました。

自分にとって

「モヤっとしながらも意に反する」選択をし、

別方向へ歩みを進めつつあった、
そう言ってもいいかもしれません。

 

2019年2月9日開催の、

仙台講演会第20章【序文】を見直してみます。

 

タイトル『雛形の雛形の秘密666』

2019年、いよいよ最大の懸案であり最大のクライマックスが近づいてきた。

すべては完璧なシナリオの下に進んでいる。

「ニューヨークから瀬織津姫が現れる」、そしてそれは「フランスのパリ16区から始まる」。

「女神の魂」はNYへ霊的転送をされ起動する。

――これらすべてかつて私が数年前に述べたことだ。

寸分の狂いもなく、一字一句すべてが現実化して私たちの眼前に現れた。

意識次元領域の筐底に秘されたインセプション――嚆矢であるその淵源の胎動を見逃すな。

それはじつに幽玄としてありながら、厳密な意志を持って繙かれることを待っている。

いや、私たちの意識こそが嚆矢であり淵源としてあるのだ。

壮大無辺な意識世界のロゴスをただその場所に蟠踞させたままではならない。

世を構成する本質を知悉したならば、あたりを見渡してみるがいい。

その時にはあなたはかつて匹夫の勇として闇雲にもがいた過去を懐かしくも思うだろう。

私たちの意識に、そしてこの日本の心根にある宿痾を糾すこと――、

――これ以外の方法で薔薇色の未来を思い描くことなどできない。

さあ、今改めて、かまびすしい世間のノイズの中から発せられる純粋な兆しに答える時が来た。

――「入り口と出口は純粋でなければならない」

純粋無垢な多次元の兆しを曇らせ濁らせるていのはあなたの鏡が曇っていることによる。

ならば同時に、あなた自身の発した意識も鏡を通過することなどできない。

「日本は世界の雛形」であるならば、そこに立つあなたはそんな雛形の雛形となる。

人を純然たる「鏡」(666)たらしめるのは、何しろその純粋さと鏡の透明度にかかっている。

私たちに霊的に備わっている「鏡」が機能し触媒として純粋にあるためには、

とにかく何よりも「基礎」の反復練習しかない。

その基礎は、私たちの意識の基盤、そしてDNAの形成にフラクタルに作用する。

2019年からの社会で起きるであろう事象は、もはや通常の意識では理解できなくなる。

しかし、基礎を確立し「鏡」を輝かせたのなら、すべての本質が手に取るように見えてくるだろう。

(澤野大樹)

 

驚くべきことは、澤野氏はこの日、

本当の陰謀とは

だれも気がつかないところにあるのだと

私は考えています。

さあ、そういった意味で、

先ほどの私の発言__、

「ただ、ここでひとつ問題があります。

2019年から2020年までの間、

日本史上最大の霊的な相克が発生します。

その際に、もし安倍政権が立ち行かなくなり

最大のピンチを迎えたとき、

彼は途轍もないことを平然とやるでしょう」を

考えてみると、まったく違った思考で

捉えることができるのではないでしょうか?

 

さて、ここで

思い出して欲しいことがありますよ。

先ほどから私は、
これから平将門の封印された怨霊パワーが

本格的に放たれ、それに呼応して、

日本列島の中に封印されてきた少数民族たち、

そして、名も知れず歴史から消された

数々の王国が目覚め、さらに、

目に見えない霊や精霊、妖精まで含めて、

この腐敗し切った日本を呼び覚ますために復活してきますよ!

それらが表に出る際には、おそらく

「巨大な身震い」を私たちに示すと思います。

つまり、これからの時代は、

これまで封印されてきた者たちの身震いと、

日本を牛耳ってきたディープステートが

意図的に起こす身震いとの相克だということです。

両者とも「身震い」を起こすのです。

しかし、その意味合いが全く違うのです。

 

と、もの凄いことを言及されてました。

 

さて、

自分にとって価値ある情報の選び方。

自分が生まれたときから備わっている

純粋なセンサーによる選択。

それは、直観。

 

直観で選択できた情報は、

違和感なくスッと入ってくる場合が多い。

 

たとえば、

心の琴線が振り切れそうな、

そして

自然に涙が溢れてしまうような感覚だったり。

上品で大人な

ふざけてない洗練された真面目さが

心地よくて魅力的だったりもしますよね。

ちょっとした行動ひとつ取って見ても、

無限に心理が見えてきたりもします。

 

このように、あらゆるシーンで、

自分の心がサインを出してくれています。

今、自分が身を置いている場所には

おかしな違和感がないか?

心躍るか?

純粋な選択であるか。

何かモヤっとひっかかっていないか。

 

その感覚は

自分にしかわからない。

 

今、こんな情勢であるからこそ、

自分を見直す絶好のタイミングでも

あるわけです。

自分を一番よく知っているのは自分。

自分の守護霊は

どこかの神ではありません。

自分です。

自分にしかわからないんです。

外に答えはないのです。

(と、当時の私に言いたい)

 

先を見越した視座を持ち、

ひっかかりのない選択をし、

新しい無限の可能性を

広げることができたのも、

澤野大樹さんの情報に辿り着けたからです。

 

だから私は本気で

澤野さんの情報を知ってもらいたい。

そう願い、青森講演会を立ち上げました。

 

ちょっと余談なんですが、

初対面で「かつて自分は〇〇族」であったと

私に伝えてくださった方がいて、

そのことを涙を流しながら

切々と話していた女性がいました。

 

彼女がこのブログを見ているかどうかは

わかりません。

当時、私は気の利いた言葉が見当たらず、

ただただ、彼女を見守るしかできなかった。

 

でも、今なら、

それが、ご自身の本当の思いですよ。

と伝えたい。

 

恐らく三次元現実世界では、今、

魂(潜在意識)が「願う場所」ではなく

違う所に貴女はいるのでしょう。けど、

同じ香りのする私と会って、

自分のセンサーが何かを察知し、

魂がサインを送った。

 

貴女が流した美しい涙を

私は一生、忘れません。

貴女は生後間もない赤ちゃんを

抱っこしてました。

もしかしたら、今生、貴女に

会うことはないかもしれません。

 

私はセラピストでも

カウンセラーでも

心理士でもないので、

こうした方がいい、とは

口が裂けても言えません。

仮にそうであったにせよ、

個人的にこっちの方がいい、とは

言うべきではないと思っています。

なぜなら、本人が一番よくわかっているから。

 

しかし、もし貴女が

このブログを読んでくださっていたなら、

どうか、ご自身が解放される心地よい

自由な選択をして欲しい、

とだけ伝えたいです。

 

私に、貴女の純粋な涙を見せてくださって、

本当にありがとうございました。

 

だから私は、

本気で全国のみなさんに、

澤野さんの情報を伝えていきたい。(2回目)

 

先を見越す視座を持って、

自由な選択をして欲しいから。


紆余曲折、

いろんなシーンや時を経て辿り着いた

究極のクライマックスのスタート。

 

これからなんです。
「始まりの0(ゼロ)からのスタート」は。

ようやく新しい、

ほんの一歩を踏み出すことができるのです。

 

何も飾らずとも、

その人自身の「人間力」が、

この世でたった一つだけの素晴らしい魅力です。

 

‟私たちに霊的に備わっている「鏡」が機能し触媒として純粋にあるためには、

とにかく何よりも「基礎」の反復練習しかない。

その基礎は、私たちの意識の基盤、そしてDNAの形成にフラクタルに作用する。”

 

「基礎」をしっかり学ぶ。

「学識」は、直観を

肉付けするためにあるものだと

澤野氏は常に仰います。

 

潤沢な学識や経験があって、

初めて確度の高い「直観」がもたらされ、

そして

その基礎とは決して難しいことではなく、

歴史の大まかな流れと、

話のスジを理解すること。

さらに、

「情報は仕入れるものではなく生み出すもの」

つまり、個別の情報や知識、チャネリング自体には

価値はなく、それら情報を

どのように選択し解釈するかが大事なのだ、と。

 

これからも、

ダヴィンチの美しい絵画に

インスパイアされたような、

卓越した澤野情報を

発信して参りたいと思います。

 

悲しい涙ではなく、喜びの涙を流せますように。

みなさんが、健康で

最適な毎日を笑顔で過ごせますように。

 

ここで改めて、

青森講演会第4回、

何事もなく、無事に開催されたことを

改めて報告させてください。

 

会場へご参加くださったみなさん、

活字版にてご参加してくださったみなさま。

本当にありがとうございました。


誰にも解けなかったあのコード。

それは、今まで見たことも

聞いたこともない「828」の奇跡。

ダヴィンチが本当に伝えたかったこと。

それは、まさしくタイトルのとおりの

ヨハネの遺恨』だったことに

驚愕されたと思います。

息を呑むような美しい絵画に託されたのは、

洗礼者ヨハネの‟ICON”であったのです。

 

 

 レオナルド・ダ・ヴィンチ『サルバドール・ムンディ』

 

 

 

それから、ヒトラーの、

複雑に絡み合った根底の真理。
なぜ大日本帝国

ナチス・ドイツと同盟を結んだのか。

そして、真相が謎に包まれたままの

あの未解決事件の数々。

それらは、今に至るまで

まだ終わっていなかったということ。

バチカンと日本で繰り広げられた

壮大な「岩戸開き」や、
米国大統領選、

安倍氏の辞意表明についてなど、

 

政治・経済からスピリチュアルな世界まで、

知られざる新時代のシークレットについて、

余すところなく講演会では語られました。

 

講演会へご来場された方や

活字版原稿を手にされた方から、

感想が届けられています。

中には感動の涙で溢れてしまいそうな

素晴らしいメッセージを綴ってくださった方も

いらっしゃいました。

 

さあ、私たちはこれまで経験したことの無い、
想定外の激烈なコンテンツを

目の当たりにします。

政治にしろ経済にしろ、天災にしろ。

大変な世の中です。

想定されない領域を

想定しないとついていけない領域に

入ってしまいました。

 

これが、

ヤハウェ666降臨後の世界」なのでしょうか。

 

次回開催の、

仙台講演会第31章【序文】を見てみましょう。

 

タイトル『ヤハウェ666降臨後の世界』

どういうわけか“表向きの権力”の頂点に君臨してしまっていた
日本のディープ・ステートの「御大」は、
このたびまさか辞意を表明し再び地下へと潜った。
その迫真の演技はまさに“彼”の唯一の奇才だからか、

多くの国民は不覚にも同情してしまった。
しかし“彼”は辞めてなどいない。
“彼”は何ひとつ変えることなくそこに蟠踞したままでいる。
すべての取り巻きたちは“彼”を表向きはたむだくが、
だがしかしいやいやむしろ率先して指嗾を乞うてすらいる。
なぜそこまでして“彼”を推戴しなきゃならないのか?
その理由の本源とは何か?
――9月初旬、台風「海神」が九州に接近してきた。
「海神」とは「うんじゃみ」であり「わだつみ」であり、
それはまさに「セイレーンの魔女」そのものを顕します。
ならばこの台風はかのあの“指輪”によるものだろうか?
それともそれにコードシェアしてきた「ヤハウェ」であるか?
さあこれから究極のクライマックスが「スタート」する。
――そうここからが「始まり」となるわけです。
そのあらまし、メカニズム、因果関係を読み解けますでしょうか?
純粋で素直で謙虚な向学の志に送る「特別な4時間」となります。
ぜひ他の予定をキャンセルしてお越しください!

(澤野大樹)

 

初参加だった2019仙台講演会20章の時も、

そしてドンズバな

ヤハウェ降臨「828のミラクル」を

青森講演会第4回で体現した後の、

2020仙台講演会第31章タイトルも

キーワードは「666」。

弘前の言霊は「666」。

「666」はヤハウェであり、

瀬織津姫であり、

ミロクであり、

それはセイレーンの魔女。

八戸の言霊でもあります。


「666」は悪の数字であるか、

神の刻印であるのか、

その選択はフリーダムで。

 

12年前、澤野氏は既に「567」を予知してました。

 

 

講演会の内容は、

全て活字版原稿に綴られております。


活字版原稿は、

こちらからお申込みください。

◆【第①回】タイトル「東北最奥から現れる縄文スピリット」

◆【第②回】タイトル「封印された青森の秘密を解く」

◆【第③回】タイトル「あなたは歴史的瞬間の目撃者となる」

◆【第④回】タイトル「ヨハネの遺恨」

ご注文フォーム
https://ssl.form-mailer.jp/fms/273c38ec674225

 

 

みなさまあってこその、澤野講演会。

これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

全国講演会情報は→こちら

 

 

 

 

 

 

57・世界と日本2つの「岩戸」を繋ぐ「666」

2020-09-17

テーマ:澤野大樹氏

 

 

こんにちは。 

澤野大樹氏青森講演会 

主催 小野裕美子です。

 

「岩戸」という言葉をよく耳にします。

日本は世界の雛形といわれていますので、

「岩戸」もじつは2つあります。

 

ひとつは日本にある「岩戸」。

もうひとつは、

その日本から投影された先にある

世界の「岩戸」です。

両者はフラクタル直結関係にあります。

 

世界の三次元現実世界を「封印」してきた「鍵」は

バチカンのペトロが持つ2本の鍵にあった。

その鍵が封じてきたのは世界の「岩戸」でした。

 

そしてそれは当然、

雛形である日本にもあったのです。

バチカンの岩戸は

日本の岩戸とフラクタルな関係にあります。

日本の岩戸が解放されることによって、

バチカンの岩戸も解放されることになるのです。
(澤野大樹)

 

という凄まじいまでの秘密を

澤野大樹氏青森講演会第4回

で学びました。

 

それは、意識を超越した

「828の奇跡」に繋がっていたのです。

 

この現象は、

もはや否定できません。

さらにそれを凌駕するかのごとく、

「666」のキーワードで

仙台講演会第31章では

‟あさっての方角”から飛び出した、

驚愕の封印が解かれたといいます。

途轍もないことに

澤野さんは気づいてしまった。

 

日本の「岩戸」の謎と秘密。

 

それはまさしく、

新しい時代の始まりのスタート。

 

しかし、それは、

順序があってのこと。

 

予備知識なしに

いきなり謎も封印も解くことはできません。

世界の雛形「日本」での

岩戸の謎が解けるまでには、

太古の昔から「悪」として封印されてきた

「東北縄文日高見」や、

モーセによる「出エジプト」からの長い旅路、

姿を消した「古代ヘブライイスラエル10部族」、

それから「徐福」、

白村江の戦い」など、

歴史的に重要でありながら

隠されていたものごとなどを

それこそ無数に紐解いてきたからです。

 

青森講演会第1回から第4回まで、

そのストーリーはすべて繋がっていたのでした。 

 

 

 レオナルド・ダ・ヴィンチ「岩窟の聖母」

 

 

 

さて、

名古屋講演会第14回【序文】を見てみましょう。
 

「悪」や「悪魔」は「やっつけてやれ」とか

「改悛させてやれ」とか

「抱き参らせてやれ」とかじゃなくて、

本来の「ひとつ」である多様性の本源

ヤハウェ」のもとに戻して差し上げるべきもの。

「ずっと長い間、辛い思いをさせてしまい本当に申し訳ございませんでした」

三顧の礼をもってお戻し差し上げるもの。

これまでどれだけ「悪魔」は苦しみもがいたことか。

悪魔を悪魔たらしめたのは

二元性を追認した私たちによるもの。

「悪魔」はさながら

故郷も親も己の歴史をも奪われ

失った孤児のごときもの。

だってヤハウェの一側面であるのに

その関係を切断されていたのですから。

ヤハウェ」から「悪」を独立させ

発酵させ蒸留したのが南ユダ系パリサイ派です。

私たちはそれを無自覚に追認し続けてきました。

ヤハウェ」に対しての悪魔による不義理を強いてきた。

それを見た人々は

その不義理が悪魔によるものだと罪を着せた。

その時の悪魔の気持ちがわかりますか?

そりゃ悪にでもなるさ。

「悪魔」を“敵”だと断罪し、

説得せよだとか、成仏させてやれだとか、

上に上げてやれだとかすべて嘘。

見紛うことなき完全無欠かつ純粋なる「嘘」。

どんだけの増上慢なのさ?

その方便こそが

悪の増長を助長してきたわけでしょ。

悪魔を悪魔たらしめたのが

私たち「人」であったのでしょう。

私たちが成長し己を俯瞰し自省できるようになり、

「悪魔」というものが

なぜどうやって生起したのかに気づくことができなければ

そんな悪魔をもとに戻すことなどできるわけないでしょう。

そこまでできる人なんているのですか?

「悪魔」など、己とは無関係な他人事であると思っている人もいるでしょう。

「悪魔」という仮想敵は己自身が生み出したものであるのに。

――そう、気づけばあなた自身が「悪魔」そのものになっているのですよ。

改悛させるべきは「悪魔」ではなく私たち自身であったのです。

(澤野大樹)

 

謎解きのような【序文】。
みなさんは、この内容を、

どのように読み解きますか?
 

私たちが「良かれ」と思ってしていた、

スピリチュアルの慣習や、

当たり前だと思い込んできた常識など

たくさんありますよね。

 

その上で、

自己満足な儀式や

悪霊祓いなどの生兵法。

 

自分が「神」で、

「悪」を懲らしめるんだ!??

「悪」とされ、悪魔と呼ばれた側の気持ち。
どんなに無念だったことでしょう。

その「悪」とは、

隠蔽・改竄・封印された「神」であったはずなのに。

神に背信した者たちが神を悪魔としてしまった。

こうして世界の「常識」はひっくり返され、

私たちは有史以来、

深い催眠術にかけられてきました。

 

時として私たちは、

心からの反省をしないと

いけない場面に出くわしたりします。

 

大いなる「ひとつ」であり、

すべての善も、

すべての悪をも含有する

ヤハウェから

ある日、

「悪」だけが独立させられました。

 

「悪」とは何でしょうか?

 

それは「大いなるひとつ」から、

悪を独立させた瞬間に、

そこに「ふたつ」という

二元論が生まれたことです。

 

大いなるひとつである

ヤハウェに挑むかのごとく、

そこに突然

「ふたつ」が生み出されました。

 

その「ふたつ」の出現によって、

人々はそれまでの「ひとつ」から、

いきなり「ひとり」へと

堕とされてしまいました。

 

「平和」の反対語は「戦争」ではありません。

「平和」の反対語はじつは「ふたつ」だったのです。

 

「ひとつ」から「ひとり」を抽出し、

私たちは二元論の世界こそが世界であると

思わされるようになり、

私たちはヤハウェから引き離されました。

 

このような二元性の中で、

私たちは長い間、

生きてきました。

 

大いなるひとつであるヤハウェから

悪を独立させ「ふたつ」となり、

二元性の世界を構築した者たちは、

その世界が壊されぬよう、

世界にある「岩戸」と、

日本にある「岩戸」の両方を、

固く封印してきたのです。

 

その封印はじつに長い間、

誰にもそのカラクリも秘密も

解かれることがありませんでした。

 

しかし、

今まさに解かれた、ということです。


それが

世界の雛形である日本の

真の「岩戸開き」
 

その岩戸を開く鍵は、

まずバチカンにあって、

サン・ピエトロ広場の

聖ペトロが持ってる。

そして

日本のあるところに、

日本の岩戸が封印されていました。

 

世界の岩戸、

日本の岩戸。

両者を結ぶ鍵は「666」だったのです。

 

 

 バチカン市国徽章

 

 

なぜ、828の奇跡が

今、青森で繰り広げられたのか。
青森に封印をかけまくっていた

バビロン系南ユダ大和朝廷と、

坂上田村麻呂による霊的侵略の歴史を

一からじっくり紐解くことで、

澤野氏が明らかにしました。

 

地球開闢以来、気の遠くなるような

長い長い年月を経ての、今です。
誰がこの瞬間を予想していたことでしょう。
 

そして、私たちは、

これまで無意識にもヤハウェ

裏切っていたことをちゃんと反省し、

「ようやく気づきました、ごめんなさい」

と心の内で言うことが大切です。

 

それは、何をするでもなく

「気づく」ということだけ。

私たち自身も

じつは封印されていたということを。

それは、自分自身の解放にもなります。

儀式や何かは必要ないのです。

 

私たちは物凄い時代に生きています。

これからもっと、

予想を遥かに超えた場面を

目にすることでしょう。

 

弘前の言霊は666。

八戸の言霊も666。

仙台の言霊も666。

沖縄の言霊も666。

名古屋の言霊も666。

 

さあ、始まりのスタートです。

次回の講演会で、

封印されていた本当の日本の岩戸が

明かされます。

椅子から転がって

一回転スピンジャンプ倒立フィニッシュで、おかえりください。

乞うご期待。

 

バチカンの秘密が書かれた

【青森講演会第④回】活字版原稿は、

こちらからお申込みください。

(澤野講演会での内容が基礎からわかる、

バックナンバーもぜひ。)

◆①タイトル「東北最奥から現れる縄文スピリット」

◆②タイトル「封印された青森の秘密を解く」

◆③タイトル「あなたは歴史的瞬間の目撃者となる」

◆④タイトル「ヨハネの遺恨」ご注文フォーム

ご注文フォーム
https://ssl.form-mailer.jp/fms/273c38ec674225


 

全国講演会情報は→こちら

 

 

 

 

 

 

 

58・多次元宇宙「ヤハウェ」と「ひとつ」

2020-09-29

テーマ:澤野大樹氏

 

 

2020年も終盤にさし掛かってまいりました。
 
澤野大樹氏青森講演会
主催 小野裕美子です。
 
古い時代が終わり、
全く違った新しい時代に入りつつあり、
現在は、古い時代と
新しい時代が重なり合っている
混沌とした状態であるといわれています。
 
去年の今頃、
この状況を誰が予測できたことでしょう。
これまで経験したことのない
全く違うコンテンツに満たされた中で
私たちは生きています。
 
以前、「666」の秘密は
日本の言霊でしか解けないと
澤野大樹さんは仰ってました。
 
「666」を悪魔や獣の数字として
恐怖を植え付け、陰謀論として
彼らは周知徹底を図ってきました。
 
誰よりも「ミロク666の世」の到来を
恐れていたからです。
 
バチカンカトリックが恐れていたのは、
「世界の雛形」である日本の言霊。
「666」の秘密は日本語の言霊でしか
解くことはできません。
 
日本語の言霊でしか解けない
その「666」さえ封印しておけば、
効率的に世界を牛耳ることができるからなのです。
 

つまりじつは、

これまで言われてきたような

「悪魔の世界支配計画666」

といった「陰謀論」ではなく、

なんと
まったく逆の、

「悪魔による666世界封印計画」
だったのです。

 

そして、

まさにこれこそが

本当の「陰謀」であると、

澤野氏は仰ってました。

しかし、ひょんなことから

「666ミロク=567コロナ」が
降臨してしまった。
 
さあ、
解き放たれた666は
凄まじい勢いで
世界中を席巻していきました。
もはや誰にも止めることはできません。
 
コロナとは
南ユダ弥生バチカンカトリック
封印してきた
東北縄文神アラハバキ
666ヤハウェアバターだったのです。
 
バチカンが恐れる最大のものとは、
666ヤハウェ(ミロク)の正体が
コロナだったということを
見抜かれることだったのです。
 
彼らは東北の縄文神「アラハバキ」、
つまり「大蛇」(ミシャグジ様)、
つまり「蛇身」(かがみ)、
つまり「666」、
つまり「ヤハウェ」の
凄まじく恐ろしいパワーを熟知しており
途轍もない恐怖におびえ
震え上がっていたがゆえに
かつて坂上田村麻呂を東北に派遣し、
隅から隅まで実地調査を行いました。
 

東北最奥の一体どこに、

その「本体」が秘匿されているのかを、

しらみつぶしにあたっていきました。

 

そして彼は見つけた。

そして「封印」した。

 

しかし彼は、
そのパワーの源泉を封印するだけではなく、

秘密裏に平安京大和朝廷に持ち帰り、

「ある場所」にて

ちゃっかり隠して使っていたのでした。

 

そして、

666ヤハウェの存在、

そして介在を知覚するためには

純粋な目を持たなくてはなりません。
「入り口と出口は純粋でなければならない」

と澤野氏。

 
DVD『反キリスト666』(完売終了)
でも語っていたことですが、
例えば、
ダウジングやOリングで一番厄介なのは、
やる人の
「偏見」「思い込み」「願望」だそうです。
 
そのあたりを澤野氏に聞いてみました。
 
澤野さん、今回もよろしくお願いします。
 

それはキネシオロジーでも同様に、

たとえばお人好しで気弱な被験者は、

講師に恥をかかせたくないがために、

またはその場の空気を白けさせたくないがために

かなりの精神的な負担を抱きながら、

忖度してしまうケースが多々あります。

 

ですので、
ダウジング、Oリング、

キネシオロジーなどの大半は、

「誤診」となってしまうのです。
 

誰でも安価に

そして気軽にできてしまえそうに思えますが、

じつはかなりの意識レベルと、

広範な知見と、

さらに人格形成が適切になされた人でないと、

正確な結果は得られにくいでしょう。

 

――澤野さんはダウジングの経験があるのですか?

 

ありますよ。

夢中でやっていました。

今から25年前に、

日本のダウジングの元祖であり第一人者であり、

日本ダウザー協会会長の

堤裕司先生に教えてもらいました。

懐かしいですね~。

 

――キネシオロジーも流行っていますよね?

 

キネシオロジーにしても、
その「本質」とはかけ離れたケースが多く、

ある意味「コックリさん」みたいになっています。

どの霊団とコネクトするか、

素人の生兵法では危険すぎます。

無意識のうちに、

気が付かないうちに、

「契約」を締結してしまっている危険性もあります。

あとになってから、

「知りませんでした」では済まない。

“あちらの存在”はきわめて律儀ですから。

 

――それは危険ですね。

 

大変大変危険危険。

技術云々よりも

まずこのことを先に徹底しなきゃね。

肝心なのは、

被験者の質問レベルに見合った“存在”が

その人を喜ばせるような甘美な解答を

もたらすことが多いので

じつに気をつけたいものです。

己の人格の涵養がないままに、

またはそれを最初から放棄した状態で

高貴なる存在からサジェスチョンを

受けようとすることは

これ、きわめて傲慢な行為です。


そして、

自らの外側に解答を求めることは、

広義において偶像崇拝に直結します。

それは自らの宇宙性の否定であり、

自らの存在を矮小化させ、

「ひとつ」から独立するための行為となります。


ダウジングも、Oリングも、

キネシオロジーも本来は、

自己内在の宇宙との対話が目的でしょ。

でも現状はそうはなっていないのですよ。

いや、目的はみなわかっているのだけれど、

必ずしもそうはなっていないケースが

大半であるということです。
 

つまり自己内在の宇宙ではない、

別の存在と対話してしまっているということです。

“彼ら”は弁舌に長けていますから、

口先でどうにでも神を装うのです。
“彼ら”は私たちが思い浮かべる

「理想的な神」の姿と言い回しで登場します。


――澤野さん、ありがとうございました。

いくら正しき方法をもって、

それらを試みても、
肝心の「心」が曇っていたら
正しい結果は出てこない、と。
 
「心が曇る」というのは、
つまりは「邪心」のことです。
「邪心」とは、
「自らを限定する心」です。
では、
「自らを限定する心」とは何でしょうか?
 
「私は○○だから」
「私は○○という人間だ」
といって、
これまでの経験や知識のみで、
自己の姿を勝手に「規定」する心です。
あなたが何者かについて、
どれほどの者かについて、
まだわかってはいないのですから。
 
私たちは、私たち自身が
思っていたり考えている者とは、
もしかしたら
かけ離れている可能性があるということ、
それは、何も自身のことのみならず、
世の中に起こるすべての出来事に関してもそうで、
 
私たちが、
あらゆる物理現象を観察するとき、
「これは○○で、○○したから起きたこと」
と限定して断定することは、
霊的、多次元的に見て、
きわめて危険な行為で、
目に見え、耳に聞こえ、
手に触れることができるモノに、
人は騙されてしまう、と。
 
あらゆる物事の
「本質」というものを求めていく姿勢が
何より必要で、
その「本質」を見極めるためには、
まず「自我意識」をなくすことから始まり、
その自我意識をもって、
自我意識を滅却していくという作業が
必要となります。

澤野さん曰く――、

「欲さず欲し、力を入れて力を抜く」

という訓練を意図的に積み、

それが無意識でできるようにならないと。

とのこと。

 
一番大事なのは、
物事の本質が、
私たちの定義したものとは
だいぶ違うかもしれない、
ということを
認識しなければいけない、
ということ。
 
それには、

まず自分をアラハバいていくしかありません。

それは時として
自分が一番見たくないもの。
自分都合で、
そして自分の物差しで
考えてきたものを
一掃しなければなりません。
 
自分の中に落とし込んだ時に
目で見える現象、
それは世間一般で言われる「幸せ」とは
かけ離れたものであるかもしれません。
見たくないものを
抉り出されるわけですから。
 

自分をアラハバくということは、

非常に辛い峠を越える経験となります。

見たくないものを見て、

触れたくないものに触れ、

封印してきたものの蓋を開けるのですから。

 
それは、自分が自分都合で
解釈してきたものや、
こしらえてきた「垢」のお掃除。
アラハバく、の、
ハバく、とは掃くこと。
 
ほうきで垢を一掃するという意味です。
 

「アラハバく」とは一掃することだけを

意味しているわけではありません。

 

「アラハバく」とは、

「垢」を一掃することはもちろんですが、

そんな「垢」が取り払われたあとに、

それまで自分自身で封印してきた

「本当の自己」というものが

本来の位置へと浮上し

回帰するところまでがワンセットです。
 

「一掃する」ことだけに注目してしまうと、

それは「浄化」と勘違いしてしまう人が必ずいます。
 

「浄化」と「アラハバキ」は違います。

「浄化」というのは、

弥生ケガレ思想に起因するものですので、

縄文とは関係のない考え方です。

 

さあそして、
そこからが、始まりのスタート。
 
一旦、これまでの常識や壁を
ぶち壊して、それから
全く新しい自分史が始まるのです。
 
ちなみに、
ヤハウェは偶像の神ではありません。
ヤハウェは「姿も形もない概念」です。
宗教などで、
弥勒(ミロク)菩薩をご本尊として
仏像を拝んだり、
儀式や祝詞や供物をあげるそれとは
全くの別物です。
 
ヤハウェとは宇宙そのものなのです。
 
「ハバ」は、「88」。
「ハハ」は蛇の古語。
「ハハ」=「母」、お母さんで、
ヤハウェ」は「ハハウェ」=母上です。
 
アラハバかれると
人それぞれ違った現象が
宇宙(母)から降ろされる。
 
それは母上から
目には見えない愛の請求書が
突き付けられるということ。
 
それは、今まで自分がしてきたことへの
宇宙の本当の愛の請求書。

そこには「良い」「悪い」はありません。
 
どこに住んでいても、
どんな生活をしていても、
豊富なバリエーションとともに、
姿かたちを自在に変え、
激烈に降ってきます。
 
人によっては、
この上なくイタい請求書が
まわってくるかもしれません。
 
その人によって、
これまでにない
歓喜の請求書だったりするかもしれない。
(この場合は請求書ではなく
多次元世界からの還付金のお知らせですね)
 
奈落の底に堕とされるのを覚悟で
ヤハウェと向き合わなければ
ならないのです。
 
例えば、
「目で見える幸せ」と、かけ離れた道を
歩んできていた人も、
権力や地位や名誉など
物質的に恵まれているかどうか
肩書きなども全く関係なく、
この宇宙は、
ヤハウェが介在していたと気付いた瞬間、
ヤハウェ(宇宙)から思いもよらぬ
歓喜の「よくがんばりましたで賞」が届く。
逆も然り。
 
やってきたことに対して
これは母上(宇宙)からなのだと
謙虚にありがたく受け取れるかどうかが
その人それぞれの分かれ道。
 
みなさんに強くお伝えしたいことがあります。


これからの時代、

いろんところでいろんな人が
いろんなことを言うと思います。
 
ですので、
そのようにいろんなことを言う人たちが
「何を言っているのか?」を、
きちんと吟味していかなければなりません。
 
その吟味にはポイントがあります。
その発言なり、内容が、
私たちを三次元現実世界に縛るものなのか、
さらに、私たちのマインドの覚醒を
阻害するものなのか、
それとも、私たちの気が付かなかった
呪縛から解き放つものなのか、
という部分です。
 
そして、
私たち自身が自らに言い聞かせなくては
ならないことがあります。
 
それは、
私たちはつい、
分かった気になり、
正しいと思い込んでしまいます。
 
自らは善意のつもりで善かれと思って、
自信をもって行動したとしても、
それが、他者を
路頭に迷わすことに繋がるかもしれません。
 
自らの善意が、
他者を地獄に導くようなことが
あってはなりません。
 
それを防止するための方法はただひとつ。
 
「自らの無知に対して謙虚になること」です。
 
常に、振り返り、俯瞰し、
現在地を確認していくという
繊細な作業を行うということです。
 
これからの新しい時代」がが具体的に
どのような世界なのか
みなさん気になると思います。
 
今の世の中の現状とは
「逆位相」に位置する不思議な世の中です。
 
「お金」はなくなることはありませんが、
その扱いと意味が変わります。

物質的な貨幣を無くせば
時代が変わると思ったら大間違いですよ。
貨幣はそもそもが
「この世のもの」ではないのですから。

どのように変わるのかというと、
厚みと深みと奥行きが格段に増すのです。
 
お金というものが
「この世のものではない」ことに
主眼が置かれますから、
単に、三次元枠内での
右から左への物理的金銭の
移動目的のビジネスが衰退します。

それはつまり、
多次元世界の裏付けを必要としない、
これまでのような、
「いかに隣の人からお金を合理的に横取りするか」
という不毛な争いが衰退していくことを意味します。

「お金」が無くなるわけじゃない。
「お金」の意味合い、
「お金」というものをどう解釈するかが変わる。
そしてその解像度が変わるのです。
 
キーワードは「逆位相」です。
私たちが想像する「限定ライン」からは
これからことごとく外れていきます。
私たちがこれまで己を勝手に規定してきた
その「限定」が意味をなさなくなります。
 
そして、物事の本質や
これまで気にもとめなかったものが
解像度を高めて存在感を増します。
それはこれまで「肉の目」(肉体的視覚)で
見てきたものとはまったく違うものです。
 
これまでの行き過ぎた
そして突出し過ぎた三次元物質主義によって、
多次元世界を隔絶した人たちというのは、
三次元物質世界しか知覚することはできません。
 
すると、彼らの考える「愛」と
多次元世界をも含めた「本当の愛」との間に
大きな違いが出てきます。
 
彼らの考える「自己愛」は
三次元世界限定のものですね。
彼らの自己愛は、他者と隔絶であり
「自分だけが中心」という考え方です。
それはつまり、
ヤハウェから独立した肉の「ひとり」です。

 
多次元的自己愛にとどまっている人は、
「孤独」という意味での
「ひとり」を味わうことになる。
この「ひとり」を「ひとつ」だと勘違いしてしまう。

そして、

その「ひとつ」だと思い込んだ「ひとり」が

当たり前だと思い、

世知辛いこの社会をただ嘆くだけとなります。

それは次第に強固な厭世観を生みます。

すると己の内在の神性は、

「どうして私を無視するのですか?」と

「私」と「宇宙」の間で齟齬が生じます。

内在の神性(ヤハウェ)を無視するということは、

完膚なきまでの自己否定ですので、

それは宇宙の破壊、

つまり、自己存在の消去へと繋がっていきます。

 
孤独である「ひとり」は
無意識的な寂しさを感じるので、
とにかく、
表層的な群れを求めるようになります。
みんなでお揃いの標語を作ったり、
徒党を組んで人数の多寡を誇ろうとします。
いわば「かりそめのひとつ」ですね。
つまりそのような「ひとつ」は幻想で、
「私はひとりなのだ」という、
深い催眠状態を意味します。
 
このような「表層的な群れ」のことを、
つまり「かりそめのひとつ」のことを
私は「疑似ワンネス」と呼んでいます。

私たちは孤独としての
「ひとつ」なのではありません。

宇宙そのものヤハウェそのものと

「ひとつ」なのです。

孤独としての「ひとつ」に埋没してしまいますと
その人たちは途端に群れ始めます。

 

「擬似ワンネス」の集団を動かすために、

センセーショナルに登場したスターが使われます。

この暗い世の中において、

「真実」をもたらすとみんなが叫び支持する者は、

預言者でありカバールによって

用意された最終扇動要員でしょう。

 

「本物」は「盗人のように来る」のです。

「盗人のように」とはどういうことか?

それは、

「誰も気がつかない」ということです。

肉の目で誰にでも確認できて、

みんなが飛びついていきなりムーブメントに

なるような場合は、

非常に注意して観察しなければなりません。

 

「覚醒」とはそんなに甘いものではないのです。
 

この「疑似ワンネス」の集団は、

多次元世界、宇宙、ヤハウェとの「ひとつ」を

遮断してしまっていますから、

いくら自己実現のテクニックを学んでも、

一向に実現しないという状況を招きます。

それどころか、

見ず知らずのどこかの誰かの

夢の実現のためのエキストラとして、
無意識に演じさせら使役されてしまうのです。

 

また現代スピリチュアルの多くが、

この「擬似ワンネス」の提供を

ビジネスにしています。

だから永遠に「ひとり」のまま、

そして永遠に「顧客リスト」に

名を連ねることになるのです。

 
多次元的自己愛に溢れる人は、
ひとりぼっちになっても
「すべて」を感じることができるので、
寂しさを感じることはない。
つまり、表層的な群れを必要としない。
これが本当の意味での「ひとつ」ですね。
 
三次元的自己愛しか持たない者は、
根源的な「ひとつ」を
体感することができないため、
常に寂しさを感じ、誰よりも愛情を求め、
表層的な群衆の中に身を置きたいと思う。

こういう状態のことを「有象無象」といいます。
「疑似ワンネス」は、三次元に縛られ
寂しさにもがき続ける
「有象無象」を生み出すシステムだといえます。
 
このように、
この世界を思うがままに
クリエイトできる「主人公」と
クリエイトできずに、見ず知らずの
誰かの夢の実現のためのエキストラになってしまう人に、
今後大きく分かれていきます。
これが本当の意味での格差社会だといえます。
(澤野大樹)
 
いろんなところで、
いろんな人が
いろんな事を言っていますよね。
どう解釈するか、
どの道を選択するかに
正解も不正解もありません。
 
ですので、
選択にいいも悪いもなく、
どっちを選んだにしろ、
道は大きく分かれますが、
その人の
ゴールは決まっています。

それは「カーナビ」とまったく同じ。

交差点で曲がるのを忘れ、

たとえルートを外れても、

カーナビはすぐに

新しいルートを検索し案内しますよね。

でもゴールは決まっているわけです。

ただし、道を間違い続ければ、

ゴールには辿り着けませんよね。

でもそれもまた一興かもしれません。

 
これが、澤野さんがいつも仰っている
人間万事塞翁が馬」システム。
 
この宇宙の法則を知り尽くしていたのが、
縄文人であり、蝦夷であり、さらに、
「東の国々、海の島々」である
この列島にやってきた「失われた10部族」として
行方不明になった北イスラエル10部族の民たちです。

そんな北イスラエル10部族の人たちは、

ユダヤ人」でも「ユダヤ教」でもありません。

70年にも及ぶ「バビロン捕囚」を経ていませんから。

 

バビロン捕囚されたのは、

ユダ王国2部族(ユダ族、ベニヤミン族)です。

この南ユダ2部族は、

70年に及ぶ「バビロン捕囚」を経て

ユダヤ教」を生み出しました。

そしてさらに、バビロニア・タルムードを携え、

遥かこの列島まで

「北イスラエル10部族」を追いかけてきた。

 

そして彼らは
キリスト教」をクリエイトしました。

 

彼らは猛烈なグローバリストでした。

 

バビロンで身につけた

あらゆるオカルト神秘思想を携え、

歴史を乗っ取り、改竄し、
ロンダリングしました。

 

彼らは全世界を欺き、

全人類に気づかれぬよう

ヤハウェを裏切った民たち。

 
私たちに気づかれぬよう
巧妙に仕掛けられた罠には
なんと鍵がかかっていた。
 
そのコード解くにはパスワードが必要。
 
歴史上、
キーメーカーらしき人物は
洗礼者ヨハネだったり、
ダヴィンチであったり、
有名ミュージシャンであったり、
ダン・ブラウンであったり。
 
しかし、
これまでの長い歴史において、
パスワードが解かれることはなかった。
 
ところが、
ここへきてなんと、
澤野さんは普通にさり気なく、
パスワードを解読していたのです。

 

 

 

 

 

それは、
長い長い年月を経てのこと。
今、簡単に
答えが降りてきたわけではありません。
 
順序がちゃんとある。


 

この途轍もない瞬間の
真っ只中に私たちは存在している
ということです。
これ、もの凄いことですよ!?
 
ヤハウェという存在の本質を知ったからには、
私たちは覚悟を決めなくちゃなりません。
宇宙と私と均衡し直結するのですから、
多次元世界と三次元世界が同時リンクします。
 
その人だけの特別な請求書。
自分にしかわからない請求書。
 
ヤハウェとは宇宙そのもの。
儀式も祝詞も供物もお布施も
教祖も偶像も神殿も必要としません。

もっと言えば、

波動グッズをはじめ、

あらゆるスピリチュアル霊感グッズは

まったく必要のないものだとわかります。

 

霊性の回帰による発露は、

団体や組織、

仲良しクラブとはまったく関係のないもの。

お免状もマスタークラス資格もいらない。

ましてや第三者から「伝授」など

できるはずもないのです。

それらはみな形を変えた偶像崇拝ですね。


これまで「南回り」で学んできた

スピリチュアルの本質がわかれば、

その途端に、

これまでまったく考えたこともなかった、

「北回り」のルートの存在が
浮かび上がってきます。

 

私たちは宇宙そのものなんです。

 
そのことを縄文人たちは知り尽くしていた。
 
ヤハウェを崇め奉っていたのではなく、
畏敬の念を持って、
途轍もないパワーと共存していた。
つまり己の内在の神性と、
己の外に広がる神性との間に
同一性を見出していたんでしょう。
ならば、霊性の発露は、
誰かによって技術的に
もたらされるものではないことがわかります。
なぜって、
私たち自身とヤハウェは、同一存在なのですから。

そのヤハウェは、宇宙そのものだから
目には見えないし発音もできない
YHWH」(YHVH)=ヤフヤー(Yahya)。
 
宇賀神や瀬織津姫を象徴とする「とぐろを巻いた蛇」。
 
神、と表記してしまうとややこしいですね。
 
さて、
そのヤハウェ666を封印した
驚くべき痕跡が、
この列島には未だに残っていたということ。
封印が解かれることなく、
ただじっと、日本のとある場所の岩に隠され
その時を待っていたかのように。
 
覚悟はできてますか?
もう封印は解かれてますよ。
コロナの降臨とともに…
 
澤野さんは12年前に既に
無意識のうちに察知していて語っていたのです。
 
今を読み解くには、順序があります。
本物の歴史を知らずして今の現状を
読み解くことは不可能なんです。
 
私とて、
身を引き裂かれるほどの
アラハバキの洗礼を受けました。
ちょっとした気の緩みで
あっという間に
アラハバかれてしまいます。
 
気づいていなかった自分を
痛感することにもなります。
 
ヤハウェを知れば知るほど、
一歩すすみ、引き戻され
そして、また新たな一歩。
 
革命とは、
自分をアラハバくこと。
 
戻るのではなく、
まっさらな自分史のスタートが
ここから始まるのです。

常に「謙虚」であること。
己の無知を知ること。
 
素直で純粋であること。
 
存在しなかったことにされ、封印され、
抹消されてきた名も無き存在に、
暖かい眼差しを向け、心を手向けること。
 
さて、青森講演会も、
第5回は始まりのスタートです。

次回、

封印されていた本当の日本の岩戸の秘密が

明かされます。

 

誰も見たことも聞いたこともない

予想を遥かに超えた事象がまた、

青森で繰り広げられることでしょう。

どうぞ、次回もご期待ください。
 

バチカンと、
封印された「PETRO」(岩)の
「PORTE」(戸)の秘密が解かれた

【青森講演会第④回】活字版原稿は、

こちらからお申込みください。

※澤野講演会での内容が一からわかる、バックナンバーもぜひ。

 

【青森講演会活字版原稿販売】

―――――――――――――――

■第①回活字版 3,300円(税込)「東北最奥から現れる縄文スピリット」

■第②回活字版 3,300円(税込)「封印された青森の秘密を解く」

■第③回活字版 7,700円(税込)「あなたは歴史的瞬間の目撃者となる」

■第④回活字版 8,800円(税込)「ヨハネの遺恨」

■第⑤回活字版 8,800円(税込)「磔刑ヤハウェ

■第⑥回活字版 8,800円(税込)「鬼滅のヤハウェ

 

ご注文フォーム
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※ご注文をお受けした後、お振込みを確認してからの発送となります。

※送料が加算されます。

※通常は日本郵政レターパックライト」(370円)での発送となります。

レターパックライトに入り切らない場合は「レターパックプラス」(520円)に

なることがあります。

※一度の梱包で入り切らない場合は複数個口に分かれることがあります。

※詳細はメールにて最適な方法をお知らせいたします。

―――――――――――――――

活字版原稿は、澤野氏が

実際の講演会で使用している原稿と

同じもので、まさに「生原稿」です。

講演会用に作成した、

講義内容がそのままのシナリオとして、

精妙に活字化されている

パピルスそのものです。

毎回量は違いますが、A4版

30ページから50ページくらいの

簡易冊子形式。

―――――――――――――――

 

【澤野さんが綴る活字版原稿の秘密】

 

 

青森講演会2021年の日程

2021/2/20(土)から

青森講演会第7回が始まります。


★2021年2月20日(土) 青森「弘前」 第7回★

★2021年2月21日(日) 青森「八戸」 第7回★

―――――――――――――――

★2021年4月3日(土) 青森「弘前」 第8回★

★2021年4月4日(日) 青森「八戸」 第8回★

―――――――――――――――

★2021年6月12日(土) 青森「弘前」 第9回★

★2021年6月13日(日) 青森「八戸」 第9回★

―――――――――――――――

★2021年8月7日(土) 青森「弘前」 第10回★

★2021年8月8日(日) 青森「八戸」 第10回★

―――――――――――――――

★2021年10月16日(土) 青森「弘前」 第11回★

★2021年10月17日(日) 青森「八戸」 第11回★

―――――――――――――――

★2021年12月11日(土) 青森「弘前」 第12回★

★2021年12月12日(日) 青森「八戸」 第12回★

 

―――――――――――――――

メールでご予約できます。

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②会場

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ご来場を心よりお待ちしております。

 

 

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