アニメーション制作会社の記入。第四章。[アニメ会社と関連する企業を記す日記。] (後半) 其之拾伍

 

TCエンタテインメント

TCエンタテインメント株式会社ティーシーエンタテインメント、英称: TC Entertainment, Inc.)は、東京都港区に所在する映像ソフト会社

 

本社所在地 日本の旗 日本
107-0052
東京都港区赤坂2-14-5 DAIWA赤坂ビル6階
設立 2005年8月23日
業種 情報・通信業
法人番号 4010401058780 ウィキデータを編集
事業内容 DVDソフト企画販売、映像企画製作
代表者 代表取締役社長 吉田 尚子
資本金 2億円
主要株主 株式会社TBSホールディングス
カルチュア・エンタテインメント株式会社
株式会社MBSメディアホールディングス

 


 

主な販売製品[編集]

特に記述のないものはTBS(BS-TBS含む)が製作もしくは製作に関わったテレビ番組・映画作品。

アニメ

 

 


テレビ東京メディアネット

株式会社テレビ東京メディアネット(テレビとうきょうメディアネット、略称:MEDIANET)はテレビ東京関連会社で、自社制作番組の外部販売(番組販売)をおこなっている企業である。

 

本社所在地 日本の旗 日本
105-0001
東京都港区虎ノ門4丁目3番9号
住友新虎ノ門ビル5F
北緯35度39分51.8秒 東経139度44分38.0秒座標北緯35度39分51.8秒 東経139度44分38.0秒
設立 1978年4月1日
業種 情報・通信業
法人番号 3010401018942 ウィキデータを編集
事業内容 テレビ番組の供給・調達・販売、アニメ番組の制作、マーチャンダイジング、宣伝・広告業務、オリジナルビデオの制作・販売
主要株主 テレビ東京 100%


歴史[編集]

テレビ東京東京12チャンネルと称した時代には純粋な系列局がなく、その後「メガTONネットワーク」(現在のTXN)として全国ネットワークを形成してからも、ネット局の少なさゆえに収入が限られており、それを補うために地方局に自社番組を販売する必要があった。そのための会社として1978年(昭和53年)に「東京12番組販売」(登記上は東京十二番組販売と表記)が設立された。後に「テレビ東京メディアネット」に商号変更し、1999年(平成11年)10月にアニメーションへの出資や製作を行っていた「テレビ東京ソフトウェア」(SOFTX)を吸収合併1997年(平成9年)12月にディレクTVで「アニメシアターXAT-X)」を開局。2000年(平成12年)6月26日テレビ東京と共同出資で株式会社エー・ティー・エックスを設立し、同年9月にAT-X事業を同社に譲渡。

また、テレビ番組用の放送素材の一部分の販売も行っており、番組提供主がテレビ東京扱いとして表記される[3]

近年は、劇場用映画への出資や外国作品の購入なども行っている。

この他、DVDレーベル・MEDIANET PICTURES(MEP)があり、テレビ東京BSテレビ東京の自社製作番組において、クレジットを出すスポンサーが1社もない場合の便宜上の穴埋めとしても用いられることが多い(CMは2018年7月現在、『蒼の彼方のフォーリズム』・『鬼平』・『京都寺町三条のホームズ』の枠で、同社が販売するソフトの宣伝のみ放送されている。BSテレ東の製作に関与していない番組の場合、クレジットを出すスポンサーが1社もない場合は放送局区別のための局ロゴが表示されるため「MEDIANET PICTURES」は表示しない)。

異世界はスマートフォンとともに。」や「信長の忍び」など、テレビ東京AT-X独占放送含む)では放送しないアニメへの参加も僅かながら存在するほか、劇場用アニメではキッズステーションと共同で製作参加している作品がある。TOKYO MXでは『あっくんとカノジョ』のヒッチハイクとして、同社販売のBlu-rayソフトのCMが放映されている。

 

製作作品[編集]

☆は同社からパッケージリリースされた作品

テレビアニメ[編集]

テレビ東京ソフトウェア
1999年
2000年
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
2010年
2011年
2012年
2013年
2014年
2015年
2016年
2017年
2018年
2019年
2020年
2021年

劇場アニメ[編集]

OVA[編集]

 

 

東映ビデオ

東映ビデオ株式会社(とうえいビデオ、TOEI VIDEO COMPANY, LTD.)は、劇場用映画をはじめテレビ映画アニメビデオDVDソフトの製作・販売活動を行う会社。

 

本社所在地 日本の旗 日本
104-0045
東京都中央区築地1丁目12番22号
コンワビル10階
設立 1970年昭和45年)6月10日


概要[編集]

1970年6月10日[2][3]、近づくビデオカセット時代を見据え、映像産業の新分野へ積極的進出を目指し、東映ビデオ株式会社として設立[2][4][5][6][7]東映会館5階の一角に事務所を構えた[5]。その後1977年2月2日にビデオ事業とは関係のない東映芸能と[注釈 1]東盛商事が[注釈 2]合併し商号東映芸能株式会社とし[2][注釈 3]、この東映芸能株式会社と東映ビデオ株式会社が同年8月31日に合併して商号を東映芸能ビデオ株式会社とした[2][32][注釈 4]1983年5月27日に総合ビデオソフトメーカーとしての事業展開を目指し[34]、商号を1970年設立時と同じ東映ビデオ株式会社に戻した[2][35]

1986年にはオリジナルビデオアニメ東映Vアニメ』、1989年にはビデオ用映画東映Vシネマ』の製作を開始。映画、アニメ、テレビシリーズ、東映Vオリジナルのみならずドキュメンタリー音楽スポーツカラオケ教材用ビデオなど、月40タイトルにわたり発表している。また通信カラオケにも力を入れており、かつては業務用カラオケ機器「東映BeMAX'S」を保有していたが、2004年に同機種の権利をBMBに譲渡した後は、背景映像(BGV)コンテンツの提供が主になっている。

東映が出資。資本金2,700万円。所在地は東京都中央区築地1丁目12番22号。

当社のみの特長として、映画作品のビデオグラムのパッケージには、必ず「全国劇場公開作品」を四角で囲った表記が入っている。同業他社がこの表記を使用していないため、商標登録はされていない。

 

沿革[編集]

 

 

製作作品

アニメ[編集]

1990年前半[編集]

1990年後半[編集]

2000年代[編集]

2010年代[編集]

2020年代[編集]

 

 



 

株式会社徳間ジャパンコミュニケーションズ(とくまジャパンコミュニケーションズ、Tokuma Japan Communications Co., Ltd.)は、日本の中堅レコード会社

太平住宅グループから徳間書店グループを経て、2001年平成13年)以降第一興商傘下。資本関係は切れたものの「徳間」の名称は継続使用されており、徳間書店とは業務提携関係にある。

 

 

本社所在地 日本の旗 日本
141-8564
東京都品川区北品川6丁目5番27号
御殿山ビル4F
設立 1965年2月1日
(太平音響株式会社)
業種 情報・通信業
法人番号 1011001047730 ウィキデータを編集
事業内容 CD・ミュージックテープ等音楽ソフトと、ビデオカセット・DVD等映像ソフトの制作および販売
主要株主 第一興商 100%
主要子会社 株式会社ズームリパブリック(出版社)


企業概要[編集]

遠藤実島倉千代子らの後援者だった中山幸市太平住宅創業者)が、1965年昭和40年)に自費で立ち上げた太平音響株式会社が会社の起源。1968年(昭和43年)にレーベル名のミノルフォンを社名にも転用し、遠藤を社長とした。先に創業した日本クラウンに続き、自前のプレス工場を持たず、制作とプロモーションに特化して、アーティスト主導の運営を打ち出した新業態レコード会社の先駆けの一社だった。

レーベル名の「ミノルフォン」は当初太平レコードにするつもりだったが、同名のレーベルが既に商標登録されていたため[2] 遠藤の名をとった「ミノルフォンレコード」としたものである[3]ミノルフォンの第1号シングルは三船和子の「ベトナムの赤い月」と川田キクの「世界連邦太平音頭」(両A面)で、両面共に作詞した中山正男が社長を務める理研映画制作のドキュメンタリー映画動乱のベトナム』公開にあわせての企画盤であった[4]

1972年(昭和47年)に徳間康快徳間書店)に買収され徳間音楽工業と改称。さらに系列レーベルの別会社ジャパンレコードと合併して徳間ジャパンに改称した。

2001年(平成13年)、経営危機に陥った徳間書店グループが徳間ジャパンの発行済み全株式を第一興商に売却。資本関係は切れたものの「徳間」の名称、並びに徳間書店との業務提携は維持された。 2005年(平成17年)には、同じ第一興商傘下の日本クラウンから株式会社トライエムのメルダックレーベルの制作・販売部門を事業譲渡されると共に、ガウスエンタテインメントを吸収合併。各々メルダック制作室とガウス制作室に改めた。なお、メルダックレーベルの映像部門は分離しエイベックスに売却された。

クラシック音楽愛好家には、キングレコードと並ぶドイツ民主共和国旧東ドイツ)の国営レコード会社ドイツ・シャルプラッテンの発売元としても知られていた。

 

スタジオジブリ関係[編集]

1980年代に存在したアニメージュレコードレーベルを含む、一連のスタジオジブリ作品のサウンドトラックイメージアルバム第一興商傘下になって以降も制作・発売している。映画主題歌に関しては、『天空の城ラピュタ』から『ハウルの動く城』まで担当していた(ただし、歌手によっては別レーベルからリリースされる場合もあった)。『ゲド戦記』以降の作品主題歌の制作・発売元はヤマハミュージックコミュニケーションズへ移行したため、それら作品の主題歌が収録される場合は原盤を借り受けて収録している。

ビデオソフトは、配給会社を問わず『風の谷のナウシカ』から『耳をすませば』までのVHS版と『魔女の宅急便』(1990年発売)までのBeta版、『もののけ姫』(1998年(平成10年)発売)までのレーザーディスク版と「となりのトトロ」(1988年(昭和63年)発売)までのVHDビデオディスク版(『天空の城ラピュタ』のみVHDビデオディスクは、企画・制作:東芝、制作・発売元:徳間書店、販売元:東芝映像ソフト、制作協力:徳間ジャパン)の販売元(発売元は徳間書店)だった。

1996年(平成8年)にウォルト・ディズニー・カンパニー(WDC)がスタジオジブリとの事業提携を締結した。それに伴い、殆どのジブリアニメーション映画とテレビアニメ(『海がきこえる』)のビデオソフト(VHS・DVD)販売権を獲得し、1998年(平成10年)から「ジブリがいっぱいCOLLECTION」として全てのジブリ作品を順次VHS・DVDとして発売したことで、発売を終了している。

レーベル[編集]

謡曲・演歌系[編集]

J-POP・アニメ系[編集]

かつて存在したレーベル[編集]

沿革[編集]

株式会社徳間ジャパンコミュニケーションズ[編集]

株式会社トライエム・株式会社ガウスエンタテインメント[編集]

 

 

 

 

 

 

第一興商

株式会社第一興商(だいいちこうしょう、DAIICHIKOSHO CO., LTD.)は、業務用カラオケ・コンテンツ関連企業。業務用通信カラオケならびにカラオケボックス事業では業界最大手。通信カラオケシステムDAMを開発・運用する。また直営カラオケボックスビッグエコー」などの店舗を運営する。衛星放送事業にも参入しており、レコード会社子会社として傘下に収めている。社是は「もっと音楽を世に、もっとサービスを世に」。

 

ロゴ

 

本社所在地 日本の旗 日本
141-8701
東京都品川区北品川5-5-26
設立 1973年4月16日(創業:1971年3月
業種 卸売業
法人番号 6010701005431 ウィキデータを編集
事業内容 業務用カラオケ事業、カラオケ・飲食店舗事業、音楽ソフト事業等

 


 

沿革[編集]

 

 

主要株主

保志忠郊 11.09%
保志治紀 10.86%
日本マスタートラスト信託銀行(株)(信託口) 6.75%
ホシ・クリエート4.35%

 

音楽ソフト事業[編集]

レコード会社
日本クラウン徳間ジャパンコミュニケーションズ。詳細は当該記事を参照。

 

 

 


トップ・マーシャル

株式会社トップ・マーシャルは、日本の流通業者である。

 

本店所在地 日本の旗 日本
170-0002
東京都豊島区巣鴨4-26-10
設立 2021年2月22日
業種 卸売業
法人番号 3013301047020 ウィキデータを編集
事業内容 映像ソフト、書籍、雑誌、日用雑貨品、衣類、装飾雑貨品、玩具、その他グッズ類の企画・製作・販売
通信ネットワークを利用した映像、音楽、書籍、雑誌の配信
衛星放送への番組提供
イベントの企画・運営・販売


概要[編集]

株式会社トップ・マーシャル(2002年設立)[編集]

2002年12月4日設立。カルチュア・コンビニエンス・クラブ連結子会社[2]。映像ソフト・書籍・グッズなどの卸販売やPOSシステムの販売、DVD付き書籍の発行[3]、アニメ・実写ドラマ・音楽・グッズを取扱う総合エンターテイメントレーベルの「SMIRAL(スマイラル)」やスカパー!のスポーツ専門チャンネル刺激ストロングチャンネル」への番組供給事業、ホテルを向けインターネットシステムやインバウンド対策商材の販売及びコンテンツの提供を行っていた。

ケイ・エム・プロデュースのレーベルであるS級素人[4]、million[5]などの商標権を保有していた。

2015年10月に日本出版販売とカルチュアコンビニエンスクラブがトップ・マーシャルの事業をサポートするための合弁会社「株式会社MPDパートナーズ」を設立した[6]

2019年4月に同じトップ・パートナーズグループの株式会社メディア・サプライ・パートナーズを吸収合併[7]

2021年4月1日に「成人向け雑貨・グッズの製造、販売業」及び「成人向け映像作品の調達・供給事業」の事業を、新設された株式会社トップ・マーシャル(後述)へ吸収分割により承継した。同日、上述のエンターテイメントレーベル「SMIRAL」及びスポーツ専門チャンネル刺激ストロングチャンネル」の運営会社は株式会社SMIRALへ変更された[8][9]

株式会社トップ・マーシャル(2021年設立)[編集]

2021年2月22日設立[10]。2021年4月1日に前述の株式会社トップ・マーシャルより「成人向け雑貨・グッズの製造、販売業」及び「成人向け映像作品の調達・供給事業」の事業を吸収分割により承継した。

 

ゲーム[編集]

  • レジェンドガールズ騎馬道アカデミー[11]
  • スカウトDE即ハメ![12]

 

株式会社トップ・マーシャル
(2002年設立)
TOP MARSHAL Co., Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
141-0021
東京都品川区上大崎3丁目1番1号
目黒セントラルスクエア8階
北緯35度38分0.3秒 東経139度43分0秒座標北緯35度38分0.3秒 東経139度43分0秒
本店所在地 152-0004
東京都目黒区鷹番2丁目11番8号
北緯35度37分48.9秒 東経139度41分17.1秒
設立 2002年12月4日
業種 卸売業
法人番号 3013201014970
事業内容 映像ソフト・書籍・雑誌の販売
POSシステムの販売、店舗備品の販売
衛星放送番組の企画、制作、運営
ホテルをはじめとしてインターネットシステムやインバウンド対策商材の販売及びコンテンツの提供
著作権、ノウハウその他無体財産権の取得、利用、管理及び仲介業
代表者 菊田昌史(代表取締役社長)
資本金 1,000万円
主要株主 株式会社トップ・パートナーズ 100%



 


 

日本コロムビア

日本コロムビア株式会社(にっぽんコロムビアNIPPON COLUMBIA CO., LTD.)は、日本レコード会社である。

 

ロゴ

 

 

市場情報 非上場(以下は過去のデータ)
東証1部 6791
1949年5月16日 - 2017年7月27日
略称 コロムビア
本社所在地 日本の旗 日本
107-0062
東京都港区南青山6丁目10番12号
フェイス南青山
設立 1910年明治43年)10月1日
業種 情報・通信業
法人番号 2010401022656 ウィキデータを編集
事業内容 オーディオ・ビデオソフト等の制作、宣伝、販売、音楽アーティストのマネジメント
代表者 阿部三代松(代表取締役社長)
資本金 10億円
発行済株式総数 1,351万2,870株
売上高 連結:140億20百万円
単独:131億59百万円
(2017年3月期)
純資産 連結:39億23百万円
単独:31億39百万円
(2017年3月31日現在)
総資産 連結:97億63百万円
単独:86億71百万円
(2017年3月31日現在)
従業員数 連結:228名 単独:165名
(2017年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 (株)フェイス 100%
(2017年8月1日現在)

 

 

概説[編集]

1910年明治43年10月1日神奈川県橘樹郡川崎町(現在の川崎市川崎区)で日本蓄音機商会として設立された老舗レコード会社である。1927年昭和2年)から米国コロムビア・レコード社とは提携関係にあり、ソフトはもとより、レコード盤や蓄音機の技術面での輸出入が行われていた。1928年昭和3年)に日本コロムビアへ改称。戦時中は日蓄工業に改称したが、1946年(昭和21年)に再び日本コロムビアに変更した。1960年代までビクタートーキングマシンRCAビクター)[注釈 1]コロムビア・レコードの米国2強によってレコード盤カッティング録音)・蓄音機(再生)技術双方の開発が競われており、日本コロムビアはLP盤による邦楽作品をいち早く売り出した。

戦後、主に演歌歌謡曲伝統芸能・学校音楽教材のレコード制作・発売が中心であったが、1960年代中盤以降はグループ・サウンズアニメ特撮等の子供向け番組のアニメソング、1970年代中盤以降はアイドル歌謡曲分野にも進出した。一方で米国コロムビア・レコード1967年(昭和42年)6月30日付を以って提携解消、その翌年6月30日を以って輸入発売権、および一部の邦楽におけるCBSレーベルの使用権に伴う猶予期間もそれぞれ失効したため(#コロムビアレコードの商標を参照)、洋楽ロックバンドポップスなど)のラインナップは大幅に減少し、現在では自社プロデュース或いは発売権取得によるクラシック音楽ジャズ演奏を中心とした少数派に留まっている。2002年(平成14年)の現社名への変更以来、1990年代中ごろより不採算部門と言われたJ-POPへ力を入れている。

昭和期には、美空ひばり石川さゆり島倉千代子都はるみ藤山一郎舟木一夫らの演歌・歌謡曲の大御所が多数所属し、ビクター音楽産業東芝EMIテイチクエンタテインメントと市場を二分する程の勢いがあった。一方、J-POP部門はそれらレコード会社やソニー・ミュージックポニーキャニオンエイベックスなど新興勢とは相反して、ゴダイゴ中村雅俊榊原郁恵松山千春ザ・コレクターズ、平成期以降はthee michelle gun elephantピチカート・ファイヴ毛皮のマリーズなど、ファン層が比較的限定されたアーティストで占められていた。

1947年(昭和22年)に傘下となった日本電気音響(ブランド名・DENONデンオン(デノン)))は、放送局向けに供給していたMC(ムービング・コイル)型カートリッジ「DL-103」を1964年(昭和39年)ごろに一般オーディオ市場に流通させたことをきっかけとして、以後デンオン(デノン)ブランドによるコンポーネント機器を発売した。1972年(昭和47年)ごろには、NHK技研との共同開発による世界初の実用PCMデジタルレコーダー(DENON「DN023R」)によるデジタル録音・LP盤発売を実施するなど、ソフトとハードを兼ね備えていたメーカーとしての顔も見せていた。しかし後述の経営再建策により、2001年(平成13年)にデノン(後のデノン コンシューマー マーケティング)として分社化され、その後の日本マランツとの経営統合により、高級志向に特化したオーディオ機器メーカーとして事業を行っている。

1992年(平成4年)ごろに、ANIMEXレーベル内の特撮音楽(旧ブラジルレコード)とアニメソング一部作品の制作・発売元を株式会社フォルテ・ミュージックエンタテインメント(Forte Music Enterprise、FME)に分社化し[注釈 2]、ディレクターが独立。しかし、1996年(平成8年)ごろに債務超過に陥り会社が清算されたため、コロムビアが同社の音源を買い上げるかたちで収束している。

旧来は日立製作所筆頭株主である日立グループの一社で、第一勧銀グループ社長会である三金会でも旧財閥に属さぬ「勧銀15社」で、民族(国内)資本の名門レコード会社であった。後述の2001年(平成13年)に実施された経営再建に伴うグループ外企業からの出資・経営支援により、みずほグループ日立グループの系列から脱退[注釈 3]している。2012年平成24年)現在の主要取引銀行は三井住友信託銀行である。フェイスグループ入り以前は三菱東京UFJ銀行であった[注釈 4]

かつて関係があった米国コロムビア・レコードハリウッドの大手映画スタジオであるコロンビア映画は、英語では同一表記であるが、両社間は元々関わりがなかった。しかし、ソニーによる買収により1990年(平成2年)以降はソニーグループに属している。

経営母体の変遷[編集]

リップルウッドによる買収[編集]

平成期に入ると、小室ブームの牽引により売上シェアが急激に拡大したエイベックスの様にミリオンセラーを誇るキラーアーティストの不在に加え、他社と比べて積極的ではなかったJ-POP部門で、THE YELLOW MONKEY(→ファンハウスへの移籍を経てその後の再結成と同時に古巣のコロムビアに回帰)・HOUND DOG(→SMEJ)・観月ありさ(→avex tune)ら、当時のオリコンチャートに入る複数の有力アーティストが1997年(平成9年)前後に所属事務所側の意向によって他社へ移籍すると、代わりの新人アーティスト発掘に出遅れたこと、演歌・歌謡曲部門では、2000年(平成12年)デビューの氷川きよしを除いてヒット曲に恵まれなかったこと等による売り上げ減少が続き次第に経営不振に陥った。

このため、経営再建のスキームとして2001年(平成13年)5月に日立製作所と主力取引銀行(第一勧銀三和銀など)の意向により、経営権を企業再生ファンドであるリップルウッド(RH)の手に委ねた。

これと前後して、J-POP部門を1998年(平成10年)に分社化した株式会社ヒートウェーブ(HEAT WAVE)が2001年(平成13年)3月に債務超過に陥り、清算後にコロムビアに吸収されている。同年8月にはレコーディングスタジオを兼ねた赤坂4丁目の本社屋の不動産を売却し、六本木移転まで賃借する形式をとった[注釈 5]

そして同年10月1日に、先ず音響機器部門をデノンとして分社化(日本コロムビア完全子会社)。即座にリップルウッド中間持株会社の「ニューデノン」(98%・59億円出資)と日立(2%・1億円出資)に、デノン持株分を日本コロムビアが売却することで60億円を調達。さらに事業分割後の日本コロムビアは、同日に第三者割当増資によって65円の優先株を9230.8万株発行し、匿名組合出資ファンド「リップルウッドニッポンコロムビアパートナーズ」(リップルウッドが8割、第一興商三菱商事が残りの1割ずつ出資)に対して83%、日立製作所に13%を割り当て、投資ファンド筆頭株主(全体の41.66%出資)となる。この時点で日立製作所の持株比率が全体の2割強となり、外資主導の資本構成となる。なお、日立へ累積債務の引換として41億円相当の普通株が割り当てられた[1]

100億円規模の資金調達が実現した結果、財務状態は健全化。当時の株価が200円前後で推移したため、普通株に転換できればこの時点でリップルウッドに含み益が発生しているが、2002年(平成14年)7月にも、リップルウッドを主な引受先とする68億円分の普通株発行により資本を増強している。

リップルウッドは、2002年(平成14年)にデノン日本マランツ株式移転経営統合)によって設立したディーアンドエムホールディングスの株式保有を続け、2008年(平成20年)にベインキャピタルへ売却したことにより、126億円という莫大な譲渡益(キャピタルゲイン)を得ることになった。

経営改革の成果と業績の低迷[編集]

RHの方策により、アメリカのBMGエンタテインメントで会長職を歴任したストラウス・ゼルニックが代表取締役会長に内定し、ソニー・ミュージックプロデューサーBMGファンハウス(現:ソニー・ミュージックレーベルズ)副社長を歴任した元サディスティック・ミカ・バンドのメンバーであった松村克己(ジャック松村)と、ビーイングでプロデューサーをしていた中島正雄取締役として招致した。RHへ経営権が移る2001年(平成13年)10月1日付けで松村が代表取締役CEOに就任する新体制が築かれた。

これよりJ-POP部門のアーティスト育成に本格的に乗り出すとされたが、2002年(平成14年)8月に松村は心不全により48歳で急逝し、CEOは中島に交代となった。そして2002年(平成14年)10月に55年間親しまれてきた「日本コロムビア」から、「コロムビアミュージックエンタテインメント」へ社名変更された。

まず社名変更後の同年10月末に一青窈のデビュー作として発売された『もらい泣き』が、ロングセールスとオリコンチャートトップ5へのランクインを記録した。それ以降も2003年(平成15年)の木村カエラのデビューや、氷川きよし等既存アーティスト作品の安定した売上に加え、演歌アニメソング分野でのベスト盤の発売、虫プロダクションの旧作アニメや中部日本放送昼ドラマキッズ・ウォーシリーズのDVDソフト化を次々と行うなどの施策によって売上は微増傾向となっていく。

なお、2005年(平成17年)までの間に、コロムビア音響工業、旧日本コロムビアライブハウス事業と位置づけられていた株式会社エッグマンShibuya eggman運営) 、コロムビアデジタルメディアの3子会社を企業買収ファンドを営むパインリッジ株式会社へ売却した。売却後もコロムビア健康保険組合の事業主を構成しているため、旧日本コロムビアグループとして括られている。

経営再建途上の2007年(平成19年)以降、レコード会社業界全般で音楽配信のシェアが急速に拡大し、CDメディアの売上が縮小する状態に陥る。コロムビアもその影響を受けて売り上げが再び減少。これに伴い、制作部門を含めた数百人規模の社員希望退職者募集に加え、売上不振となっているアーティストとの所属契約を期間満了で更新させずに退かせるなど、大胆なリストラを行った。

2007年(平成19年)にはTDK子会社で映像ソフトを中心とした制作・販売を行う「TDKコア」を15億円で買収し、2008年(平成20年)にクリエイティヴ・コアへ社名変更した。映像ソフト分野については事業統合するも、飛躍的な事業拡大へは至っていない。

株価についても、2008年(平成20年)以来100円前後から徐々に下落した。特に世界金融危機によって株式市場全体で株安傾向が強まっていた2009年(平成21年)2月22日には年初来最安値の16円を記録した。その後は2009年3月期決算が悲観的ではなかったため40円台まで回復したものの、継続企業の前提財務諸表に付記され、2009年(平成21年)9月以降は25円-30円台という低水準で推移するといった厳しい経営状態が続く。

企業年金への取り組み[編集]

2009年(平成21年)に日本航空の再建問題で挙がった確定給付型企業年金の積立金不足問題に関連して、2009年(平成21年)12月9日の日経新聞朝刊9面(企業欄)に、コロムビアの給付債務の不足金(約41億円)に自己資本(約8億円)を割ると不足額比率が489%となり、上場企業では最悪であることが掲載された。この時期に、OBに対して給付額の減額交渉を行い、大半の同意を得たことが同月11日付記事で掲載された。企業年金の給付額削減の妥結を見いだした事例として、2010年(平成22年)3月22日号の日経ビジネスにも特集記事として詳述されている。

フェイスによる買収[編集]

2010年(平成22年)1月、コンテンツ配信サービス企業の (株)フェイス は、2001年(平成13年)10月以来筆頭株主で経営権を握っていた、RHJインターナショナルが組成した「リップルウッドニッポンコロムビアパートナーズ」から、コロムビアミュージックエンタテインメントの発行株式(合計31.39%)を取得すると発表[2]。これにより、フェイスはコロムビア筆頭株主となり、持分法適用会社として同社グループ入りとなった。

なおこの結果、CEOをはじめとする現職の取締役が全て退任し、フェイスグループから派遣された役員による新経営陣への刷新が、同年4月6日に行われた臨時株主総会および同年6月の定期株主総会で承認され、フェイス創業者の平澤創が取締役会長に、代表執行役社長COOに原康晴(前副社長、旧日本コロムビアで営業畑を歩んできた生え抜き)が就任。社外取締役社外監査役はほぼフェイス側の役員が兼任する形となった。

一方、日立製作所2009年(平成21年)9月と2010年(平成22年)2月以降、徐々に保有しているコロムビアの株式を売却していることがEDINETでの5%ルールによる大量保有報告書(変更報告)の提出[3] によって明らかとなっている。

フェイスは2014年(平成26年)3月に株式公開買付けの結果、出資比率を50%超とし、コロムビアを子会社とした[4]

2017年(平成29年)8月、フェイスは株式交換によりコロムビアを機能(完全)子会社化し[5]、2021年2月1日に本社をフェイスの東京オフィス内に移転した[6]

コロムビアの原点回帰[編集]

2010年(平成22年)5月、創業1世紀(100周年)を迎える同年10月1日に、正式社名とツインノーツの社章・ロゴタイプ日本コロムビア株式会社にっぽんコロムビア、旧社と同じ。英名:NIPPON COLUMBIA CO., LTD.)に戻す(法制上は“社名変更”)ことを発表した[注釈 6]。旧社名に戻すのは、2002年10月1日付でコロムビアミュージックエンタテインメントに社名変更して以来8年ぶりである。そして、同年10月1日に社名変更が実行された。社章のシンボルカラーについては、2002年(平成14年)9月までの黒色ではなく、CME時代の青色を継承する。

理由としては、同年に筆頭株主(支配株主)が約10年振りに外資ファンドから国内企業に異動したことや、現在グループ内での主な事業が音楽・映像ソフト主体から映像・ゲーム関連へと拡大したことにより、社名にミュージック(音楽)を付けるのは現状にそぐわないとの判断が現経営陣によってされた結果による。

コロムビアレコードの商標[編集]

日本コロムビアは創業当初から1960年代まで、英EMIコロムビア・レーベルのソフトと米コロムビア・レコードの日本での発売権を持っていたが、前者は1962年(昭和37年)に当時の東芝音楽工業(現:ユニバーサル ミュージック合同会社)に移籍し、後者は1968年(昭和43年)にソニーと旧米コロムビア・レコードの母体であるCBSCBSレコード)との合弁で設立されたCBS・ソニーレコード(後のソニー・ミュージックエンタテインメント)設立により移管され、現在はソニー・ミュージックエンタテインメント(SMEJ)の機能子会社ソニー・ミュージックレーベルズ(SML)が発売元となっている。

日本コロムビアはこれ以降、日本での『ツインノーツ』(16分音符の2連符)マークと、レコードなど音楽ソフトにおける『コロムビア』(COLUMBIA)の商標(登録番号・第318664号ほか)のみを残す形となった。それでも、ソニー・ミュージックエンタテインメント (米国)SME)発売によるコロムビア・レコードレーベル商品の輸入盤については、輸入発売元が先述同様、ソニー・ミュージックレーベルズ(2014年3月31日以前はソニー・ミュージックジャパンインターナショナル(SMJI))ではあるが、日本コロムビア(またはコロムビアミュージックエンタテインメント)の社名ロゴと商標承認の文字が記載されたシールが貼付され、同社はライセンス料を得る形となっている。

なお、米国コロムビア・レコードのレーベルのマークは、上述のような商標権利上の関係から、かつての日本コロムビアの社章でもあった“ツインノーツ”(旧社は黒色、新社は紺色)ではなく、旧母体であるCBSの「目玉マーク」をアレンジしたもの(通称:ウォーキング・アイ)が用いられ、2000年代からは日本コロムビアと同一の商標ロゴであった「COLUMBIA」の字体(プロポーション)を縦長に改変して区別している。SMEJではマークと同様商標権利上の関係から、表記を『コロンビア・レコード』としている。

また、SME傘下のコロムビア・レコードのクラシックレーベルとして1990年代に設立された「ソニー・クラシカル」は、コロムビア・レコードの“ツインノーツ”の代わりに、新たにデザインされた『赤地に2連符の白抜きを模ったロゴ』とSONYロゴタイプを併記したマークを使用している。

プレス設備[編集]

2000年代中盤まで、自社でCDDVD等ディスクメディアの大規模なプレス工場「川崎工場」(神奈川県川崎市川崎区港町)を保有する数少ないレコード会社であった(他にはJVCケンウッド・ビクターエンタテインメント東芝EMI(後のトエミ・メディアメモリーテック)、テイチク(プレス事業は撤退)など)。2005年(平成17年)にプレス工場をコロムビアデジタルメディア(CDM) と子会社を設立したうえで、土地は株式会社原弘産下関市)、建物は企業買収ファンドのパインリッジ株式会社へ売却された。

その後も生産活動を行っていたが、2007年(平成19年)7月ごろに川崎港町から静岡県焼津市東名高速道路沿いにあるソニーDADCジャパン静岡工場大井川(DADJ-O)(現・ソニー・ミュージックソリューションズ 大井川プロダクションセンター)敷地内に拠点を移転。会社名をCDMパートナーズへと変更したものの、2009年(平成21年)に従業員による破産申し立てにより倒産している。

川崎工場跡地には、京浜急行電鉄大和ハウス工業の開発による大規模分譲マンションリヴァリエ」(建設時の仮称:川崎港町プロジェクト)が建てられた。

なお川崎工場の最寄り駅だった京急大師線港町駅は、1932年(昭和7年)の開設(臨時乗降場からの昇格)から1944年(昭和19年)まで「コロムビア前駅」だった。これが縁で、2013年3月1日、港町駅構内に川崎工場の歴史を辿るフロアが新設され、同駅の発車メロディ美空ひばりの代表曲『港町十三番地』が採用された。駅構内には同曲の歌碑も設置されている。

2021年(令和3年)現在、日本コロムビアの各種パッケージメディアの生産委託に関しては音楽テープを除き、ソニー·ミュージックソリューションズ·メモリーテック(クラシック、ジャズ、UHQCD商品など)·JVCケンウッド·クリエイティブメディア(主に幼児作品のDVD)が担当している。