鶴我の考察・感想・言葉の息吹を吹き込む日々の呟き。

自然・宇宙・日本の歴史に心赴くままに穏やかに情熱を大事に謙虚と感謝を忘れずに好奇心を持って生きてく男の記録。

アニメーション制作会社の記入。第四章。[アニメ会社と関連する企業を記す日記。] 其之拾壹

 

 

 

スタジオ サインポスト

 株式会社スタジオ サインポストSt.Signpost.CO.,Ltd.)は、日本アニメ制作会社。株式会社ぴえろの子会社。日本動画協会準会員。

 

本社所在地 日本の旗 日本
167-0021
東京都杉並区井草二丁目19番5号
森田ビル
座標北緯35度43分37.9秒 東経139度37分13.5秒
設立 1959年3月10日

 


 

沿革[編集]

1959年3月10日に設立された雑誌広告代理店が、1989年にアニメーション制作事業を開始し[1]1993年4月12日株式会社スタジオ旗艦(スタジオきかん)として改組。初代代表取締役は日本シネテレビコーポレーション出身の実写映画プロデューサーである草野啓二。役員として、竜の子プロダクション出身でスタジオユニコーンを率いていた栃平吉和が加わった。同年に放送開始した『しましまとらのしまじろう』などの一般向けアニメと並行して、アダルトアニメも制作していたが、1996年にはアダルトアニメ事業を切り離して分社化。関連会社として有限会社アームスを設立した。2008年ぴえろのグループ会社となり、以後はぴえろからの全話グロス請けを中心に活動するようになった。同年9月に東京都中野区上鷺宮から練馬区へ移転。2009年10月1日付で、株式会社ぴえろプラスPIERROT PLUS Co.,Ltd.)に商号を変更した。アームスの代表取締役である清水修が社長を兼務し、草野は会長に異動。元請け作品ではstudioぴえろ+スタジオぴえろプラス)のブランドを使用することがあるが、多くはぴえろプラスとクレジットされた。2019年9月20日株式会社スタジオ サインポスト(登記上は空白が入らない)に商号を変更代表取締役にはぴえろより制作の萩野賢が就任した。

 

 

作品履歴[編集]

テレビアニメ[編集]

元請制作[編集]

開始年 放送期間 タイトル 名義 共同制作
1993年 12月 - 2008年3月 しましまとらのしまじろう スタジオ旗艦 ビックウエスト
1994年 4月 - 1995年3月 カラオケ戦士マイク次郎  
超くせになりそう
2009年 10月 - 2010年3月 テガミバチ ぴえろプラス
2010年 4月 - 2012年3月 しまじろう ヘソカ
10月 - 2011年3月 テガミバチ REVERSE
2011年 1月 - 2012年3月 べるぜバブ[6]
2012年 しまじろうのわお!
2014年 7月 - 9月 さばげぶっ!
2015年 4月 - 6月 レーカン![7]
2016年 鬼斬
6月 - 9月 不機嫌なモノノケ庵
2018年 4月 - 6月 魔法少女 俺
7月 - 9月 深夜!天才バカボン
2019年 1月 - 3月 不機嫌なモノノケ庵 續
4月 - 6月 群青のマグメル[8]
2020年 1月 - 3月 織田シナモン信長[9] スタジオ サインポスト
4月 - キングダム 第3シリーズ[10] ぴえろ

制作協力[編集]

スタジオ旗艦[編集]

ぴえろプラス[編集]

OVA[編集]

一般OVA[編集]

18禁OVA[編集]

劇場アニメ[編集]

  • しまじろうの大冒険 昆虫の国のおともだち (2002年)
  • しまじろうと海賊船 (2002年)
  • しまじろうとふしぎがもりのひみつ (2002年)
  • しまじろうの星空大冒険〜ドーナツ星をさがせ〜 (2003年)※プラネタリウム上映作品
  • ROAD TO NINJA -NARUTO THE MOVIE- (制作元請:ぴえろ、制作協力、2012年)

映像教材[編集]

ウェブアニメ[編集]

 

 

 

Company's Profile
  • 会社名
    株式会社スタジオ サインポスト(英語表記 St.Signpost.CO.,Ltd.)
  • 所在地
    167-0021 東京都杉並区井草2-19-5 森田ビル
  • 代表者
    代表取締役 萩野 賢
  • 会社設立
    1959年3月10日
  • 資本金
    10,000,000円
  • 年商売上
    1,160,000,000円(2018年度)
  • 従業員数
    41人(2019年6月現在)
  • 事業内容
    映像物の企画・制作(主にアニメーション映像の制作)
  • 主要取引先
    株式会社ぴえろ
    株式会社ジェンコ
  • 取引銀行
    三井住友銀行吉祥寺支店
    巣鴨信用金庫練馬支店
    りそな銀行練馬支店
  • 一般社団法人
    日本動画協会 準会員
 
Access
  • 住所
    〒167-0021 東京都杉並区井草2-19-5 森田ビル
  • 連絡
    TEL:03-5311-2340 FAX:03-3395-6685
  • お問い合わせ

 


 

 

 

 

ソニー・ピクチャーズ アニメーション

 ソニー・ピクチャーズ アニメーションSony Pictures Animation)は、ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントの子会社。2002年に設立されたこの企業は、コンピュータグラフィックを用いたアニメを制作している[1]。視覚効果およびCGによるキャラクター・アニメーションはソニー・ピクチャーズのソニー・ピクチャーズ・イメージワークスが制作している。SPAは、イメージワークスのアニメーション映画『チャブチャブス』の成功を受けて立ち上げられた。SPAが初めて全面的に制作を始めたのは2006年9月26日に公開された『オープン・シーズン』。同社製作作品の冒頭でSPAのロゴが表示される際の音楽は、ジェームズ・ニュートン・ハワードが作曲したものである。

 

Sony Pictures Animation 2018 logo.svg

本社所在地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カリフォルニア州カルバーシティ
設立 2002年5月9日
事業内容 CGアニメーション製作

 

 

映画[編集]

長編映画[編集]

# タイトル 邦題/原題 公開日 日本公開日 製作費 興行収入 RT MC
1 オープン・シーズン
Open Season
2006年09月29日 2006年12月09日 $85,000,000 $197,309,027 48% 49
2 サーフズ・アップ
Surf's Up
2007年06月08日 2007年12月15日 $100,000,000 $149,044,513 78% 64
3 くもりときどきミートボール
Cloudy with a Chance of Meatballs
2009年09月18日 2009年09月19日 $100,000,000 $243,006,126 87% 66
4 スマーフ
The Smurfs
2011年07月29日 2011年09月09日 $110,000,000 $563,749,323 22% 30
5 アーサー・クリスマスの大冒険
Arthur Christmas
2011年11月23日 2011年11月23日 $100,000,000 $147,419,472 92% 69
6 ザ・パイレーツ! バンド・オブ・ミスフィッツ
The Pirates! Band of Misfits
2012年04月27日 2012年08月24日(字幕版)
不明(吹替版)
$55,000,000 $123,054,041 86% 73
7 モンスター・ホテル
Hotel Transylvania
2012年09月28日 2012年09月29日 $85,000,000 $346,903,784 45% 47
8 スマーフ2 アイドル救出大作戦!
The Smurfs 2
2013年07月31日 2013年08月16日 $105,000,000 $347,545,360 14% 34
9 くもりときどきミートボール2 フード・アニマル誕生の秘密
Cloudy with a Chance of Meatballs 2
2013年09月27日 2013年12月28日 $78,000,000 $274,325,949 71% 59
10 モンスター・ホテル2
Hotel Transylvania 2
2015年09月25日 2016年02月20日(劇場公開)
2016年03月23日(ブルーレイ&DVD)
$80,000,000 $469,236,793 55% 44
11 グースバンプス モンスターと秘密の書
Goosebumps
2015年10月16日 2017年01月07日(未体験ゾーンの映画たち2017)
2017年02月17日(DVD)
$58,000,000 $150,170,815 76% 60
12 スマーフ スマーフェットと秘密の大冒険
Smurfs: The Lost Village
2017年04月07日 2017年10月07日 $60,000,000 $196,175,413 38% 40
13 絵文字の国のジーン
The Emoji Movie
2017年07月28日 2018年02月17日(劇場公開)
2018年03月14日(ブルーレイ&DVD)
$50,000,000 $216,999,423 9% 12
14 ザ・スター はじめてのクリスマス
The Star
2017年11月17日 2018年10月03日(ブルーレイ&DVD) $20,000,000 $61,406,801 44% 42
15 ピーターラビット
Peter Rabbit
2018年02月09日 2018年05月18日 $50,000,000 $351,266,433 64% 51
16 モンスター・ホテル クルーズ船の恋は危険がいっぱい?!
Hotel Transylvania 3: Summer Vacation
2018年07月13日 2018年10月19日 $80,000,000 $528,583,774 61% 54
17 グースバンプス 呪われたハロウィーン
Goosebumps 2: Haunted Halloween
2018年10月12日 2019年04月24日 $35,000,000 $93,320,380 46% 53
18 スパイダーマン: スパイダーバース
Spider-Man: Into the Spider-Verse
2018年12月14日 2019年03月08日 $90,000,000 $375,494,587 97% 87
19 アングリーバード2
The Angry Birds Movie 2
2019年08月09日 2020年01月31日 $65,000,000 - - -

 

 


 

 

ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント

(米国)

ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント・インクSony Pictures Entertainment Inc.、SPE)は、ソニー・ピクチャーズ(Sony Pictures)として知られるアメリカのエンターテインメント会社。カリフォルニア州カルバーシティに本社を置く。日本企業ソニーグループのひ孫会社にあたり、ソニー・エンタテインメントの直接子会社。

コロンビア映画トライスター映画などソニーグループ系列の映画・テレビ番組の制作・配給会社を傘下におさめる。CEOはアンソニー・ヴィンシクエラ。

ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント・インク
Sony Pictures Entertainment Inc.

Sony Pictures logo.svg

 カリフォルニア州カルバーシティのソニー・ピクチャーズ・スタジオ

 カリフォルニア州カルバーシティのソニー・ピクチャーズ・スタジオ

 

 

本社所在地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カリフォルニア州カルバーシティ
設立 1987年 コロンビア・ピクチャーズ・エンタテインメントとして設立
事業内容 映画制作、配給
代表者 アンソニー・ヴィンシクエラ
売上高 91億3300万USドル(2017年度)
従業員数 9,500人
所有者 日本の旗 ソニーグループ
主要株主 ソニー・エンタテインメント
ソニーグループ株式会社 100%)

 

 

略歴[編集]

1987年、ザ コカ・コーラ カンパニーコロンビア映画、トライスター映画などの映像エンターテインメント事業をスピンオフし、その統括会社としてコロンビア・ピクチャーズ・エンタテインメント(Columbia Pictures Entertainment Inc.)を設立した。1989年にソニーが48億ドルで買収。1991年に現社名に変更した。買収当初はヒット作に乏しく、巨額の赤字を計上したが、1990年代後半から復調傾向を見せ、近年では米国市場で常に上位のシェアを占めている。2014年、ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントへのハッキング事件が起きた。

 

 

傘下の主要企業[編集]

ソニー・ピクチャーズ・モーション・ピクチャー・グループ[編集]

 


 

ソニー・エンタテインメント

 ソニー・エンターテインメントSony Entertainment)は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨークに本社を置く、グローバル・エンターテイメント企業である。日本のソニーグループの子会社である、ソニー・コーポレーション・オブ・アメリカの子会社。コロンビア映画などを所有するソニー・ピクチャーズソニー・ミュージックなどを展開している。

ソニー・エンターテインメント
Sony Entertainment, Inc.

Sony logo.svg

子会社
事業分野 映画、テレビ、ミュージック
設立 2012年
創業者 平井和正
本社
事業地域
世界の旗 世界
所有者 日本の旗 ソニーグループ(100%)
従業員数
18,000人
親会社 アメリカ合衆国の旗 ソニー・コーポレーション・オブ・アメリカ(100%)
子会社 ソニー・ピクチャーズ
ソニー・ミュージック

 

 

概要[編集]

2012年3月30日に、ソニー・ピクチャーズ・エンターテインメントの共同議長兼CEOであるマイケル・リストンは、ソニーアメリカのCEOに任命された[2]

合併騒動[編集]

2016年12月にソニーが映画事業であるソニー・ピクチャーズ・エンターテイメントとPlayStationなどのゲーム事業であるソニー・インタラクティブエンタテインメントを統合(合併)することで米国事業の再編を検討していることが報告され[3]、一部の米国新聞の報道によると、このような再編はソニー・ピクチャーズをソニーインタラクティブのCEOであるアンドリュー・ハウスのもとに置いていたが、ハウスはソニーの映画スタジオの運営を引き継いでいなかった。また、資料によると、ソニーは翌年(2017年)の3月の会計年度末までにテレビ、映画、ゲーム事業の合併について最終決定を下す予定だっが、2017年のソニーからの公式発表で、映画とゲーム部門の合併はしなかった[4]

2019年7月17日、ソニーは、ソニー・ミュージックエンタテインメントとテレビ部門のSony / ATV Music Publishingを統合してソニー・ミュージック・グループを設立すると発表し、合併は2019年8月1日に完了した[5][6][7]

利益[編集]

2019年時点で、ウォルト・ディズニー・カンパニーユニバーサル・スタジオを所有するNBCユニバーサルコムキャスト)、ワーナー・ブラザースを所有するワーナーメディアAT&T)、パラマウント映画バイアコム)と並んで、利益を出している多国籍のエンターテインメント企業となっている。

部門・子会社[編集]

ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント[編集]

ソニー・ピクチャーズ・モーション・ピクチャー・グループ

ソニー・ミュージック・グループ

 



 

ソニー・ミュージックエンタテインメント

(米国)

ソニー・ミュージックエンタテインメントSony Music EntertainmentSME、通称:ソニー・ミュージックSony Music)は、アメリカのグローバル音楽企業である。日本のコングロマリットであるソニーグループが所有しており、ソニー・コーポレーション・オブ・アメリカが所有するソニー・ミュージック・グループの一部である。

ソニー・ミュージックエンタテインメント
Sony Music Entertainment

Sony Music logo.svg

 

本社所在地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニューヨーク州ニューヨーク市
設立 1888年コロムビア・フォノグラフとして)
業種 音楽ソフトの企画・制作・製造・販売など
代表者 ロブ・ストリンガー(CEO

 

特記事項:現法人は、2004年8月、ソニーBMG・ミュージックエンタテインメントとして設立。旧ソニー・ミュージックエンタテインメントソニー・ミュージックホールディングスに改称(2008年12月)して、現法人の直接の親会社となっている。

 

概要[編集]

2004年、ソニーベルテルスマングループの合弁(パートナーシップ)によりソニーBMG・ミュージックエンタテインメント(Sony BMG Music Entertainment)として発足。ソニーグループのSony Music Entertainment(旧CBSレコード)とベルテルスマングループのBMGの音楽事業を当社の下に統合した。2008年、ソニーベルテルスマンの持分を取得して完全子会社化し、社名をソニー・ミュージックエンタテインメントSony Music Entertainment)とする。

ユニバーサル ミュージック グループワーナー・ミュージックと共に、いわゆる音楽事業会社の"ビッグスリー"の一つである。

沿革[編集]

CBSレコード[編集]

BMG[編集]

ソニーBMG[編集]

ソニー・ミュージック[編集]

レーベル[編集]

経営者[編集]

NBCのCOOだったアンドリュー・ラック(Andrew Lack)は、2003年に旧ソニー・ミュージックエンタテインメントのCEOに就任した。その後合併に伴い、ソニーBMGの初代CEOに就任した。2017年4月、元ソニーCEOのハワード・ストリンガー実弟ロブ・ストリンガー英語版が就任した。

 


 

ソニー・コーポレーション・オブ・アメリカ

ソニー・コーポレーション・オブ・アメリカ (ソニーアメリカ、英語Sony Corporation of AmericaSONAM) は、アメリカ合衆国ニューヨークに本社を置く、日本のメディア・コングロマリットソニーグループの子会社。 同社の米国本社として機能し、同社の米国を拠点とする事業を管理している。 ソニー自体ができてわずか10数年の1960年2月15日にソニーの全額出資で設立された。

ソニー・コーポレーション・オブ・アメリカ
Sony Corporation of America

Sony logo.svg

本社所在地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニューヨーク州ニューヨーク市
設立 1960年2月15日
業種 電気機器
事業内容 エンターテイメントテレビ

 

 

概要[編集]

ソニー傘下の主要なアメリカ企業は、ソニーエレクトロニクスUSA、ソニー・ピクチャーズ・エンタテイメントソニー・インタラクティブエンタテインメントソニー・ミュージックエンタテイメントソニー/ ATVミュージックパブリッシングなどがある。

2016年12月、複数のメディアが、ソニーがテレビおよび映画事業を行っているソニー・ピクチャーズエンタテインメントと、ゲーム事業(PlayStation)を行っているソニー・インタラクティブエンタテインメント統合し、米国での事業の再編を検討していると報道した。 報道によると、この再編ソニー・ピクチャーズソニー・インタラクティブの当時のCEOであった、アンドリュー・ハウス支配下に置く計画だった。ある報告によると、ソニーは、テレビ、映画、ゲーム事業の合併の可能性について、2017年3月の会計年度末までに最終決定を下すとされていた 。しかし、2020年1月の時点でも、何も実現していない。

 

子会社[編集]

名前 設立 ロケーション 親会社
Sony Electronics USA Inc. 1960年2月15日 カリフォルニア州 サンディエゴ[5] ソニー・コーポレーション・オブ・アメリカ
ソニー・エンタテインメント[6] [7] 2012年 ニューヨーク市、ニューヨーク
ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント(SPE) 1991年8月7日 カリフォルニア州カルバーシティ ソニー・エンタテインメント
ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント・ジャパン(SPEJ) 1984年2月10日 日本東京都 ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント
ソニー・ピクチャーズ・モーション・ピクチャー・グループ(SPMPG) 1998年 カリフォルニア州カルバーシティ ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント
ソニーピクチャーズ ホームエンターテイメント・インク(SPHE) 1978年6月 ソニー・ピクチャーズ・モーション・ピクチャー・グループ
ソニー・ワンダー 1991年7月26日 ニューヨーク市、ニューヨーク ソニー・ピクチャーズ ホームエンタテインメント
ソニーピクチャーズテレビジョン(SPT) 1948年11月 カリフォルニア州カルバーシティ ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント
ソニー・ミュージックエンタテインメント 2008年 ニューヨーク市、ニューヨーク ソニー・エンタテインメント
ソニーATVミュージックパブリッシング 1955
ソニー・インタラクティブエンタテインメント [8] 2016年4月[9] カリフォルニア州サンマテオ ソニー・コーポレーション・オブ・アメリカ
Sony DADC US Inc. 1983 テレホートインディアナ州
ソニーモバイルコミュニケーションズ 2001年10月1日 カリフォルニア州サンマテオ[10] ソニーモバイルコミュニケーションズAB

その他の子会社[編集]


ソニー・ピクチャーズ・モーション・ピクチャー・グループ

ソニー・ピクチャーズ・モーション・ピクチャー・グループSony Pictures Motion Picture Group, SPMPG)は、ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント日本ソニーグループ傘下)内の映画配給部門を統括する持株会社である

ソニー・ピクチャーズ・
モーション・ピクチャー・グループ
Sony Pictures Motion Picture Group

Sony Pictures logo.svg

 

概要[編集]

ソニー・ピクチャーズ・モーション・グループは、1998年に、アメリカのハリウッド映画製作会社ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントの映画部門の持株会社として設立された。傘下の企業は主にコロンビア映画トライスター・ピクチャーズトライアンフ・フィルムズソニー・ピクチャーズ・クラシックス、およびソニー・ピクチャーズ・リリースである。

社名変更[編集]

2013年までコロンビア・トライスターモーション・ピクチャー・グループという社名であった。

歴史[編集]

子会社・部門[編集]

 

コロンビア映画

コロンビア映画(コロンビア・ピクチャーズ・インダストリーズ、Columbia Pictures Industries, Inc.)は、ソニー・エンタテインメントソニーグループ)傘下のアメリカ映画スタジオの一つ。「コロビア映画」と表記することもある。ソニー・ピクチャーズ・モーション・ピクチャー・グループを構成する一員である。

 

本社所在地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カリフォルニア州ロサンゼルス郡 カルバーシティ
設立 1924年1月10日
事業内容 映画
代表者 サンフォード・パニッチ(社長)
所有者 日本の旗 ソニーグループ
主要株主 ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント

 

コロンビア・ピクチャーズ・インダストリーズ
Sony Pictures Entertainment Studio.jpg

 

概要[編集]

設立[編集]

映画会社のユニバーサル社で働いていたジャック・コーン、ジョー・ブラント、ジャックの弟のハリー・コーンが自分たちの映画会社を設立しようと独立。短編映画の製作から始まり、1920年CBC Film Sales Corporationを創設。1924年CBCを「コロンビア」に改名した。

1929年の大恐慌で中小のスタジオは潰れたが、1933年から社長になったコーンと映画監督のフランク・キャプラは『或る夜の出来事』('34)、『オペラハット』('36)、『スミス都へ行く』('39)を成功させ、後発で弱小のコロンビアがメジャー会社の一つに数えられた。

1968年、コロンビアはスクリーン・ジェムズと合併。Columbia Pictures Industries, Inc.になった。

1982年アメリカの飲料大手コカ・コーラが6億9200万ドルでコロンビアを買収した。1983年トライスター・ピクチャーズがコロンビアとHBOCBSが出資して創設された。

ウォーレン・バフェットコカ・コーラへ投資した。

ソニー傘下へ[編集]

1989年には日本の家電大手のソニーが、豊富なコンテンツを入手することを目的に48億ドルで買収したが、当時の日本のバブル景気を背景にした「外国資産の買いあさり」と日米経済摩擦の時期と重なったため、この買収を巡りアメリカ国内で激しいジャパンバッシング(日本叩き)が起きた。買収当初に経営を任せたのはピーター・グーバー(Peter Guber)とジョン・ピーターズ(John Peters)だった。

当時、大手映画会社は複合企業の傘下にあった。そこのトップ、例えばスティーブ・ロス(ワーナー)やルー・ワッサーマン(MCA)、チャールズ・ブルードーン(ガルフ&ウェスタン)が超大物と目されていた。これと別の実力者としては芸能エージェンシーのトップ、例えばマイケル・オーヴィッツがいた。

コロンビアを買収したソニーは経営にオーヴィッツを招こうとしたが失敗した。ここでCBSレコードのウォルター・イエトニコフが、その年に世界最大のヒット作を製作したグーバー&ピーターズを経営者に推薦した。

イエトニコフが両者を推薦した背景には、ライバルたちの存在もあった。ソニーに買収される前のCBSはテレビ局傘下だったのに対し、デビッド・ゲフィン(ワーナー)やアーヴィング・アゾフ(MCA)は親分の筋からハリウッドにも顔が利いたし、自分の会社を持っていたため収入でイエトニコフは差をつけられていた。盛田や大賀が傍にいないため調子に乗ったともされる。

問題はグーバー&ピーターズはワーナーと五本の映画を製作する契約を済ませていたことだった。これはスティーブ・ロスの面子を潰す行為であり、ロスは報復として10億ドルの訴訟を起こした。違約金だけで7億5000万ドル以上、その他にもソニーから多くを巻き上げた。コロンビア映画とは提携してきたため、財布の中身も分かっていた。米国の世論はロスに喝采を叫んだ。ここから二人が解雇されるまでソニーは食い物にされた。

買収当初はヒット作に乏しく、巨額の赤字を計上したためにソニーによる買収が失敗だと評されたが、1990年代後半からエンターテインメント大作のヒットを複数出すなど復調傾向を見せ、近年ではシリーズ物を中心にアメリカ市場で常に上位のシェアを占めている(因みに2006年度のアメリカ国内の興行成績は、ソニーが18.6%のシェアを確保して第1位)。

現在は、ソニーの在アメリカ子会社であるソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント(SPE)の一部である。最高責任者は、SPE共同会長 兼 モーション・ピクチャー・グループ会長のエイミー・パスカル

日本映画との関わり[編集]

2017年現在、米国ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント(以下「SPE」)傘下であるコロンビア映画日本映画配給に携わった例はない[注 1]。しかし、2017年の『斉木楠雄のΨ難』以降、SPEの日本支社であるソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(以下「SPEJ」)が製作・配給する日本映画で、コロンビア映画のオープニングロゴ(後述)が使用されており、日本における両社の区別が曖昧になっている。なお、コロンビア映画とSPEJは同じソニーグループで、どちらもSPEの子会社にあたり、間接的には関係しているものの、直接的な関係性についての詳細は不明である。

オープニングロゴ[編集]


 

トライスター・ピクチャーズ

トライスター・ピクチャーズ(TriStar Pictures, Inc.、1991年までの綴りはTri-Star、トライ・スター)は、1982年コロンビア映画の子会社として設立された。現在はソニー・エンタテインメントソニーグループ)傘下にある。

TriStar Pictures.png

種類 子会社
略称 TP
本社所在地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カリフォルニア州カルバーシティ
設立 1982年
事業内容 映画製作、配給
所有者 ソニーグループ
主要株主 ソニー・ピクチャーズ・エンターテイメント
主要部門 トライスター・プロダクションズ

 

設立と変遷[編集]

1982年、慢性的に膨張する映画製作費を折半するため、当時コカ・コーラ資本下にあったコロンビア映画と、HBOCBSの共同出資によって設立された。初めて配給をした映画は『ナチュラル』。2作目には、かつてMGMが製作した『ボーイハント』をリメイクするが、こちらは興行的に失敗で終わっている。

1984年CBSが、1987年12月にHBOが事業から撤退したため、コロンビア映画が一手に引き受けることとなり、コロンビア・ピクチャーズ・エンターテイメントによって買収される。しかし、その後もトライスターとコロンビア映画の両社は、それぞれ別名義で映画製作・配給を続けていた。1989年コカ・コーラのエンターテイメント事業がソニーによって買収され、トライスターとコロンビア映画ソニー・ピクチャーズ傘下へと編入されるが、ここでも両社の名義は残されている。1998年夏、ソニー・ピクチャーズはトライスターとコロンビア映画を「コロンビア・トライスター・ピクチャーズ」として再編成するも、三たびそれぞれの部門は独自名義を残したまま映画製作・配給を継続した。2004年にトライスターは、“ジャンルごとの特色を強調する”ための製作部門として事業を再発進させている。また配給のみを担当するケースもある。2013年ソニー・ピクチャーズは、20世紀フォックスの共同会長だったトーマス・ロスマン2015年にはSPMPGの会長に就任)との合弁事業であるトライスター・プロダクションズを設立。トライスター映画の一部門となった。

 

アファーム・フィルムズ

アファーム・フィルムズAffirm Films)は、キリスト教関連の映画を専門とした、ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント(SPE)傘下の映画製作スタジオである。

Affirm Films 2014 Sony Byline.svg

本社所在地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カリフォルニア州カルバーシティ
設立 2007年
事業内容 映画製作
支店舗数 28
所有者 日本の旗 ソニーグループ
主要株主 ソニー・ピクチャーズ

 

概要[編集]

アファーム・フィルムズとは、SPEの傘下であるソニー・ピクチャーズ・ワールドワイド・アクイジションズの映画製作スタジオであり、製作以外にホームビデオの販売などもしている。アファーム・フィルムズ製作の映画は、全世界で5億6,000万ドル以上の興行収入を有しており、総収益は20億ドルを超えていると言われている。

 


ソニー・ピクチャーズ・クラシックス

ソニー・ピクチャーズ・クラシックスSony Pictures Classics)は、ソニー・ピクチャーズソニーグループ)の子会社である。アート系のインディペンデント映画を配給している。

制作作品[編集]

配給作品[編集]

 


ソニー・ピクチャーズ ホーム

エンタテインメント

ソニー・ピクチャーズ ホームエンタテインメントSony Pictures Home Entertainment、略称:SPHE)は、ソニー・ピクチャーズ・モーション・ピクチャー・グループのホームビデオ配給部門。

概要[編集]

主に、ソニー・ピクチャーズが所有する映画、日本のソニー・ピクチャーズ アニメーション作品(提携契約による)、ソニー・ピクチャーズの傘下のソニー・ピクチャーズ・モーション・ピクチャー・グループ系の映画、テレビシリーズなどをDVDBlu-ray Discで全世界に配給している。

日本市場ではソニー・ピクチャーズ エンタテインメントが発売元となっている。

 


ソニー・ピクチャーズ・テレビジョン

Sony Pictures Television, Inc.ソニー・ピクチャーズ・テレビジョン)は、ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントの子会社で、アメリカテレビ番組の制作を事業とする企業。2002年までコロムビア・トライ・スター・テレビジョンColumbia TriStar Television)という名称であったが、ソニーが買収したためブランド名が変更となった。また、ソニーは全米放送ネットワーク及び数多くのケーブルテレビ局に対してドラマのみならずトークショーリアリティ番組など多様な番組コンテンツを提供している。

 

Sony Pictures Television logo.jpg

 

 

主な制作番組[編集]

 


 

ソニーATVミュージックパブリッシング

ソニーATVミュージックパブリッシングソニー エイティーヴイ ミュージックパブリッシング、Sony/ATV Music Publishing LLC)は、ソニーグループが所有する世界最大の音楽出版社である。1995年12月ソニーアメリカ合衆国での音楽出版部門とマイケル・ジャクソンが所有するATV Music Publishingが合併して誕生した。持ち分は、マイケル・ジャクソン(ジャクソンの死後はマイケル・ジャクソン遺産管理財団)が50%、ソニー・コーポレーション・オブ・アメリカソニーの米国法人)が50%だった。2006年ソニーは、同社の実質的な経営権とジャクソンの持ち株の半分を購入する権利を獲得していた。

2007年5月には、バイアコムからエミネムダニエル・パウタービョークシャキーラなどの楽曲の版権を所有するフェイマス・ミュージック(en:Famous Music)を買収している。2012年6月29日ソニー主導の投資家グループによるEMI音楽出版事業の買収が完了、EMIミュージック・パブリッシングが保有する楽曲の管理はソニーATVに委託された。これにより、ソニーATVは200万曲以上の版権を持つ世界最大の音楽出版社になった。

2016年3月15日ソニーはMJ財団が保有するSony/ATV Music Publishingの50%の持分を取得する旨の法的拘束力を有する基本合意書を締結したと発表した。2016年9月30日に取引が完了し、同社はソニーの完全子会社となった。なお本取引には、マイケル・ジャクソンの楽曲原盤権やMijac Music社(マイケル・ジャクソン自身の楽曲版権を所有する音楽出版社)およびEMIミュージック・パブリッシングのMJ財団持分は含まれていない。

 

版権を所有している主なアーティスト[編集]

 

 


ソニー・ピクチャーズ・イメージワークス

ソニー・ピクチャーズ・イメージワークスSony Pictures Imageworks Inc.)は、ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント(以下SPE)の子会社であるアメリカ合衆国VFX制作会社。日本のソニー傘下のグループ企業であり、SPE製作の映画はもとより、他社製作の映画(『ハリー・ポッター』や『マトリックス』など)にもVFXを提供している。また、CGによるアニメーション制作も行っており、同じSPE子会社であるソニー・ピクチャーズ・アニメーションや他社の長編作品に数多く参加している。

本社はカナダブリティッシュコロンビア州バンクーバーに所在しており、アメリカ・カリフォルニア州カルバーシティにもオフィスを構えている。

ソニー・ピクチャーズ・イメージワークス
Sony Pictures Imageworks Inc.

 

Sony Pictures Imageworks logo.svg

 

 

種類 ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント子会社
略称 SPI
本社所在地 カナダの旗 カナダ
ブリティッシュコロンビア州バンクーバー
設立 1992年
業種 視覚効果
CGIアニメーション
代表者 ランディー・レイク(社長)
ミシェル・グレイディー(副社長
従業員数 1001 - 5000名
所有者 ソニーグループ
主要株主 ソニー・エンタテインメント

 

 

歴史[編集]

創業期:1992年~1995年[編集]

1992年に同社の現VFXスーパーバイザーであるジェローム・チェン(Jerome Chen)を含む5名のVFXアーティストらによって設立[3][4]。同社の最初の仕事は1993年公開の映画『スリー・リバーズ』のアニマティクス制作であり[3][4]トライスター・ピクチャーズソニー傘下の映画配給会社)の旧本社ビル内にオフィスを構えていた[4]。彼らが当時使用していたオフィスの会議室は、のちに同社初のデータセンターとなる[5]

1993年よりVFX制作を開始し、『ザ・シークレット・サービス』や『スピード』などの映画に参加。特に『スピード』では、バレ消しマットペインティングといった技術を駆使し、劇中でバスが間の空いた高速道路を飛び越える迫力あるシーンを作り上げた[3][4][5]

1995年には、インダストリアル・ライト&マジックVFXスーパーバイザーであったケン・ローストンがSPEによって招かれ、社長に就任[6][7][8]。彼の指揮のもと若いVFXアーティストが集まり、VFXスタジオとしての技術力と経営能力を高めていった[5]

成長期:1997年~2007年[編集]

1997年公開の映画『アナコンダ』ではCGによる巨大蛇を制作し、これが同社の生み出した初のフルCGキャラクターとなった[4]。また、同年に公開された『スターシップ・トゥルーパーズ』でのVFXにより、1998年第70回アカデミー賞において視覚効果賞に初めてノミネートされた[5]。その後も『スチュアート・リトル』(1999年)、『インビジブル』(2000年)において優れたVFXを生み出し、いずれもアカデミー賞での視覚効果賞にノミネート。2005年には『スパイダーマン2』(2004年)でのVFXにより、第77回アカデミー賞において初の視覚効果賞を受賞した。

また、2002年よりアニメーション制作に乗り出し、初の短編アニメ作品『チャブチャブズ』を発表。この作品は『メン・イン・ブラック2』と共に同時公開され[4]、翌2003年第75回アカデミー賞において短編アニメーション賞を受賞。2004年公開の『ポーラー・エクスプレス』では、初めてモーションキャプチャーを取り入れたフォトリアルなアニメーション制作に挑戦。この手法は『モンスター・ハウス』(2006年)および『ベオウルフ/呪われし勇者』(2007年)でも取り入れられていくことになる。

企業活動としては、2002年7月に同社の役員であったティム・サーノフ(Tim Sarnoff)が社長に就任[9]。2007年2月にインドチェンナイに制作拠点を置いていたVFX会社フレームフロー(FrameFlow)に資本参加し、同社の保有していた株式の51%を取得。同社はイメージワークス・インディア(Imageworks India)と改名され、2008年4月に新たなオフィスをチェンナイに設立した[10][11]アメリカ国内には、カリフォルニア州ノヴァトおよびニューメキシコ州アルバカーキに制作オフィスを設立している。

転換期:2009年~2016年、現在[編集]

2009年にサーノフが社長の座を退き、会社を去った。2010年7月にはインダストリアル・ライト&マジックとファイル共有フォーマットAlembic(アレンビック)を共同開発し、SIGGRAPHにて発表。このフォーマットは異なるアプリケーション間でファイル共有を行う機能を備えており、多くのスタジオが容易に使用できるようオープンソースで開発された。2012年7月にはアルバカーキの制作オフィスを閉鎖し、続いて2014年3月にイメージワークス・インディアのオフィスを閉鎖。約100名のスタッフが解雇がされた。この閉鎖は同社のコスト削減の一環として行われたものであり、これによりイメージワークス・インディアは事実上の消滅となった。2014年には、本社を含む主要施設を、それまでのカリフォルニア州カルバーシティからカナダのバンクーバーに移転。カルバーシティには業務管理の事務所を残した。2016年1月にはランディー・レイク(Randy Lake)が社長に就任。SPEのスタジオ運営責任者と兼任することとなった2017年に設立25周年を迎え、2019年に『スパイダーマン: スパイダーバース』で第91回アカデミー賞において、同社初の長編アニメ映画賞を受賞。現在はバンクーバー本社とカルバーシティのオフィスのみに規模を縮小し運営している。

 

 


 

ゴースト・コープ

ゴースト・コープGhost Corps, Inc.)とは、日本ソニーグループの子会社であるコロンビア映画ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント)傘下の製作スタジオである。

 

種類 子会社
略称 GC
本社所在地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カリフォルニア州ロサンゼルス郡カルバーシティ
設立 2015年3月

 

概要[編集]

同社は、ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントによってゴーストバスターズ・シネマティック・ユニバースと呼ばれる映画の世界観を設定し、ゴーストバスターズのブランドを映画、テレビシリーズを製作するため2015年3月に設立された。

プロジェクト[編集]

同社の最初のプロジェクトは、女性向けのキャストによる実写リブートであり、2016年7月15日公開のポール・フェイグ監督の『ゴーストバスターズ』であった。2番目のプロジェクトである『ゴーストバスターズ/アフターライフ』という続編は、ソニー・ピクチャーズ&ゴースト・コープスによって発表され、2020年7月10日に公開予定である。

 

スクリーン・ジェムズ

スクリーン・ジェムズ(Screen Gems)は、アメリカ合衆国の映画製作会社。米ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントの一部であるソニー・ピクチャーズ・モーション・ピクチャー・グループの子会社である。親会社のものとは違う目的の映画を配給してきている。

 

Screen Gems Sony Byline.svg

 

歴史[編集]

1940年 - 1946年[編集]

10年の間、チャールズ・B・ミンツは『クレイジー・カット』、『Scrappy』、『Color Rhapsody』といった短編アニメ映画をコロンビア映画を通して配信し続けた。 1939年、ミンツは事業をやめ、スタジオをコロンビアに売った。新たなマネジメントのもと、このスタジオはスクリーン・ジェムズ(Screen Gems)という名前になった。ミンツの制作マネージャー、ジミー・ブロニスがスタジオの代表者になったが、すぐにミンツの義兄弟ジョージ・ウィンクラーに代わった。

しばらくしてコロムビアはウィンクラーを含むスタッフの多くを解雇し、新たにアニメーターのフランク・タシュリンを雇ったが、タシュリンはすぐに辞めてしまう。その後デイヴ・フライシャーが入社し、ワーナー・ブラザースからレイ・カッツとヘンリー・バインダーが入社した。このスタジオに入社したその他のアニメーターやアニメ監督には、アート・デヴィス、シド・マーカス、ボッブ・ウィッカーシャム、ボブ・クランペットなどがいる。

創成期のころのスタジオには、「Flippy」、「Willoughby Wren」、「Tito and his Burrito」といったキャラクターがあった。それらを用いた作品の中でもうまく行ったのが上品なキツネと世慣れたカラスのコンビを描いた『w:The Fox and the Crow』だった。

スクリーン・ジェムズは低予算であり続けたことで知られており、白黒漫画映画をやめたのも他のスタジオより遅かった。最後の白黒短編映画は1946年に制作された。その年にそのスタジオは閉鎖されたが、アニメーションの配信は1949年まで続いた。

スクリーン・ジェムズの作品は ウォルト・ディズニー・カンパニーフライシャー・スタジオワーナー・ブラザースMGMの作品よりも成功の度合いは小さかった。スタジオの作品は『w:Gerald McBoing Boing』や『近眼のマグー』といった批評的にも商業的にも成功を収めたアニメを作ってきたユナイテッド・プロダクションズ・オブ・アメリカ(UPA)という外部の制作会社によって引き継がれた。

1948年 – 1974年[編集]

1948年、スクリーン・ジェムズは、コロンビアのテレビ部門としてテレビ番組を提供することを再開し、いくつかの人気番組(下記参照)の製作・シンジゲーションを行い、1950年代後半には、三ばか大将(The Three Stooges)の出演作品といったコロンビア映画のテレビ放映も始めた。最初のころは ユニバーサル・スタジオホラー映画のシンジゲーションを行いホラー映画リバイバルに多大な成功を与えた。

スクリーン・ジェムズが最後に制作したテレビシリーズは1974年の ミニシリーズ『QB VII』であった。 1964年から1969年までは元子役のジャッキー・クーパーが番組部門の副部長を務めた。彼は『奥さまは魔女』のようなシリーズなどを放送局に売った。

1958年から1974年までは、プロダクションの副所長であるハリー・アッカーマンの下で、スクリーン・ジェムズは『パパは何でも知っている』、 『わんぱくデニス』、『うちのママは世界一』、『ギジェットは15才』、『奥さまは魔女』、『かわいい魔女ジニー』、『いたずら天使』、『人気家族パートリッジ』といったシットコムを配信した。また、MGMを去ったウィリアム・ハンナジョセフ・バーベラが立ち上げたハンナ・バーベラ・プロダクションの作品もこのころ配信されだした。

1950年代後半、スクリーン・ジェムズは放送事業にも力を入れるようになる。スクリーン・ジェムズはKTVX(ソルトレイクシティ)、w:WVUEニューオーリンズ)、WAPA(サン・フアン)、w:WNJU(リンデン、ニュージャージー)といった放送局や、50,000ワットクリアチャンネルであるw:WWVA(Wheeling WV)といったラジオ局を所有した。

1974年、スクリーン・ジェムズはコロムビア・ピクチャーズ・テレビジョン(以下CPT)に名前を変更した。1982年コロンビアの企業所有が変更され、コカ・コーラに買収された際も、CPT名義で商売を続けた。1980年代半ば、コカ・コーラはCPTと Embassy Communicationsを合併させてColumbia/Embassy Televisionをつくりあげ、コカ・コーラ・テレビジョンを作るためにテレビホールディングスを再編成した。いずれの会社もそれぞれのアイデンティティを持ち続けたが、1988年に再びCPTの名のもとに編成されてしまった。1989年、日本の企業であるソニーはコロンビアを買収し、1991年、コロンビア・ピクチャーズ・エンタテインメントはソニーの映画部門の子会社としてソニー・ピクチャーズ・エンタテインメントと名を変え、更にCPTとトライスター・テレビジョンは1994年にコロンビア・トライスター・テレビジョンとなった。なお、テレビ部門はソニー・ピクチャーズ・テレビジョンと名を変えた。