アニメーション制作会社の記入。第四章。[アニメ会社と関連する企業を記す日記。] 其之拾

 

 

 

 

ポニーキャニオンエンタープライズ

株式会社ポニーキャニオンエンタープライズPONY CANYON ENTERPRISE INC.)は、映像パッケージのプレス・オーサリングポストプロダクション、字幕・吹替制作などを行う日本の企業。

 

本社所在地 日本の旗 日本
〒106-0041
東京都港区麻布台2丁目3番5号ノアビル
設立 1989年6月1日

 

沿革[編集]

1989年ポニーキャニオンの子会社として株式会社ピーシープロジェクトを設立。1992年ポニーキャニオンの製造部門を併合し、現社名に改名する。2018年3月20日メモリーテック・ホールディングスが全株式を取得し、同社の子会社となる。

 

音響制作事業[編集]

録音スタジオ「P's STUDIO」(ピーズスタジオ)を持ち、音響制作事業を行っている。ポニーキャニオン子会社時代よりダックスプロダクションなど他社が音響制作を行う作品の録音も行っている。

現行スタジオ
  • P's STUDIO azabudai A/R ONE
  • P's STUDIO azabudai A/R TWO
  • P's STUDIO azabudai A/R THREE
過去に存在したスタジオ
  • P's STUDIO Shinjuku Satelite

 


ポニーキャニオン

株式会社ポニーキャニオンは、フジサンケイグループの大手映像・音楽ソフトメーカーである。通称は「ポニキャン」。フジ・メディア・ホールディングス連結子会社日本映像ソフト協会(JVA)、日本レコード協会RIAJ)の正会員であり、過去両協会に会長を輩出している。日本で最初期にミュージックテープ、ビデオソフトを販売したことで知られ、欧米メジャーに属さない独立系レコード会社としては世界有数の規模である。

Pony Canyon logo.svg

本社所在地 日本の旗 日本
106-8487
東京都港区六本木一丁目5番17号
泉ガーデンANNEX
設立 1966年10月1日
(株式会社ニッポン放送サービス)

 

沿革

1955年ニッポン放送の関連会社として設立された「株式会社ニッポン放送事業社」(ニッポンほうそうじぎょうしゃ)が前身である。1966年10月1日、当時ニッポン放送の常務だった石田達郎カーステレオの普及を見越し8トラックによるミュージックテープを販売するため、現法人「株式会社ニッポン放送サービス」(ニッポンほうそうサービス)を設立。翌1967年4月に8トラック「ポニーパック」を発売。1970年に「株式会社ポニー」と社名変更、コンパクトカセットを使用したミュージックテープ、およびビデオソフトの販売も開始した。ニッポン放送系列のレコード会社として「株式会社キャニオン・レコード」も石田が設立した。1975年に発売された「およげ!たいやきくん」が450万枚(オリコン調べ)の大ヒットを記録。1978年には九段北に新社屋を建設、通称「たいやきビル」と呼ばれた(1986年九段NPビルに移転、2012年まで一口坂スタジオが使用)。設立の経緯からキャニオン・レコードがレコードとCD、ポニーがミュージックテープとビジュアルソフトと事業分野が分けられていたが、1987年10月21日に両社は合併し「株式会社ポニーキャニオン」となった。1992年に製造部門(足立センター。ニッポン放送送信所の跡地(現:ニッポン放送足立予備送信所)にあった)と子会社のピーシープロジェクトが統合してポニーキャニオンエンタープライズとして独立した。その一方で、1994年ポニーキャニオン販売を吸収合併、本社を八丁堀に移転。2006年4月にフジサンケイグループ(FCG)の再編 が実施され、ニッポン放送の子会社からフジテレビの子会社に移行した。2007年3月にはフジテレビの全額出資による完全子会社(扶桑社も同時期に完全子会社化された)となり、2008年10月フジテレビ等のFCGに属する放送事業者各社を認定放送持株会社傘下に統合することを核としたグループ再々編に伴い、グループ統括会社であり認定放送持株会社であるフジ・メディア・ホールディングスの完全子会社となった。2009年ポニーキャニオン音楽出版PCI MUSIC設立。2011年、アミディア設立。2012年ポニーキャニオン代々木スタジオ開設。閉鎖された一口坂スタジオから機材の一部を受け継いだ。2013年ポニーキャニオン渋谷スタジオ開設。ぽにきゃんBOOKS創刊 書籍事業がスタート。2014年、エグジットチューンズ株式会社を完全子会社化。2019年、エグジットチューンズから音楽出版事業と作家マネジメント以外の全事業を、ポニーキャニオンアーティスツから声優マネジメント事業を吸収し、エグジットチューンズはエグジット音楽出版に改称。1998年より本社を虎ノ門(2020年開業の東京メトロ日比谷線虎ノ門ヒルズ駅に隣接)に置いていたが、2022年度竣工予定の虎ノ門ヒルズステーションタワーの隣接地(「都市再生特別地区(虎ノ門一・二丁目地区)」のA-4街区)にあたるため、2019年5月7日に六本木一丁目の泉ガーデンアネックスに本社を移転している。

 

2019年4月まで入居していた住友不動産虎ノ門ビル

 

事業内容

 

音響制作

2018年3月まで子会社であったポニーキャニオンエンタープライズが設置・運営するポストプロダクション「P'sスタジオ(P's STUDIO)」にてアフレコスタジオを完備し、自社が製作委員会に参加するアニメ作品のアフレコを行う他、自社グループでアニメも含めた全ての音響制作が一貫して行える体勢を整えていた。

 

 

 


 

 

ポニーキャニオンのアニメ作品

 

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フジ・メディア・ホールディングス

 株式会社フジ・メディア・ホールディングスは、日本のメディア・コングロマリットであるフジサンケイグループの事業を統括する持株会社日本で初めての認定放送持株会社である。

 

本社所在地 日本の旗 日本
137-8088
東京都港区台場二丁目4番8号
設立 1957年昭和32年)11月18日
株式会社富士テレビジョン)(開局:1959年(昭和34年)3月1日

 

 

 

概要[編集]

2008年10月1日テレビジョン放送免許を含む現業部門一切と商号を、新設会社である株式会社フジテレビジョンに分割・承継し、残った企業統括部門を現商号に変更した[6]。本社が所在するFCGビルや東京サンケイビル等一部の固定資産や、LDH(旧・ライブドアホールディングス)に対する損害賠償請求訴訟に関する権利等は、新設会社に承継せずに引き続き保有している。認定放送持株会社としては、関東広域圏をエリアとする地上波テレビ局のフジテレビ、衛星放送局のBSフジ、地上波ラジオ局のニッポン放送連結子会社にしているほか、2016年12月には系列局の仙台放送を資本集約で連結子会社化しており、放送持株会社としては初となる地方系列局の連結子会社化となる[8]。この他にもFNS系列局WOWOW日本映画放送などを持分法適用会社としている、または系列・非系列問わず多数の放送局に出資している。「フジ・メディア・ホールディングス」設立以降、テレビ局に出資していた「産業経済新聞社」「フジテレビジョン」の株式は「フジ・メディア・ホールディングス」に集約・変更されている。一部のラジオ局では「ニッポン放送」名義で出資している。

 


 

 

イージー・フイルム

 株式会社 イージー・フイルムは、かつて存在した日本のアニメーション制作会社である。英文で、E&G FILMSと表記する。

 

 

略歴[編集]

1971年から仕上げスタジオとして活動していた「有限会社イージー・ワールド・プロ」が、西ドイツで活躍したアニメーター・村田四郎を中心に作画制作部を立ち上げ、窪詔之の指導の下、「シルバーホーク」「サンダーキャッツ」「カラテカット」など、米国ランキンバス・プロのアニメーション制作を通じて徐々に作画制作部門を整備した。さらに小山信夫、大地丙太郎らとともに創立した撮影スタジオ「株式会社ラッキーモア」を吸収合併して、1988年7月に「株式会社イージー・フイルム」として発足。代表取締役社長には萩原攷司が就任し、発足時の取締役は大地と小山が務めた。

こうして作画・演出・仕上・撮影部門と一貫した制作体制が整い、テレビシリーズの製作を丸ごと下請けするグロス請けが可能となって、当初はシンエイ動画の『おぼっちゃまくん』などの制作に協力した。1990年代になると、シリーズ単位のアニメーション制作の元請けを担当できるまでに成長し、海外映画の配給を行うエノキフイルムや、テレビ東京やその子会社であるテレビ東京ソフトウェア(現:テレビ東京メディアネット)が企画したアニメーションの制作を多く担った。

本社は東京都武蔵野市西久保1丁目6番22号に置かれ、海外にはインドネシアジャカルタ現地法人ビンタン・ジュナカ・カートン・フィルム(BJCF)」を設立し、自社のテレビアニメ作品の動画・仕上げ・背景作業を可能にした。

1990年代のイージー・フイルムが手掛けた仕事の多くは、角川書店グループやキングレコードなどが企画・制作したメディアミックス企画におけるアニメ作品の制作であった。中でも同社にとって代表作となったのは、1995年から1997年にかけてのテレビアニメ『スレイヤーズ』シリーズ3部作である。中でも第1作『スレイヤーズ』・第2作『スレイヤーズNEXT』については原作ファン・アニメファン双方から高い支持を受け、文庫原作のメディアミックス作品としては異例と言われる程の大きな成功を収める人気作となった。

とはいえ、メディアミックス業界発展期の1990年代の作品は全般に企画立案から放映開始までのスケジュールが極めて短期間であり、アニメシリーズの制作も2クールの規模であっても低予算・短納期・納期厳守の実際には小規模な企画が多く、出版社などの事実上の下請けとして活動している企業にとって収益性・効率性は決して高いものではなかった。

2002年以降も他社作品の下請け作業や、アニメシアターXAT-X)の『著名作家シリーズ』など、CSのアニメ専門チャンネルの低予算・小規模な作品を中心に手がけており、最終的には2002年12月~2003年3月に放映された『バロムワン』『ワイルド7 another 謀略運河』『幻魔大戦 神話前夜の章』の三作品を最後に解散した。

 

作品リスト[編集]

イージー・フイルム時代[編集]

制作作品[編集]

下請け作品[編集]

イージー・ワールド時代[編集]

ラッキーモア時代[編集]

 


 

 

スタジオOX

 

スタジオOXとは1985年、雑誌『テレビマガジン』誌上で連載された『トランスフォーマー』のイラストを担当していた企画、制作会社。

元々はフリーライター杉田篤彦が、イラスト及びデザインをひとつの組織で請け負えるようにという考えから設立した仮の組織名であり、当初のメンバーには野中剛谷崎あきら福地仁といった面々が参加していた。1987年野中剛バンダイに入社したため、新たに鈴木典孝が参加。1988年に映画『ガンヘッド』に登場するエアロボット、及び同映画のスタッフの多くが参加していた『国際花と緑の博覧会JT館用のデザインワークに参加したことから、映像関係の仕事を中心にシフトするようになる。1991年に法人組織となり、杉田が代表取締役に就任。テレビゲームやアニメーション制作を事業の中心に据えていくが、2000年人造人間キカイダー THE ANIMATION』を機に杉田が退社。当時同社役員を務めていた松元文一(スタジオOX法人化時に東京ムービー新社より移籍)が後任として事業を引き継ぐが、2003年には事実上解体している。

 

キッズステーション

 

株式会社キッズステーションKids Station Inc.)は、三井物産ソニー・ピクチャーズ(SPEJ)による合弁会社、株式会社AK Holdings傘下で、こどもアニメ専門チャンネルキッズステーション」(KIDS STATION)を運営している衛星基幹放送事業者である。

スカパー!プレミアムサービススカパー!スカパー!プレミアムサービス光ひかりTVや、一部のケーブルテレビに加入することで視聴できる。

 

 

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本社所在地 日本の旗 日本
105-0001
東京都港区虎ノ門4-1-28 虎ノ門タワーズオフィス8F
設立 1993年4月12日

 

 

概要[編集]

1993年に配信を開始。2017年現在、衛星基幹放送事業者としてスカパー!(旧・スカパー!e2)で放送を行っているほか、スカパー!プレミアムサービスケーブルテレビ局、ひかりTVなどにも番組を提供している。スカパー!・スカパー!プレミアムサービスをはじめ、ケーブルテレビでもそのほとんどで別料金が不要なプラン/セットに含まれることから知名度は高く、2007年に視聴可能世帯数が800万世帯を突破した。そのうち、634万世帯はケーブルテレビを介して視聴している(直接受信の世帯は133万世帯)。なお、世帯数はアニマックススペースシャワーTVに次いで3番目に多い。かつては通信販売や家庭用・パソコン用ゲームソフトの開発・販売も行っていた。

 

 

 

沿革[編集]

  • 1991年4月 - 大倉商事株式会社において、当時、一財務部員だった添田弘幸のケーブルテレビ向け番組供給事業が新規事業として採用され、社内ベンチャーとしてスタートすることになり、「レモンチャンネル」の名称で1日2時間のテープ配信を始める。
  • 1993年4月 - 1日よりケーブルテレビへの番組配信をテープ配信から通信衛星JC-SAT2号機を用いたCS通信配信へ切り替え、チャンネル名を「キッズステーション」と改称した。12日に大倉商事の100%子会社のネオサテライトビジョンが設立され、以後同社により運営される。
  • 1994年8月 - 配信に使っていた通信衛星スーパーバードB号に切り替える[注 11]。しかし、1996年に再びJC-SAT2号機に切り替える。パーフェクTV!(現在のスカパー!プレミアムサービス(標準画質))開始まではCSアナログ放送のプラットホームには属さなかった。ただし、スーパーバードB号を使用していた時期はスカイポートTVの番組表に広告扱いとしてキッズステーションの番組表を掲載していた。ケーブルテレビへの配信を目的としていたため、CSアナログでの種別は「通信」であり「CSアナログ放送」用受信機器では視聴は不可能だった。ただし、ノンスクランブル通信のため「CSアナログ通信」対応受信機器で無料の視聴ができた。

 

 

製作に関わった作品[編集]

全番組の一覧は、公式サイト内のサイトマップを参照のこと。ただし、製作に関わっていながらもキッズステーション内で放送されていない作品もある。

  • 「二代目」には参加せず、放送もされていない(アニマックスで放送)。
  • 「actⅡ」は参加しておらず、放送もしていない。

 

 

 

 

タマ・プロダクション

 株式会社タマ・プロダクションTAMA PRODUCTION CO.,LTD.)は、1965年から2010年代まで存在したアニメーションの企画・制作を主な事業内容とした日本の企業。


概要[編集]

1965年1月、少女漫画家出身のアニメーターの田中英二が作画スタジオのタマ・スタジオとして設立。

1965年放送の『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』など、虫プロダクションを皮切りに主にテレビアニメの作画を担当[3]。1967年4月から放送の『マッハGoGoGo』から竜の子プロダクション作品に参加[4]。以後同社の作画下請けを中心として、タツノコ作品に欠かせない存在となった。少女漫画出身の田中の繊細な女性キャラクターには定評があり、特に毎回ゲストヒロインが登場した1969年の『紅三四郎』では全26話中、17本の作画を担当した。タツノコ総作画監督システムを採用した作品でも、タマプロ担当回だけは修正が入らないという信頼関係を築いていた。1970年1月に株式会社化。。1971年の『正義を愛する者 月光仮面』からはナック(現・ICHI)の作品に参加。実制作を担当した1974年放送のナック作品『チャージマン研!』は後年、2000年代半ばになってカルト作品として人気を博する。

1982年に40代半ばで社長の田中英二が死去。以後は田中の実弟西城隆詞と水村十司がタマプロを代表するアニメーターとして活躍する。社長職は田中英二の弟で西城の兄である田中道哉が引き継いだ。1990年代後半から2000年代前半頃にかけては、ディズニー作品やスティーヴン・スピルバーグの会社の作品など、アメリカ大手の合作の下請けが中心となる。2007年時点では資本金1,200万円、従業員30名だったがタツノコプロの社長を務めた成嶋弘毅はグループ・タック東京キッズが倒産するアニメ不況の中で、かつて仲間だったタマプロの人もタクシードライバーやトラック運転手に転業したと2010年に記している。2011年3月9日に、東京地方裁判所より破産手続開始決定を受け倒産した。「タマプロダクション」とクレジットされることもある。

 

 

主な作品[編集]

テレビシリーズ[編集]

ビデオシリーズ[編集]

劇場映画[編集]

作画担当作品[編集]

テレビシリーズ

 


 

 

 

大広

 株式会社大広(だいこう、Daiko Advertising Inc.)は、大阪府大阪市北区に本社を置く広告代理店博報堂DYホールディングス傘下。

 

本社が所在する中之島セントラルタワー

本社が所在する中之島セントラルタワー

 

 

 

本社所在地 日本の旗 日本
530-8263
大阪府大阪市北区中之島二丁目2番7号
設立 1944年昭和19年)2月28日
(近畿広告株式会社)

 

 

概要[編集]

1944年2月28日に、金水堂1893年創業)、京華社1895年創業)など関西地域を本拠とする広告代理店14社が統合し、近畿広告株式会社として設立される。 1960年11月1日に現社名に改称し、今日に至る。なお大広とは大阪広告等の略称ではなく「大きく広く羽ばたく」という意味で命名された。現在は大阪本社・東京本社の2本社制をとり、全国に6ヵ所の事業所、国内外23の連結対象グループ会社を有する。それ以前にはグレイ大広という合弁会社もあったが、2000年に複数の広告会社グループを擁する世界第1位の持ち株会社グループ インターパブリック・グループ及び、そのグループを構成するロウ アンド パートナーズ ワールドワイドと業務提携を行い、グローバル対応の体制を整備。 日本国内では、2003年10月に博報堂読売広告社と共同持株会社博報堂DYホールディングスを設立し、経営部門を統合。 同年12月には3社のメディア部門を分割移転、総合メディア事業会社となる、博報堂DYメディアパートナーズを設立して事業上の協力関係も強化している。経営統合持ち株会社に株式移転するまでは朝日新聞社オムニコムグループ、及び近畿日本鉄道が大株主であった。

 

 

近年の代表作品(CM)[編集]

代表作品(アニメ・特撮)[編集]

※ 近年、アニメ・特撮に関しては博報堂DYホールディングスが一手に引き受けているため、大広名義でクレジットされた作品は(ほぼ)全てが1970年代~1980年代のものである。主なものを下記に列挙した。

 

 

主要株主 (株)博報堂DYホールディングス 100%

 

 

 


 

 

ワンダーファーム

 株式会社ワンダーファーム (Wonderfarm Co., LTD.) は、東京都世田谷区にあるアニメゲームキャラクターの企画・制作会社。イベント企画・アニメCDなどの通信販売も行っている。

 

概要[編集]

マーカス六月十三有栖川ケイ夫妻によって設立された。『卒業』など旧マーカス著作物の一部を引き継いでいるのはこのためである。萌えアニメBLアニメ及びそのメディアミックスを得意分野とするが、露骨でコケティッシュな作風でファンを選ぶ作品が多いのが特徴。かつて公式サイトにあった掲示板では、作品ごとに分かれていてとても豊富だったが、現在は掲示板そのものが廃止されている。

2005年からセイント・ビーストを初めとしたイケメンがたくさん登場する女性向け作品の製作がメインとなり、一時主力だった萌え作品にはほとんど関与していない。

 

主な製作作品[編集]

 


 

マーカス (企業)

 マーカスは、かつて日本に存在したアニメゲームに関する製作・企画会社。

代表は窪田正義

 

概要[編集]

企画・製作指揮を執ったゲーム『センチメンタルグラフティ』がヒットし、のちテレビ東京にて『センチメンタルジャーニー』がTVアニメ化されるなどしている。

続編『センチメンタルグラフティ2』を製作した際に、ストーリーが完全に第1弾の内容を否定するような180度異なった内容で製作したこと、また、度重なる作品の製作の遅れや発売延期の影響などにより、売上・評価・人気などすべての面で不振を極めた。それにより会社の経営は一気に傾き、遂には倒産にまで追い込まれた。

SGガールズと呼ばれる『センチメンタルグラフティ』にヒロインとして出演した12人の声優のうち、俗に『うさぎ組』と呼ばれる岡田純子岡本麻見鈴木麗子今野宏美牧島有希西口有香の6人が預かり扱いで仮所属していた。なお、残る6人は青二プロダクションの所属である。

現在、マーカス作品の多くはワンダーファームが権利を継承している。

参加作品[編集]

所属していた声優[編集]

センチメンタルグラフティ』のヒロイン役12人の声優のうち、一般公募で選ばれた6人が所属し、この6人は『うさぎ組』という名称で同作のプロモーション活動をしていた。『センチメンタルグラフティ』第1弾の関連活動が一通り終了した後、そのうさぎ組の中で岡田純子のみ「アクセント」へ移籍し、他の5人が青二プロダクションへ移籍した。

センチメンタルグラフティ』は青二プロダクションが制作協賛企業だったため、青二プロダクションに移籍しなかった岡田は続編となる『センチメンタルグラフティ2』には出演しておらず、彼女が担当した安達妙子役は有島もゆ(現・有島モユ)が引き継ぐことになった。

岡田が続編に出演しなかった理由として、原作者である大倉らいたと同様に「2」のストーリーに難色を示したため、自ら降板を申し出たという説が在るが、真相は現在もはっきりしない。ただし、岡田のみ青二プロダクションに移籍しなかった理由は、岡田が養成所の出身ではなく、劇団の出身だったためであることから、岡田は青二プロダクションに所属する条件が満たされなかったためにアクセントに所属することになり、それによって「2」への出演が不可能になったものと考えられる。

 

 

 

デザインオフィス・メカマン

(株式会社デザインオフィスメカマン)

 デザインオフィス・メカマン(正式社名:株式会社デザインオフィスメカマン)は、アニメーション制作のうち、背景美術画制作を主な事業内容とする日本の企業。

 

本社所在地 日本の旗 日本
185-0021
東京都国分寺市南町2丁目18番地3号
国分寺マンション807号
座標北緯35度41分59.1秒 東経139度28分56.9秒
設立 1976年

 

 


 

概要[編集]

竜の子プロダクション(現・タツノコプロ)出身の美術監督中村光毅が、大河原邦男と共に1976年に設立したアニメ背景制作会社である。設立当初は、サンライズ作品を中心に背景をてがけてきたが、2000年代以降は東映アニメーション作品を中心に背景を手がけている。

設立当初は社名の通りメカニックデザインもしていた。

多くの作品の場合「デザインオフィス・メカマン」、「メカマン」、「デザインオフィスメカマン」等の名義でクレジットされる。

主な参加作品[編集]

テレビシリーズ[編集]

OVA[編集]

教育ビデオ[編集]

劇場映画[編集]