鶴我の考察・感想・言葉の息吹を吹き込む日々の呟き。

自然・宇宙・日本の歴史に心赴くままに穏やかに情熱を大事に謙虚と感謝を忘れずに好奇心を持って生きてく男の記録。

アニメーション制作会社の記入。第四章。[アニメ会社と関連する企業を記す日記。] 其之漆

 

 

 

アニメイトフィルム

1984年8月設立。映像・音楽ソフト企画・制作、CM制作、音楽出版、ゲーム企画・制作。2004年のマリン・エンタテインメント独立以降は活動がなく、現在も法人として存続しているかは不明。

作品履歴

アニメイトラボ

 2014年10月設立。ニュースサイト「アニメイトタイムズ」(旧「アニメイトTV」)を運営。2018年株式会社アニメイトに吸収合併され解散。

 

アニメイトタイムズ

アニメイトタイムズAnimate Times)は、アニメグッズ販売店アニメイトグループによるアニメ関連情報配信サイト。2016年4月27日付で旧称の「アニメイトTV」から改名した。

概要[編集]

アニメ、ゲーム声優に関する、ニュースやプロモーション映像、インターネットラジオ番組の配信、テレビアニメのインターネット放送、CD・DVD等の各種アニメ関連グッズの通信販売、声優のブログ運営やコラム連載を行っている。モバイル版声優総合情報サイトについてはアニメイトモバイルシリーズを参照。YouTubeチャンネル『animate Times』では、オリジナル動画コンテンツを展開している。

 


 

 

スタジオ・イースター

有限会社スタジオ・イースターは、アニメーション制作のうち、背景画制作および撮影作業の請負を主な事業内容とする日本企業

 

本社所在地 日本の旗 日本
124-0023
東京都新宿区西新宿4-32-12
西新宿フォレストLb階
設立 1985年4月


 

概要[編集]

竜の子プロダクション(現: タツノコプロ)出身のアニメーション美術監督東潤一1985年に設立した背景美術制作会社。韓国に支社「KOREA EASTER STUDIO」を置いている。主に、アニメーションの美術背景制作およびデジタルペイント(仕上げ)、撮影を行っているほか、3DCGによるアニメーション制作も手がけている。主にトムス・エンタテインメントP.A.WORKS動画工房作品を中心に背景を手がけている。また、制作チームそれぞれに「さくら組」「やつ組」などの名称をつけ、参加作品のクレジットに特定の美術監督の名前を出さず、そのチーム名を出していたことがある。

 

主な参加作品[編集]

テレビアニメ[編集]

1980年代
1990年代
2001年
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
2010年
2011年
2012年
2013年
2014年
2015年

劇場作品[編集]

OVA[編集]

 


 

アスミック・エース

アスミック・エース株式会社(Asmik Ace, Inc.)は、ジュピターテレコムJ:COM)の完全子会社で日本映画製作・配給会社。海外映画の買い付けや版権の管理、ビデオ(DVD)ソフトの販売などを行っている。かつてはゲームソフト開発・販売も行っていた。略称はアスミック

 

 

Asmik Ace logo.png

本社所在地 日本の旗 日本
100-0005
東京都千代田区丸の内1-8-1
丸の内トラストタワーN館
設立 1985年3月
主要株主 株式会社ジュピターテレコム(100%)

www.google.co.jp

沿革[編集]

 

主要映画[編集]

ヘラルド・エース[編集]

エースピクチャーズ[編集]

アスミック[編集]

アスミック・エース エンタテインメント[編集]

アスミック・エース[編集]

テレビアニメ製作[編集]

 


 

ジュピターテレコム

株式会社ジュピターテレコムは、東京都千代田区に本社を置き、日本においてケーブルテレビ事業統括運営(MSO)および番組供給事業統括運営(MCO)を主たる業務とする、KDDI株式会社連結子会社である。ブランド名は「J:COMジェイコム)」で展開し、グループ会社には商号に「ジェイコム」の文字を冠した企業が多い。

 

Jupiter Telecommunications logo.svg

 

本社所在地 日本の旗 日本
100-0005
東京都千代田区丸の内1丁目8番1号
丸の内トラストタワーN館
座標北緯35度40分59.5秒 東経139度46分11.3秒
設立 1995年(平成7年)1月18日


概要[編集]

1995年平成7年)、住友商事アメリカ合衆国の最大手MSOであったTCI(現:リバティ・グローバル(LGI))の合弁によって設立。TCI同様、積極的なM&Aで規模を拡大、日本最大のケーブルテレビ事業者となった。傘下のケーブルテレビ局の多くは都道府県市区町村といった地方自治体と地元民間企業が合弁で設立した「第三セクター方式」の事業者を買収や提携で傘下に収めたものである。2007年(平成19年)9月、番組供給事業統括会社のジュピターTVと合併。合併後は社内カンパニー制に移行。ケーブルテレビ事業は「J:COMカンパニー」、番組供給事業は「ジュピターTVカンパニー」が統括していたが、2009年(平成21年)4月の組織改正で社内カンパニー制を廃止した。2013年(平成25年)12月2日KDDIの完全子会社であったジャパンケーブルネット(JCN)の全株式を取得、2014年平成26年)4月1日にJCNを吸収合併した。従来型のHFC回線のケーブルテレビ、インターネット、ケーブルテレビ電話事業の他、FTTH回線を使用したJ:COM光のサービスも提供している。(関西のみオプテージeo光が同様のサービスを提供しているため除く)。

 

沿革[編集]

 


KDDI

KDDI株式会社ケイディーディーアイ、英:KDDI CORPORATION)は、東京都千代田区飯田橋に本社を置く、日本の電気通信事業者ブランドスローガンは「Tomorrow, Together」(2019年5月15日 - )。

KDDI logos.svg

 

KDDI 飯田橋ビル.jpg

 

本社所在地 日本の旗 日本
102-8461
東京都千代田区飯田橋三丁目10番10号(ガーデンエアタワー
本店所在地 163-8003
東京都新宿区西新宿二丁目3番2号(KDDIビル
設立 1984年昭和59年)6月1日
第二電電企画株式会社=DDI)(創業:1953年(昭和28年)3月24日、旧国際電信電話株式会社=KDD1984年(昭和59年)11月、旧日本高速通信株式会社=TWJ、1987年(昭和62年)3月、旧日本移動通信株式会社=IDO


主要株主 京セラ 14.54%
トヨタ自動車12.95%

 

概要[編集]

2000年第二電電 (DDI)、ケイディディ (KDD)、日本移動通信 (IDO) が合併し、「株式会社ディーディーアイ」(通称及びロゴマークKDDI)として発足した。2001年4月に合併時より通称として使用していた「KDDI」を社名とし「ケイディーディーアイ株式会社」に社名変更し、のちの2002年11月に現社名の「KDDI株式会社」に変更。

NTT最大のライバル企業、新電電 (NCC) 最大手として認知されているが、前身企業に合併時多くのインフラや資産が継承された旧・国際電信電話(国際電電、KDD)があり、1953年に国際通信網整備のため旧・電電公社から分離・設立された特殊会社であったため、事実上NTTの兄弟企業である。

事業としては、国内・国際通信全般を手掛けており、主なものとして

等の電気通信役務を行う。

また、旧KDDに由来するNHKワールド・ラジオ日本北朝鮮向け短波放送しおかぜ」の電波を送信している八俣送信所茨城県古河市)や、国際通信を行うKDDI山口衛星通信センター山口県山口市)、海底ケーブルなどを保有している。NTTグループに続いて、両事業において災害対策基本法に基づき内閣総理大臣の指定を受けた。よって、災害時においては、他の指定公共機関同士の通信を優先的に確保し、円滑に行う義務を負う。なお、KDDI電気通信事業法附則第五条の国際電電承継人であり、この規定により東日本電信電話株式会社(NTT東日本)や西日本電信電話株式会社(NTT西日本)とともに電報の事業に係る業務のうち受付及び配達の業務を行うことが認められている。女性活躍推進に優れている企業を選定・発表している経済産業省東京証券取引所との共同企画である「なでしこ銘柄」に第一回(平成24年度)から6年連続で選定されていた。

 

 

沿革

現在のKDDIは2000年10月1日に、

の3社合併(存続会社は第二電電)により誕生した。合併は、3社の主な株主であった京セラとトヨタ自動車の包括的な事業提携により実現した。2001年には、沖縄を除く旧DDIセルラー系携帯電話会社を統合した株式会社エーユー も吸収合併し、2005年にはツーカー各社を、2006年には、業務提携相手の東京電力子会社の電力系通信事業者パワードコムを吸収合併して今日に至っている。

 

 

KDD[編集]

旧TWJ[編集]

旧DDI・セルラー[編集]

IDO[編集]

1987年3月にトヨタ自動車主体で、日本高速通信東京電力中部電力の参加で「日本移動通信株式会社」として設立。当初は、NTTと同じHiCAP方式を展開したが、IDOは米国政府(主はモトローラ社)からの圧力もありDDIセルラーと同じくTACS (J-TACS) 方式も導入、さらにデジタル (PDC) 方式を導入。一時期は携帯電話の通信方式として3方式を同時に運用していた為、ホストコンピュータも木に竹をつぎ足すような状態ではあったが、1998年に改善された。

  • 1987年(昭和62年)3月9日 - 日本移動通信株式会社(IDO/NIPPON IDOU TSUSHIN CORPORATION、後にIDO Corporationに変更)が設立。
  • 1988年(昭和63年)12月 - ハイキャップ方式(NTT大容量方式)自動車電話サービス開始
  • 1989年(平成元年)5月 - 携帯電話「ハンディフォン」サービス開始
  • 1990年(平成2年)9月 - 世界最軽量(当時)の携帯電話「ハンディフォンミニモ」サービス開始(ミニモ:イタリア語にて小さいの意味)
  • 1991年(平成3年)10月 - TACS方式モトローラ方式)「トウキョウフォン」(TOKYO PHONE) のサービス開始(サービスエリア拡大に伴い、「TACSミニモ」と改称)。DDIセルラーと全国におけるローミングネットワーク体制を本格的に開始。
  • 1994年(平成6年)6月 - デジタル (PDC) 方式のサービス開始
  • 1999年(平成11年)4月 - デジタル方式の cdmaOne をDDIセルラーと共に全国シームレスネットワークの完成。ハイキャップ方式終了(新規受付は1997年12月終了)。
  • 2000年(平成12年)

KDDI発足以後[編集]

    • 2000年(平成12年)
      通称を「KDDI」とした理由として、国際電話において旧KDDのブランドイメージが強いことが挙げられている[10]
      ※ただし、事実上の本社(経営管理機能)は旧KDD本社である「KDDIビル」(新宿区西新宿2丁目3番2号)の方へ集約させた。そのため、新会社発足の式典および記者会見は旧KDD本社で10月2日に実施している[1]。旧DDI本社には、携帯電話事業部門等が入った。

 

 

 

運営する事業[編集]

 

 

 

STUDIO MAUSUスタジオマウス

株式会社STUDIO MAUSUスタジオマウス)は、音響制作を手がける日本の企業。

本社所在地 160-0022
東京都新宿区新宿6丁目25番14号
M2ビル アネックス2F
設立 2005年3月3日


概要[編集]

2005年株式会社マウスプロモーションの録音制作部が分離独立して設立された。アニメーション映像、外画、ビデオ映像などの各種音響制作 (収録、編集、加工など)の他、録音スタジオの運営も行っている。

社名のMAUSU(マウス)は、(mouth)ではなくネズミ(mouse)のこと。

アニメーションスタジオufotableの元請作品にて、2007年以降の全ての作品で音響制作を担当しており、ufotableが企画・プロデュースをしていた徳島県徳島市のアニメイベント『マチ★アソビ』の企画・プロデュースを2019年5月開催のVol.22より引き継いでいる[1]

音響制作を手がけた作品[編集]

TVアニメ[編集]

映画[編集]

OVA[編集]

OAD[編集]

OBA[編集]

 

 


マウスプロモーション

株式会社マウスプロモーションは、日本声優事務所。略称は「マウスプロ」「マウス」。

 

本社所在地 160-0022
東京都新宿区新宿6丁目25番地14号
M2ビル アネックス 1F
設立 1974年昭和49年)4月8日


概要[編集]

1974年設立。旧社名は有限会社江崎プロダクション。1995年株式会社化し、2000年から現社名となった。社名のマウスは、ではなくネズミのこととされており、プロダクションのマスコットもネズミのキャラクターであるが、英字商号の表記はMAUSU PROMOTION.co.ltd、公式サイトのアドレスもhttps://mausu.net/、兄弟会社の音響制作/録音スタジオの名称もSTUDIO MAUSUとするなど、英語のmouseでなくマウスのローマ字表記であるmausuに統一されている。付属養成所にマウスプロモーション付属俳優養成所がある。創業者の江崎加子男が代表取締役を退いてからは、所属声優であった納谷六朗の妻である納谷光枝、その長男である納谷僚介が社長を務めていた。

 


 

ガンジス (映像企画会社)

株式会社ガンジス(GANSIS, Inc.)は、かつて存在したアニメーションや実写などの企画を主な事業内容とする日本の企業である。2016年度決算時点ではIGポートの関連会社。

 

本社所在地 日本の旗 日本
181‐0013
茨城県守谷市けやき台3丁目23番地16
設立 1998年2月


概要・沿革[編集]

キングレコードの取締役である大月俊倫石川光久Production I.G代表取締役社長)、下地志直(ジーベック取締役社長)らの協力を得て設立したアニメーション企画会社である。主にスターチャイルド製作作品の企画およびプロデュースを中心に活動。Production I.G及びIGポートの関連会社にありながら、プロデュース作品のアニメーション制作はガンジスやJ.C.STAFFのプロデューサー・川崎とも子が代表取締役(初代)を務めるZEXCSや関連会社のfeel.が手掛けることが多かった。

かつては東京都三鷹市にオフィスを構えていたが、大月のキングレコード退職を機に事業を停止。登記上の所在地を茨城県に移した。その後、大月がアニメ・実写業界を完全に退いたため、2018年3月23日付で事業清算し、法人格が消滅した。

 

主な参加作品[編集]

 

 

高橋プロダクション(T2studio)

- 会社概要 -

 

社名

有限会社 高橋プロダクション / T2 studio

代表者


     会 長   高橋 宏固

   代表取締役   高橋 賢太郎

     取締役   高橋 加奈子

住所


本社事務所
 〒161-0034
     東京都新宿区上落合3-24-2

   ※ 郵便・配送物は全て 「桃井スタジオ」 へお送り下さいます様、お願い致します。

桃井studio   メインスタジオ : 撮影・2D・3D・仕上げ・特効
  〒167-0034
     東京都杉並区桃井4-4-4 スターティングビル 3F,4F

  Tel:03-5303-1757 Fax:03-5303-1767

高円寺studio   第2スタジオ : 撮影・特効 [チーム・タニグチ.LLP]
  〒166-0003
     東京都杉並区高円寺南2-19-4 黒柳ビル 3F

  Tel:03-5303-1757 Fax:03-5913-8780
  ( [チーム・タニグチ.LLP 専用回線] Tel:03-6454-7066 )

創業

1973年9月

設立

1977年7月  ( 資本金300万 )

従業員数

81名  ( 2017年 1月 現在 )

事業内容


主としてTV,CM,映画等のデジタルアニメーション制作に関わる以下の業務

 - 撮影
 - 仕上げ(デジタルペイント)
 - 3DCG
 - 2D/モニターグラフィックス
 - 特効(特殊効果)
 - 背景スキャン




 

東急エージェンシー

株式会社東急エージェンシー(とうきゅうエージェンシー)は、東京を拠点とする、日本の広告代理店である。東急グループの企業として1961年昭和36年)に設立された。

 

東急エージェンシーロゴ.jpg

Tokyu-Agency-Head-Office.jpg

東急エージェンシー本社、東京都港区赤坂4丁目。

 

概要[編集]

日本の広告業界において第6位の規模。多くの生活者接点を持つ東急グループならではのリアルに設計された実効性の高いマーケティングソリューション・体験づくりを実現。Amazing Experienceを生み出すための、東急エージェンシーの独自性・ユニークネスであると掲げる。創業は1961年昭和36年)で、東京急行電鉄をはじめとする東急グループの出資によって設立された。1971年(昭和46年)には、NETテレビ(後のテレビ朝日)や朝日新聞社との共同出資によって、日本ケーブルテレビジョンを設立している。

その他[編集]

東急エージェンシー出身の著名人には、一条真也(作家・経営者)、増田俊男(時事評論家)、三宅眞(政治評論家三宅久之の三男、現・狛江市議会議員)らがいる。

メディア[編集]

テレビ

名古屋テレビ(メ~テレ)制作のアニメ枠には『鎧伝サムライトルーパー』から『まじめにふまじめ かいけつゾロリ』までの約19年間携わっており、その間に制作された『勇者シリーズ』のテレビシリーズ全作に関わっている。テレビ愛知制作のアニメ枠についても『神八剣伝』から『ワンワンセレプー それゆけ!徹之進』までの作品の制作に参加していた。

 


ポリゴン・ピクチュアズ

株式会社ポリゴン・ピクチュアズPolygon Pictures Inc.)は、東京都港区本社を置く3DCG制作会社、アニメ制作会社

 

本社所在地 日本の旗 日本
106-0047
東京都港区南麻布三丁目20番1号
Daiwa麻布テラス1階
設立 1983年7月22日


略歴・概要[編集]

1983年7月22日、河原敏文により設立。当時は東京都港区南青山に本社を置き、1986年に中央区京橋に移転、1987年には品川区東品川に移転した。

河原が社長を務めていた頃は「企画型プロダクション」と称し、日本のCG業界にあって独自の存在感を示していた。1984年から1987年にかけてはパイオニアLDCと共同でレーザーディスクの映像作品『映像の先駆者』シリーズを企画・制作。広告デザイン、テレビ番組のオープニングCG、3DCGの研究開発等を手がける。1993年、テレビCMに登場した恐竜キャラクター「マイケル」とCGキャラクター初のタレント契約を結ぶ。1995年、資生堂の整髪剤「HGスーパーハード」のテレビCMに登場するイワトビペンギンのキャラクター「ロッキー×ホッパー」を生み出した。

1997年3月12日、ソニー・コンピュータエンタテインメントナムコ(後のバンダイナムコエンターテインメント)から出資を得て、3社合弁による3DCG制作会社、株式会社ドリーム・ピクチュアズ・スタジオ(DPS)を江東区有明お台場)に設立し、総制作費80億円のフルCG映画の企画に取り組んだが、1999年、映画は完成することなくDPSも解散。その後、DPSの跡地はポリゴン・ピクチュアズが本社として使用していたが長くは続かず、業務を縮小して2002年に本社を新宿区大久保に移転した。

2003年6月、塩田周三代表取締役社長に就任。塩田が帰国子女で英語が堪能であるため、アメリカテレビシリーズなどの受託案件が多く、再び規模を拡大して、2006年に本社を再び港区の現在地に移転。スタッフの大半はプロジェクトごとの契約になっている。また、塩田は2004年・2005年度にSIGGRAPHの審査員を務めた。

2004年に公開された押井守監督作品『イノセンス』の3DCGパートにも関わっている。押井作品のCGパートは、以前はオムニバス・ジャパンが担当していたが、最近は[いつ?]ポリゴン・ピクチュアズが担当することが多くなっている。

塩田の就任以降、大規模な制作や巨大プロジェクトを意識しており[2]、2012年にマレーシアのアニメスタジオであるSILVER ANTと合弁会社「SILVER ANT PPI SDN.BHD.」を設立。大規模な作業量に対応するための分業体制を拡充するなどしている[3]

2012年にポリゴン・ピクチュアズが映像制作を担当するハズブロ・スタジオ製作によるフルCGテレビシリーズ『超ロボット生命体 トランスフォーマー プライム』が第39回デイタイムエミー賞 アニメーション番組特別部門最優秀賞を受賞、同社担当プロデューサー陣も受賞者としてクレジットされる。2013年、第40回アニー賞にてポリゴン・ピクチュアズ制作のフルCGテレビシリーズ『トロン:ライジング』(ディズニーXD放送)が4部門で受賞&ノミネート、フルCGテレビシリーズ『スター・ウォーズ:クローン・ウォーズ』(カートゥーン ネットワーク放送)が4部門でノミネートを果たした。2014年、設立30周年記念作品として『シドニアの騎士』(弐瓶勉)のアニメーション制作を担当。日本のテレビアニメーションに本格的に参入。2016年、ポリゴン・ピクチュアズがアニメーション制作を担当した『山賊の娘ローニャ』が第4回国際エミー賞キッズアワード アニメーション部門 最優秀作品賞を受賞。2017年の第44回デイタイムエミー賞では、ポリゴン・ピクチュアズがアニメーション制作を手がけた『Lost in Oz: Extended Adventure』が主要部門である子供向けアニメーション番組部門 最優秀賞を含む3冠を達成した。2019年、ポリゴン・ピクチュアズがアニメーション制作を手がけた『スター・ウォーズ レジスタンス』が第45回 サターン賞 TVアニメーションシリーズ部門を受賞。同社の社風として「徹底した工程管理」を行ない、品質や納期の両立、社員の過重労働防止などに力を入れており、旧来からこれらの問題に直面していたアニメ業界に新風を巻き起こしている、と報じられている。

 


 


 

東京キッズ

株式会社東京キッズ(とうきょうキッズ、英語表記:TOKYO KIDS Co.,Ltd.)は、かつて存在した日本の企業である。主にアニメーションの企画・制作ならびに版権管理を主な事業内容とした。

 

本社所在地 日本の旗 日本
177-0033
東京都練馬区高野台二丁目5番11号
設立 1990年4月


沿革[編集]

葦プロダクションの制作スタッフで、テレビアニメ宇宙戦士バルディオス』『戦国魔神ゴーショーグン』などの制作進行をしていた木村健吾が、1983年に制作部門を立ち上げたスタジオぎゃろっぷに制作デスクとして移籍。『名探偵ホームズ』『チックンタックン』『ミラクルジャイアンツ童夢くん』などの制作担当を経て独立。1990年に設立したプロダクションである。設立当初は、『あばしり一家』などのOVAの制作元請が中心だったが、スタジオぎゃろっぷ時代から関係のあった演出家の渡部高志のほか、じゃんぐるじむに所属していたアニメーターの箕輪悟、佐々木敏子、小林多加志などが作品に参加。テレビシリーズの元請制作ができる体制が整って1997年の『超特急ヒカリアン』からテレビシリーズの制作を手がけるようになった。2007年にテレビアニメ版『地球へ…』の元請制作を南町奉行所と共同で担当した縁から、2008年には『宇宙戦艦ヤマト』のリメイク作品『宇宙戦艦ヤマト2199』も担当する予定になっていたが、倒産。スタッフの一部はワオワールドへ移籍した。

 

作品履歴[編集]

テレビシリーズ[編集]

ビデオシリーズ[編集]

劇場映画[編集]