鶴我の考察・感想・言葉の息吹を吹き込む日々の呟き。

自然・宇宙・日本の歴史に心赴くままに穏やかに情熱を大事に謙虚と感謝を忘れずに好奇心を持って生きてく男の記録。

アニメ会社の記入。≪第二章≫ アニメーション制作会社と関連する会社(企業)を更に覚書(メモ)を参考に調べる。【其之貳】

 

 

 

 

ブシロード

 株式会社ブシロードは、東京都中野区に本社を置く企業。主にカードゲームトレーディングカードゲームソフト、キャラクターグッズの開発、製作、販売、各種コンテンツのプロデュースを手がける。ブシロードグループの中核企業。

 

本社所在地 日本の旗 日本
164-0011
東京都中野区中央1-38-1
住友中野坂上ビル2階
座標北緯35度41分50.3秒 東経139度41分1.2秒
設立 2007年5月18日

 

住友中野坂上ビル

住友中野坂上ビル

 

概要[編集]

2007年5月18日、ブロッコリー創業者で元社長の木谷高明が設立。社名は木谷がブロッコリー時代に企画されたが諸事情で中断したメディアミックス作品「熱風海陸ブシロード」にちなんでおり、「ブシロードがいまだにアニメ化されていないことが心残りだ」という木谷の思いから、企画に関わった人物の一人で2004年に急逝した吉田直の両親の承諾を得て命名された。社名ロゴは創業から2017年6月ごろまで、先述した同作の企画当初のタイトルロゴより流用したものを使用。なお、社名ロゴは同年5月に創立10周年を迎えたのを機にデザインを一新、同年7月より、取り扱い商品やテレビCMなどで随時使用を開始する。 創業当初はテレビ各局の深夜アニメのスポンサーであったが、2011年からはテレビ各局のゴールデン・プライム枠のバラエティ番組のスポンサーになるなど、広告活動も盛んである。スポンサーに付く番組はTBS系列(主にMBS製作)やテレビ朝日系列テレビ東京系列独立局系が多く、日本テレビ系列フジテレビ系列ではスポンサーに付く番組が極めて少ない。またTBS系CS放送TBSチャンネル1・2、TBSニュースバードでもスポットCMを頻繁に流している。2012年1月31日、旧・株式会社ブシロードグループパブリッシング新日本プロレスを買収した。2012年12月31日に大型イベントを開催、公開生放送としてTOKYO MXBS11にて同時生放送を実施。2013年12月31日に熱風海陸ブシロード3時間スペシャルを放送し、前年と同じくTOKYO MXBS11にて同時放送を実施。2016年9月15日グリーと資本業務提携契約を締結、グリーがブシロードの実施する第三者割当増資を引き受け、約20億円(出資比率10%強)を出資する。これにより、ブシロード保有するIPコンテンツを活用し、スマートフォン向けゲームアプリの共同開発やコンテンツビジネスにおける協業を行うことになる。2017年7月1日より、順次10周年を記念した新ロゴの使用開始(ブシロードを冠するグループ会社にもBのマークを色違いにして順次適用。当社及び海外法人は赤、ミュージックは空、クリエイティブは緑、メディアは橙、ファイトは金、ムーブは青)。同年8月1日には、企業情報サイト(bushiroad.co.jp)を新規開設し、既存サイト(bushiroad.com)は製品情報に特化させている。木谷は一時期シンガポール現地法人を拠点として海外事業を含めた全体を統括していた。この時期は、専務の戸塚恵一もブシロードの代表権を持ち、更にブシロードミュージック代表取締役社長と響の取締役も兼任(かつてはブシロードメディアの社長も兼任)していた。木谷は、コンテンツ開発の陣頭指揮を執るため、2017年10月20日に開催される株主総会においてブシロード社長の座を降り、代表権も返上、取締役デジタルコンテンツ部本部長・広報宣伝部部長兼ブシロードミュージック代表取締役社長に就任、取締役だった橋本義賢代表取締役社長に就任した(また、戸塚は全ての役職から外れている)。設立から長らく、『TCGカンパニー』と謳って来たが、2018年10月の木谷のコラムにて、「近い将来、ブシロードTCGカンパニーからIPデベロッパーへと変わります」と宣言、TCGを大切にしつつもIPの価値を高めるとした。そして、2019年4月からテレビ番組の提供読み上げ(90秒以上)などで、2019年6月21日からは公式企業情報サイトにおいても『IPデベロッパー』と謳っている。2019年7月1日、株式会社KADOKAWA株式会社キネマシトラスとの3社間において、アニメ制作における包括的業務提携の締結を発表。

2019年7月29日東京証券取引所マザーズ市場に上場。2019年10月17日、同年12月1日付で女子プロレス団体スターダムを買収。連結子会社のキックスロード(同時にブシロードファイトに商号変更)の一事業とする。2019年12月2日、7月の業務提携の延長でキネマシトラス資本提携を締結、同社の発行済株式31.8%を取得(KADOKAWAも同額を取得)し、持分法適用関連会社化。2019年12月20日株式会社サンジゲン資本提携を結び、同社の発行済株式8.2%を取得した。2020年6月19日、新型コロナウイルス感染症の流行による経営リスク回避の観点から、有事の際には、確実にかつ迅速に経営判断ができる体制を整える為、代表取締役を2名体制とする方針を決定、木谷が再び代表取締役となり、新たに会長に就任した。2020年8月19日、株式会社ソーシャルインフォとの業務提携を発表、9月1日付で同社の発行済み株式を、株式会社コロプラから譲渡を受ける形で取得し、連結子会社化する。

2020年11月27日、ブロッコリーとの間でと資本業務提携の契約を結ぶことが発表された。

主な事業・商品[編集]

一部を除き、株式会社ブシロード 事業情報よりブシロード本体主体の事業を抜粋。

傘下企業主体事業の詳細に関しては、ブシロードグループ#主要グループ企業と担当部門を参照。

大型IP[編集]

主要IP[編集]

ブシロードグループのIPで特に規模が大きい代表的なコンテンツ

 

コンシューマゲーム
ヴァンガード・バディファイト関連のゲームはフリューからリリース。

 

 

 

 

 

 

ブロッコリー (企業)

株式会社ブロッコリーBROCCOLI Co., Ltd)は、コンピュータゲームソフトトレーディングカードゲームキャラクターグッズの企画、製作を行う日本企業。過去にはキャラクターグッズ販売店ゲーマーズ」を展開していた。JASDAQ上場。

 

本社所在地 日本の旗 日本
176-0012
東京都練馬区豊玉北五丁目14番6号
新練馬ビル5階
座標北緯35度44分9.7秒 東経139度39分19.3秒
設立 1994年3月25日


概要[編集]

かつて山一證券に勤めていた木谷高明が、趣味が高じて設立した会社である。設立当初はコスプレダンスパーティー「コスパ」と、同人誌即売会コミックキャッスル」の運営が主な事業だったが、小売店ゲーマーズの展開とともにキャラクタービジネスに軸足を移していった。やがて自社内でアニメゲームの企画を行うようになり、『デ・ジ・キャラット』『ギャラクシーエンジェル』『アクエリアンエイジ』などのヒット作品を出した。こうした作品をアニメ化またはゲーム化、あるいはゲーマーズのマスコットキャラクター『G.G.F.』を立ち上げるにあたって、一般公募による声優オーディションを行なっており、合格者が同社の作品でデビューを果たし、その後大成する者が多く、沢城みゆき真田アサミ新谷良子後藤沙緒里井口裕香阿澄佳奈らを輩出している。オリジナルキャラクターがメインで版権負担がほとんどないため、利益率は高かった。その中でも特にずば抜けて利益率の高いトレーディングカードに注力するようになる。上記のヒット作には恵まれたものの、急激な店舗網の拡大による費用負担や、度重なる人気の読み違いによる売れ残り在庫の拡大などで年々赤字がかさむようになった。2003年にはタカラ傘下に入り経営の立て直しを行うこととなる。2005年4月下旬にガンホー・オンライン・エンターテイメントとの提携を発表。加えて、タカラがコナミ傘下からインデックス傘下に移った上、トミーとの合併が決まったことで、こうした関連企業との連携によってさらなる展開・業績の回復が見られるのではと予想されていた。しかし、不採算店の閉店や不良在庫の減損処理が遅々として進まず、同年10月に約3億円の債務超過に陥ったことが発表され、遂に会社存続に赤信号が点ることとなる。特に利益率の高いトレーディングカードは人気が落ちれば単なる紙くずにしかならず、減損会計の導入で逆に大きく足を引っ張ることになった。タカラも合併までに採算が取れないグループ企業の整理・再編を進めていたため、保有株式の全てを、10月にガンホーに、更に11月にはガンホー会長である孫泰蔵が代表を務めるアジアングルーヴなどに売却。事実上タカラ傘下からガンホー及び系列企業の支配下に入り、ガンホー及び関連のあるソフトバンクグループの影響下の元で経営再建を図ることとなった。さらに外資ファンドから資金を得て財務問題は解消された。2007年、創業者の木谷は退社してトレーディングカード事業中心の新会社『ブシロード』を立ち上げた。2007年2月期連結決算は黒字転換した。さらに新社長体制後、事業部は開発と販売部門にわかれ、コスト意識を持たせている。また、黒字定着を1つの目的に、特別に高い売り上げを誇るフラッグシップ店舗である秋葉原本店は2008年に拡張を行ったが、1年ほどで拡張以前の状態へと再びリニューアルした。また2008年には競合店運営のアニメイトと資本・業務提携を締結、新店舗の共同出店や既存店運営の相互協力、新商品の共同開発、物流システムの効率化を進めていくと発表した。この業務提携の背景には両社が旗艦店を置く秋葉原や池袋などに店舗を置く大手量販店がアニメ・コミック関連商品を扱うようになり、競争が激化したこと、また男性向け商品に強みを持つブロッコリーと女性向け商品に強みを持つアニメイトの互いの顧客層の相互補完が可能という狙いがある。

2008年4月、一部報道により、再度の赤字転落(7000万円程度)、役員報酬40%カットなどが報じられた。売り上げは前年比でほぼ20%増で伸びているものの、薄利商品の増加で利益に結びつかない、遅々としていた店舗再編のコストが重なった、海外版権収入の不振、等の理由が重複した結果であるようだ。2009年2月期の決算は売上高が95億5400万円(前年同期比0.6%減)、営業損失は3億3900万円、経常損失は3億4500万円、当期純損失は2億8800万円の通期3期連続最終赤字となった。2011年3月、成長性の低い小売事業からの撤退を発表した。「アニブロゲーマーズ」16店舗と通販サイトは6月1日付でアニメイトに譲渡。

2011年7月、5年ぶりに第一上半期の決算が黒字化になった。それに伴い、新たにクリエーターと外販の営業部員を募集した。以前からテレビ東京系のアニメのスポンサーに多く就いており、「ベイブレード」関連商品の販売を行ったこともある。2013年4月より女性向けゲーム原作のアニメ第2期「うたの☆プリンスさまっ♪ マジLOVE2000%」を放送開始し、2014年1月よりトレーディングカードゲーム原作のアニメ「Z/X IGNITION」を放送開始した。2016年11月、ハピネットと資本業務提携を締結。この際に第三者割当増資をしたため、アニメイトの出資比率が低下している。2019年、創業者の木谷が当社退社後に起業したブシロードが当社株式の3.89%を取得して第三位株式となる。2020年11月27日、ブシロードとの間で資本業務提携を締結することが発表された。

 

会計監査人 三優監査法人
主要株主 株式会社ハピネット 25.15%
株式会社アニメイト 7.77%
株式会社ブシロード 3.89%
日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口) 3.62%
資産管理サービス信託銀行株式会社(証券投資信託口) 2.46%

 

沿革[編集]

 

 

 

 

ハピネット

株式会社ハピネットHAPPINET CORPORATION)は、バンダイナムコグループの中核複合商社。玩具卸業国内首位。映像・音楽やキャラクタービジネスに強い。

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機関設計 監査役会設置会社
市場情報
東証1部 7552
1998年12月17日上場
本社所在地 日本の旗 日本
111-0043
東京都台東区駒形二丁目4番5号
駒形CAビル
座標北緯35度42分20.2秒 東経139度47分39.0秒
設立 1969年(昭和44年)6月7日
(有限会社トウショウ)(創業:1968年(昭和43年)2月
業種 卸売業

 

会計監査人 東陽監査法人
主要株主 株式会社バンダイナムコホールディングス 26.71%
日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口) 3.88%
株式会社SMBC信託銀行(株式会社三井住友銀行退職給付信託口) 3.07%
井平康彦 2.33%
GOVERNMENT OF NORWAY 1.77%
日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口5)1.51%
THE BANK OF NEW YORK MELLON 140040 1.42%

 

事業内容 玩具事業
映像音楽事業
ビデオゲーム事業
アミューズメント事業
代表者 代表取締役会長兼最高経営責任者
苗手一彦
代表取締役社長兼最高執行責任者
榎本誠一
資本金 27億5100万円
(2020年3月31日現在)
発行済株式総数 2405万株(2020年3月31日現在)

 

 

 



概要[編集]

同社はバンダイの元役員らが設立した会社で、後にバンダイが資本参加し、バンダイナムコホールディングス持分法適用会社である。玩具事業、映像音楽事業、ビデオゲーム事業、アミューズメント事業の4事業を行っている。日本国内でのXbox及びXbox 360の代理店も務めている。社名の由来は「ハピネス」(happiness)と「ネットワーキング」(networking)を合わせた造語である。

沿革[編集]

玩具事業を承継した株式会社ベストハートが株式会社モリガングに商号変更

 

関連会社[編集]

連結子会社
持分法適用関連会社
かつて存在したグループ会社

バンダイの問屋部門とも言えるハピネットにあって唯一玩具の企画制作を行う部門であった。玩具菓子ブーム(2002)の時にフルタ製菓から独立したキャラクター玩具部門と業務提携、「20世紀漫画家コレクション」の後継シリーズ、フィギュアックスをブランド化。エフトイズコンフェクト及び安斎レオ(A-toys)とのコラボレーションで多くの玩具菓子を発売。主な物に、フィギュアックス江口寿史昭和情景博物館フィギュアックスゲームブロック横山光輝、あずみアートコレクション、動物大百科、大恐竜時代等がある。

 

 

Aプロダクション

(シンエイ動画/新鋭動画の前身)

シンエイ動画の記述もありでシンエイ動画の記事の補足分です。

 

※2※Aプロダクション(以下Aプロ)の名前は「最初の文字であるA、エースという意味などで何となくつけた」という。(創立者楠部大吉郎の弁)

 

※3※シンエイという名前の由来は新しいAプロ=『新A』」、そして「アニメ界の『新鋭』でありたいという意味が込められている。

 

概要[編集]

代表作に、テレビアニメドラえもん』・『クレヨンしんちゃん』(テレビ朝日系)、劇場用長編アニメ『ドラえもん』・『クレヨンしんちゃん』シリーズがある。また作画工程のみを他社から請け負う事業も行っている。2010年より、テレビ朝日の完全子会社となっている。シンエイ動画1965年(昭和40年)12月に創立された有限会社エイプロダクション(通称: Aプロダクション)が前身で、Aプロダクションは東京ムービーと業務提携し、その制作担当として活動していた。

社名の由来

「シンエイ」の由来は、楠部大吉郎によると、「新生Aプロ」、「しいAプロダクション」という意味であり、新鋭という意味だとは説明していない。発足時にシンエイ動画役員を務めた大塚康生も、自身の著書で新生Aプロという意味だと記している。公式サイトでは「新しいAプロ=『新A』」、そして「アニメ界の『新鋭』でありたい」と伝えている[5]。新しく作られたロゴタイプは、シンエイの「A」に漫画風の頭と手を付けた、マスコットキャラクターの様なデザインとなっている。楠部大吉郎デザインのこのキャラクターの名前は「エーちゃん」である。

 

歴史[編集]

Aプロダクション時代[編集]

Aプロダクション(以下Aプロ)の名前は、「最初の文字であるA、エースという意味などで何となくつけた」という(創立者楠部大吉郎の弁)。テレビアニメの黎明期に人形劇団出身者によって創立された東京ムービーがテレビアニメ『ビッグX』で経営危機に陥り、その失敗を踏まえて制作体勢を整えようとした。そこで当時の東京ムービーの社長であった藤岡豊東映動画(現:東映アニメーション)から独立したアニメーター楠部大吉郎に声をかけたことが創立のきっかけだった。そして楠部は、東映動画の新人アニメーターだった芝山努小林治に声をかけ、少し遅れて椛島義夫森下圭介の2人が楠部らに合流して計5人が創立メンバーとなり、Aプロは渋谷区代々木にその拠点を構えた。東京ムービーは営業を担当し、Aプロは制作担当として業務提携(資本関係なし)という形をとった。そして楠部の弟である楠部三吉郎東京ムービーに入社し、制作管理スタッフとして兄の大吉郎を支えた。やがて東映動画も劇場長編アニメから新人を中心としたテレビアニメ制作へと方向転換を始めると、東映動画の長編スタッフ、中堅のスタッフが続々とAプロへ移籍して来る。これら移籍組の小山礼司吉田茂承大塚康生宮崎駿高畑勲小田部羊一らと、定期採用で育成された当時の新人、中村英一といったアニメーターや演出家が、東京ムービーの代表作である『オバケのQ太郎』『巨人の星』『ルパン三世 (TV第1シリーズ)』『ど根性ガエル』『荒野の少年イサム』『天才バカボン』など、数多くの作品を手掛けた。

作画・演出スタッフの他に美術部門・仕上げ部門も擁して、最盛時にはテレビアニメ5作品の同時制作を誇っていた。しかし1974年(昭和49年)に楠部大吉郎が病気で1年間療養したこと、更に東京ムービーの藤岡が日本市場への関心を失い、アメリカ市場開拓のために奔走しているうちに東京ムービー製作作品の本数が減少した。こうした背景と経営の危機を迎えたことで実制作のみの体制に限界を感じた楠部は自社で企画・制作をする会社にするため、1976年(昭和51年)の『元祖天才バカボン』を最後に東京ムービーとの提携を円満解消して独立。こうしてAプロは、1976年(昭和51年)9月9日に社名を「シンエイ動画株式会社」に変更、改組した。

 

シンエイ動画時代

こうして再出発したシンエイ動画は、社屋を田無市北原町(現在の西東京市)へと移転、その際には仕上部門を切り離し作画スタッフも大幅に削減して、経営をスリム化している。この時に独立した作画スタッフが設立したものが亜細亜堂等のスタジオである。なお、小山礼司が率いた美術部門は、小山が独立した形で早くに廃している。そして東京ムービーに在籍していた楠部三吉郎は専務取締役としてシンエイ動画へと移籍。兄の大吉郎と共に経営を支えた。またAプロからシンエイ動画として独立した記念として、東京ムービーが持っていた『ドラえもん』の映像化権を藤岡から譲渡されたという逸話がある。東京ムービーから独立後のデビュー作は、PR用の短編映画『草原の子テングリ』(1977年)。しばらくは他社のグロス請けなどをこなしたのち、1979年にはテレビアニメ『ドラえもん』を苦心の末、再びアニメ化にこぎ着ける。このシンエイ版『ドラえもん』の成功が、シンエイ動画の経営上の礎となった。そして業務拡大のため、1982年には社屋を田無市南町に移転。一部のスタッフは旧スタジオに残り、あにまる屋(現: エクラアニマル)を設立した。そして1980年代を中心に数多くの藤子不二雄作品や『月刊コロコロコミック』連載作品などを中心に次々とアニメ化。これらはテレビ朝日系を中心に放映された。1992年には田無市本町に社屋を新築し移転。この青い塗装のビルは同社の経営を支えた『ドラえもん』に感謝を込め『ドラえもんビル』という愛称がある。同年にはテレビアニメ『クレヨンしんちゃん』がスタート。

 

2003年1月には、テレビ朝日シンエイ動画の10%の株式を取得し、資本提携する。2009年4月よりテレビ朝日シンエイ動画の株式の大半を取得し、テレビ朝日連結子会社になった。新社長は岩永惠に、楠部三吉郎は代表取締役会長へ就任した。2010年10月15日、楠部三吉郎が保有する株式をテレビ朝日が追加取得したことにより、テレビ朝日の100%子会社となった。2002年からテレビ朝日ケーブルテレビスカパー!スカパー!e2他で展開する通信衛星テレビ放送局・「テレ朝チャンネル」で、シンエイ動画製作作品(初回放送時にテレ朝系列でない作品を含む)を集中的に取り上げる「シンエイアニメシアター」という番組が毎日放映されている。2009年11月には旧社屋の北西方向、東京都道5号新宿青梅線旧道(青梅街道)沿い(西東京市田無町3丁目)に青い塗装の新社屋を落成、入居を開始した。旧社屋はしばらく空きテナントとなっていたが、2011年平成23年)に社会福祉法人檸檬会がビルを借り上げ、「レイモンドたなしほいくえん」に転用された。2012年7月、代表取締役社長に梅澤道彦常務が昇格し就任した。また別紙博行専務代表取締役専務に昇格した。社長の梅澤は前任の岩永同様にテレビ朝日からの出向である。2015年、別紙博行が代表取締役を退任し、梅澤道彦が単独で代表取締役を務める。2016年にはアスミック・エーストムス・エンタテインメントジェイアール東日本企画住友商事と共にアニメ製作プロジェクトチーム「あにめのめ」を立ち上げる。シンエイ動画はトムスと共同でアニメ企画・制作を担当し、2018年の枠消滅まで『笑ゥせぇるすまんNEW』『からかい上手の高木さん』など5作品を手掛けた。2017年4月、SynergySP子会社化。同社の代表は元取締役・チーフプロデューサーの増子相二郎が就任した。2021年1月、初のストップモーション・アニメーションである「PUI PUI モルカー」の放送が開始。

 

旧社屋。窓側にドラえもんが陣取っており「ドラえもんビル」の愛称で親しまれた。現在は社会福祉法人檸檬会が運営する保育園「レイモンドたなしほいくえん」となっている(2006年12月撮影)。

 

劇場作品[編集]

シンエイ動画に改組してからの事実上の劇場デビュー作は、1980年(昭和55年)3月公開の『ドラえもん のび太の恐竜』である。東宝の配給で同時上映は、『モスラ対ゴジラ』だった。東宝の番組ラインとしては、1978年まで学校の休み期間中に上映していたゴジラ映画と短編のテレビアニメ数本を上映する東宝チャンピオンまつりの流れを汲むもので[13]、当初は長編ではない予定だったが、原作者の藤子・F・不二雄から「僕の中では90分ないと映画とは呼べない」という要望を受けてオリジナルの新作長編映画として制作された[14][15]。以後、短編-中編の藤子作品の併映作と共に、毎年3月の春休み映画として『ドラえもん』の劇場版が上映されるようになった。1980年代に多く行われていた藤子アニメ三本立て興行は、1990年代以降、影を潜めた。しかし、『ザ・ドラえもんズ』といった30分の短編と長編『ドラえもん』のセットは2004年まで続いた。映画『ドラえもん』シリーズは、2005年(平成17年)からのテレビシリーズ全面リニューアルの影響でその年は作られず、2006年(平成18年)から再び上映されるようになった。また、これを機に短編作品は作られなくなった。『クレヨンしんちゃん』も『クレヨンしんちゃん アクション仮面VSハイグレ魔王』が作られ、1993年夏に映画初登場。1994年以降は毎年春にシリーズ上映されている。

これまでシンエイ動画制作の劇場アニメは、テレビシリーズの映画化が中心だったが、2007年の『河童のクゥと夏休み』(監督: 原恵一)は、改組後初めての劇場オリジナル作品となった。

CG・デジタル制作[編集]

CGにおいては、ドラえもん・ヨーロッパ鉄道の旅で最初に使用した。CGは殆ど外注であったが、1990年代に入ると、アニメーターの堤規至が『クレヨンしんちゃん』の特番用アバンタイトルにCGを取り入れ、やがて彼を中心にCGI班が立ち上がり、シンエイ動画社内でも制作されるようになった。しかし、1990年代後半から始まったアニメ業界のデジタル制作(デジタルペイント・デジタル撮影)化の波が押し寄せる中においても、仕上・撮影を外注化していることから基本的にはセルアニメでの制作を堅持し続け、デジタル制作はあくまでも部分的使用に留まっていた。そして外注スタジオのデジタル制作対応に伴い『ジャングルはいつもハレのちグゥ』(2001年)でフルデジタル制作を本格的に開始。その流れに伴って他の作品も2002年以降、デジタルでの制作へと完全に移行した。また、2005年4月以降は地上デジタル放送対応に伴い、全てのテレビ作品がハイビジョン制作されるようになったが、ローカルセールスだった『あたしンち』のみハイビジョン化が2006年4月8日まで持ち越しとなった。

 

関連項目[編集]

 

AUDIO PLANNING U

(オーディオ・プランニングユー)

AUDIO PLANNING U(株式会社オーディオ・プランニングユー、略称:APU)は、アニメーションの音響制作を手がける日本企業。日本音声製作者連盟(音声連)加盟社。

 

本社所在地 153-0064
東京都目黒区下目黒一丁目3番地3
設立 1972年4月25日
業種 情報・通信業
法人番号 8013201010156
事業内容 アニメーション番組の音響制作・録音
代表者 代表取締役社長 浦上靖之

 

 


概要・沿革[編集]

虫プロダクション(旧)出身の音響監督である浦上靖夫1972年4月25日に創立した。当初は自社スタジオを持たず、他社のスタジオ(整音スタジオアバコスタジオ、番町スタジオなど)を使用していたが、1981年に東京都渋谷区に本社兼スタジオの「APUスタジオ」を構える。2003年にマルチオーディオスタジオ「APU MEGURO STUDIO(APU目黒スタジオ)」の完成に伴い、本社機能を移転。併せてロゴタイプを更新し、カタカナ表記の「オーディオ・プランニング・ユー」から英字表記「AUDIO PLANNING U」とクレジットされるようになった。『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』『名探偵コナン』『それいけ!アンパンマン』『忍たま乱太郎』など長寿作品を手がけ、大手声優事務所に所属する中堅からベテランクラスの声優を多く起用するのが特色。一方、2010年代以降は新規で担当する作品が減少傾向にある。

 


 

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HALF H・P STUDIO

(ハーフエイチ・ピースタジオ)

株式会社HALF H・P STUDIO(ハーフエイチ・ピースタジオ)は、アニメーションの音響制作、海外映像作品の日本語版制作、オーディオドラマの制作、録音・マルチオーディオスタジオの運営を主な業務とする企業である。日本音楽著作権協会、日本音声製作者連盟、日本ポストプロダクション協会加盟。

 

市場情報 非上場
本社所在地 151-0063
東京都渋谷区富ヶ谷1-3-4 BOF代々木公園2
設立 1984年1月
業種 サービス業
事業内容 アニメーション及び、外国映画・テレビ番組の日本語吹替版の音響制作
録音スタジオの運営

 


 

概要[編集]

声優マネジメントを行う株式会社81プロデュースの100%出資の完全子会社である。

代表取締役81プロデュースと同じく南沢道義が務めている。

沿革[編集]

  • 1984年1月 - 有限会社81音楽出版として設立
  • 1991年11月 - 有限会社HALF H・Pに社名変更
  • 1995年6月 - 株式会社に組織変更を行ない社名を現在の社名に変更
  • 2019年9月 - 第5ステージの設備がDOLBY ATMOSに対応

 

株式会社 HALF H・P STUDIO | アニメの音声音響制作から外国映画の日本語版、予告編制作までをトータルプロデュース。


CONCEPTコンセプト

人の力で、未来をひらく

日本語は、私たちにとって大切な文化です。
歌舞伎や浄瑠璃といった古典から、外国映画の吹き替えやアニメ、ゲームを含め、
「言葉」は日本の文化そのものなのです。

技術は進化し続け、言葉自体も変化を重ねていきます。
変わりゆく世界、進んでゆく時代に耳を傾けながら、
日本語という「言葉」を通じて未来に想いを届けたい。 

作品を観る人、聴く人と、心でつながるものだからこそ、私たちは「人」の持つ感性を大事にしています。
制作現場の熱い想いはそのままに、進化するデジタル技術と共生・共存しながら、私たちはこれからも胸高鳴る作品を創り続けていきます。

GREETING代表あいさつ

 

音声制作の最前線を魅力的に

外国映画・ドラマ作品への日本語吹き替えがテレビ放送とともに始まり60年以上が経ちます。数々の思い出を持つ作品とともに、おかげ様で81グループは2020年に40周年を迎えることができました

 

私たちグループ各社は、音声制作業務において以下の理念を掲げております。

言語と真摯に向き合い、高品質の作品を創ること。

音声制作を担う次世代スタッフ・キャストの育成に取り組むこと。

音響制作・日本語版制作の文化論を大切に育むこと。

 

映像コンテンツの分野の変化拡大とともに声優、音声制作に関する活躍の場は日本に留まらず世界へと広がりつづけています。変わりゆく時代のなかで、これまで培った技術、文化を次世代へ継なぐことが我々の使命だと感じています。

 

魅力ある音声制作業界が継続され、時代を彩る珠玉の作品と共生し、何時までも皆様に愛され支持されます事を願っております。

代表取締役社長

南沢 道義

 

会社概要

会社名

株式会社 ハーフ エイチ・ピー スタジオ(HALF H・P STUDIO Co., Ltd)

所在地

〒151-0063

東京都渋谷区富ヶ谷1-3-4 BOF2代々木公園

連絡先

アニメ関連制作事業部

 TEL: 03-3485-7778 FAX: 03-3485-7779
日本語版制作事業部

 TEL: 03-3485-7776 FAX: 03-3485-7854

設立 1984
資本金 10,000,000円
役員 代表取締役社長  南沢 道義
常務取締役    別府 憲治
常務取締役    西名  武
常務取締役    百田 英生
取締役      前田 伊緒
取締役(非常勤) 南沢  郁
取締役(非常勤) 野村 忠司
監査役      田村 祥子
従業員数 73名(2020年1月現在)
主要業務 ・アニメーション、ゲーム、ボイスオーバーの音響音声制作
・外国映画、ドラマ、ゲームの字幕吹替制作
関連グループ会社 株式会社81プロデュース
株式会社1981 GROUP HOLDINGS
81ACTOR’S STUDIO
グループ会社加盟団体
  • 一般社団法人 日本音声製作者連盟
  • 一般社団法人 日本ポストプロダクション協会
  • 一般社団法人 日本音楽著作権協会
  • 一般社団法人 日本動画協会
  • 一般社団法人 日本声優事業社協議会
  • 協同組合   日本俳優連合
  • 一般社団法人 日本コンテンツ振興機構
  • 公益財団法人 ユニジャパン
  • 外国映画通関連絡協議会

主要取引先一覧

株式会社アニプレックス
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
エイベックス・ピクチャーズ株式会社
株式会社NHKエンタープライズ
株式会社オー・エル・エム
株式会社オー・エル・エム・デジタル
株式会社KADOKAWA
ギャガ株式会社
株式会社講談社
株式会社コナミデジタルエンタテインメント
株式会社Cygames
サミー株式会社
CBS スタジオズ・インターナショナル
株式会社小学館
株式会社小学館集英社プロダクション
株式会社小学館ミュージック&デジタルエンタテインメント

 
 
 

他 (敬称略・50音順)

沿革

1981.02 (有)81プロデュース設立
1984.01 (有)81音楽出版設立、日本音楽著作権協会に加盟
1991.11 (有)81音楽出版、(有)HALF H・Pに社名変更
1993.10 (有)HALF H・P、日本音声製作者連盟に加盟
1995.06 (有)HALF H・P、(株)HALF H・P STUDIOに組織及び社名変更
日本ポストプロダクション協会に加盟
1995.07 東京都渋谷区富ヶ谷1-3-5に社屋完成(BOF1代々木公園)
グループ3社が1つのビルにて営業開始
アフレコスタジオ STAGE1新設
2001.12 デジタルコンポーネントVTR編集室新設
5.1ch対応アフレコスタジオ STAGE2新設
2003.11 東京都渋谷区富ヶ谷1-3-4に新社屋<本社>完成(BOF2代々木公園)
2004.02 6.1ch対応トラックダウンスタジオ STAGE3新設
2004.08 5.1ch対応アフレコスタジオ 新宿サテライト新設
2005.08

東京都渋谷区幡ヶ谷1-10-7にてスタジオ運営開始(BOF3幡ヶ谷)
5.1ch対応トラックダウンスタジオ STAGE5新設

5.1ch対応アフレコスタジオ STAGE6新設

2010.12

新宿サテライト閉館

7.1ch対応アフレコスタジオ STAGE G 新設

2012.09 東京都渋谷区笹塚1-52-18にてアクターズスタジオ運営開始(BOF5笹塚)
2014.07 BOF1全館 リニューアルオープン
2017.08 5.1ch対応アフレコスタジオ STAGE4新設
2019.09 Dolby Atmos Home対応スタジオ STAGE5リニューアルオープン

セキュリティ

BOF3幡ヶ谷スタジオはTPNの審査を受け、セキュリティの向上に努めています。

エクラアニマル

株式会社エクラアニマルは、アニメーションの企画・制作を主な事業内容とする日本企業。本項では事実上の前身である「あにまる屋」についても述べ、作品履歴も同一のものとして扱う。

 

本社所在地 日本の旗 日本
188-0033
東京都西東京市北原町3-6-10
座標北緯35度44分12.2秒 東経139度32分31.0秒
設立 2007年11月

 


 

概要[編集]

1982年12月13日、「有限会社アニマル屋」(あにまるや)として、当時シンエイ動画が制作していたテレビアニメ『怪物くん』のプロデューサー・真田芳房を中心に福冨博森脇真琴本多敏行木上益治奈須川充、鈴木信一らシンエイ動画所属の演出家・アニメーターが独立する形で設立。代表には真田が就任した。本社所在地は東京都西東京市北原町三丁目6番10号で、社屋は同年12月に業務拡大のため田無市(現:西東京市)南町へ移転したシンエイ動画の旧社屋を譲り受けたものである。人脈的にはAプロダクション(以下、Aプロ)出身のメンバーが多く、その関係から引き続きAプロの後身であるシンエイ動画や、Aプロに制作委託していた東京ムービーの仕事を行った。さらに土田プロダクションとその実質的後継であるスタジオコメットなどの他社制作作品の演出、作画協力、グロス請けを中心に活動して来た。『だるまちゃん』や『フイチンさん』、『風のように』など、自主制作作品も手掛けている。過去には所属していた木上益治プロレスファンであったことから「肉体派アニメーター」を自称し、シンエイ動画時代からスタジオにトレーニング場を設け、ダンベルバーベルなどボディビルの器具が設置されているという異色のスタジオであった。入社の基準もある程度の重さのバーベルを持ち上げられることになっていたという。 本多のAプロ時代の同僚である近藤喜文テレコム・アニメーションフィルムを退社した際、細身であった氏を招こうと、バーベルの基準を大幅に下げることを考えていたという逸話がある 。1987年12月、真田が肝硬変のため死去し、本多が二代目代表取締役となった。会社で入っていた生命保険は遺族の意向で受け取られず、絵本の自費出版資金となり、木上が中心となって『小さなジャムとゴブリンのオップ』を製作。関係者に配布された。同書の登場人物であるジャムはそのままあにまる屋のマスコットキャラクターとなったほか、社内でアニメを自主制作する機運が高まったきっかけになった。2007年、「株式会社エクラアニマル」を設立し業務を継承。制作プロデューサーの豊永ひとみが代表取締役に就任した。

 


 

アセンション (企業)

株式会社アセンションascension Inc.)は、劇場アニメーション映画、及びテレビアニメーションの企画・制作を主な事業内容とする日本企業

 

本社所在地 日本の旗 日本
177-0052
東京都練馬区関町東1丁目21番6号
センチュリーホーム武蔵関
座標北緯35度43分27.2秒 東経139度34分52.2秒
本店所在地 177-0044
東京都練馬区上石神井4丁目4番21号
設立 2008年
業種 情報・通信業
法人番号 4011601014326 
事業内容 アニメーション映画、及びテレビアニメーションの企画・制作

 



 

概要[編集]

シンエイ動画で長年プロデューサーを務めていた茂木仁史が2008年に独立。同時期にフリーとなり、長年コンビで作品を送り出した原恵一の監督作品である『カラフル』の実制作を皮切りにシンエイ動画作品のグロス請けとして活動を開始。『エリアの騎士』では第1話から、数多くの回の制作を担当した。シリーズ作品では『LINE TOWN』が初の制作元請けとなる。社名は、ジャズ・サックス奏者ジョン・コルトレーンが1965年に発表したアルバム「Ascension」(アセンション)に由来する。法人ペンネームとして阿泉 紫苑を使用している。2014年11月25日に本社を練馬区石神井から練馬区関町東に移転した。

 


 

 

株式会社エイティワンプロデュース

(81プロデュース)

 

※アニメーションの音響制作、海外作品の日本語版制作、録音・マルチオーディオスタジオの運営を主な業務とするHALF H・P STUDIO

(ハーフエイチ・ピースタジオ)は声優マネジメントを行う株式会社81プロデュースの100%出資の完全子会社です。

 株式会社エイティワンプロデュース81プロデュースは、日本声優事務所である。

 

本社所在地 日本の旗 日本
151-0063
東京都渋谷区富ヶ谷1丁目3番4号
BOF2代々木公園
設立 1981年(昭和56年)2月3日

 


 

 

事業内容 声優のマネージメント 他
代表者 代表取締役 南沢道義
資本金 1,050万円
主要子会社 HALF H・P STUDIO
Sewedi SP
81Actor's Studio(81プロデュース付属俳優養成所)
関係する人物 中尾隆聖
なかのとおる
西名武

 

 

概要

 

1970年代後半、声優という言葉が確立してきた頃だったが、そう呼ばれることに反発し、「自分は役者であり、歌ったりイベント出演することはせず今まで通りであるべきである」とする者と「時代の変化に対応するべき」とする富山敬やスタッフなどで大手事務所の青二プロダクションが二分することになる。1976年青二プロダクションへ入社した南沢道義(みなみさわ みちよし、1952年 - )は28歳にして先頭を切る旗印のようになり、19812月、ぷろだくしょんバオバブの企画制作部門のスタッフらと独立して81プロデュースを設立した。社名は設立年に由来する。南沢は社長を目指していたわけではないが、声優のマネジメントや番組プロデュースがしたいため、自由な環境で若い素材をのびのびとやらせてあげたいと飛び出した。ミュージカル飛べ!京浜ドラキュラ』などの声優が出演する演劇制作を業務の中心とするプロダクションとしてスタートし、1983年より俳優部門を備え声優事務所としての活動を開始する。1990年東京放送劇団が解散したことに伴い、白坂道子関根信昭八木光生などの同劇団出身のベテランが複数所属している。ドキュメンタリー番組学校放送番組等のNHKエデュケーショナル制作の番組に所属声優が出演することが多く、実写(顔出し)で出演した学校放送番組もある。また、関連会社である音響制作会社のHALF H・P STUDIONHKで放送される外国テレビドラマの日本語吹替やアニメの音響の制作を数多く担当し、一話5分~10分程度の作品では81プロデュースの所属声優を中心にキャスティングすることが多い。また、小学館集英社プロダクション製作のアニメの大半の作品でキャスティング協力を手がけている。青二プロダクションほどではないものの、東映アニメーションとの結び付きも強い。エイベックス・グループとの結び付きも強く、協業活動をしている。2015年に「声優ミュージアム」及び、「81ライブサロン」を、同事務所の声優養成機関「81ACTOR'S STUDIO」の所在する社屋に開設している。