アニメ会社の記入。≪第二章≫ アニメーション制作会社と関連する会社(企業)を更に覚書(メモ)を参考に調べる。【其之壹】

 

アニメアール

有限会社アニメアールは、日本アニメ作画・仕上げスタジオ。アニメーター谷口守泰が主宰。


概要・社歴[編集]

1970年代末、アニメーターの谷口と村中博美が大阪に設立した作画スタジオがアニメアール(以後、『アール』と表記)である。谷口の第1スタジオと村中の第2スタジオから成っていた。当初は、谷口と徳永尚和が講師を務めていた大阪デザイナー専門学校の卒業生を現場参加させてスタート。1980年代、アニメスタジオの大半が東京を拠点に活動している中、西日本で殆ど唯一アニメーション制作に関わっており、アニメ雑誌で人気の高いサンライズ作品の作画を多く担当したことから、当時のアニメ雑誌でも注目を浴びたスタジオである。ここでアニメのノウハウを学び、現在第一線で活躍中のアニメーターも多い。2004年頃に仕上げスタッフを立ち上げ、他社からの作画作業を請け負うだけではなく仕上げ作業も請け負うようになった。

設立間もない頃のTVアニメ『伝説巨神イデオン』(1980年)では新人の育成の感が否めず苦戦を強いられるが、その中で以後に毛利和昭貴志夫美子河村佳江などが成長。特に毛利は、当時の若手アニメーターに多くいた金田伊功フォロワーの中でも、抜きん出たアクション派として頭角を現す。続く『太陽の牙ダグラム』(1981年 - 1983年)でのアールの作画は、一転、毛利の素晴らしいメカアクションと谷口のリアル且つスタイリッシュな人物描写で突出する。これに心酔し、アールの門を叩くのが、後にアニメ映画『人狼 JIN-ROH』(2000年)を監督する沖浦啓之ボンズ設立に携わる逢坂浩司らである。劇場版『ドキュメント 太陽の牙ダグラム』(1983年)の新作シーンを担当した後、その流れで高橋良輔監督の日本サンライズ(後のサンライズ)製作のリアルロボット物第2弾『装甲騎兵ボトムズ』(1983年 - 1984年) に参加。各話作画監督を担当した谷口の描く、クールさを前面に押し出す意図的なデザイン変更が施された同作の主人公は「谷口キリコ」と呼ばれ、谷口をはじめアール自体が一躍注目を受けるようになる。やがてアールには、当時新鋭の吉田徹糸島雅彦日本アニメーションから毛利の友人加瀬政広も加わり、『ボトムズ』の主要エピソードの殆どを担当することになった。

 

【住所】


スタジオ・ムー

スタジオ・ムーはアニメーション作画スタジオ。大阪府大阪市スタジオを構える。


概要[編集]

1986年(昭和61年)8月設立。そもそもアニメアールには第一スタジオと第二スタジオが存在した。第一スタジオは谷口守泰、第二スタジオは村中博美が率いていた。途中、村中チームがスタジオ・ムーと改名し、分離したのがムーの始まりである。

ちなみに谷口チームには毛利和昭沖浦啓之逢坂浩司木村貴宏らが所属し、村中チームには黄瀬和哉山本佐和子、大島康弘らが所属していた。

 

【住所】


 

albacrow(アルバクロウ)

アニメーターの奥居久明氏とプロデューサーの稲垣亮祐氏が設立したアニメスタジオ。

 



アルバクロウは2020年より 株式会社Yostar Pictures(ヨースターピクチャーズ)の 一部門として活動させて頂きます。今まで以上に、アニメ制作だけに限らず、ゲーム開発や企画デザインなど、新しい作り方のコンテンツ制作に幅広く関わっていきたいと思っております。

 ※アニメ会社の記入一覧の63番目にYostar Pictures(ヨースターピクチャーズ)

と記しております。

 

代表社員 稲垣亮祐

業務執行社員 さとうけいいち、石田貴久

求人などのお問い合わせ​も、Yostar Picturesに集約させて頂きますので公式サイトをご確認下さい。

〒101-0022 東京都千代田区神田練塀町300番 住友不動産秋葉原駅前ビル11階

 


 

エー・シー・ジーティー(ACGT)

株式会社エー・シー・ジーティーACGT Co.,Ltd.)は、日本アニメ制作会社

 

本社所在地 日本の旗 日本
180-0002
東京都武蔵野市吉祥寺東町一丁目13番3号
設立 2000年12月19日

 

概要・沿革[編集]

2000年12月、ライフワークの制作出身で、トライアングルスタッフの制作プロデューサーを務めた安部正次郎と制作スタッフの馬場健らがオービー企画の関連会社として東京都杉並区井草五丁目に設立した。

2006年、東京都練馬区ラディクス旧本社所在地に移転。近年はグロス請けをメインとして、様々な作品に参加している。


≪会社概要≫
会社名:株式会社エー・シー・ジーティー

住所:
〒180-0002
東京都武蔵野市吉祥寺東町1ー13ー3

TEL 0422ー27ー5062
FAX 0422ー27ー5072

代表取締役:安部 正次郎
取締役:馬場 健
取締役:須賀 重行

スタッフ:20名

資本金:1,800万円

会社設立:平成12年12月

年商:3億円

取引銀行:多摩信用金庫 成蹊学園前支店
みずほ銀行 北沢支店
三井住友銀行 武蔵関支店

主な取引先:(株)オービー企画、(株)ジェンコ
ジェネオン・ユニバーサル・エンタテインメントジャパン合同会社
株式会社KADOKAWAメディアファクトリーBC

業務内容:アニメーションの企画・制作

関連会社:
株式会社オービー企画
(住所:東京都新宿区西新宿7-4-5 富士野ビル8F、
 代表取締役:宇佐美 廉、設立年月日:昭和56年9月)

株式会社アールイーエヌ
(住所:東京都世田谷区上馬4-17-8、
 代表取締役 :宇佐美 廉、設立年月日:昭和59年2月)
≪沿革≫
2000年12月 (株)オービー企画の関連会社として、会社設立。
      オービー企画の企画作品を中心にアニメーション制作会社として活動を始める。

2007年11月 業務拡張のため、杉並区井草より練馬区関町南へ本店移転。

2012年2月 武蔵野市吉祥寺東町へ本店移転。

現在に至る。

 

ライフワーク (アニメ制作会社)

有限会社ライフワークは、かつて存在していた日本のアニメーション制作会社である。本社及び制作スタジオは、東京都練馬区石神井1丁目16番地9号に所在した(※1995年当時)。


概要[編集]

スタジオ・ゼロ日本サンライズ(現:サンライズ)で制作を務めていた神田豊が、プロダクション・ルーズの制作を経て小森徹や青木健らと共に1984年頃に設立。以来、1990年代にかけ、東映動画作品や日本アニメーション作品などに「各話制作・制作協力(グロス請け)」という形で多く関わった。『仮面の忍者 赤影』『ちびまる子ちゃん(第1期)』『少年アシベシリーズ』などでは、全回の制作に関与している。演出家の石崎すすむや棚橋一徳らが在籍し、後に演出家へ転向する大西景介も制作管理スタッフとして在籍していた。2002年頃に倒産。

 

スタジオ・ゼロ

スタジオ・ゼロ(登記上の商号は有限会社スタジオゼロ)は、1963年トキワ荘出身の漫画家らが設立したアニメーション、漫画の制作会社。1971年の事実上の解散以降は、アニメーション作家・鈴木伸一が法人格を継承・存続させて個人事務所の名称として使用。鈴木の自主作品、アニメCM制作、過去のゼロ作品の版権業務をメインとしている。

 

会社概要[編集]

鈴木伸一石森章太郎つのだじろう、角田喜代一(つのだじろうの兄。電通勤務)、藤子不二雄安孫子素雄藤本弘)と一人の社員により設立、のちに赤塚不二夫も参加。

トキワ荘時代よもう一度」という触れ込みで、手塚治虫が設立したアニメ会社虫プロダクションの様なアニメを作る会社を、すでにアニメ制作にたずさわっていた鈴木伸一を中心として1963年(昭和38年)5月8日に設立された。当初の社屋は、東京・中野の旧ボクシングジムを借りていた。余りにも傷みの酷い建物だったため、「スタジオ・ボロ」と仲間内から揶揄されていたという。その後、1965年(昭和40年)に新宿区淀橋(十二社、現・西新宿)の市川ビル内に移転している。当初は役員5名、社員1名という体制で、任期2年の社長の順番はあみだくじで決定した。初代社長の鈴木から第2代社長のつのだじろうを経て、第3代の藤本のときに最盛期を迎え、第4代社長石森のときに解散した。やがて漫画家たちが雑誌部の立ち上げで多忙になるにつれて鈴木以外はアニメには関われなくなり、アニメ専業の社員を増やしていく。その最盛期には100人近くの社員が在籍していた。しかし、アニメ制作部門がスポンサー降板などの理由のため仕事が減り、その社員も次第に他社へ引き抜かれてしまい、1971年(昭和46年)に実質的に解散状態となる。その際にされた清算は奇しくも0円だったという。その後は鈴木伸一の個人事務所として、法人格と名称のみが継承された。新宿・十二社の市川ビル時代にはスタジオゼロだけでなく藤子不二雄藤子スタジオ)、赤塚不二夫(フジオ・プロ)、つのだじろうつのだじろうプロ。現 秦企画)のそれぞれのプロダクションも入居していた。この時期のエピソードとして、藤子スタジオは常に真面目に原稿作業をしているのと対照的に、隣のフジオ・プロでは赤塚が銀玉鉄砲でアシスタントらと撃ち合って遊んでいるのに対して、温厚で知られる藤子・F・不二雄が「うるさい!」と怒ったことがあるという。スタジオ・ゼロが鈴木の個人事業状態となり、各プロダクションが引っ越した後も市川ビルにはそのまま「スタジオ・ゼロ」の文字が掲げられていたが、2003年9月に解体された。

 

トライアングルスタッフ

有限会社トライアングルスタッフ(英語表記:TRIANGLE STAFF CORP.)は、2000年12月頃までアニメーション制作事業を行っていた日本の企業。

 

概要[編集]

マッドハウスの制作プロデューサーとして、『幻魔大戦』などを手がけた浅利義美が退社後に独立し、1987年1月に東京都杉並区荻窪で創業した(その後、同区桃井に本社を移転)。ビデオシリーズの制作を中心に活動し、1990年代後半からは劇場作品・テレビシリーズの元請制作へと乗り出した。1998年の『serial experiments lain』は、第二回メディア文化賞アニメーション部門優秀賞を受賞するなどの評価を受けた。しかし、2000年12月頃にアニメーション制作事業を停止した。事業停止となる前後の1999年3月に、制作プロデューサーの山口克巳が「パルム」(パルムスタジオ)を設立した。2000年12月には同じく制作プロデューサーの安部正次郎や制作スタッフの馬場健らが、オービー企画傘下の制作会社である「エー・シー・ジー・ティー」(A・C・G・T)の設立に参加するなど独立が相次いだ(その後2006年12月に、制作プロデューサーの大橋浩一郎が「スタジオケルマディック」を設立した。)。事業停止となった理由は明らかにされていないが、事業停止後も同社の名前は著作権表示で見られる。制作中だった『WXIII 機動警察パトレイバー』は、古巣のマッドハウスが制作を引き継ぎ2002年に公開された。

 

ガイナ (アニメ制作会社)<スタジオガイナ>

株式会社ガイナは、2014年に設立された日本アニメ制作会社木下グループの子会社。本社は東京都武蔵野市。通称として「スタジオガイナ」(studio GAINA)を用いる。

本社所在地 日本の旗 日本
180-0004
東京都武蔵野市吉祥寺本町1-12-13
センチュリーホーム吉祥寺ビル6階
座標北緯35度42分19.3秒 東経139度34分51.8秒
設立 2014年11月4日


 

事業内容 映像作品の企画、製作、販売、配給並びに配信 他
代表者 浅尾 芳宣(代表取締役社長)
資本金 1000万円(2020年3月31日現在)
純利益 73万8000円(2020年3月期)
総資産 3億3926万6000円
(2020年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 株式会社木下グループ(100%)
主要子会社 株式会社福島ガイナ
関係する人物 木下直哉(取締役)

 

アニメ制作会社ガイナックスによって2014年11月、アニメミュージアム福島さくら遊学舎」(2015年4月開設)の運営などを行う株式会社福島ガイナックス(ふくしまガイナックス)として、福島県田村郡三春町に設立された。2015年11月にガイナックス保有の自社株式を全株引き受け独立した。福島さくら遊学舎内に制作スタジオを設け、アニメーションの作画、仕上げ、制作管理を行った。代表取締役は設立当時ガイナックスのプロデューサーだった福島県出身の浅尾芳宣で、2016年には、NHK東日本大震災復興応援キャンペーンとして前年に制作した2分アニメを元にした25分テレビアニメーション想いのかけら」を制作した。同年9月には東京都小金井市に制作スタジオ「ガイナックススタジオ」(GAINAX studio)を開設。 福島ガイナックスと同様にWEBアニメを手掛け、連続テレビアニメーション作品『ピアノの森』(第1シリーズ、2018年放映 第2シリーズ、2019年放映)の元請制作を手がけた。2018年7月26日、兼ねてからアニメーションへの出資事業を展開していた株式会社木下グループに全株式を譲渡して傘下に入り、取締役会長に木下直哉が就任。同年8月9日に商号を株式会社ガイナに変更。本社を同社制作スタジオ「ガイナックススタジオ」所在地の小金井市に移転してスタジオ通称を「スタジオガイナ」に改称し、アニメーション制作事業を東京に概ね集約した。福島さくら遊学舎運営事業については、新たに設立した株式会社福島ガイナ(ふくしまガイナ)に分離承継した。

「福島さくら遊学舎」が入居する三春町旧桜中学校交流施設。

福島ガイナが運営。

 

 

作風[編集]

福島ガイナックス時代から、「政宗ダテニクル」などの福島を題材にしたWebアニメやテレビアニメを制作している。この系譜は経営母体が刷新されて以降も福島ガイナが継続している(『フライングベイビーズ』は福島を舞台とした物語)。スタジオガイナは前身であるガイナックススタジオ時代から一般的な商業アニメを手掛けており、木下グループ入りして以降は、かつての親会社ガイナックスから制作主体を引き継いだ劇場用アニメーション『蒼きウル』や『トップをねらえ3』(仮題)、オリジナルテレビアニメーションレスキューアカデミア』、『あくびをするにはワケがある』を制作する予定を公表している。


会社概要

会社名 株式会社福島ガイナ
所在地 〒963-7725
福島県田村郡三春町大字鷹巣字瀬山213番地
電話番号 福島ガイナ(代表)
0247-61-6341

 

空想とアートのミュージアム 福島さくら遊学舎
0247-61-6345

事業内容
(ミュージアム)
常設展管理運営
企画展管理運営
ワークショップ
グッズ開発
イベント運営
事業内容
(スタジオ)
作画作業
仕上げ作業
制作管理


木下グループ

株式会社木下グループ(きのしたグループ)は、東京都新宿区に本社を置く持株会社ハウスメーカー木下工務店などを傘下に置く。

 

本社所在地 日本の旗 日本
163-1308
東京都新宿区西新宿6丁目5番1号
新宿アイランドタワー9階
座標北緯35度41分35.6秒 東経139度41分35.3秒
設立 1990年10月4日
(株式会社エム・シー・コーポレーション

Shinjuku i-land tower 2012.JPG

新宿アイランドタワー(東京都新宿区)

 

沿革[編集]

 

木下工務店[編集]

概要[編集]

 

主な事業[編集]

  • 注文住宅の設計・施工・販売
  • 分譲住宅の設計・施工・販売
  • 建設請負

住宅地開発[編集]

 

グループ企業[編集]

住まい[編集]

  • 木下工務店
  • 木下工務店ホーム - 注文住宅事業
  • 木下工務店リフォーム - リフォーム工事、増改築、改装
  • 木下不動産 - 都市型マンション企画分譲、不動産仲介
  • 木下の賃貸 - 賃貸事業
  • キノシタコミュニティ - 清掃業務、設備維持管理業務、マンション管理組合業務
  • 木下抗菌サービス - 建物、遊具及びそれらの附属設備の除菌及び抗菌施工
  • 木下消毒クリーンセンター - 建物、遊具及びそれらの附属設備の安全点検・修繕・清掃・保守・管理並びに有害生物、微生物防除等防疫消毒・除菌・抗菌・消臭・防臭・防カビ・防虫等の施工

 

 

医療・福祉・教育[編集]

  • 木下の介護 - 介護サービス事業者
  • 木下の保育 - 認可・認証・認定保育園の運営
  • 木下福祉アカデミー - 教育事業
  • 木下未来学園 - 教育基本法、学校教育法、美容師法に従い、私立専修学校を設置し、学校教育を行うことを目的
  • くすりのキノシタ - 薬局の経営
  • 木下キャリアサポート - 労働者派遣事業及び有料職業紹介事業
  • 興生会 - 医療法人。介護老人保健施設ベルサンテの運営
  • 和光会 - 医療法人社団。総合川崎臨港病院、介護老人保健施設「和光の園」の運営
  • 松風会 - 社会福祉法人特別養護老人ホーム「花みずき」の運営
  • 慈愛会 - 保育事業、医療事業、保健衛生啓蒙活動、介護に関する事業
  • 北京木下医療科技有限公司(中国)- 高齢者事業に関するコンサルティング業務
  • JAPAN VIETNAM HUMAN RESOURCES JOINT STOCK COMPANY - 労働者派遣事業及び有料職業紹介事業
  • 新型コロナ検査センター - 臨床検査の受委託業務および検体受領代行業務

 

 

スポーツ[編集]

  • 木下テーブルテニスクラブ - スポーツに関する事業の運営、所属スポーツ選手のマネージメント業務
  • KSM - スポーツ選手等のマネージメント、斡旋及びスポンサーシップ契約並びにコンサルティング
  • 木下スケートアカデミー - フィギュアスケーターの育成

 

 

エンタメ・その他[編集]

 

文化支援事業[編集]

現法人となる旧:木下工務店住宅販売を買収した木下直哉が映画好きであり、2006年からは主に東映製作の邦画製作委員会への出資、ギャガエフエムインターウェーブらの買収(ギャガ株は2014年11月に全て売却)、スポーツ競技のスポンサーやTVアニメの製作委員会参加など資金面で支援する文化支援事業(メセナ)を積極的に推進しており、エンターテインメントビジネスの一翼を担っている。2018年8月には前述したとおり、アニメーション製作会社・株式会社ガイナを子会社とし、より深くアニメ製作へと関わる姿勢を表明した。

 

日本の旗 木下グループ卓球部 Table tennis pictogram.svg
スポーツ 卓球
所属リーグ Tリーグ
ディビジョン Tプレミアリーグ
創設年 2018年
サイト 公式サイト
本拠地
ホームタウン 男子東京都の旗東京都
女子神奈川県の旗神奈川県
監督 邱建新
■テンプレート■解説プロジェクト:卓球

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スポーツ事業

木下グループ所属スポーツ選手

卓球

2018年10月に開幕をした日本卓球リーグであるTリーグ、多くの選手は1部の「Tプレミアリーグ」に男子・女子共に参加。

詳しくは木下マイスター東京および木下アビエル神奈川を参照。

男子

女子

フィギュアスケート[編集]

スノーボード[編集]

サーフィン[編集]

障害馬術[編集]

スケートボード[編集]

競泳[編集]

後援スポーツ大会[編集]

ネーミングライツ[編集]

 

映画事業[編集]

映画館の運営[編集]

2018年10月に設立されたグループ会社の株式会社 kino cinéma(キノシネマ)が、2019年に横浜のみなとみらいエリアと東京の立川駅近くに、2020年に福岡の天神エリアミニシアター(いずれも3スクリーン)を開設している[4][5][6]

製作・配給作品[編集]

テレビアニメ[編集]

 


https://www.kinoshita-koumuten.co.jp/

木下工務店 公式サイト

 


 

カオスプロジェクト

有限会社カオスプロジェクトは、アニメーションの企画・制作を主な事業内容とする日本企業一般社団法人練馬アニメーション会員。

 

本社所在地 日本の旗 日本
176-0001
東京都練馬区練馬3丁目1番3号
設立 1995年7月3日

 

概要・沿革[編集]

土田プロダクションの制作であった榎本歩光が、同社内で色指定検査の仕事をしていた飯塚智久に誘われ、同社倒産後に飯塚が代表取締役を務めるスタジオ・ファンタジア(以下、ファンタジア)作画部門のプロデューサーとして参画。その後、ファンタジアは第一スタジオと第二スタジオに分裂。第一スタジオが独立してカオスプロジェクトになった。

ファンタジア第一スタジオ時代の制作作品は『プロジェクトA子3』、『プロジェクトA子4』、『魍魎戦記MADARA』、『魔狩人 デーモンハンター』、『エクスパーゼノン』、『万能文化猫娘』、『青空少女隊』等がある。

ファンタジアと直接的な資本関係は無いが、2016年に同社が事業停止~破産したのを境にカオスプロジェクトも活動停止状態に陥っている。

 

 

土田プロダクション

株式会社 土田プロダクション (つちだプロダクション)は、かつて存在した日本のアニメーション制作会社である。

 

概要・沿革[編集]

放送動画制作出身の土田治が、オフィス・ユニアニメの背景・美術を手掛ける企業、スタジオ・ユニとは別)のスタッフを経て、作画・演出・仕上げを手掛けるアニメ下請制作会社として1974年頃に創立。設立当初は、『ドカベン』等の日本アニメーション作品のグロス請け等を中心に活動していたが、1980年、『がんばれゴンベ』より元請制作を開始した。1982年制作の『さすがの猿飛』以降は、NAS制作作品の実制作を主に手掛けた。なお、本社は1984年時点では、東京都練馬区富士見台2丁目5番4号に所在した「富士見台第一ビル」内にあった(同ビルは、後に撤去され、現存していない)。1983年から制作に関与した『キャプテン翼』で一躍脚光を浴びるも、経営不振に陥る。『キャプテン翼』と同時進行で制作していた『ハイスクール!奇面組』は、当作の制作スタッフ(茂垣弘道、三沢伸、金沢比呂司、原田一男など)が独立し、立ち上げたスタジオコメットが引き継いだ(制作体制が整うまで、ぎゃろっぷも制作に参加していた)。その後『キャプテン翼』の放送が終了してからは資金繰りが悪化し、経営が破綻。1986年7月11日に倒産した。

 

放送動画制作

株式会社放送動画制作(ほうそうどうがせいさく)は、日本のテレビ映画の制作会社、とりわけアニメーション制作会社として知られる企業である。『官報』には株式会社放送動画製作と記載されている。1972年に「株式会社大日」(だいにち)に商号変更し、テレビ・ラジオCMなどの制作会社として存続。2006年に毎日放送保有していた株式20%を電通テックに売却した。

株式会社大日
Dai-nichi.Co.,Ltd
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
104-0045
東京都中央区築地1-7-10
築地オーミビル4・5階
設立 1966年2月15日
業種 情報・通信業
事業内容 テレビCM、ラジオCMの企画制作 官公庁、企業VPの企画制作 録音スタジオ事業 オリジナル音楽レーベル「d-rights music」
代表者 代表取締役社長 谷川 竜之
資本金 1,500万円
主要株主 株式会社電通
株式会社AOI Pro.


 

 

毎日放送が、『おそ松くん』のアニメ化をもってテレビアニメーション製作に初めて参入した1966年(昭和41年)、毎日放送は、東映動画(現在の東映アニメーション)を退社した山本善次郎(山本早苗)が2年前に設立したチルドレンズ・コーナーと、鈴木伸一らが3年前に設立したスタジオ・ゼロに実制作の発注を行い、同作を製作したことが前史として存在する。翌1967年(昭和42年)、毎日放送は、自社の子会社である「株式会社放送動画制作」にアニメ部を設け、チルドレンズ・コーナーとともに『かみなり坊やピッカリ・ビー』の制作を行ったのが、同社のアニメ制作の始まりである。スタッフはチルドレンズ・コーナーと同様に、ほとんどが東映動画出身者であり、光延博愛は同作で初めて演出としてクレジットされた。1968年(昭和43年)、毎日放送は同社製作のテレビアニメーション第3作『ファイトだ!!ピュー太』を、放送動画制作に全面発注する。構成に斎藤賢、光延博愛、永沢詢(永沢まこと)がクレジットされており、光延がチーフディレクターとして機能した。同作には、林静一鈴木欽一郎、白石邦俊(クニトシロウ)も参加した。『かみなり坊やピッカリ・ビー』、『ファイトだ!!ピュー太』いずれも白黒フィルムで撮影された、白黒テレビ映画であった。『ファイトだ!!ピュー太』の放映後、同社のアニメーション制作スタッフは解散した。斎藤賢、永沢まことらはオフィス・ユニを設立、土田治やクニトシロウはこれに参加、『キリンものしり大学 マンガ人物史』(1970年 - 1971年)や『世界ものしり旅行』(1971年 - 1974年)等を制作した。1973年(昭和48年)の『官報』には、「株式会社放送動画制作」が同一の所在地で記載されているが、法人格を継承している大日は1972年に社名変更したとしているため、関係は不明である。放送動画制作は、永沢まこと、倉橋達治 (倉橋孝治、倉橋こうじ)、竹内大三ひこねのりお彦根範夫)ら、のちにCM界や個人作家として大成する人物を多く輩出している。『ファイトだ!!ピュー太』は再放送の機会も少なく伝説の作品とされ、放映当時に視聴していた庵野秀明吉松孝博らの評価は高かった。1990年(平成2年)、毎日放送千里丘放送センターのスタジオ機能移転時に、フィルム保管倉庫から放送動画制作の作品が発見され、約30年ぶりに再評価の機会を得た。

 

株式会社放送動画制作
種類 株式会社
略称 放送動画
本社所在地 東京都千代田区有楽町1丁目9番4号
蚕糸会館
設立 1966年2月15日
業種 情報・通信業
事業内容 映像制作
代表者 代表取締役社長 関 亨
主要株主 株式会社毎日放送
株式会社電通

特記事項:放送動画制作当時の会社情報
1968年 アニメーション制作組織を解散


 

 

 


 

キネマシトラス

株式会社キネマシトラスKINEMA CITRUS Co., Ltd.)は、日本アニメ制作会社

Kinema Citrus logo.png

本社所在地 日本の旗 日本
167-0052
東京都杉並区南荻窪四丁目36番4号
第三田丸ビル202
座標北緯35度42分9.6秒 東経139度36分55.1秒
設立 2008年3月3日

 


概要[編集]

Production I.Gの制作出身でボンズの制作デスクであった小笠原宗紀が、2008年3月に同じくProduction I.G出身でバンダイビジュアル(現・バンダイナムコアーツ)のプロデューサーであった松家雄一郎、演出家の橘正紀、フリーアニメーターの新井浩一らと共に設立した。社名の由来は、「100年のこるフィルムを作りたい、時代が変わっても変わらない価値観が入っているドラマを作りたい」という想いから、"シネマ"の古い呼び方である"キネマ"。さらに、創業メンバーの頭文字、小笠原宗紀のムネキの逆さ読みである"キネ"、松家の""、の英称"シトラス"を融合している。その後、取締役であった松家は退社し3Hzを設立、橘はフリーになっている。2019年7月1日KADOKAWAブシロードとのアニメ制作における包括的業務提携を、更に同年12月2日には両社との資本提携を実施。両社の持分法適用関連会社となり、KADOKAWAグループブシロードグループ、双方に属するようになった。

 


KADOKAWA(株式会社角川)

株式会社KADOKAWAKADOKAWA CORPORATION)は、出版事業、映像事業、ゲーム事業、ウェブサービス事業、ライツMD事業などを行う日本企業。初代・KADOKAWAは、1954年に設立された株式会社角川書店(後の角川ホールディングス、角川グループホールディングス)が2013年に角川グループホールディングスから社名変更して発足され、2019年に出版物の製造・物流子会社を束ねる中間持株会社株式会社KADOKAWA Future Publishingとなった。2代目・KADOKAWAは、2014年に設立された株式会社KADOKAWA・DWANGO(後のカドカワ)が2019年に初代・KADOKAWAの事業を継承およびカドカワから社名変更して発足された。両社とも1945年に創設された角川書店を創業とする企業である。

Kadokawa logo.svg

本社所在地 日本の旗 日本
102-8177
東京都千代田区富士見2丁目13番3号
設立 2014年10月1日
(株式会社KADOKAWA・DWANGO

 


 

Kadokawa Shoten (annex).jpg

株式会社角川書店、角川本社ビル(東京都千代田区富士見1-12-15)

 

事業内容 出版事業、映像事業、版権事業、デジタルコンテンツ事業、ネットワーク・エンタテインメント・サービス及びコンテンツの企画・開発・運営、動画コミュニティサービスの運営等を行う会社の経営管理及びそれに付帯又は関連する事業等

略歴[編集]

1945年、国文学者の角川源義により角川書店として創業。 出版第1号は佐藤佐太郎歌集「歩道」。角川の鳳凰のマークは、1946年創刊の飛鳥新書で使用したことに始まる[7]。1949年創刊の「角川文庫」と1952年発刊の「昭和文学全集」が成功し、文芸出版社として基礎を確立する。1956年「角川国語辞典」を刊行し、辞典分野に進出。1957年には高等学校の国語教科書に参入。1972年に富士見書房を設立。源義時代の角川では、漫画と女性の裸とスキャンダルはやってはいけないという掟が存在した。1975年角川春樹が社長就任後、角川文庫を文芸路線から横溝正史を初めとする一般大衆向けに路線転換し、翌年には『犬神家の一族』で映画製作に進出。1979年に角川レコードを設立し、音楽産業へ参入。自社発行書籍を原作として映画を製作し、テレビコマーシャルを利用して大々的に宣伝し、原作書籍と自社グループ製作の映画・音楽を販売する出版と映像と音楽のメディアミックスを成功させ、日本映画界に角川映画旋風を巻き起こした。1982年にテレビ情報誌の「ザテレビジョン」創刊以降、ゲームソフト情報誌「コンプティーク」やアニメ情報誌「Newtype」、ビデオ情報誌「ビデオでーた(現・DVD&動画配信でーた)」、都市情報誌「東京ウォーカー」などの各種メディア対応の情報誌を立て続けに創刊。1983年に映画『幻魔大戦』でアニメ製作に参入。1984年角川ビデオを設立し、ビデオグラムの製作に参入。1988年に「富士見ファンタジア文庫」と「角川スニーカー文庫」を創刊し、ライトノベルというジャンルが確立されて以来、電撃文庫MF文庫Jなどをあわせてライトノベル市場の国内最大手となる。1993年の『無責任艦長タイラー』からKADOKAWAの発行書籍を原作としたテレビアニメが放送されるようになる。1985年に少女コミック誌「ASUKA」を創刊し、コミック出版に本格進出。後発参入だった角川は、アニメやゲームといった近接ジャンルのプロや同人誌卸売会からスカウトした同人作家を漫画家・漫画原作者として起用することで先行する出版社にはないタイプの作家や作品が生まれる。1993年にメディアワークスの代表を兼務する形で社長に就任した角川歴彦は、メガソフトウェア・パブリッシャーを標榜し、資本と経営の分離、M&Aや業務提携、コンテンツのマルチメディア展開を行う。1995年にスーパーファミコンソフト『妖怪バスター ルカの大冒険』でゲームパブリッシャー事業に参入。2000年にはWeb媒体と紙媒体が連動した情報サイト『ウォーカープラス』を開設。2002年11月に大映の営業権を取得し、スタジオ運営事業に進出。2003年4月に角川書店は、角川書店(二代目法人)、メディアワークス、SSコミュニケーションズ、角川大映映画、ビルディング・ブックセンターを統括する出版と映像、ネット事業の持株会社角川ホールディングスへ移行。同年9月にストック型フリーペーパー事業に参入。2004年1月に映像ソフト販売会社角川エンタテインメントを設立し、それまで他社に委託していたビデオグラム(DVDソフト)の販売を自社販売に切り替えた。2005年3月に日本ヘラルド映画を子会社化したことで、外国映画の輸入配給、映画の興行、吹替・字幕版制作に本格進出。

2006年7月に角川グループの持株会社であることを社名に示すため角川ホールディングスから角川グループホールディングスに社名変更。2009年に角川グループ合同児童書レーベル角川つばさ文庫を創刊し、2012年から児童文庫レーベルシェアNo.1となる 。

2013年4月に角川グループホールディングス角川グループパブリッシングと合併し事業持株会社となる[13]。これに伴い同年6月に角川グループホールディングスは、KADOKAWA(初代)へ社名変更[14]。2013年10月に連結子会社9社と合併しOne CompanyになったKADOKAWAは、角川源義が創業した角川書店角川春樹が1976年に設立した角川春樹事務所、角川歴彦が創業したメディアワークス以外に、旧・セゾングループSSコミュニケーションズ、旧・大映の営業権を継承した角川大映、旧・ヘラルドグループ日本ヘラルド映画西和彦らが創業したアスキー魔法のiらんど、旧・リクルートグループメディアファクトリー中経出版新人物往来社を出身母体とする企業となった。2014年10月、株式会社ドワンゴと世界に類のないコンテンツプラットフォームを確立することを目的して統合会社「KADOKAWA・DWANGO」(後のカドカワ)を設立。2015年6月に「角川まんが学習シリーズ 日本の歴史」を創刊し、学習まんがに参入 。同年10月にWEB小説のレーベル「カドカワBOOKS」を創刊し、既存のUGC(ユーザージェネレイテッドコンテンツ)と呼ばれる、ネット上で発表された作品を書籍・電子書籍化して出版する小説の総称を「新文芸」と名付け、新たなジャンルとして展開。2019年7月に初代・KADOKAWAは、ビルディング・ブックセンターKADOKAWA KEY-PROCESSの株式所有に関わる事業を除く全事業をカドカワに簡易吸収分割で承継させた。これに伴い初代・KADOKAWAKADOKAWA Future Publishingへ、カドカワKADOKAWA(2代目)へ商号変更。

 

年表

角川書店(個人企業)[編集]

角川書店(初代法人)[編集]

角川ホールディングス[編集]

角川グループホールディングス[編集]

KADOKAWA(初代)[編集]

KADOKAWA(2代目)[編集]

ブランド[編集]

KADOKAWAには、8つのブランドがある。元々は、それぞれ独立した株式会社で、KADOKAWAのブランドカンパニーであったが、現在はKADOKAWAの社内ブランドとなっている。