アニメーション制作会社の記入。(関連しているところも含む) 其之陸

 

 

 

1・MAPPA(マッパ)

2・ウィットスタジオ(WIT STUDIO)
3・プロダクション・アイジー(Production I.G, Inc.)
4・マッドハウス
5・デイヴィッドプロダクション(david production)
6・サンライズ
7・東映アニメーション(旧社名:日本動画株式会社)
8・ユーフォーテーブル(ufotable)
9・トムス・エンタテインメント
10・ボンズ
11・ガイナックス(GAINAX)
12・カラー
13・A-1 Pictures(エー・ワン・ピクチャーズ)
14・シャフト
15・ピーエーワークス(P.A.WORKS)
16・京都アニメーション
17・シンエイ動画
18・虫プロダクション
19・手塚プロダクション
20・スタジオジブリ
21・ぴえろ
22・タツノコプロ
23・エイケン
24・日本アニメーション
25・オー・エル・エム(OLM)※ポケモンを制作しているところ。
26・コミックス・ウェーブ・フィルム
27・プラチナビジョン
28・Clover Works(クローバーワークス)
29・スタジオコロリド
30・ツインエンジン
31・アートランド
32・東京ムービー(トムスエンタテインメントの前身)
33・ヤオヨロズ
34・ジェノスタジオ
35・ライデンフィルム
36・サンジゲン
37・ウルトラスーパーピクチャーズ
38・神風動画
39・アニプレックス(ソニーミュージックエンタテインメントの子会社で

                                  株主はソニー [SONY]株式会社。)


40・アニメイト
41・ジェー・シー・スタッフ(J.C.STAFF)
42・グラフィニカ
43・ゆめ太カンパニー
44・キュー・テック
45・メモリーテック
46・ぎゃろっぷ
47・WHITE FOX(ホワイトフォックス)
48・サテライト
49・ブレインズ・ベース
50・朱夏
51・スタジオディーン
52・スタジオぬえ
53・葦プロダクション
54・スタジオバインド
55・亜細亜堂
56・アスリード
57・ジーベック
58・SUNRISE BEYOND(サンライズビヨンド)
59・グループ・タック
60・ディオメディア
61・アクタス
62・トリガー (アニメ制作会社)
63・Yostar Pictures(ヨースターピクチャーズ)
64・エイトビット
65・スタジオ雲雀
66・Lay-duceレイ・デュース)
67・レヴォルト
68・TROYCA(トロイカ)
69・アニメインターナショナルカンパニー(AIC)
70・ゼロジー
71・ミルパンセ
72・ミルキーカートゥーン
73・マングローブ (アニメ制作会社)
74・MAHO FILM(魔法フィルム)
75・ポイントピクチャーズ
76・プロダクションアイムズ
77・project No.9(プロジェクト ナンバーナイン)
78・プリマステア
79・ブリッジ (アニメ制作会社)
80・フッズエンタテインメント
81・ゼクシズ
82・フィール (アニメ制作会社)
83・ゴンゾ
84・ADKホールディングス
85・ABCアニメーション

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ファンワークス

ファンワークスFanworks Inc.)は、映像制作、コンテンツプロデュースを手掛ける、日本のクリエイティブエージェンシーである。

本社所在地 日本の旗 日本
150-0001
東京都渋谷区神宮前二丁目5番4号
設立 2005年8月8日


 

概要・沿革[編集

広告代理店、映像制作プロダクション、アニメプロダクション出身の高山晃が、2005年8月、インディーズアニメのビジネス支援を目的に設立。「FootworkでArtworkを集め、Networkで配信する」という事業の内容と「FAN(扇風機)で業界に新しい風を起こす」という思いから社名をFAN WORKSとする。アニメ、映像、キャラクターのプロデュース、クリエイターのマネジメント、ウェブコミュニケーション手法の提案など、コンテンツビジネスを総合的に提案する。最近ではTV番組のオープニング制作やCM制作など、TV関係の仕事も手掛ける。初プロデュース作品「やわらか戦車」は各種ブログや口コミ、各メディアで紹介され一日最大70万アクセスを記録する大ヒット作品となる。その後、「東京オンリーピック」「杉並区なみすけ」「モフ☆モフ」など、数々のプロジェクトをプロデュース。2008年5月より、高山晃が東京大学大学院情報学環特任研究員として、大学との産学連携によるキャラビズ研究プロジェクトの立ち上げに参加。2009年から2010年にかけては、大ヒット絵本「くまのがっこう」の映画制作(2010年12月東宝系公開)、観光をテーマにしたキャラ&アニメのプロデュース、大手モバイル系メーカーのTVCM制作など、多岐にわたるプロジェクトが進行中。

 


ピー・プロダクション

ピー・プロダクションは、日本のテレビアニメ・テレビ番組・特殊映像の製作会社。通称「ピープロ」「Pプロ

本社所在地 日本の旗 日本
167-0051
東京都杉並区荻窪1丁目25番6号
設立 1960年


 

概要[編集]

1960年代から1970年代にかけて、フジテレビでアニメ・特撮番組を数多く制作した。

テレビアニメの誕生以前に動画制作を主目的に始まった会社である。すべてにおいて代表の鷺巣富雄の個性を反映した会社で、鷺巣の映画・漫画人脈を生かしてその業務内容は多岐にわたり、テレビ番組制作だけでなく、映画・テレビ・舞台など映像作品全般の特殊効果映像の制作請負会社としての側面も強い。アニメ番組も実写特撮番組も同等に制作する、非常に稀有な会社だった。手掛けた特撮作品の多くは、東映東宝円谷プロダクションなどが制作していた他の番組とは異なる独特の雰囲気を有しており、今なおカルト的な人気を誇っている。「ピープロ」の命名は、山本常一による。映画に関連する英語の単語にPで始まるものが多いことに引っ掛けたもの。実際は、貧乏でいつもピーピーしてるから(社長談)でも良いらしい。主要スタッフの一人の「しのだとみお」は、プロデューサーの篠原茂ペンネームである。篠原は、「鷺巣さんと私の名前を一緒にした、私のペンネームです」とコメントしている。現在、会社は作曲家である息子の鷺巣詩郎が社長を引き継ぎ、作品管理はスターチャイルド大月俊倫を経て、2017年よりスタジオカラーが行っている。

 

沿革[編集]

1960年昭和35年)7月、漫画家うしおそうじこと鷺巣富雄が中心となり設立。動画合成機材を備え、日映科学理研科学、新理研など短編・ドキュメンタリー映画会社の、線画動画を製作。また大映映画のタイトル作成、特撮映画の合成を請け負う。彫刻家の高山良策、山本常一、日本における合成作画の第一人者渡辺善夫らが発起人となり、山本は補佐役となった。アニメスタッフには、顧問に政岡憲三を招く。政岡は、実写の『マグマ大使』でも、精巧なアニメの合成作画を担当している。最盛期には50人を数える正社員がいた。1960年昭和35年大映の超大作映画『釈迦』で37カットの動画合成を担当。完成試写では円谷英二も絶賛した。1962年(昭和37年)、特撮テレビ番組『STOPシリーズ』を企画。東宝テレビ部を通し、フジテレビに持ち込むものの実現せ1964年(昭和39年)、フジテレビで『0戦はやと』を製作。これを皮切りにアニメ番組の自社制作を開始。『0戦はやと』の製作費は一本300万円だったという。虫プロの『鉄腕アトム』も、2年を過ぎたこの頃になるとスタッフが飽きてサボタージュを始め、その処置に困った手塚はうしおに下請け製作を自ら依頼。第93話から第144話まで4クール分をピープロが制作した。ミニアニメーション『アトムの天気予報』の制作も請け負った。同年、撮影スタッフに『大群獣ネズラ』の失敗に見切りをつけて大映を離れた小嶋伸介、田賀保らが参加する。1965年(昭和40年)、特撮番組として『クラブ君の冒険』を企画、白黒パイロットフィルムを製作。この企画の権利を東急エージェンシーが強引に取得、プロデューサー上島一男は企画のカラー化と大橋史典の登用を要求。この後ろ盾で、企画は『マグマ大使』の実写化へと発展する。1966年(昭和41年)、特撮テレビ番組『マグマ大使』を制作。『マグマ大使』は、円谷特技プロの『ウルトラマン』よりも2週間早く開始され、日本初の連続カラー特撮番組となり、両作品は空前の怪獣ブームを支える両輪となった。同年、大阪電通からの依頼で、『ハリスの旋風』をテレビアニメ化。高視聴率を得、大人気作品となる。ピープロは以降、アニメ番組と特撮番組両方を手がけていく。1967年(昭和42年)、東急エージェンシーの要請により『怪獣王子』の企画・特撮全般を担当。続く特撮新番組として『豹マン』、『ゴケミドロ』のパイロットフィルムを企画・制作。『豹マン』はフジテレビ側が『怪獣王子』の後番組として決定し、「週刊少年マガジン」誌で特集連載までされたものの、その後の局の編成事情で結局放映は実現されなかった。『ゴケミドロ』の企画は翌年、松竹で特撮映画『吸血鬼ゴケミドロ』として実現した。1968年(昭和43年)、労働争議が起こり、第一スタジオを売却。失火により社屋を全焼する。以後、契約社員制を採る。自社製作の特撮作品は途絶えるものの、この時期、『時代活劇シリーズ 風』や、前述の映画『吸血鬼ゴケミドロ』といった他社作品の特撮を下請け製作する。同年8月、映像企画の強化のため、「P・I・C(ピープロ・アイディア・センターの略称)」を設立。1969年(昭和44年)、特撮ドラマ『俺は透明人間!』(白黒・13本)を製作するもお蔵入りとなり、翌年になって放送された1971年(昭和46年)1月2日、特撮テレビ番組『宇宙猿人ゴリ』を放映開始。人気作品となり、円谷プロの『帰ってきたウルトラマン』や東映の『仮面ライダー』に先駆け「変身ブーム」の立役者となった。

 


ピクチャーマジック

株式会社ピクチャーマジックは、かつて存在したアニメーション等の映像作品の企画・制作およびプロデュースを主な事業内容とする日本企業

本社所在地 日本の旗 日本
177-0044
東京都練馬区上石神井一丁目16番14号
設立 1995年

 


 

概要・沿革[編集]

1995年に設立した会社で1998年より営業業務を開始した。開始当初はゲーム音楽関連のCDの制作や声優関連の音楽制作を主としていたが、2001年ビッグコミックの公式ホームページの有料フラッシュアニメの制作を契機にアニメ制作に進出[1]。進出当初はゲームのムービーパート制作を主としていたが2003年A-Lineと共同で制作したOVAである『トゥルー・ラブストーリー』より元請制作を開始。翌年に初のテレビシリーズ作品となる『W〜ウィッシュ〜』をトライネットエンタテインメント(以下、トライネット)と共同で制作。以降はトライネットとの共同制作名義でのテレビシリーズの制作を手がけたのち、2006年に制作したテレビアニメである『Soul Link』より自社単独名義での元請制作を開始した。この頃本社を渋谷区東3丁目から移転している。同年7月には文化放送ドワンゴと共に『AG-ONE』の設立に参加し資本参加。2007年夏頃より代表の中西がAG-ONEの社長を兼任。2008年に資本関係が逆転し、AG-ONEの完全子会社となる。多くの作品の場合、「ピクチャーマジック」・「Picture Magic」などの名義でクレジットされていた。親会社となったAG-ONEの旧本社事務所(東京都港区浜松町1-27-8 森ビル5F)内に浜松町オフィスを併設していたが、2010年6月にAG-ONEの本社が移転する際に一緒に移転はせず、閉鎖した。

株主総会の決議により2012年12月11日に解散した。

 


ビィートレイン

ビィートレイン株式会社BEE TRAIN Production Inc.)は、アニメーションの企画・制作を主な事業内容とする東京都武蔵野市に本社を置く日本企業

Bee Train.svg

本社所在地 日本の旗 日本
180-0004
東京都武蔵野市吉祥寺本町1-20-1
吉祥寺永谷シティプラザ909
設立 1997年(平成9年)6月5日

 


概要[編集]

1997年竜の子プロダクション(現:タツノコプロ)出身の監督・真下耕一竜の子プロダクション制作を経てProduction I.Gのプロデューサー出身の堀川憲司Production I.Gの出資を受けて設立した。「Bee Train」とは英語の慣用句で「お祭り列車」の意味である。2004年Production I.G保有する発行済み株式をビィートレイン本体が取得。Production I.Gの持分法適用会社から外れた。同社は経理・演出・作画・デジタル撮影・システム管理・編集部門を擁した本社スタジオと、演出・制作・作画・デジタル部門を擁した「吉祥寺スタジオ」にて主な業務を行っていた。2009年から2010年にかけて、子会社として制作・作画を行う「シーステイション株式会社」を東京都国分寺市に、制作・デジタル撮影・ポストプロダクションを行う「デーステイション株式会社」を東京都杉並区に設立(後に武蔵野市吉祥寺南町へ移転)。「C-Station」や「D-Station」の名義でグロス請けやデジタル撮影業務を行った。子会社設立後、ビィートレイン本社は企画・制作・経理を行うグループ統括企業となって武蔵野市吉祥寺本町へ移転した。2012年、C-Stationがビィートレイン株式会社との資本提携を解除し独立した。元請制作作品の多くは真下が監督を務めている。現在、法人としては存続しているものの、アニメーション制作事業からは事実上撤退している状態である。

 


ハルフィルムメーカー

ハルフィルムメーカー(英語表記:HAL FILM MAKER)は、かつて存在した日本アニメ制作会社

Hal film maker logo.gif

本社所在地 日本の旗 日本
167-0043
東京都杉並区上荻一丁目10番6号
設立 1993年8月11日

 


沿革[編集]

実写映画の演出出身で、東映動画(現:東映アニメーション)に所属していた春田克典が「有限会社 ハルフィルムメーカー」として設立。当初はプリプロダクションのみを手がけていたが、1997年、『またまた セイバーマリオネットJ Rogram:26 プラズマティック・クライシス』(ビデオシリーズ)でTVシリーズを制作していたスタジオジュニオ(現:ジュニオ ブレイン トラスト)のスタッフを引き継ぐ形で実制作を開始した。2000年東映を退社しフリーとなった佐藤順一が取締役に就任。佐藤順一ハルフィルムメーカーの原作名義でオリジナル作品『STRANGE DAWN』を制作。以降、佐藤を中心としてオリジナル作品を発表していくこととなる。2003年、株式会社ティー・ワイ・オーが出資分の85%を取得し、ゆめ太カンパニーとともに同社のグループ傘下に入った。2006年3月に編集を行うポストプロダクション会社であるリアル・ティを設立し子会社化、同年8月1日に資本金を1000万円に増資して株式会社に改組した。2007年5月1日に事業の拡大に伴ってアニメーション制作会社の遊歩堂を子会社化したが事業採算性の観点から同年に子会社から外れている。

2009年7月1日ゆめ太カンパニーを存続会社とした上で吸収合併され、TYOアニメーションズを新たに設立。これにより、会社組織としては約16年の歴史に幕を閉じた。その後、しばらくは制作ブランドとして存続していたものの、OVAたまゆら』以降はTYOアニメーションズ名義に統一された。

 


ジュニオ ブレイン トラスト

ジュニオ ブレイン トラスト株式会社は、アニメーション作品の版権管理を主な事業内容とする日本企業である。旧商号は、有限会社スタジオジュニオ

 

本社所在地 日本の旗 日本
104-0045
東京都中央区築地1-9-11
設立 1970年6月25日(有限会社スタジオジュニオとして)

 


沿革[編集]

香西隆男永樹凡人小泉謙三我妻宏の4人のアニメーター東映動画を退社して、1964年にハテナプロを設立。テレビアニメ魔法使いサリー』などの下請けをやっていたが、1969年に解散。村田耕一小松原一男OH!プロダクション、我妻と小泉のスタジオメイツ、永樹のスタジオジョークなど5つから6つのスタジオに分裂した。

そのうちの一つが、香西が1969年に設立したスタジオジュニオ(以下ジュニオ)である。ハテナプロからは今沢哲男らがジュニオへ参加し、1972年にはスタジオメイツから我妻が移籍。同社はハテナプロに引き続き、東映動画東京ムービーのテレビシリーズの外注の仕事を主にこなした。1980年代には、東京ムービー作品は香西や今沢哲男らが中心となって『ムーの白鯨』『太陽の使者 鉄人28号』『新巨人の星』『おはよう!スパンク』などを、東映動画グループ・タックの作品へは主に岡崎稔前田実らが中心となって『Dr.スランプ アラレちゃん』『ドラゴンボール』『タッチ』などを担当した。1ヶ月の受注数は約20作品、120人のスタッフを抱える制作会社となった。積極的なスタッフ採用は元請けでないことから発言力を持ちたいとする香西の意図があったという。1990年代に入ると、東京ムービー出身の片山哲が興したアニメ制作会社イメージケイの仕事をジュニオは新たに受注先とする。NHK教育テレビ天才てれびくん』枠内のアニメなど、NHKでの仕事を中心とした自社制作を進めて順調な発展をしているかに見えた。ところが、NHK衛星第2放送1997年4月から放映が始まったイメージケイ制作のアニメ『白鯨伝説』は制作スケジュールが破綻し、違約金のため元請けのイメージケイは倒産、同年10月末には遂に放送中断となった。同じく片山がアニメ制作を請け負って、ジュニオが実制作を担当した『天てれ』枠内アニメ『救命戦士ナノセイバー』では、翌1998年1月に何とか完結させたものの、このイメージケイの倒産劇によってジュニオも被害を受けたとされる。

その苦境の最中での仕事がアニメ映画『ガンドレス』だった。アニメ制作会社サンクチュアリが製作委員会から4億円で請け負い、ジュニオに対して制作費2億円弱で発注。しかしジュニオは1999年3月の公開に間に合わせることが出来ず、製作委員会は当初の公開日である3月20日、未完成状態のまま、日活を配給元に全国の東映系劇場42館で公開を強行。新聞の社会面で報道される不祥事となった。『ガンドレス』を作品として完成させるにはさらに1億円の費用がかかったとされ、この件で東映は日活に、日活はサンクチュアリに、サンクチュアリはジュニオへそれぞれ損害賠償請求を行い、ジュニオは一旦活動を停止した。この頃に前後して香西はスタッフをジュニオからどんどん独立させて、失敗の責任をあえて自分1人が負う形にしたという。その後、2000年頃に商号を「ジュニオ ブレイン トラスト」に変更、合わせて株式会社に改組して活動を再開。以後は1979年頃から香西が制作していた教育アニメを中心に制作していたが、2004年の『雲の学校』を最後に実制作から撤退した。2008年現在の業務は過去に制作した作品の版権管理が中心となっている。

 

パッショーネ (アニメ制作会社)

株式会社パッショーネは、日本アニメ制作会社

 

本社所在地 日本の旗 日本
166-0004
東京都杉並区阿佐谷南3丁目12番5号
第五南開ビル
座標北緯35度42分10.0秒 東経139度37分42.9秒
設立 2011年1月26日

 


概要[編集]

スタジオ・ファンタジアで制作進行を務めた西藤和広が2011年に設立。

2012年に放送された『はいたい七葉』にて元請制作を開始。


スタジオ・ファンタジア

有限会社スタジオ・ファンタジアは、かつて存在した日本アニメ制作会社

本社所在地 日本の旗 日本
179-0071
東京都練馬区旭町1-40-12
ドラゴンマンション光が丘公園壱番館406号
設立 1983年10月12日

 


概要・沿革[編集]

土田プロダクションの仕上げ部門で色指定検査をしていた飯塚智久が、同プロダクション倒産のおよそ3年前の1983年に設立した。設立当初はスタジオジブリなどで動画下請けを中心に活動していたが、1987年に制作された18禁OVA新くりいむレモン』シリーズの中の一作品である『卒業アルバム くりいむレモン名場面集』で同社初の元請制作を行う。1988年にはガイナックス制作の『トップをねらえ!』でグロス請けを開始し、同年に制作された『プロジェクトA子3 シンデレラ・ラプソディ』で一般OVAに進出した。その後もOVAの制作や他社からのグロス請けを中心に活動しており、2001年に制作された『ナジカ電撃作戦』ではテレビシリーズに進出した。下請け参加の場合は「スタジオファンタジア」「ファンタジア」の名義でクレジットされていた。2016年夏の時点で事業を停止し、同年11月16日に東京地裁から破産手続開始決定を受けた。2017年9月19日に法人格が消滅した。

 

 

バイブリーアニメーションスタジオ

合同会社バイブリーアニメーションスタジオBibury Animation Studios)は日本のアニメ制作会社

Bibury Animation Studios.png

本社所在地 日本の旗 日本
181-0013
東京都三鷹市下連雀6丁目1番33号
設立 2017年5月1日

 


概要[編集]

田中基樹を代表者とするアニメーション制作会社である。テレビアニメシリーズ初作品として『アズールレーン THE ANIMATION』を手掛ける。姉妹スタジオとしてTV・劇場アニメ等のCGを主に制作する『バイブリーアニメーションCG』を持つ。


バンダイナムコピクチャーズ

株式会社バンダイナムコピクチャーズBANDAI NAMCO Pictures Inc.)は、アニメーションを主体とした映像作品の企画・制作を主な事業内容とする日本企業バンダイナムコグループ(BNG)傘下であるサンライズ機能子会社。アニメ作品でのテロップ表記は「BN Pictures」(ビーエヌ・ピクチャーズ)としており、著作権表記では「BNP」の略称を用いている。

Bandai Namco Pictures Logo.png

Bandai Namco Pictures logo.svg

本社所在地 日本の旗 日本
177-0042
東京都練馬区下石神井4丁目1番10号
MNビル1F
設立 2015年4月

 


概要[編集]

2015年4月にアニメーション制作会社のサンライズから、キッズファミリー層向けを中心とした制作部門の一部を分社し設立した。この分社化は小回りの効く組織として企画開発の迅速化を図ると共に、バンダイナムコグループ(BNG)各社と緊密な連携、特に玩具グッズ展開などトイホビー事業との連携強化をする為、BNGが打ち出した施策の一環によるものである。このような設立経緯により、基本的にはキッズ・ファミリー層向け作品を主軸として制作しているが、サンライズから移管された作品のうち、『銀魂』シリーズ、『TIGER & BUNNY』シリーズなどいくつかは一般的にハイターゲット(高年齢)向けと認知されている作品もある。設立時は後述するサンライズから移管された作品を受け継ぐ形で作品を制作。当初からBNPが制作する作品としては2015年に放送されたテレビアニメ作品『ブレイブビーツ』が第1作目。翌2016年10月には初の深夜帯アニメ『ドリフェス!』も放送開始された。制作スタジオとしては、サンライズ時代からある東京都練馬区の本社スタジオのほか、2018年8月には大阪府大阪市淀川区に大阪スタジオを設立、さらに2019年10月にはスタジオダブから事業譲渡を受けたことによる福島県いわき市のいわきスタジオを開設している。

 


ノーマッド

有限会社ノーマッドNOMAD, Inc.)は、日本アニメ制作会社

Nomad logo.png

本社所在地 日本の旗 日本
167-0033
東京都杉並区清水一丁目16番5号
IWAIビル2F
設立 2003年7月

 


概要・沿革[編集]

2003年スタジオぴえろ(現:ぴえろ)の制作出身で、マッドハウスで『カードキャプターさくら』、『ギャラクシーエンジェル』などの制作プロデューサーを務めた小野達矢が設立。2004年の『ローゼンメイデン』で元請制作を開始した。

現在は公式サイトにて、ノーマッドのスタッフによるネットラジオ、『Nomad no radio』が配信されている。


ICHI〈イチ〉 (企業)

≪旧社名:株式会社KnacK[ナック]≫

株式会社ICHI(イチ)は、アニメーション作品の版権管理および、実写映画を主体とした映像作品の企画制作を主な事業内容とする日本企業2008年平成20年)8月ナック(正式社名:株式会社KnacK)から社名を変更した。

略称 ナック(旧社名)
本社所在地 日本の旗 日本
413-0233
静岡県伊東市赤沢345-56
設立 1967年9月25日
業種 情報・通信業
法人番号 5011601005043 ウィキデータを編集
事業内容 アニメーション作品の版権管理および、実写映画作品の企画・制作

 


 

概要・沿革[編集]

虫プロダクション(旧社)の文芸部門に所属していた西野清市(西野聖市)、東映動画(現・東映アニメーション)の作画部門に所属していた林静一、小柳朔郎、月岡貞夫らにより、1967年昭和42年)9月25日株式会社ナック(KnacK)として設立された。登記上の社名は後に「株式会社KnacK」とアルファベット表記へ変更されたが、社名変更後もクレジットでは引き続き「ナック」の仮名表記が使用される場合もあった。

1970年昭和45年) - 1971年昭和46年)放送の『いじわるばあさん』よりテレビアニメの元請制作に参入する。制作・企画した代表的なアニメ作品には『正義を愛する者 月光仮面』『アストロガンガー』『ドン・チャック物語』『グロイザーX』『星の王子さま プチ・プランス』などがある。また、これらの他に『チャージマン研!』という作品もあり、放送当時はあまり注目されていなかったが、2000年代後半頃よりその作画や演出、ストーリーの奇妙さ等がインターネットのコミュニティを中心に話題となっている。1984年昭和59年)から企画・制作した『アタッカーYOU!』は日本国内での人気は振るわなかったが、フランスイタリアでのテレビ放送では爆発的な人気を獲得した。特にイタリアでは、バレーボールのプロ・リーグが創設されるきっかけとなったほか、2008年には続編も放送された。

1988年昭和63年)に制作した『渋谷ホンキィトンク』でOVAの制作元請業務に進出し、翌年手掛けた『冒険してもいい頃』にて18禁OVAの制作元請を始めた。1990年平成2年)以降はVシネマの制作に進出し、アニメと並行して実写映画作品の制作を行うようになった。同ジャンルでの第1作は、『冒険してもいい頃2』である。1996年平成8年)、『LUNATIC NIGHT』の制作に関与したのを最後にアニメ制作事業から完全に撤退。その後は実写映画やVシネマの制作にシフトしたが、そちらも徐々に縮小していく。2008年平成20年)8月26日付で株式会社 ICHIに社名を変更した。2017年(平成29年)4月、吉野晴亮と吉野百子が共同で代表取締役社長に就任。同年12月、「ドンチャックビル」の愛称で親しまれた本社ビル(東京都練馬区関町北1丁目14番7号)を解体し、現住所に移転。2018年(平成30年)9月25日、前社長の西野清市が死去。2020年現在は、『チャージマン研!』をはじめとするアニメ作品の版権管理・プロモーションを中心に活動している。


旭プロダクション

株式会社旭プロダクション(あさひプロダクション、Asahi Production Co.,Ltd.)は、日本アニメ制作会社日本動画協会準会員。

 

本社所在地 日本の旗 日本
177-0051
東京都練馬区関町北二丁目2番10号
座標北緯35度43分24.1秒 東経139度34分33.2秒
設立 1973年6月1日

 


略歴[編集]

1973年、撮影専門スタジオ兼PRムービー会社として設立。設立当初は、東京ムービーおよびその関連会社だった東京ムービー新社(現:トムス・エンタテインメント)やサンライズ作品の撮影を手がける一方で日本損害保険協会旭化成などといった大手企業や業界団体などPR映像の制作を主とした。1997年9月、業務拡大を目的に3DCGIの制作を主とする「デジタルスタジオ」を東京都渋谷区原宿に開設。1999年の本社移転と共に本社とデジタルスタジオを一箇所に集約させた。しかし翌年の2000年、撮影監督の梅田俊之を中心とした多数の撮影スタッフがアニメフィルムへ移籍。撮影スタッフの規模が一時縮小した。

2000年代に入ってからは作画・演出・背景美術・3DCGI・仕上・制作スタッフなどを拡充させてグロス請けを開始し、制作会社へ転換した。サンリオからの仕事を請負って、元請制作まで手がけるようになった。当時は、作画から背景まで自社で一貫とした制作体制を整え、『ハローキティ』や『シュガーバニーズ』などといったサンリオ企画・制作作品の元請制作を中心としていた。2009年には、宮城県白石市白石市情報センターに制作スタジオ「宮城白石スタジオ」を開設することを発表した。制作スタッフの一部は宮城県内から雇用することを条件に、県は緊急雇用創出事業の一環として、むすび丸のアニメーション制作を依頼し、契約が締結した。白石スタジオでは「白石の妖精」など地元PRアニメの制作も請け負っている。2011年TYOアニメーションズで制作された2作品の製作委員会に参加、なお同社にとっては初の製作出資である。2016年には亜細亜堂制作の作品の製作委員会にも参加している(この2社との資本関係はない)。現在も他社のグロス請けを主な業務としているが、2014年、TVアニメ「ひめゴト」を始め、同年の「オレん家のフロ事情」、2015年「温泉幼精ハコネちゃん」、2016年「パンでPeace!」と元請け作品にも力を入れている。

制作体制[編集]

2020年現在は3つのスタジオを拠点として活動している。また、「無錫旭陽動画制作有限公司」「株式会社クロフネプロダクト」の2社と業務提携を結んでいる。制作部門は制作(プロデュース、制作進行)、作画(アナログ・デジタル・デジタルペイント)、撮影(線撮含む)、3DCG、編集を有し、背景美術以外の映像制作に必要な部門を全て有している。元請制作を務めることは少なく、他社からのグロス請けをメインとしている。また、撮影専門スタジオが成り立ちであることから、2020年現在も他社作品の撮影業務が主な活動となっており、各グロス請け作品で撮影監督を含めた全話数の撮影業務を一貫して引き受けていることが多い。

 

 

EMTスクエアード

株式会社EMTスクエアード(イーエムティースクエアード、EMT Squared Co.,Ltd.)は、日本アニメ制作会社

EMT Squared logo.gif

本社所在地 日本の旗 日本
167-0041
東京都杉並区善福寺1丁目1番1号
善福寺ビル
設立 2013年7月25日

 


概要[編集]

トムス・エンタテインメントでプロデューサーを務めた宮本秀晃によって2013年に設立された 。2015年に放送された『雨色ココア』にて初の元請制作を開始。


 

イマジン (アニメ制作会社)

イマジン株式会社IMAGIN Co.,Ltd.)は、アニメーションの企画・制作を主な事業内容とする日本企業一般社団法人練馬アニメーション会員。

本社所在地 日本の旗 日本
177-0032
東京都練馬区谷原一丁目2番3号
トヨタ東京カローラ谷原ビル4F・5F
設立 1992年6月15日

 


概要・沿革[編集]

発祥[編集]

虫プロダクション作品である『ワンサくん』で動画を経験した後、スタジオ・ライブ[2]に所属していたアニメーター・アニメーション演出家の酒井明雄マッドハウス東京ムービーなどでキャラクターデザイン・作画監督・演出を手がけた後、1992年6月練馬区平和台で作画スタジオ「有限会社イマジン」を創業させたのが、その発祥である。

沿革[編集]

設立当初は、代表の酒井が拠点としていた東京ムービー新社の作画下請けを中心に活動していた。1993年に日米合作作品『スワットカッツ』でグロス請けとして参加し、作画のみ参加から1話丸ごとの制作を行える所まで成長した。その後は海外合作作品のグロス請けをしつつ、1999年OVA同級生2 Special 卒業生』より元請制作を開始した。2001年マッドハウスと共同で制作した『りぜるまいん』よりテレビシリーズに進出するが、2003年にはスタジオ・ライブと共同で制作した『変身3部作』を最後にテレビシリーズから離れ、しばらくはマッドハウスの下請けを主としていた。2006年、株式会社に改組。2008年の『狼と香辛料』より、自社単独名義でのテレビシリーズの制作を開始したものの、2012年以降はグロス請けを含め、テレビシリーズの制作からは撤退。イマジン名義の作品履歴は途絶えている。アニメーション制作事業は子会社のエイ・ワン・シーが中心になって継続している。

2009年アプリ開発会社GKprojectを設立し、開発した各種スマートフォン向けアプリは一定の評価を得ている。

 


エイ・ワン・シー

株式会社エイ・ワン・シー (a1c. Co., Ltd.) は、東京都練馬区に本拠をおくアダルトアニメアダルトゲームの制作・販売を主な事業内容とする日本の企業。

イマジン株式会社のグループ企業である 

本社所在地 日本の旗 日本
177-0032
東京都練馬区谷原1-2-3-4F
設立 2007年


 

概要・沿革[編集]

アダルトアニメ事業については、2007年に撤退したゑにっくの事業を全面継承。同年10月22日に公式サイトを開設した「鈴木みら乃」では『Grope〜闇の中の小鳥達〜』を制作し、12月21日に発売した。また、2008年5月5日に公式サイトを開設した「2匹目のどぜう」では『そらのいろ、みずのいろ』下巻をはじめ、ゑにっくで制作途中だった作品の制作続行及び発売を行っている。2009年7月には新たに「PoRO」での制作が発表された。

アダルトゲーム事業については、2008年5月7日に公式サイトを開設した「Shelf」で『かぎろひ〜勺景〜』を開発、2009年2月27日に発売した。その後、「DarkShelf」、「biscotti」、「Grand Cru」と新たにブランドを開設している。

 


 

ゑにっく

株式会社ゑにっくは、日本のアニメーション制作会社。本項ではゑにっくのアダルトアニメブランド『ひまじん』、『ひまじん銀』、『ハレンチレストラン・アムール』(以降、『アムール』と表記)、女性向け一般OVAブランド『プライムタイム』、及びゑにっくの韓国法人ANIK Co.,Ltd』(以降、『ANIK』と表記)についても記述する。イマジン株式会社のグループ企業である。

 

本社所在地 日本の旗 日本
177-0033
東京都練馬区高野台2-3-10
花菱産業ビル 4F
本店所在地 177-0033
東京都練馬区谷原1-2-3-5F
設立 1998年8月25日有限会社ゑにっくとして)

 



 

概要・沿革[編集]

TVシリーズについては、下請けを主としており、2008年現在は1999年に設立されたANIK名義での仕事が多い。アダルトアニメ制作については、「ひまじん」名義でピンクパイナップル作品に多く参加した後、2004年の『戦乙女ヴァルキリー「あなたに全てを捧げます」』以降は自社制作へ移行。「ひまじん」をそのまま代表ブランドとして、更にはそこから派生させた別ブランドの「ひまじん銀」や「アムール」を展開。また、女性向けの一般ブランド「プライムタイム」も、ひまじんの代表ブランド化後に立ち上げている。2006年には株式会社へ改組。「ひまじん」代表作の1つ『そらのいろ、みずのいろ』上巻が累計1万本の大ヒットとなるものの、多忙から全ての作品制作には満足な手を回せなくなっていく。そのため、力量不足などを理由に2007年6月30日付けでアダルトアニメ制作からは撤退した。その告知時に、ブランド名と発売済み作品のサポートは有限会社マリゴールドが引き継ぎ[2]、制作中の作品は「アムール」からの発売を予定していることが表明されたが、実際にはアダルトアニメ制作は新規に設立した株式会社エイ・ワン・シーへ継承しており、同年10月22日には新ブランド「鈴木みら乃」(すずきみらの)[3]の公式サイトを開設。第1弾『Grope 〜闇の中の小鳥達〜』を制作し、12月21日に発売した。また、「アムール」で予定していた作品は、エイ・ワン・シーのもう1つのブランド「2匹目のどぜう」で制作及び発売を行っている。

 
 

Ezo'la(エゾラ)

Ezo'la とは、日本アニメ制作会社である。

概要

2018年からアニメ制作を開始。

この会社には公式HP公式Twitterが存在せず、その正体はに包まれている。しかし、制作スタッフから推測するにディオメディア分社という説が有

主な作品

 

エム・エス・シー (アニメ制作会社)

 有限会社エム・エス・シー:M.S.C Inc.)は、日本アニメ制作会社

 

本社所在地 日本の旗 日本
184-0015
東京都小金井市貫井北町3丁目18番10号
座標北緯35度42分37.4秒 東経139度29分45.2秒
設立 1999年6月11日
 


概要・沿革[編集]

1999年6月、Production I.G出身の松井正一が東京都国分寺市に設立。

人脈はProduction I.Gの流れを組んでおり、同社制作作品を中心としてビィートレインシンエイ動画などの作品をグロス請けにて制作しているほか、『テニスの王子様』などのビデオシリーズの制作を行っている。2003年に制作した『I'll/CKBC』は、自社単独名義での制作作品である。


サイエンスSARU

 株式会社サイエンスSARU(サイエンスサル、Science SARU INC.)は、2013年に設立された日本アニメ制作会社

 

本社所在地 日本の旗 日本
180-0001
東京都武蔵野市吉祥寺北町3丁目1番1号
座標北緯35度42分34.1秒 東経139度34分25.9秒
設立 2013年

 


 

概要[編集]

アメリカの人気テレビシリーズ『アドベンチャー・タイム』のエピソードを湯浅政明が監督するにあたり、その製作元・カートゥーン ネットワークからの発注の関係上、会社単位であることが望まれたため、それをきっかけとしてチェ・ウニョンらと共に2013年、会社設立に至った。ウニョンは2006年頃より湯浅の監督作にアニメーターとして参加しており、語学が堪能な上、過去にマネジメントの経験もあったため、会社の設立やその管理についても中核として携わった。会社の名前の由来は、湯浅がよく猿のようなキャラクターを自画像に描いていたが、猿よりは賢い会社にしたいと、前にサイエンスを付け、本能と知能を併せ持つ会社になるように、という想いから名付けられた。設立にあたり、「日本のアニメ業界がもつ魅力を失わないためにも、わたしたちのような小さいスタジオが率先して作業効率を上げる工夫をして、作品のクオリティは落とさずに、労働環境をよくすることが可能だということを示していきたい」とし、その一つの策としてフラッシュアニメーションの導入が行われている。2017年4月には、会社初の元請制作となるアニメーション映画『夜は短し歩けよ乙女』が、同年5月には完全オリジナルとなるアニメーション映画『夜明け告げるルーのうた』が東宝映像事業部配給により全国公開される。設立当初から長らく吉祥寺南町に本社を構えていたが、業務拡大に伴い2019年春に吉祥寺北町に本社を移転した。2020年3月25日付で湯浅が代表取締役社長を退任。後任は取締役のウニョンが務める。湯浅は『犬王』の監督作業を終えたのち、充電期間に入るとしている。

 

 

何がウニョンだよ。気味の悪い名前だな。(何故、朝鮮[特に韓国]が好きじゃないかって、そんなの言語と名前を発音すると日本語だと奇妙な捉え方になってしまうからさ。)
ったく傾国はね、言語と人間性が全く好きじゃないのは俺の好みとして(本当は皆、嫌ってるよ)せめて福沢諭吉さんの脱亜論を呼んでもらいたいね。
近いから顔が似ているからって何でも受け入れて肯定的になるのは僕はおすすめしないよ。どんな人間だろうが文化、言語、精神性を重視したうえで日本文化を死んでも一生
をかけても学びたいという意思を本気で持ってない人間は決して受け入れるべきではないのだよ。これは偏見ではなく長期的に民族の未来や繁栄、文化と治安の衰退を考えれば一目瞭然なのだよ。よかったね、MAPPA君。もしトランプ大統領がいなかったら君はグローバルアニメーション企業に成り下がって外国人に会社そのものを乗っ取られたかもしれなかったからこれから縄文文明への回帰が待っているけどその時になるまで君たちなら頑張れるからもう少し辛抱強くしてくれよ。大丈夫だ心配ない。
目覚めた時には自国主義に目覚めた上で人間を見極める目を養っていきなさい。我が国の外国人問題は実質、支那・朝鮮問題が根源であるのだということは覚えておきなさい。このサイエンスは日本沈没2020年を作ったところか。なら、俺はここは応援しない。韓国人取締役の恐らくブス顔だろうがその女を追い出せたら応援してあげましょう。
※彼らの文化的言語的側面を知ったら衛生観念のあるすべての日本人は間違いなく嫌悪感を持ち相性が悪いと初めて自覚出来るというのは確定しています。

 

シグナル・エムディ

 株式会社シグナル・エムディSIGNAL.MD,Inc.)は、日本アニメ制作会社IGポートの子会社。「シグナル・エムディ」「SIGNAL.MD」「Signal.MD」などとクレジットされる。

 Signal MD Logo.png

 

本社所在地 日本の旗 日本
180-0003
東京都武蔵野市中町1丁目16番10号
ニッセイ武蔵野ビル2F
設立 2014年10月

 


概要[編集]

IGポートグループでもデジタル化の流れを加速させていく必要がある」という考えや「デジタル作画中心で制作する」などの目的に伴って、2014年10月にIGポートの子会社として設立された。代表はProduction I.Gで取締役、企画室担当、企画室室長、『xxxHOLiC』『神霊狩/GHOST HOUND』などのプロデューサーを務めた森下勝司。

M-sideスタジオ(本社、ビル2F・6F)とD-sideスタジオ(同ビル6F)を構える。

 

IGポート

株式会社IGポートIG Port, Inc.)は、アニメ制作会社プロダクション・アイジーProduction I.G)、ウィットスタジオWIT STUDIO)、シグナル・エムディSIGNAL.MD)を傘下に持つ日本持株会社

機関設計 監査役会設置会社
市場情報
東証JQ 3791
2005年12月21日上場
本社所在地 日本の旗 日本
180-0006
東京都武蔵野市中町二丁目1番9号
設立 1990年(平成2年)6月5日
(株式会社イング)


 

概要[編集]

1990年6月5日に「株式会社イング」として設立。2000年9月1日に株式会社プロダクション・アイジーと合併。2007年11月に商号を「株式会社IGポート」に変更し持株会社となる。純粋持株会社であり、傘下の子会社で劇場アニメ、劇場ドラマ、テレビアニメ、テレビドラマ、ゲーム、ノベルス、コミックスの企画・出版、及びこれら版権管理、撮影用レンタルスタジオの経営などの事業を展開している。社名の由来は、設立メンバーである、石川光久(当社代表取締役兼株式会社プロダクション・アイジー代表取締役)と後藤隆幸(株式会社プロダクション・アイジー取締役)のイニシャルの頭文字の「I」と「G」をとって、"I.G"、それに"プロダクション"を付け、「Production I.G」となった。その後、2007年11月持株会社化の際に、「IG」という部分は残し「港」を意味する「Port」を付与し「株式会社IGポート」への商号変更を実施した。持株会社であることから、傘下の企業をビジネスの海に乗り出していく「船」と捉え、その企業がビジネスから戻ってくることの出来る「港」という意味が込められている。



沿革[編集]

 

関連企業(IGポートグループ)[編集]