アニメーション制作会社の記入。 其之肆

 

 

 


 

これだけで終われるかはわからないがこれを貼り付けておければすべて

取り付けられるのでとりあえず貼り付けよう。参考にしたのは下記のサイトと

Twitter(ツイッター)の他所人さんからです。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

54・亜細亜堂

株式会社亜細亜堂あじあどう)は、日本アニメ制作会社

 

Ajiado Animation Works.png

本社所在地 日本の旗 日本
338-0012
埼玉県さいたま市中央区大戸二丁目11番7号
座標北緯35度51分48.2秒 東経139度38分6.7秒
設立 1978年10月4日
有限会社亜細亜堂

 


 

 

概要[編集]

1978年(昭和53年)、芝山努小林治山田みちしろらが、Aプロダクションを改組して発足したシンエイ動画から独立して「有限会社亜細亜堂」として創業した。 設立当初はシンエイ動画や、東京ムービーの下請けを中心に活動。1984年(昭和59年)、『カッくんカフェ』より元請制作を開始し、翌年株式会社に改組。1990年(平成2年)、小林治を代表としてダップインターナショナル株式会社を設立。1998年(平成10年)、デジタルアニメーション部門を設立しデジタル制作へ移行した。長年、『ちびまる子ちゃん』や『忍たま乱太郎』を始めとしたファミリー向けのテレビシリーズや劇場用アニメを制作してきたが、近年では深夜帯作品への進出も目立つ。中国(支那)のアニメスタジオ、無錫馬良動画有限公司と提携し、動画・仕上を委託している。1996年(平成8年)から1997年(平成9年)にかけて同社所属(当時)の望月智充が『勇者指令ダグオン』の監督をサンライズから依頼されたのをきっかけとして、サンライズ制作によるファミリー向け作品である『ニャニがニャンだー ニャンダーかめん』(2000年(平成12年))の制作を協力し、『まじめにふまじめ かいけつゾロリ』(2005年(平成17年) - 2007年(平成19年))を共同制作した。他に映像製作会社のジェンコがプロデュースしたテレビアニメ、『絶対少年』(2005年(平成17年))の制作に参加。この作品では原作者の一部として表記されている。埼玉県さいたま市にある本社の他、東京都練馬区上石神井スタジオを持つ。2017年(平成29年)、社員が社内労働環境改善を目指して亜細亜堂労働組合を設立。

 


55・アスリード

株式会社アスリード:Asread)は、日本アニメ制作会社

 

 Asread logo.png

本社所在地 日本の旗 日本
189-0013
東京都東村山市栄町1丁目23番5号
高橋ビル1F
設立 2003年11月

 

概要[編集]

サンシャインコーポレーション・オブ・ジャパンの作画出身の平松巨規がXEBECの制作を経て、2003年に設立したアニメ制作会社である。設立当初はXEBEC制作作品のグロス請けを中心に活動をしていた。その他の元請制作作品として『SHUFFLE!』や『みなみけ 〜おかわり〜』、『喰霊 -零-』等が挙げられる一方、XEBECボンズ等からの下請け工程(主としてグロス請け)も請け負っている。

 


 

56・ジーベック (アニメ制作会社)

株式会社ジーベックXEBEC Inc.)は、かつて存在した日本アニメ制作会社IGポート連結子会社

Xebec studio logo.svg

本社所在地 日本の旗 日本
185-0021
東京都西東京市西原町1丁目4番1号
鵜野ビル
座標北緯35度43分55.9秒 東経139度32分19.6秒
設立 1995年5月1日

 


 

歴史[編集]

1994年プロダクション・アイジーProduction I.G)と葦プロダクションが共同制作したテレビアニメ『BLUE SEED』で葦プロダクション側の制作プロデューサーだった取締役の下地志直、文芸担当の佐藤徹(南極二郎)、アニメーターの羽原信義の3名のスタッフらと共に1995年5月にProduction I.Gの子会社として東京都田無市(現:西東京市)に設立。

1995年10月、第1作目『爆れつハンター』を制作。1996年、『機動戦艦ナデシコ』と『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』を制作した。『爆走兄弟レッツ&ゴー!!』の制作以降、小学館および小学館集英社プロダクションとの取引関係は続き、小学館コロコロコミック』とタイアップされたゲームソフト玩具に関連したアニメーション作品を多数制作している。

1999年9月、『ゾイド -ZOIDS-』を制作。手書きによるアニメーションと3DCGの融合を成し遂げた。2002年、関連会社として東京都西東京市田無町に株式会社Triple Aを設立した。

2003年、元スタジオZ5の本橋秀之らを迎え入れ、東京都練馬区関町に制作スタジオ「XEBEC M2」を設立。『ぺとぺとさん』(2005年)はXEBEC M2の名義で元請制作した。

2005年保有株式の売却によりTriple Aとの資本関係を解消。2006年、初の全編3DCG作品『サルゲッチュ 〜オンエアー〜』を制作した。2007年11月1日Production I.G持株会社化に伴い、持株会社IGポート連結子会社となる。2009年、本橋が退社したことによりXEBEC M2が解散。一部スタッフは練馬スタジオ「XEBECzwei」(東京都練馬区石神井台)に転属した。2015年、連続テレビアニメシリーズ『蒼穹のファフナー EXODUS』の元請制作を「XEBECzwei」名義で行った。これより解散(後述)までの最末期は、OLMと共同で制作元請を担当する作品が増えた。2018年11月20日、ポストプロダクション部門を除く映像制作事業をサンライズに譲渡すると発表。その後、一部の部門はIGポートグループに留まる形に変更され、撮影部門および『蒼穹のファフナー THE BEYOND』を制作中の練馬スタジオ「XEBECzwei」(組織改編後は「IGzwei」に変更)はプロダクション・アイジーに、仕上部門と2010年に倒産したグループ・タックから引き継いでOLMと共同で制作を続けていた『はなかっぱ』はシグナル・エムディに移管されたまた、ジーベック制作作品の著作権は引き続きIGポートグループが保有するが、半分ほどのスタッフはタツノコプロへ移籍する 

2019年6月1日付でProduction I.Gに吸収合併され、法人としてのXEBECは解散した。これにより、ジーベック制作作品のIPは全てプロダクション・アイジーに移管された。なお、サンライズに移譲された映像制作事業は2019年4月1日付で同社の設立する新会社「株式会社SUNRISE BEYOND」に事業が継承され、取締役には羽原が就任した。同じく創業者の下地は同年設立されたstudioMOTHERの代表取締役に就任している。

 

57・SUNRISE BEYOND(サンライズビヨンド)

株式会社SUNRISE BEYONDサンライズビヨンド、SUNRISE BEYOND INC.)は、日本アニメ制作会社。株式会社サンライズの子会社。

 

本社所在地 日本の旗 日本
185-0021
東京都西東京市西原町1丁目4番1号
鵜野ビル
座標北緯35度43分55.9秒 東経139度32分19.6秒
設立 2019年3月1日

 


概要[編集]

2018年11月20日、親会社であるサンライズXEBECのポストプロダクション部門を除く映像制作事業を譲受すると発表した(その後撮影部門、練馬スタジオ、仕上部門および過去作品の著作権を除くアニメーション作画・制作管理部門の譲受に変更)。

2019年3月1日に子会社として当社を設立し、4月1日付で上記の事業を継承した。

 


 

 

58・グループ・タック

株式会社グループ・タック(英語表記:Group Tac Co.,Ltd.)は、かつて存在したアニメーションの企画・制作を主な事業内容とする日本の企業。2010年、決算月である8月に準自己破産した。負債総額約6億5000万円。

Group TAC.png

本社所在地 日本の旗 日本
151-0071
東京都渋谷区本町一丁目60番3号
設立 1968年3月

 


 

1968年3月、旧虫プロダクションの音響スタッフであった音響監督田代敦巳が部下の明田川進、アートフレッシュを経てフリーとなったアニメーション監督・演出家の杉井ギサブローらを誘って設立した。設立当初は東京ムービー等の他社が制作した作品の音響制作が中心だったが、1975年制作の『まんが日本昔ばなし』(毎日放送)でアニメーションの元請制作を開始した。主な事業内容はアニメーション・コンピュータグラフィックスによる映画ビデオテレビ番組CMなどの企画・制作、音響制作である。多くの賞を受賞し評価を受けた『まんが日本昔ばなし』をはじめ、『銀河鉄道の夜』、『イーハトーブ幻想〜KENjIの春』など過去の名作による作品を手がける一方で、1990年代以降は従来の作風にとらわれない作品も発表していた。2008年代表取締役の田代が東京国際アニメフェア2008にて第4回功労賞を受賞。2010年8月31日東京地裁準自己破産を申請し、東京地裁は翌9月1日に破産手続き開始を決定した。また田代が同年7月に死去していたことも明らかになった。なお破産時に制作中であった『はなかっぱ』は以後OLMXEBECに引き継がれることとなった。また同じく制作中であった『グスコーブドリの伝記』については2011年9月30日に文化庁が発表した平成23年度の「国際共同製作映画支援事業」における製作支援対象として、手塚プロダクションが制作する形で本作が含まれることが明らかにされ[2]手塚プロが完成させて2012年7月に公開された。スタッフの一部はディオメディアサテライト、T2 Studioに移籍した。

 

 

59・ディオメディア

株式会社ディオメディアdiomedéa inc.)は、日本アニメ制作会社日本動画協会正会員。一般社団法人練馬アニメーション正会員。

本項では事実上の前身にあたる有限会社スタジオバルセロナについても述べ、作品履歴も同一のものとして扱う。

Diomedéa studio logo.png

本社所在地 日本の旗 日本
177-0051
東京都練馬区関町北2丁目25番13号
設立 2007年11月28日
業種 情報・通信業
法人番号 9012401017200 ウィキデータを編集
事業内容 アニメーションの企画・制作

 


概要[編集]

2007年11月、スタジオバルセロナの取締役社長を務めていた小原充が同社の事業・資産を承継するため新たに設立したアニメ制作会社。設立当初は制作部と作画部のみだったが、2010年に彩色部、2012年に撮影部を新設し、順次制作会社としての規模を拡大。また、社内にオフライン編集室を併設している。2011年より版権事業にも参入し、ディオメディアショップを開設。アニメ制作用品及びディオメディアが手掛けた作品のキャラクターグッズ開発・販売、原画展の開催、コミックマーケットほか大型イベントへの出展など事業を展開している。2013年には自社テレビCMを制作し、『ぎんぎつね』で自らスポンサーとなりこれを放送した。2014年9月に事業拡大につき自社ビルを落成し、本社機能を移転。旧社屋(東京都練馬区関町北3-23-16)を武蔵関スタジオとした。尚、旧社屋には同業他社であるエンカレッジフィルムズが入居している。かつては同地にスタジオブランも入居していたが、2019年に移転した。

有限会社スタジオバルセロナ[編集]

グループ・タック制作出身の須賀信行が2005年10月5日に設立したアニメ制作会社である。社名を考えていた時、須賀の好きなサッカークラブであるFCバルセロナのポスターが目に入ったことから命名された。設立時より里見哲朗(バーナムスタジオ)と関わりが深く、里見がプロデュースするテレビシリーズやOVAを中心に手掛けた。翌2006年スタジオ九魔を経てシャフト出身のアニメーターである小原が取締役社長(共同代表)に就任。小原はシャフトで新人育成を担当していたこともあり、スクールを兼ねたアニメスタジオ設立の構想を持っていたが、須賀に作画部門の強化を依頼され経営に加わった。しかし2007年に入り、須賀が体調を崩したため代表取締役を辞任。小原はバルセロナとして業務を続けるより、改めて会社を立ち上げた方がよいと判断し、ディオメディアを設立。同時期に事業を停止した。須賀はディオメディアの経営には関与せず、アニメ業界を退いて行政書士に転じている。

尚、沿革では株式会社ディオメディアに改組したとされるが、設立に際し登記変更はされておらず、2012年1月20日の会社解散まで法人格は存続していた。

 

 

 

60・アクタス

株式会社アクタスは、日本アニメ制作会社。株式会社バンダイナムコアーツの子会社。杉並アニメ振興協議会会員。

Actas Logo Since 2019.svg

本社所在地 日本の旗 日本
167-0034
東京都三鷹市下連雀三丁目36番1号
トリコナ4F
座標北緯35度42分5.9秒 東経139度33分36.0秒
設立 1998年7月6日

 

概要[編集]

竜の子プロダクション出身の加藤博と大庭寿太郎らが、葦プロダクションから独立して1998年に設立した。設立当初は、東京ムービーグロス請けが中心だったが、2000年に制作した『エクスドライバー』より元請制作を開始した。2009年、同社編集室が田熊編集室として独立。また加藤の急逝に伴い、丸山俊平が2代社長となった。かつては関連会社に有限会社カラク保有しており、カラク名義での制作も行っていたが、2017年7月28日、アクタスとカラクが合併し、カラクを解散することを官報公告。同年8月31日付で合併した。2017年9月1日付でバンダイビジュアル(現:バンダイナムコアーツ)が発行済み全株式を取得し完全子会社とした。

 


 

60.5 バンダイナムコアーツ

株式会社バンダイナムコアーツBANDAI NAMCO Arts Inc.)は、日本の映像・音楽ソフト会社バンダイナムコグループの映像音楽プロデュースユニット主幹会社。2018年4月1日バンダイビジュアルランティスが合併して発足した。

 

概要[編集]

バンダイナムコグループは、2019年4月期から2021年3月期の中期経営計画において、中期ビジョンに「CHANGE for the NEXT 挑戦・成長・進化」を掲げている。2018年2月9日バンダイナムコグループの再編が発表され、その中で、映像を主にしたバンダイビジュアルがアニソンを中心にしたレコード会社のランティスを吸収合併する形で、バンダイナムコグループの「映像音楽プロデュースユニット」の中核として位置付けされる。このところのアニメーションは、それに関連した音楽ライブが人気となっていて、「映像と音楽」の関連性が強まっているのも今回の合併の背景にある。今回の合併によって、「映像、音楽、ライブイベント」の3つの分野を一体化したうえで、ライブイベントも日本と海外で、その展開を強化していくことになっている。バンダイナムコグループでは、「映像と音楽を融合した新しいエンターテインメントの創出や、映像と音楽がより連携したIP創出に取り組む」と説明している。なお、これまで2社が使用してきたバンダイビジュアルランティスなどのレーベルは2018年4月1日以降も継承されている。

 

恵比寿ファーストスクエアの外観

 

本社所在地 日本の旗 日本
150-0013
東京都渋谷区恵比寿1-18-14
恵比寿ファーストスクエア
座標北緯35度38分51.0秒 東経139度42分53.0秒
設立 1983年8月23日(株式会社エィ・イー企画)

 

主要子会社 (株)アクタス
(株)ハイウェイスター
(株)バンダイナムコライブクリエイティブ

 



61・IMAGICA GROUP(イマジカグループ)

株式会社IMAGICA GROUP(イマジカグループ、IMAGICA GROUP Inc.)は、日本の持株会社。アニメーション制作会社OLMの親会社である。

 

本社所在地 100-0011
東京都千代田区内幸町一丁目3番2号
内幸町東急ビル11階
本店所在地 141-0022
東京都品川区東五反田二丁目14番1号
設立 1974年昭和49年)6月10日
(実質2002年平成14年)4月1日

 

 


 

概要[編集]

2002年(平成14年)4月1日設立。当初は当時の(初代)株式会社IMAGICA(2002年4月1日に株式会社エフ・イー・エルへ商号変更、2006年12月1日に会社分割により現支配株主の株式会社クレアートを設立)から新設分割された(2代目)株式会社IMAGICAとして、各種映像サービス事業を行っていたが、2006年(平成18年)4月1日にIMAGICAROBOT経営統合が実施され、同社は再び事業を(現)株式会社IMAGICAに分離し、IMAGICAとROBOTの株式を保有する持株会社「株式会社イマジカホールディングス」に商号変更。その後経営支配関係が整理され、同年7月1日に、映画・CM等の各種映像ソフト、アニメーション・CGの企画製作を行う総合プロダクションROBOTと、画像・映像機器の開発・販売を行うフォトロンを中核企業とした「イマジカ・ロボット グループ」の事業を統括する持株会社「株式会社イマジカ・ロボット ホールディングス」に商号変更し、同日業務を開始した。

2011年平成23年)4月1日、フォトロン現業部門を前年に新設された株式会社フォトロン企画に分割した上でイマジカ・ロボット ホールディングス(旧会社)を吸収合併し、イマジカ・ロボット ホールディングス(現行会社)に商号変更。フォトロン企画は株式会社フォトロンに商号変更し同社の完全子会社となる。

2012年平成24年12月7日東京証券取引所第二部に上場。

2014年平成26年4月25日東京証券取引所第一部に指定替え。

2015年平成27年12月22日オー・エル・エムと基本合意書を締結し、同社の子会社化が発表される。2016年4月4日付けで、イマジカ・ロボット ホールディングスが既存の株主から株式譲渡を受け、51.33%まで買い増す事に従って子会社となる。

2018年(平成30年)10月1日、商号を株式会社IMAGICA GROUPへ変更。

 


 

62・トリガー (アニメ制作会社)

株式会社トリガーは、日本アニメ制作会社。株式会社ウルトラスーパーピクチャーズの子会社。

本社所在地 日本の旗 日本
165-0026
東京都中野区新井2丁目6番13号
設立 2011年8月22日

 

歴史[編集]

アニメ制作会社ガイナックスに所属していたアニメーション演出家の大塚雅彦今石洋之、制作プロデューサーの舛本和也の3人が2011年8月22日に設立したアニメーション制作会社。社名は「作品が弾丸だとしたら、それを打ち出す引き金でありたい」[1]との想いで名づけた。スタジオ設立前より持株会社ウルトラスーパーピクチャーズ」の構想を聞かされ、最終的に各グループ企業の自主性を重んじる方針が決め手となり、設立時よりグループ企業として参加している。「キルラキル」や「リトルウィッチアカデミア」などのオリジナルアニメを得意としているが、『異能バトルは日常系のなかで』で初めて原作つき作品を制作した。

 


 

63・Yostar Pictures(ヨースターピクチャーズ)

株式会社Yostar Pictures(ヨースターピクチャーズ、Yostar Pictures Inc.)は、日本アニメ制作会社

 

本社所在地 日本の旗 日本
101-0022
東京都千代田区神田練塀町300番地
住友不動産秋葉原駅前ビル11階
設立

2020年2月20日

 

 

概要[編集]

TRIGGERで『キズナイーバー』のラインプロデューサー、『異能バトルは日常系のなかで』のアニメーションプロデューサーなどを担当した合同会社アルバクロウ所属の稲垣亮祐、同じく合同会社アルバクロウ所属、TRIGGERで『プロメア ガロ編』の作画監督、『SSSS.GRIDMAN総作画監督などを務めた斉藤健吾、Yostar代表取締役社長である李衡達によって設立された。主にYostarが運営するゲームコンテンツのPVを、自社制作して公開することを主体とする。2021年1月6日には、『TIGER & BUNNY』などの監督を務めたさとうけいいちが同社の制作顧問およびオリジナルIP部門の責任者に就任した。

 


 

64・エイトビット

株式会社エイトビットeight bit)は、日本アニメ制作会社

Eight Bit logo.png

 

本社所在地 日本の旗 日本
167-0043
東京都杉並区上荻1丁目16番14号
武蔵館ビル4F
座標北緯35度42分20.2秒 東経139度37分8.5秒
設立 2008年9月

 


概要[編集]

アニメーション制作会社のサテライトで制作を務めていた同社CG班出身の葛西励が、『マクロスF』などを担当したサテライト第1スタジオの元スタッフらを伴って、退社後の2008年9月に創業した。社名の由来は、ファミリーコンピュータのCPUでもある8ビットから。

創業当初はサテライト作品などのグロス請けを中心にアニメ制作に関わっていたが、2011年に初の元請け作品として『IS 〈インフィニット・ストラトス〉』を制作した。

本社は創業以来、東京都杉並区上荻に所在している。2012年には、エイトビット作品などの撮影・CG等を手掛ける、株式会社エイトビットロケット(後のチップチューン)が設立されたが、資本関係などはない。2018年9月に、公式オンラインショップ『エイトビットショップ』をオープンした。制作に携わった作品の設定資料集や、オリジナルグッズ等の企画・販売を行っている。 2020年6月8日より、バンダイナムコアーツとの業務提携を開始した。

 


65・スタジオ雲雀

株式会社スタジオ雲雀(スタジオひばり、STUDIO HIBARI CO.,LTD.)は、日本アニメ制作会社日本動画協会正会員。アニメーション制作チーム「ラルケ」(:Lerche)を構える。

 

Kouon Building Nerima.jpg

 

「ラークスエンタテインメント」ロゴ

 

ラルケ」ロゴ

 

本社所在地 日本の旗 日本
176-0012
東京都練馬区豊玉北五丁目32番6号
光音ビル 座標北緯35度44分11.7秒 東経139度39分10.2秒
設立 1979年7月(有限会社として)

 

歴史[編集]

土田プロダクションの仕上出身の光延幸子が1979年、仕上専門スタジオとして設立。スタジオの名は、「たとえ小さくとも美しい声で鳴く、ヒバリのようなスタジオにしたい」との願いから名づけた。1980年、『無敵ロボ トライダーG7』で1話丸ごとの制作を請け負うグロス請けを開始した。代表取締役会長の光延幸子は日本アニメーションの制作協力として土田プロダクション(以下、土田プロ)が制作した『がんばれ!ぼくらのヒットエンドラン』の色彩設計として、夫で東映動画出身のアニメーション監督・演出家の光延博愛は土田プロ制作作品で各話演出やチーフディレクターとして活動したことから土田プロとの付き合いが深く、設立当初は仕上の請負と土田プロのグロス請けが活動の中心だった。1984年トップクラフト制作の長編アニメーション映画『風の谷のナウシカ』の仕上協力を担当した。1985年、息子の光延青児が専務取締役となる。翌1986年に土田プロが倒産した後は、小学館プロダクションケイエスエス製作作品の元請制作が中心となった。2002年、青児が代表取締役社長に就任。2006年には、自社企画のオリジナルテレビシリーズ『おろしたてミュージカル 練馬大根ブラザーズ』を手がけた。 同年、3DCG部門を「株式会社ラークスエンタテインメント」(LARX ENTERTAINMENT Co.,Ltd.)として分社化。2011年頃にはプロデューサーの比嘉勇二がアニメーション制作チーム「ラルケ」(Lerche)を結成。以降、殆どのテレビアニメの元請作品がラルケ名義となっている。2020年8月17日付で作画スタジオの「イングレッサ」を組織改編し、「スタジオ雲雀大阪スタジオ」を開設。

制作体制[編集]

スタジオ雲雀とラークスエンタテインメントで合わせて約142名のスタッフが在籍。両社の全部門が光音ビル本社内に統合されている。2020年8月からは『スタジオ雲雀大阪スタジオ』が関西にて稼働を開始した。近年の元請制作作品ではスタジオ雲雀のアニメーションブランド名義である『ラルケ』の名称で制作を行う場合が殆どである。社内には演出・作画・仕上・撮影の部門を構えており、3DCGはスタジオ雲雀と同じビル内で活動する子会社『ラークスエンタテインメント』が主に担当している。元請制作には『ラークスエンタテインメント』の子会社であるベトナムの『SAO SANG DESIGN』と上海の協力会社である『qIXIE STUDIO』(旧:上海M.C.C.)が参加しており原画・第二原画・撮影などで協力している他、元請作品の動画・仕上の工程をラルケを含めた上記3社のみで全て賄うことも多い。自社関連作品の動画作業は2015年以降全てデジタル作画に移行している。背景美術は専門会社に外注しており、アニメーション監督の岸誠二の参加率が高い関係から、岸が代表を務める「チームティルドーン」が美術を担当することが多い。また、背景美術以外を内製できる体制を整えているが、作品によっては撮影とCGを専門会社に完全外注することもある。

 

 

 

株式会社スタジオ雲雀 公式サイト - スタジオ雲雀/ラークスエンタテインメントは、2Dおよび3Dアニメーションを主軸とした映像制作プロダクションです。




 

66・Lay-duceレイ・デュース)

株式会社Lay-duceレイ・デュースLay-duce Inc.)は、日本アニメ制作会社。株式会社ツインエンジンの子会社。

 

Lay-Duce logo.png

 

本社所在地 日本の旗 日本
167-0051
東京都杉並区荻窪5丁目30番16号
MTCビル7階
座標北緯35度42分15.2秒 東経139度37分19.1秒
設立 2013年8月

 

 

略歴[編集]

グループ・タックの制作を経てボンズのDスタジオでプロデューサーを務めた米内則智により2013年8月に設立された。2018年よりツインエンジンの傘下となり、代表取締役の米内は同じくツインエンジン傘下のジェノスタジオの取締役を兼務している。

 

 

 

67・レヴォルト

株式会社レヴォルトREVOROOT Inc.)は、日本アニメ制作会社。株式会社ツインエンジンの子会社。

Logo of Revoroot.png

 

本社所在地 日本の旗 日本
188-0011
東京都西東京市田無町4丁目21番1号
第一光ビル2F
設立 2016年4月1日

 


概要[編集]

2016年ツインエンジンの映像制作会社として同社の代表取締役である山本幸治が設立。

現在の代表取締役Lay-duceの制作出身である江波和樹が務めている。

 


68・TROYCA(トロイカ)

株式会社トロイカTROYCA Inc.)は、日本アニメ制作会社

 

本社所在地 日本の旗 日本
177-0041
東京都練馬区石神井町3丁目17番19号
TK 石神井公園ビル 2F
設立 2013年5月

 

 

歴史[編集]

2013年5月、元AIC所属のプロデューサーの長野敏之、撮影監督の加藤友宜、演出家あおきえいを中心にAIC Classicなどに所属していたスタッフたちが集まり設立された。会社名は、この3人が会社の中心となっているため、ロシア語で「3人組」を意味する「тройка(トロイカ)」から来ている。事業内容は、アニメーション作品を中心とした映像作品の企画・制作業務全般である。部署としては作画、仕上げ、撮影、CGの部門があり、背景美術以外の一通りのアニメーション映像を制作できる環境が整っている。2018年に解散した「株式会社ウィルパレット」より、アニメーター合田浩章やプロデューサーの笠原直徒ら数名のスタッフが加わった。2019年からは、背景美術部門も設立予定である。AICやあおきが参加していたufotableが、作画等で同社作品の制作に協力することがある。2015年に『Newtype×マチ★アソビ アニメアワード2015』において、A-1 Picturesと共同制作した『アルドノア・ゼロ』でメカデザイン賞・サウンド賞を受賞した。

 



 

69・アニメインターナショナルカンパニー

株式会社アニメインターナショナルカンパニーAnime International Co., Inc. 通称:AIC)は、日本アニメ制作会社

 


 

本社所在地 日本の旗 日本
177-0044
東京都練馬区上石神井四丁目4番21号
ゴービルディング1F-W号
設立 1982年7月(初代)
2008年5月(分割新設により成立)

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沿革[編集]

1980年のリメイク版『鉄腕アトム』のグロス請けを機に設立されたスタジオ「ドゥ・ビー」を母体として、1982年7月15日に設立。初代代表取締役社長は旧虫プロダクション出身の演出・プロデューサーである野村和史。野村の独立・A.P.P.P設立後の1985年5月、AIC設立に参加したイージー・ワールド・プロ出身の三浦亨代表取締役社長に就任する。1980年代後期のOVAブームに乗り、『戦え!!イクサー1』や『破邪大星ダンガイオー』など、平野俊弘による(美少女アニメの要素を多分に含んだ)ロボットアニメを多数発売したことで、注目を浴びる。1995年にはビデオメーカーパイオニアLDC製作による『天地無用!魎皇鬼』の元請制作を受託し、テレビシリーズに本格進出。1990年代後半には出版部門を立ち上げ、『AICコミックLOVE』を創刊(2000年廃刊)。さらにはゲームソフト開発にも進出し、事業を拡大した。『AICコミックLOVE』に紹介されていたことだが、一時期、研究開発中として2次元CGだけでなく3次元CGの技術開発をしていた時期があった。2003年、制作体制をAICデジタル(本社)、AICスピリッツAIC A.S.T.A.(現:AIC ASTA)の3系統に再編。その後は作品制作を各スタジオが請け負い、「デジタル」は『ああっ女神さまっ』シリーズやゴンゾとの共同制作、「スピリッツ」は『天地無用!』シリーズや『神秘の世界エルハザード』シリーズなどAICが過去に制作した作品を中心とした制作やそれに準じた新規制作、「A.S.T.A」は外部スタッフを起用しての新規制作を行う。2006年兵庫県宝塚市のアニメ産業拠点構想に応じてAIC宝塚を設立。AIC PLUS+西東京市)と合わせて5系統の制作体制で、元請制作やグロス請けを行う。2007年AIC ASTAが制作したテレビアニメバンブーブレード』の予算表などがWinnyを通じてインターネット上へ流出する事件が発生。同年10月8日AIC公式サイトへ三浦の名前によるお詫び文を発表した。2008年、新会社「株式会社アニメインターナショナルカンパニー」を分割設立した。2009年以降、5系統の制作体制を跨いで制作する作品があるため、その場合はスタジオ名義ではなく「AIC」と統一した名義で発表される作品もある。2010年AIC BuildAIC Classicを立ち上げ、7系統の制作体制となる。同年9月、パチスロ機器メーカーのオーイズミが全株式を買収し、同社の完全子会社となった。次いで2011年3月、アプリックス(現・アプリックスIPホールディングス)がAIC自己株式を除く全株式を取得し、同社の子会社となった。2012年6月、元フレックスコミックスの高倉誠司をプロデューサーに起用し、日本国外での展開を視野に入れた作品の制作を開始した[8]。同月頃にはAICフロンティアを立ち上げ、8系統の制作体制となる。2012年9月には、香港で開催した「100 Years Before the Birth of Doraemon」(ドラえもん100展)を共同開催した[9](同展覧会はその後アジア各地を巡展)。2013年2月、AICスピリッツの制作プロデューサーらが独立しプロダクションアイムズを設立。これにより『そらのおとしもの』など一部作品の制作が同社へ移行した。また、同年5月にはAIC Classicの制作プロデューサーが独立し、AIC出身のあおきえいと共にTROYCAを設立した。

同年8月、アプリックスIPホールディングスが、企画開始から3か月でテレビアニメシリーズの放映を行う体制を構築したと発表した。2014年1月20日アプリックスIPホールディングスがAICの全株式を三浦へ8000円(1株あたり1円)で譲渡AICの2012年12月期決算では3期連続の赤字を計上し、約6.6億円の債務超過となっていた。2015年11月、大村安孝代表取締役となる。2016年、制作部門が解体。同社が保有しているIPの大半はAICライツへ移行された。2019年12月、大村が代表取締役を退任し、翌2020年1月、三浦が代表取締役に再び就任。

 


70・ゼロジー

株式会社ゼロジーZERO-G Inc.)は、日本アニメ制作会社

Zero-G studio logo.png

本社所在地 日本の旗 日本
167-0021
東京都杉並区井草1丁目2番10号
井草ビル1階
座標北緯35度43分26.4秒 東経139度37分30.8秒
設立 1991年(有限会社ゼロ・G・ルーム)
2011年平成23年)6月(株式会社ゼロジー

 


 

 

概要[編集]

アニメスタジオ「スタジオコクピット」からの出向で東映動画で演助進行を務めていた[1]アニメーション監督・演出家の根岸弘が、フリーを経て1991年アニメイトフィルム企画制作のビデオシリーズ『KO世紀ビースト三獣士』の制作スタッフを集めるために、「有限会社ゼロ・G・ルーム」(ゼロ・ジー・ルーム)を創業。1995年に『SMガールズ・セイバーマリオネットR』(ビデオシリーズ)で自社制作を開始した。同年12月、版権管理を目的に「株式会社ラディクス」を設立。翌年、竜の子プロダクションのプロデューサーであった植田基生が参加。2001年には版権管理に加え、制作自体も行うようになったラディクス本体がゼロ・G・ルームを吸収合併し、企画・制作を一貫して行う体制が確立した。2005年、ブレインナビなどを傘下に持つ持ち株会社ウェッジホールディングス」の100%子会社となり、同年9月、「株式会社ラディクスエースエンタテインメント」に商号を変更。翌2006年10月1日をもってウェッジホールディングス本体に吸収合併され、同日解散した。子会社の「有限会社ラディクス」は同年12月に株式会社に登記変更し、翌2007年2月1日に同一グループ内のモバニメーションと合併。「株式会社ラディクスモバニメーション」へ商号変更した。12月21日、根岸がウェッジホールディングス取締役を退任。2011年6月2日に当社(ウェッジホールディングスとは無関係)を設立、根岸が取締役に就任。翌2012年9月1日、株式会社ラディクスモバニメーションが持つ全てのアニメ関連の権利を当社が取得した。その後、元AICのプロデューサーであった先川幸矢代表取締役に就任。2016年、当社の初制作元請作品となる『バッテリー』が放送された。

 

作品[編集]