300 〈スリーハンドレッド〉と300 〈スリーハンドレッド〉 〜帝国の進撃〜の評価。

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【300 〈スリーハンドレッド〉】
元々はアメリカンコミックが原作の話らしく1962年のスパルタ総攻撃という映画に大きな影響を受けてこれを生み出したとのことですが
他にはスパルタ人などで興味を湧いたものにスパルタカスという1960年の映画がありますがこれは後で見ることになりますが
ともかく見ようと思った動機は「スパルタ教育」という言葉の語源をたどっていくと当時、紀元前にギリシア(ギリシャ)の都市国家に住む
スパルタ人という人たちのことを指し、彼らは言えば戦闘民族で恐らく大陸続きでペルシア軍が来る前までの歴史は知らないが
恐らく陸続きで常にギリシャというのはローマが当時のライバル国だったのだろう。いつ侵略されるか女・子供がどんな悲惨な目に合うかどうかも
安全が守られるかがわからない辺境の場所にいた彼らは闘うことで自らを守ろうとしたのだろう。しかし、その気持ちだけでなく
ギリシャという国を守る為にという意思を見ると我々は誇り高き死を最高の名誉とし、ギリシャの民だという誇りを持っていると感じた。
彼らの教育はまず、赤ん坊の頃から始まり弱い子供は捨てられ7歳で国家に引き取られ、強い戦士に育てる為の教育が行われる。
俺はこれに正直、これに凄く共感している。教育方法というよりも強い戦士に育て国家の為に尽くすその生きざまに。
それは自分たちが倒れたら女や子供に未来はなく奴隷にされ自分たちに未来はないと悟ったからだろう。思えば300人で10万の軍に
立ち向かうというのは凄い話だ。唯一の欠点は人口が少なかったことだろう。というよりも闘うことにのみ国家の形態を進ませていたから
それで技術や産業などは発達しなかったが彼らの生きざまは立派なもので国家が滅びることや自分たちが死を恐れるよりも最期の晴れ舞台は
己の命を使い果たして例え死んでも無様な死に方だけはしないということだろう。だから凄く惚れた。どこの国の歴史を見ても戦いと侵略と自衛の為の
戦争はこの日本も含めてあり(大東亜戦争がいい例。)、それを守る為に闘うものたちは英雄に見えそれを正当化したり支配しようとするものは正に
絵に描いたような悪役だ。レオニダスや他の兵士達も凄く鍛え上げられた肉體(にくたい)に惚れ惚れそうになっちゃったがそれにしても
頭の兜,盾,槍と黒いパンツしか履いていないがこの理由は服を着ることが肉体を著しく低下させるもので鍛え上げられた肉體にそんなものは不要だという
のがスパルタ人の考えで結構、的を得ている。現代人の全てではないが科学的根拠やデータといったものや研究者の論文をあんまり自分は疑ったことはないのだが
よくよく考えると「科学的根拠だから正しいと必ずしも言えるのか?」ともいえる。科学が駄目とは言えないがそのデータのように人間や自然という存在は
固定されてるのだろうか?とも思う。正直、自然の力の方が科学よりも偉大であると思ってる。何故なら深海のことも宇宙のこともまだ全体的には
まだ5%しか分かってないのが実態で科学のように実際の根拠が例えば食材はこうゆう風に食べるのが良いとか寒い時はこうゆうふうに体を動かせばいいとか
あるが科学も固定観念に過ぎないといえるのは描いている自身がダイエットや食材で複雑に考えすぎた経験があってこれも科学的根拠を信じることによって
おきる影響で「それが絶対に正しい」と思い始めてしまったらそれを覆す結果を見たときに大きな電磁波を頭の中に受けると俺は思う。
(そんな馬鹿な今まではこれが間違いないと言われてたのに・・・)とどこかで思うようにダイエットも何を実行するかの順番に囚われすぎて我を見失いそうになった
時期があるので自然的にシンプルな考えというものを知れば知るほど心が和やかになっていく自分を見ているとこっちの方が間違いないなとも
思えてくるので不思議です。

 

一番、スパルタ人に敬意を払おうと思ったのは「仲間には敬意を払うのだ」という教えでこれはいつの時代でも普遍的なことで仲間や友と力を合わせればどんな
困難も乗り越えられるのは本当の話で漫画だとワンピース,ちはやふるなどがいい例ですね。共通しているのは同じ目的のために力を合わせること
敵が壁のところに突進してくるのは盾で受け止め、それを仲間の盾と合わせて強固な防衛を作り敵の刃を決して通さないところにあるがこれがまた痺れて
しまった。仲間同士の絶妙な連携で敵の目を轟かせ大地を揺らがせるようにして彼らは進軍を開始するわけだ。
もちろん、ペルシア帝国という巨大な国があらゆる国を侵略し、わが物と企むものも当然いて、チンギス・ハンのモンゴル帝国や現在の覇権国アメリカ合衆国
脅かそうとしている中華人民共和国を束ねる中国共産党(支那共産党)がいい例で支配者のやることというのはいつの時代も変わりませんね。

あの特殊メイクと気味の悪いゲイみたいな恰好は気持ち悪かった。見合ってる文、余計に嫌がってしまったが最期には矢を受けてスパルタ軍は全滅するが
彼らの栄光は確かに今も歴史を名を残して轟かせている。弱い赤ちゃんを皆捨てるというやり方をせずに商人や町の働き者にしたりすれば闘う国家だけには
ならずに栄えたと思うが滅びるのが十数年遅れるだけだろう?。

(服のことで捕捉だが別に寒いのを我慢しろと言ってるのではなく服を着るから寒さへの抵抗が強まるんだというのが彼らの考えだが女子高生はスカートや
ミニスカートを履いてる子がいるが彼女たちが寒くないのはそれをほぼ毎日来ているからだと考えるとスパルタ人の言ってることは理に適っている
かもしれないと思ってきた訳ですよみなさん。)

次は帝国の進撃。

 

 

 

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【300 〈スリーハンドレッド〉 〜帝国の進撃〜】
続編で2007年に前作はレンタルで発売され、こちらは2015年に発売されおよそ8年後ですね。じゃあ次の300(スリーハンドレッド)は8年後の
2023年(令和5年)になるのかな?。米国で公開されたりしてねなんて思っておこう。
レオニダスが死んだ後のお話と思いきやレオニダスが戦いに行った後の話でテミストクレスが主役で彼が敵の王様を矢で打ち取ったところから
彼の名は世界中に轟いていくことになる。あの気味の悪いクセルクセスの妹か姉かと最初は思ったがアルテミシアと呼ばれる世界最古の女海賊とのことですが
映画だとペルシア人ギリシャ人か忘れたがつまりスパルタ兵士によって両親が殺された描写があったが彼女を演じたエヴァ・グリーンさんのを引用します。

(というよりペルシアの兵士かねもしかしたら)


ーー引用ーー
「もともとギリシアに生まれたアルテミシアは幼いときに両親を虐殺され、ペルシアの王に引き取られ、育てられた。
だからたんに敵役というだけじゃなく、心の底にトラウマを抱えた複雑なキャラクターよ」
ーーーーーー

とのことで彼女はテミストクレスと何故か身体を交わる場面があったがまさかまぐわいをするとは思いませんでした。R-18のところもレンタル店ではあるようで
血の量や首が平気で切れる場面なのが大きな理由だがまさかの乳首解禁で大事なところは隠してたが物語として考えると二人とも非常に不自然な行動で
訳が分からなかったのでここは減点します。まぁ理解者が欲しかった。その存在が強い男だったから彼を誘って「私と手を組まない」と言って誘ったのでしょう。
だから體を見せることにも抵抗はなかった。ということは分かりましたのでテミストクレスも強い男ではあったが性欲には勝てなかったということか。
さすがにピストン運動だけで終わったのは幸いでさすがに自制は出来たかと安心した。でも、はっきりいっていらなかった場面でこれなら闘う場面を増やして
欲しかったくらいだね。(だけどモデルだけあって美しい體付きであったのは確か。まぁ絵にはなるがこうゆうのには向かないね)
王妃が戦いの場面に駆けつけて熱い場面で終わったのでそこで終わったのはあまりに惜しいよ。
前作が衝撃だったが今回は海での戰いで海戰と呼ぶのが良いでしょうが戦闘場面はかっこよかったかというとそんなことはなくゲームやファンタジーのよう
美しくはないよね。実際は・・・シャアアズナブルも言ってたからね。「実際の戦闘は映画のように美しくはない。」by.機動戰士ガンダムより。

ちなみに途中でレオニダスが死んだことが報告されていたので前作と繋がっているというより前作の要素を少し混ぜたような出来前でしたよ。
アルテミシアで驚いたのは2つの短剣をもって闘うことなんだけどあそこまで早い動きをされたらそうそう立ち向かえるものでもない。
今回は海戰だったので快感は覚えなかった(カタルシスといいたかったんだけど日本語ではこれでどうやらあってたみたい。)
けれど海戰での戦いは陸での闘いよりも目を配っていないといつどんな攻撃をしてくるか分からない荒波の舞台。
そんな中で敵の侵入を許さずしていかに敵を打ち取るかが必須の戦略となるのは当然といえる。

まぁあの終わり方は駄目じゃないがせめてクセルクセスのところにまで来て「ついに最終章!○月○日公開。」とでも書いてくれれば納得した。
エンディングは血が噴き出してクレジットが出るんだけどこれがセンスがあって素晴らしい。アルテミシアとテミストクレスの戦いはなんだか
アルテミシアが悲しそうな顔をしてるように見えた。本当は強い男に自分を守ってほしかった。傍にいて欲しかったと実は思っていたのでは・・・⁉
そうでなきゃ強い殺意なんて感じなかったですからしかし、腹を刺されてもまだ息があったのにはびっくりした。体力がないとすぐに人間は死んでしまうから相当体力があったと思う。

 

魅力的というかこの300(スリーハンドレッド)は

カメラワークがかなり特殊でこれが映画の没入感を高める為の魔法だったのだろう。

とても魅力的だが日本のエンタメにはあんまり似合わなさそうだと思うね。



 

最期にこれで最も共感したレビューがありました。

 

 May Live Forever:悠久の大義に生きるものへの大いなる讃歌

 

 

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生命は最も大切なものだ。言うまでもない。ただし一つ条件がある。「平時においては」というものだ。一旦危急存亡の危機にある時にはどうであろう。家族に災禍がふりかかる時、貴方はどうするだろうか。言うまでもない。命をかけて配偶者や子供を守るに違いない。

家族は社会の最小単位である。家族が数集まれば集落に、集落が集えば村落に、そして村落共同体はやがて国家となる。家族を祖国におきかえてみたい。祖国が夷敵の脅威にある時、それは家族が暴漢に襲われるのとまったく同じことなのだ。そのとき、貴方は一家員として家族を守るのであるから、一市民としてもまた(古来西洋では、祖国防衛などの共同体への『義務』を果たしうる者を「市民」と定義していた)国家をも護らなくてはならない。共同体を守ることこそが、すなわち、家族を守ることになるからである!本作“300: Three-hundred”は、この大事:家族を守る=国を護る、ことをまざまざと想起させてくれる。

スパルタ王レオニダスは、ペルシャの侵攻に対し、わずか300人の兵と共にその防波堤となるべく出陣する。ペルシャ軍は百万、比するスパルタ軍並びにギリシャ兵は豆粒ほどの数である。テレモピュライの回廊において激戦善戦するも、裏切り者により退路を断たれたスパルタ軍は完全に包囲されてしまう。レオニダスはしかしペルシャ王クセルクセス隷下に入る事を潔しとしない。彼は『武士』であった。奴隷として生きながらえる事はスパルタの辞書にはなかったのだ。

スパルタ軍はついに玉砕する。ほかレビューにも「日本兵を思わせる」とあったが、まさに的確な指摘でおもう。なぜなら、米粒ほどの大日本帝国が4年半もの長きにわたって米国との死闘を繰り広げたかの大東亜戦争では、神風特別攻撃隊、回転攻撃隊、また桜花攻撃隊など、多くの若鷲たちが”家族のため、共同体のため、国家の為に”群青の海に、空に、そして大地に散華した。だが、鬼神のような奮闘にもかかわらず、とうとう”物理的”には未曾有の敗北を喫することになった。だが、”精神的”には日本民族の魂は決して滅ぶ事はなかった。これは、戦後の高度成長はもちろん、2011年3月11日の東日本大震災でみた、日本人らの整然とした行動と高い精神性を見れば、明々白々であろう。

今を生きる現代人にとっては、とはいえ、かような玉砕必至の戦闘は一見無謀な戦いと映ろう。中には、国の為に散華した者の死をこともあろうか”無駄死”などという、低レベルの言葉を弄するうす淡いサヨクもいないことはない。だが、われわれは知っている:悠久の大義に生きるとき、その死はもはや単なる死ではなく、『永遠の生』となることを!『May live forever 永遠に生きよ』レオニダス玉砕前の言葉である。ことごとく散華せし300人の魂は、レオニダス最後の言葉にある通り、天下分け目プラタイアの戦いにおいて、ギリシャ連合軍をしてペルシャ軍を撃滅させる役目を果たす。レオニダスと300名の兵士の烈々たる死こそが、ペルシャによるギリシャ征服の野望を木っ端みじんに打ち砕いたのである。

吉田松陰先生著『留魂録』(この遺書が明治維新を成就せしめたのである)、プラトンパイドン』(ソクラテスの崇高なる死はギリシャ哲学の至高である)、そして邦画『俺は君のためにこそ死ににいく』(神風特攻隊の苛烈なる散華は、米国による日本占領政策の貫徹を不可能とした)。いずれも悠久の大義に生きた者々への讃歌である。本作を見るものは、ここに『人生二度なし、今を一所懸命に生きることこそが、もっとも有意義な人生である』という、普遍的真理をあらためて思い起こされることであろう。

西洋の武士道『300:Three hundred』、大和撫子ならびに日本男児を任じる方々にはぜひ観覧されたい。

なお本作“300”は、ヘロドトス著『歴史』(岩波文庫)に忠実に活写されているので、興味ある方はぜひ原著もひもとかれたい。

 

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【その他のメモ】
Vシネクストでゼロワン Others(アザーズ)仮面ライダー滅亡迅雷という

仮面ライダーのセイバーとゼロワンの感想にも書いたように劇場版の続きとなっており
『劇場版 仮面ライダーゼロワン REAL×TIME(リアルタイム)』の後日談となるスピンオフ作品。(令和3年)2021年3月26日より期間限定で上映され、7月14日にBlu-ray&DVDが発売される予定。と書いておりますがまぁ覺えておこう。時間は大体1時間程でしょう。
セイバー本編は見てないがゼロワンまで見てきた平成ライダーの映像作品は見ると決めてるので見ると言ったら見るんです。
そうやって見た感想を綴るのが大好きだからやれる限りは好き放題書かせてもらいますよ。

 

次はジオウの話で

仮面ライダージオウ」「仮面ライダーディケイド」のスピンオフ
「RIDER TIME(ライダータイム) 仮面ライダージオウ VS ディケイド/7人のジオウ!」
「RIDER TIME(ライダータイム) 仮面ライダーディケイド VS ジオウ/ディケイド館のデス・ゲーム」が、2021年/令和3年/皇紀2681年の2月9日から配信される。
演出は諸田監督!脚本は井上敏樹さんで東映特撮ファンクラブでやるとのことですがどうなるんでしょうか?これも少しでもこの中共ウイルス/武漢コロナウイルスを克服する為に必要なことなのでしょう。全3話で三週間程で完結とのことでまぁ書いていくでしょう。感想を間違いなくね。

 

 

 

ではこれで完です。ついでにメモも書きたかったのでね。では拝見してくれてありがとう。〈完〉